ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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Day 366 #01

 ドクン……と。

 

 心臓が大きく鼓動し、血液を、身体に送り出す。

 

 時計を見ると、一時五十五分。開演五分前だ。目の前には、木の板を組み合わせただけの飾りっ気のない階段。十数段のその階段を登った先には、この舞台裏とは別世界の、豪華に飾り付けがされたステージがあり、さらにその先には、あたしたちのパフォーマンスを見るために集まってくれた、何百人という人たちが、開演を待ちわびている。彼らの息づかいが、ざわめきが、期待感が、ここまで聞こえてくる。

 

 ドクン……また、心臓が大きく鼓動した。

 

 ステージに立つのは、これが初めてではない。すでに、何百回と経験してきた。デビュー当初の十人も集まらなかった小さなステージから、二年前行われた、何万人も収容できる野球場での大コンサートまで。

 

 それでも。

 

 開演前のこの緊張感だけは、たとえこの先何百回、何千回とステージを経験しようとも、慣れることはないだろう。

 

 特に。

 

 今日は、アイドル・ヴァルキリーズにとって、二度目の、特別な公演になるだろう。あたしたち一期生が初めて舞台に立った六年前と同じくらい、特別な公演に。

 

 

 

 

 

 

 あの忌まわしい事件から、一年が経った。

 

 あの日、沈みゆく船から脱出したあたしたち三十六人のメンバーは、その一〇時間後、付近を航行中のハワイの湾岸警備隊の巡視船に発見され、無事、救助された。

 

 そして、あたしたちは、船の中の七日間で起こった出来事を、全て話した。

 

 ――が。

 

 二日目に船の中がゾンビだらけになり、必死で戦い、脱出した。

 

 そんな話を、信じてくれるはずもなく。

 

 オータム号沈没の事件は、中東地域を中心に活動を続けるテロリストグループによるシージャック事件として、全世界に発表された。

 

 あたしたちの見たゾンビは、拘束され、命の危機にさらされたことで見た幻覚なのだそうだ。

 

 …………。

 

 笑っちゃうよね? そんなこと、絶対ありえないのに。

 

 でも。あれから一年が経ち。

 

 それでもいいんじゃないか、と、思うことも、ある。

 

 そう。

 

 あたしたちアイドル・ヴァルキリーズのメンバーが、あんなゾンビ騒動を引き起こし、その結果、仲間同士で殺し合った――そんなことが、本当に起こった、なんて考えるよりも、全てが幻だった、と信じた方が幸せなのだろう。実際、メンバーの中には、本当に幻覚を見た、と、信じている娘もいる。

 

 ……まあ、今日はそれはいい。これから大事なステージだ。余計なことは考えず、集中しよう。

 

 他のメンバーを見る。準備運動をする娘、発声練習をする娘、お喋りをする娘、ただじっとして集中力を高めている娘。全員が、あたしと同じように開演前の緊張を感じている。みんなそれぞれの方法で、その緊張をほぐそうとしている。

 

 開演三分前。

 

「はい! では、みんな集まってください!」

 

 パンパンと手を叩きながら言ったのは、キャプテンの由香里――ではなく、三期生の遥だ。由香里は、遥の少し後ろで腕を組んで見ている。

 

 遥の呼びかけで、みんな練習を中断し、集まった。遥はメンバー一人一人の顔を確認するようにぐるっと見回し、一度大きく息を吐いた。そして。

 

「――もうすぐ開演です。今日は、あたしたちヴァルキリーズにとって、非常に重要な舞台となります。一年前の事件で命を落としたメンバーへの追悼と、そして、あたしたちアイドル・ヴァルキリーズの再始動の舞台です」

 

 そう……一年前の、あの事件が終わった日。

 

 事件によってたくさんのメンバーが命を失い、さらに、生き残ったメンバーも、身体に、心に、大きな傷を負い、アイドル・ヴァルキリーズは、とても活動できるような状態ではなかった。事務所社長は、今後ヴァルキリーズの芸能活動は困難と判断。あたしたちが救出された翌日、予定されていた、コンサート、握手会、テレビ出演など、すべて中止する旨を発表。表向きは活動自粛だが、事実上の解散だった。

