ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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Day 7 #06

「七海さん!! 逃げてください!!」

 

 フロアに響いたのは遥の声だ。

 

 声の方を見る。七階だ。吹き抜けを挟んで、瑞姫と七海がいる反対側のフロアに、遥はいた。あの娘、いつの間にあんなところへ?

 

 上のフロアへ行くには、奥にあるエレベーターか、その反対側にあるエスカレーターか階段、そして、正面の非常口しかない。エレベーターはノートンが守っていて、エスカレーターと階段と非常口はゾンビが溢れていて、使えないはずなのに。

 

 ……いや。

 

 そうか。ノートンが、美咲たちと戦っていた時だ。

 

 ノートンが格子式のシャッターを壊し、そして、美咲と亜夕美と深雪を次々とKOしている時、エレベーター前はガラ空きだった。みんなノートンに気を取られてて気づかなかった。

 

 瑞姫が苦々しげな表情で遥を睨んだ。再びナイフを取り出し、七海に近づく。

 

 しかし、その行く手を遥の矢が阻む。

 

 遥の放った矢は、瑞姫の眼前すれすれを通り、壁に突き刺さった。二本、三本と、次々と飛んでくる。瑞姫は七海から離れるしかない。

 

「七海さん! 早く逃げて! そこから飛び降りてください!!」再び叫ぶ遥。

 

 はぁ!? 飛び降りる!? あそこ三階分の高さだぞ? 燈じゃないんだから、飛び降りたりしたら、普通無事じゃいられないぞ?

 

「若葉さん!! みんなで七海さんを受け止めてください!!」今度はあたしたちに向かって叫ぶ遥。受け止める? あたしたちが? 大丈夫か?

 

 上を見る。七海がふらつきながら立ち上がり、手すりから身を乗り出した。ホントに飛び降りる気だ!

 

 危険だけど、それしか方法は無いかもしれない。遥の放つ矢もいつまでも続くものではない。七海のあの足取りだと、走って逃げるのは難しいだろう。すぐに瑞姫に追いつかれてしまう。幸い、七海の真下にゾンビはほとんどいない。

 

「……よし、みんな! 行くよ!!」覚悟を決め、みんなで走った。

 

 全員で落下地点に入り。

 

 七海が飛び降りた!

 

 両手を広げる。さあ! あたしの胸に飛び込んでおいで!

 

 ――――!!

 

 がし! みんなで七海の身体を受け止めた瞬間。

 

 それはまるで、ヴッチャーとヴェイダーがまとめてボディプレスをして来たかのような衝撃だった。とてもアイドルとは思えない重さだ。七海、まさか太ったのか? 支えられず、みんなで崩れ落ちる。

 

「あいたたた……七海、無事?」由香里が身を起こす。

 

「……うん、なんとか、ね」七海は笑顔で親指を立てた。

 

「みんなは? 大丈夫?」

 

 由香里の声に、みんな立ち上がって応えた。良かった。みんな無事のようだ。

 

「無事じゃないわよ! めっちゃ腰痛いんですけど!? これ、日本に帰ったら針治療代、事務所に請求していいんだよね?」腰を押さえて文句を言ってるのは睦美だ。まあ、その元気があれば大丈夫だろう。

 

 よし、七海は救出した。あとはここから脱出するだけだ。

 

 しかし。

 

 あたしたちに向かってゾンビが襲い掛かって来た。素早く木刀を振るい、最初の一体は片づけたものの、その後も次々と襲いかかってくる。亜夕美と深雪と七海は走ることができないから、これじゃあ逃げることもままならない。このままだとゾンビに囲まれてしまう。

 

「若葉、これ」七海が何か取り出した。おもりがたくさんついた網だった。漁師さんが魚を捕る時なんかに使う投網に似ている。七海、なんでこんなもの持ってるの!?