 

 しかし、時が流れ、少しずつ、メンバーの傷は癒えて行った。

 

 そして、ヴァルキリーズへの想いは強くなり。

 

 何より、ファンのみんなの熱い想いに後押しされ。

 

 今日、この日を迎えることができたのだ。

 

 ここは、横浜港からほど近い、アリーナ会場。ここで今から、一年前の事件で命を落とした十二名を追悼するコンサートが開かれる。それは同時に、アイドル・ヴァルキリーズ再始動を告げる舞台でもある。

 

 遥の言葉は続く。「今回のコンサートは、七日間という、かつて経験したことが無い長丁場です。精神的にも体力的にも、とてもキツイ一週間となるでしょう。大事なコンサートですが、決して、ムリはしないでください。キツイこと、つらいことがあったら、遠慮なく、誰かに頼ってください。みなさんの周りには、ヴァルキリーズの仲間が、スタッフの方々が、ファンのみんなが、たくさんの人たちがいます。みんなに支えてもらってください。そして、みんなを支えてください」

 

 遥の言葉を、みんな、胸に刻みつけるように聞き、大きく頷いた。

 

 遥も、すっかりキャプテンの風格が出て来たな。由香里も満足そうに見つめている。

 

 アイドル・ヴァルキリーズの再始動が決まった時、由香里が真っ先に提案したのが、新キャプテンの選出である。由香里は誰もが認めるヴァルキリーズのキャプテンだ。彼女以上にリーダーシップが取れる娘は、ヴァルキリーズにはいないかもしれない。しかし、ヴァルキリーズが夢への通過点である以上、由香里もいずれ卒業する時が来る。その日が来るまでに、新たなキャプテンを育てておかなければいけない。この提案は、プロデューサーたちに受け入れられ、その後の話し合いの結果、オータム号の事件で意外なリーダーシップを発揮した遥が、新キャプテンに就任することになった。由香里は遥のサポートに回り、現在、ヴァルキリーズは遥がまとめている。まだまだ未熟で、見ていて危なっかしいところもあるけれど、持ち前の真面目さと由香里のサポートで、何とかやっていけている。いずれ、由香里を超えるキャプテンとなるだろう。

 

 遥は、声を少し大きくし、言葉を継いだ。「ただし! どんなステージであろうとも、あたしたちのやることは変わりません。最高の歌を歌い、最高のダンスをし、最高の演技をし、最高のパフォーマンスで、お客様に楽しんでもらう! そのために! まずあたしたちがこの舞台を楽しみましょう!!」

 

 その言葉に、全員で、「はい!!」と応える。

 

 それは、コンサートやライブの前に、必ず、由香里が言っていた言葉だ。キャプテンが変わろうとも、その思いは変わらない。これからも、ずっと。

 

 開演一分前になった。

 

 遥が、右手を拳に握り、左胸にあてた。それに続くように、メンバー全員が同じポーズをする。あたしも右拳を左胸に当てる。開演前の、ヴァルキリーズの誓いのポーズだ。

 

 十秒ほどの沈黙の後、遥が目を開け。

 

 そして、叫ぶ。

 

「行くぞおぉ!!」

 

 その声に、メンバー全員目を開け。

 

 声を合わせ、拳を振り上げ、そして、あたしたちのグループ名を叫ぶ。

 

 

 

 アイドル・ヴァルキリーズ!!

 

 

 

 それと同時に。

 

 ステージ上に、音楽が鳴り響く。

 

 あたしたちアイドル・ヴァルキリーズのデビュー曲、「胸奥の試練」だ。

 

 流れ始めた音楽をかき消すかのように、フロア中に歓声が響き渡る。

 

 あたしたちは階段を駆け上がり。

 

 そして、ステージに飛び出した。

 

 歓声は、さらに大きくなり。

 

 あたしたちは、それに負けないように歌い、そして、踊る――。

 

 

 

 

 

 


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