 

「さっき、上のフロアで拾ったの。ゾンビ相手に使えると思って」

 

 燈が隠し持っていた武器のひとつだな。ゾンビ相手に役立つなんてもんじゃない。網が絡まったら、普通の人でも脱出は困難だ。突進するしか能がない大量のゾンビ相手に、これ以上うってつけの武器は無いだろう。よし! あたしは網を構え、くるっと左回りに一回転し、ハンマー投げのような恰好で網を投げた。ゾンビの頭上で大きく広がる。直径一〇メートルはあるだろう。投げる前は結構コンパクトだったのに、想像以上の大きさだ。バサリ、と覆いかぶさった網は、一瞬にして大量のゾンビを絡め取った。バタバタとその場に倒れ込んだゾンビ。何が起こっているのか分からないのか、じたばた暴れるのみ。うまく行った! 後は脱出するだけだ! みんなで出口に向かう。

 

「スコーピオン! 何やってるの! そいつらをやっつけなさい!!」瑞姫がヒステリックな声で叫んだ。あの娘があんなに取り乱すのは初めて見たな。

 

 瑞姫の声で、ノートンは両腕を振り上げて雄叫びを上げると、こちらに向かって走って来た。木刀を構えるけれど、勝てる気はしない。恐らくはあの大岩のような拳一発でみんな吹っ飛ばされてしまうだろう。くそ! せっかく七海を救出できたのに、結局あの化物にやられてしまうのか?

 

 と。

 

 あたしたちの頭上を、何かが飛び越えた。

 

 突進してくるノートンの前に、スタッ、と、華麗な姿で立つ水着姿の少女――燈だ。

 

 右手一本で天井からぶら下がり、三階から飛び降りても平気な顔をして、素手でゾンビの首をはね、大量のゾンビ相手に戦ってケガも無く、息ひとつ乱れていない、アイドル・ヴァルキリーズ最強忍者。まさに、あたしたちの最後の希望だ。

 

 ノートンが右拳を振り上げた。燈も構える。巨大ハンマーのような一撃が振り下ろされる。燈は動じない。わずかに身を右に動かし、その一撃をかわした。ノートンの強烈な一撃に地面が揺れる。今度は逆の拳が燈に襲い掛かる。左フックのような恰好。燈は身を沈めてその一撃もかわすと、ノートンの懐に入り込み、ボディに右パンチを叩き込んだ。目にも止まらぬ早さだった。普通の人ならばその一撃でKO、腹筋自慢の亜夕美ですら無事ではすまない一撃だろう。しかし、そんな重い一撃も、ノートンには全く効いていない。逆に右のアッパーを放った。燈は素早く身を引き、上体を逸らして拳をかわすと、ガラ空きになったノートンの側頭部にハイキックを叩き込んだ。バシン!! と、聞くだけで意識が飛びそうなほど奇麗な音がフロアに響く。けれど、やはりノートンは平気な顔をしている。蚊に刺されたほどにも感じていない。振り上げたノートンの右拳が、勢いよく振り下ろされた。ジャンプしてかわした燈。そのまま思いっきり振りかぶり、ノートンの後頭部に強烈な蹴りを叩き込んだ。渾身の延髄斬りだ。多くのプロレスラーをマットに沈めたアントニオ猪樹の必殺技だ。これでダメなら、もう、ノートンは倒せないかもしれない。

 

 ノートンは。

 

 ――ギロリ、と燈を睨んだ。

 

 ダメだ! まったく効いていない!

 

 がしっ、と、ノートンが燈の足首を掴む。

 

 そのまま振り回し、フロア中央の柱に向かって投げつけた!

 

 ものすごい勢いで、頭から柱に向かって飛んで行く燈。このままだと激突だ!

 

 しかし燈は、パン、と床に手をつくと、そのまま空中でくるりと回転し、垂直の柱に足から着地した。

 

 だがそこに、その巨体からは想像できないスピードで間合いを詰めてきたノートンの拳が襲い掛かる!

 

 素早く左に飛ぶ燈。

 

 ノートンの拳は、柱を捉え。

 

 外周が五メートル以上はあろうかという太い柱を、粉々に破壊した!

 

 燈はノートンから離れた場所に着地したけれど、破壊された柱を見て、さすがに表情が歪む。とんでもない破壊力だ。当たらなければ意味は無いとはいえ、いつまでも逃げられるものではないだろう。そのうち捕まるかもしれないし、何よりこの船はもうすぐ沈むのだ。脱出までのリミットはそう長くはない。早く倒さなければいけないけれど、燈の攻撃は全く通用しない。やはり、いくら燈でも素手であのノートン相手に戦うのは無理なのか? 何か、武器は無いのか? あたしの木刀なんかでは何の役にも立たないだろう。燈、武器を隠し持っていないのか? 全部瑞姫に没収されて今はほとんど裸の状態だけど、まだ何か仕込んでたりしないのか? ブラのワイヤーの先が針みたいになってるとか、そういうヤツ。

 

 ノートンが再び燈に向かって突進する。

 

 燈は、ゆっくりとした動作で立ち上がると。

 

 左手で、右手を握った。

 

 ……なんだ、あの構え。不思議な構えだ。まさか、あそこに武器を隠しているのか? 期待が膨らむ。

 

 右手を握った燈は。

 

 ぶちっ! と、左手で、右手を引きちぎった!

 

 …………。

 

 はぁ!? 右手引きちぎった!? 何言ってんだあたし!? そんなわけないだろ!?

 

 ……いや……でも。

 

 燈の足元には、確かに右手が転がっている。そして、燈の右腕の先には何もない。どう見ても引きちぎったとしか思えない。

 

 と、次の瞬間――。

 

 燈の右腕の先から、ジャキン! と、刃が飛び出した!!

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 ちょっと、落ち着こうか、若葉さん。うん。落ち着いて、冷静に見れば、何が起こってるのか分かるかもしれない。えーっと。

 

 今、ノートンが燈に向かって突進している。燈のピンチだ。

 

 燈の足元には、右手が転がっている。さっき、燈自身が引きちぎったものだ。

 

 そして、燈の右腕には、剣みたいなのが付いている。

 

 …………。

 

 わかるかぁ!! 冷静に分析しても、やっぱり同じだ!

 

 理解不能な状況を前にしても、ノートンの突進は止まらない。

 

 もういい。後でゆっくり考えよう。考えて分かるとも思えないけれど、燈ならそういうこともあるかもしれない。そう納得しよう。

 

 ノートンが拳を振り上げた。軽くステップをし、その一撃をかわす燈。二撃目、三撃目、と、雨のように降り注ぐ拳を華麗なステップでかわしながら、ノートンとの間合いを計る燈。

 

 燈が武器を持っていた。しかし、はたしてあのノートンの鋼の肉体に通用するだろうか? 亜夕美の薙刀は粉々に砕け散った。亜夕美は足をケガして踏ん張りが効かなかったのだろうが、それを差し引いても、ノートンの身体には並の刃物じゃ通用しないのは明らかだ。燈は、一体どうするつもりだろうか?

 

 十発目の、左の拳をかわした時。

 

 キラリ、と、燈の目が輝いた気がした。

 

 行く! そう思った瞬間!

 

 燈は、右腕の剣を、ノートンの顔面に向かって突き出した!!

 

 剣は、まるで吸い込まれるかのように。

 

 ノートンの左目に、深々と突き刺さった!!

 

 いかにノートンが全身筋肉の鎧に包まれていようとも、目だけは鍛えようがない。脳に近く、そこを刺せばひとたまりもないだろう。まさしく急所だ!

 

 ノートンの動きが止まる。

 

 燈が、剣を引き抜く。

 

 ノートンの左目から。

 

 まるで噴水のように、真っ赤な血が吹き出し、飛沫となって、燈の身体を濡らす。

 

 ノートンは――。

 

 ゆっくりと、その場に倒れた。

 

 大きく息を吐く燈。

 

 思わず歓声を上げるあたしたち。

 

 最強ゾンビ・ノートンと、最強忍者・燈。一時はどうなるかと思ったけれど、終わってみれば一分もかかっていない、秒殺で燈の勝利だった。

 

 あたしたちは、燈の元に駆け寄った。「燈、大丈夫?」

 

「ええ。問題ありません」にっこりと微笑む燈。結局息一つ乱さなかった。

 

「そう。良かった」安堵の息を洩らすあたし。「――で、ちょっと訊きたいことがあるんだけど」

 

「なんですか?」

 

「それ、何?」

 

 全員で燈の右手を指さした。

 

「これですか? 暗器――いわゆる隠し武器です。一応忍者なんで、こういうの、いろいろ仕込んでますから」

 

「いや、隠し武器は分かるんだけど……右手はどうなってるの?」

 

「右手ですか? もちろん、無いですよ?」平然と答える燈。「あたし、子供の頃修行中に大ケガをして、右手を切断したんです。それ以来、ずっと義手です。でも、ただ義手を付けてるっていうのも、なんかもったいないので、中に武器を仕込んだんですよ」

 

 ナルホド。右手を失うほどの大ケガをしても、それを前向きにとらえて武器を仕込むとは、さすがは忍者だ。納得。

 

 ……できる話では、決して、ない。

 

「でも燈、今までずっと、右手使ってたよね? 右手で刀を持ってたし、右手で手裏剣投げてたし、右手で握手……は、してなかったけど、さっきも右手一本で天井からぶら下がってたじゃん。あんなこと、義手でできるの?」

 

「ああ。コレですか?」落ちている右手を拾う燈。「某軍事大国が開発した、超高性能義手です。とある任務で、その国の研究施設に潜入した時に見つけて、ついでに頂いてきました」

 

 さらっとした口調の燈。ツッコみどころが多すぎて何からツッコんでいいか分からない。とりあえず黙っている。燈は右腕の剣をひっこめると、そこに右手を取り付けた。すると、右手はくるくると回転をし始め、動きを確かめるように指が一本ずつ曲がり、また一本ずつ開いた。その動きは機械そのものだったけれど、三度、同じ動作を繰り返した後、機械のような動きは無くなり、自然な手の動きになった。

 

「脳神経と直結しているので、自由に動かせます」燈が言った。「握力は最大五〇〇キロ。便利なんですけど、細かい力の調整ができないのが欠点ですね。ときどき調整ミスをして、物を壊しちゃうんです」

 

 ナルホド。だから燈は、握手会では絶対右手を使わないのか。ファンの方の手を握り潰したら大変だからな。

 

「それと、この義手、見た目は完璧に人の手なんですけど、所詮は機械なので、触ったらバレバレなんですよ。試してみます?」右手を差し出す燈。

 

「……いや、いい。あたしは義手になりたくない」丁重にお断りする。「しかし……右手に剣を仕込んでるとか……あんたもとんでもない娘だね。まさか、左手にはサイコガンが仕込んであるんじゃないでしょうね?」

 

「サイコガンって、何ですか……?」不思議そうな顔をする燈。他の娘の顔にもハテナマークが浮かんでいる。

 

「あ……いや、知らないならいいや」ブンブンと手を振るあたし。最近の若い娘はサイコガンを知らないのか。軽くカルチャーショックを受ける。

 

「若葉先輩の言うことって、ときどきよく分からないんですよね」美咲が言った。コイツにだけは言われたくないんだがな。

 

「あ、そうだ」と、燈。「この義手のこと、誰にも言わない方がいいですよ? これ、持ち主である某軍事大国のトップシークレット事項だったらしくて、あたし、今でもその国の諜報部に追われてるんです。皆さんがこの義手のことを知った、なんて事が、もしアイツらにバレたら、命の保証はありませんから」

 

 なんだよそれ。そんな危険なもの、みんなに見せるなよ。某軍事大国って、アメリカしかないだろ。その諜報部って言えばCIAじゃないか。そんなものに狙われたら、あたしたちなんかひとたまりもないぞ? てか、CIAに追われてる娘がアイドルなんかやるなよ。

 

 ……なんてことをやってる場合じゃなかった。

 

 ぐらり、と、船が大きく揺れた。危うく倒れそうになる。頭上から、パラパラとコンクリートのかけらが降ってきた。ゾンビとの戦いで気づかなかったけれど、注意してみると、床がかなり傾いていた。船が沈み始めている……そう思った。瑞姫が船を爆破してからどれくらいの時間が経っただろうか? 早く脱出しないといけない。

 

「あ! 瑞姫先輩が逃げますよ!」

 

 美咲が七階のフロアを指さした。見ると、瑞姫は非常口の扉を開け、中に消えた。どこへ逃げるつもりだ? 五階の非常口の扉の前は相変わらずゾンビでいっぱいだ。下に降りることはできないだろう。なら瑞姫は、上に行ったのか。

 

 燈が瑞姫を追おうと、走り出した。

 

 しかし、数歩走ったところで、片膝をつく。

 

「――燈?」

 

 駆け寄って様子を確認する。燈は、右の足首を押さえていた。赤く、大きく腫れ上がっている。ノートンに延髄斬りをした方の足だ。ノートンの身体はコンクリート、いや、鋼鉄のようなものだ。それを思いっきり蹴れば、さすがの燈も無事では済まないだろう。この足で追うのは無理だ。

 

 再び、船が大きく揺れた。また、コンクリートのかけらが降ってくる。

 

「まずいですね……」七階から下りてきた遥が言った。「この建物、崩れるかもしれません……」

 

 確かにその可能性は高い。船は爆破され、ドンドン傾いている上に、さっきのノートンの強烈なパンチで、柱が一本折れてしまった。コンクリートのかけらは雨のように降り始めている。ここにいるのは危険だ。

 

「しょうがない。瑞姫を捕まえるのは諦めよう。まずは船から脱出しなくちゃ」由香里が言った。

 

「でも、どうやって脱出するの?」と、睦美。「救命ボートは、二十人乗りのものが一台しかないんだよね? あたしたちはもちろん、先に向かったエリたちだって、四人乗れない」

 

 そうだった。瑞姫が最初にそう言っていた。エリたちはどうしただろうか? まさか、誰が乗るかで争いになってないだろうか?

 

「大丈夫だよ」由香里が言う。「二十人っていうのは、あくまでも成人男性での計算だよ。一人七〇キロで計算してるとして、積載量は一四〇〇キロ。あたしたちはアイドルだ。体重はだいたい五〇キロ前後。計算上、二十八人が乗れる。二十四人なら、余裕だよ。それに気づかないエリじゃないだろうし」

 

 そうか! そうだよ! ああ! アイドルやってて良かった!

 

「でも……」と、まだ声の暗い睦美。「あたしたちはどうするの? もうエリたちは脱出しただろうし、もし待っていてくれてたとしても、さすがに全員は乗れないだろ?」

 

 それは……確かにそうだ。

 

 エリたち二十四人と、ここにいる十一人。合せて三十五人だ。計算上、七人が乗れないことになる。

 

 みんな、顔を合わせる。全員は助からない。誰かが残らなければいけない。

 

 みんなの視線が鋭くなった。誰も、何も言わず、睨み合う。四人しか助からない。その四人を選ぶためには、やることはひとつしかない。

 

 全員の殺気が、少しずつ高まっていくのが分かった。みんな、同じことを考えているのだ。

 

 ならば、先に動いた方が有利だ。

 

 あたしは、意を決し、そして――。

 

 

 

『「あたしが残る」ります』

 

 

 

 そう言った。

 

 それは、誰よりも早く言ったつもりだったけど。

 

 その場にいるほぼ全員が、同時に、同じことを言っていた。

 

 みんな、しばらく無言で見つめ合い。

 

 そして、同時に笑い始めた。

 

「どうする? これじゃあ、誰が脱出するか、じゃなくて、誰が残るか、で、もめそうだよ?」笑いながら、あたしは言った。

 

「いっそのこと、戦って決めようか?」と、亜夕美。「勝った人が残る、ってことで」

 

「冗談でしょ? それじゃあ、燈や亜夕美が圧倒的に有利じゃない」と、深雪。「ここは公平に、年齢順で行こうよ。若い娘が脱出、ってことで」

 

「どこが公平なんですか」と、遥。「この先のヴァルキリーズのことを考えれば、ランキング上位の人から脱出すべきだと思いますよ?」

 

「それは全く逆だよ」と、由香里。「この先のヴァルキリーズのことを考えたら、次の世代を担う、あなたたちこそ脱出するべきだよ」

 

「いいえ、あたしは残ります」亜紀が手を挙げて宣言した。

 

「いや、あたしが残る」睦美も手を挙げる。

 

「いやいや、あたしが残るよ」七海も手を挙げた。

 

「いえいえ、ここはあたしが」恵利子も手を挙げる。

 

「あたしも残ります」と、遥。

 

 続いて、燈が、深雪が、亜夕美が、由香里が、「あたしも残る」と、手を挙げ。

 

 もちろん、あたしも手を挙げる。

 

 残ったのは、美咲だ。

 

 全員一斉に、美咲の方を見る。

 

 しかし美咲は。

 

 ――――。

 

 うつむいたまま、何も言わなかった。

 

 やらないのかよ! 思わずみんなでズッコケそうになる。せっかく振ったのに、スルーはないだろう。たとえマンネリと言われようと、ワンパターンと言われようと、継続は力なりだぞ? バカ殿を見ろ。何年同じネタをやってると思ってるんだ。あたしが子供のころから同じネタなんだぞ?

 

「あの……若葉先輩……」美咲が、恐る恐るという感じで顔を上げた。

 

 ……そう言えば美咲、さっきから全然喋ってないな。怖くなってきたのかな? まあ、それも仕方ないだろう。美咲はまだ十八歳の女の子だ。リアルな死を間近に感じれば、怖気づくのも無理はない。

 

 あたしは、優しく微笑んであげた。「いいよ、美咲。あなたは脱出しな。あなたは、三期生最高ランクの、桜美咲。これから、ヴァルキリーズで最も活躍するメンバーだもの」

 

 あたしの言葉に、みんなも大きく頷いてくれた。

 

「あ、いえ、そうじゃなくてですね――」美咲は、ショッピングモールの一角を指さした。「救命ボートなら、あそこにあるんじゃないですか?」

 

 それは、ホームセンターだった。

 

「バカなこと言ってんじゃないわよ」呆れ顔の睦美。「いくらホームセンターでも、そんなもの売ってるわけないでしょ。船の中で救命ボート売るなんて、どういうジョークよ」

 

 みんなも、やれやれという表情だけど。

 

 あたしと亜夕美と七海だけは、目を丸くして顔を合わせて、そして。

 

「エライ! 美咲!! よく覚えてた!!」

 

 三人で美咲の頭をぐしゃぐしゃに撫でてあげる。

 

 そうだよ! 三日目に七海が言ってた! この船のショッピングモールには、救命ボートを売ってるって! まさか瑞姫もそこまで気を回してないだろう!

 

「へ? まさか、あるの!?」睦美たちも目を丸くして驚く。

 

「そう! あるんだよ!!」あたしたちはホームセンターへ向かって走った。

 

 中はかなりの広さだったけれど、すぐに見つけることができた。十五人乗りのドーム型の大型ボートと、三人乗りの小型のボートが一つずつだ。どちらも緊急時に膨らむゴムボートタイプで、大型はスーツケース、小型はバックパックに入ってあり、簡単に持ち運ぶことができる。

 

「よし。じゃあ睦美、一緒に運んで。遥たちは、ケガをしてる娘を。若葉と燈は、ゾンビをお願い」由香里がテキパキと指示を出す。

 

 しかし。

 

「……ゴメン、由香里」あたしはバックパックを背負った。「あたしは、瑞姫を追うよ」

 

「えぇ!? 何言ってんの!!」驚く由香里。

 

「大丈夫。まだ脱出できる時間はあるだろうし。瑞姫は、必ず捕まえる。捕まえて、罪を償わさないと。それが、あたしが仲間にしてあげられる、唯一のことだから」

 

 あたしは、まっすぐに由香里を見つめた。

 

 もう、決めた。

 

 どんなに由香里が反対しても。キャプテンの命令でも。

 

 あたしは、瑞姫を追う。必ず、捕まえる。

 

 それが、瑞姫を――仲間を救うことになるはずだから。

 

 そう信じて。

 

 由香里も、まっすぐにあたしを見つめる。「どうしても、行くのね?」

 

 あたしは、力強く頷いた。「瑞姫はあたしに任せて、みんなは、先に脱出して」

 

「仕方ない娘ね」微笑む由香里。「分かった。先に行って、待ってるからね」

 

「ありがとう。必ず脱出するから」

 

 強い決意を込め、由香里に、みんなに向かって言った。

 

「若葉先輩……チーフ……」美咲が、悲しげな眼で見ていた。

 

「そんな顔しないで。すぐに追いつくから、心配しないで」優しく言ってあげる。

 

「心配しますよ! だって今、若葉先輩も、チーフも、二人とも死亡フラグが立ったんですよ!?」

 

 コイツ、まだそんなこと言ってるのか。まあ確かに、「ここは任せて先に行け」とか、「先に行って待ってるぞ」は、典型的な死亡フラグだけど。

 

 ふふ、と笑い、あたしは美咲の頭を撫でた。「大丈夫。今までいろいろ死亡フラグが立ったけど、全部無視してきたんだから」

 

「ま、そうですね。あたしもそう思います」美咲も笑って応えた。

 

「じゃあ、若葉、絶対に、無茶しないでね!」

 

 由香里の言葉に、あたしは。

 

「もちろん! そっちも、気を付けて!」

 

 笑顔で応え、そして。

 

 ホームセンターを出て、あたしは、瑞姫の消えた階段へ走った――。

 

 

 

 

 

 


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