ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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Day 7 #01

「――それでは、本日はこれで解散とします。今日はゆっくりと休んでください。でも、明日からお披露目公演の本格的なレッスンが始まります。気を引き締めていきましょう。お疲れ様でした!」

 

 キャプテンの由香里の締めの言葉で、全員一斉に、「お疲れ様でした!!」と、頭を下げる。今日のお仕事はこれにて終了。時計を見ると、午後六時を少し過ぎたところだ。アイドル・ヴァルキリーズのここ数年の人気は凄まじく、目の回るような忙しさだ。普段仕事が終わるのは日付が変わるころというのが普通で、こんな時間に終わることはめったにない。

 

 今日、お仕事が早く終わったのには理由がある。実は昨日、アイドル・ヴァルキリーズ最大のイベント、第5回称号争奪戦のランキング発表があったのだ。二週間後にはランキング結果を元にしたお披露目公演というのが控えていて、明日からそのレッスンが始まる。当然それ以外のお仕事もあり、これまた目の回るような忙しさになるのだ。しかし、ランキング終了後、すぐに次の仕事に取り掛かるのはさすがにキツイ。仲間同士で競い合うことになるランキング発表は、メンバーの精神的疲労が非常に激しいのだ。ということで、毎年ランキング発表の次の日は、軽めのスケジュールになっているのである。今日は、午後四時からの二時間、ライブ会場の下見と軽いミーティングのみ。あとは自由、解放、フリーダムである。せっかくなので誰か誘ってご飯でも食べようかと思ったけれど、由香里はキャプテンということもあり、この後スタッフ細かな打ち合わせがあるらしい。美咲は、「キロ部隊のみんながあたしの到着を待っている」という謎の言葉を残し、さっさと帰ってしまった。たぶん、新しいゲームでも出たのだろう。他のメンバーもせっかくの半オフ日なので、メンバー以外の友達や家族と過ごしたり、一人でのんびり過ごしたりするようだ。ま、今日くらいはしょうがない。あたしも久しぶりに自宅でのんびり映画でも見るか。帰り支度を整える。

 

「お疲れ、若葉」由香里が声をかけてくる。「明日からのレッスン、頑張ろうね」

 

「うん。由香里も、大変だろうけど、頑張ってね」

 

「ありがと。今日くらいは、日付が変わる前に家に帰りたいよ。じゃ、また明日」

 

 由香里は手を振り、スタッフの元へ走って行った。明日からお披露目公演のレッスンか。半オフはいいんだけど、気を緩めないようにしなきゃな。

 

 お披露目公演とは、毎年ランキング発表の二週間後に行われるライブイベントである。最新のランキング結果を元に再編成された、言わば新しいヴァルキリーズを発表するイベントだ。

 

 ライブやコンサートの準備はそれだけでも大変なのだけど、毎年お披露目公演は、準備期間が二週間と、非常にタイトなスケジュールだ。しかも、ランクが変わればポジションが変わり、当然、ダンスの振りや歌うパートも変わる。それも、今まで発表した曲、全てである。例えば、あたしは長年3位をキープし、ほとんどの曲で前から二列目のポジションで歌っていたけれど、今年は4位に落ちてしまった。ポジションはひとつ下がって3列目になる。覚え直すのはかなり苦労しそうだ。深雪や亜夕美など、上位でランクが固定している娘はいいんだけど、多くの娘は、あたしのように新たなポジションで振りと歌を覚え直さなければいけない。

 

 特に今年のランキングは順位の変動が激しく、ポジションが大きく変わる娘が多い。

 

 過去四回のランキングでは、順位に変動はあれど、称号を獲得できる上位九名のメンバーは、ほとんどが一期生だった。唯一、最強忍者の一ノ瀬燈が8位にランクインしたくらいである。燈は、二年前に行われたヴァルキリーズメンバーのマラソン大会を制していて、一度だけセンターポジションを務めたことがあり、それで人気が出たのだ。

 

 それが、今年はなんと、二期生以下の後輩メンバーから、一気に四人のメンバーが称号を獲得したのである!

 

 まず、去年行われた『特別称号争奪戦・スパイダー・マスターマインド大会』で準優勝し、優勝者の瑞姫が辞退したことでセンターポジションを務めた武術もできる白衣の天使・藍沢エリがなんと3位にランクインしたのを始め、スポーツ系の番組や時代劇でも活躍した燈が6位。妹系ゲームオタクのキャラが大ブレイクした三期生の桜美咲が7位。『スパイダー・マスターマインド』対決でキャプテンの由香里を破り3位入賞を果たした超クソマジメ一直線娘・篠崎遥が9位にランクインと、ヴァルキリーズの歴史が大きく動いたランキング結果となった。

 

 しかし、称号を獲得する後輩メンバーがいれば、当然称号を失う先輩メンバーがいることになる。今回、10位の白川睦美、11位の宮本理香、17位の滝沢絵美の一期生メンバー三人が称号を失った。あたしも称号こそ失わなかったものの、ベスト3の座をエリに奪われた。みんな、かなり悔しい思いをしている。特に睦美の悔しがりっぷりがハンパない。称号は何故か九つしかないので、ベスト10入りしても称号は獲得できないのだ。テレビなどのメディア出演も九人で切られることが多く、一番悔しい思いをするのが10位なのだ。

 

 とはいえ、エリたちの称号獲得は、後輩メンバーの成長の証であり、喜ばしいことだ。先輩メンバーにも良い刺激になる。睦美など、「来年は絶対称号を取り返します!!」とステージ上で公言し、早くも話題になっている。あたしも絶対ベスト3に返り咲きたいと思っている。これからもアイドル・ヴァルキリーズから目が離せない。忙しくなるぞ。

 

 ま、それも明日からの話だ。今日は家に帰って、のんびり過ごそう。

 

「じゃ、みんな、また明日ね。おつかれさま!」

 

 あたしはサングラスにマスクを着け、帽子を目深にかぶると、みんなと別れ、会場を出て駅へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 夕方の帰宅ラッシュを迎えつつある大通りをしばらく歩いていたら。

 

「あれ? 若葉じゃねぇ?」

 

 すれ違いざま、男の人に呼ばれた。

 

 あたしたちアイドル・ヴァルキリーズも、デビューから五年が経ち、今や国民的アイドルと言われるまでに成長した。街を歩けば、たとえサングラスにマスクに帽子で顔を隠そうとも、バレるときはあっさりバレる。ファンの人から声をかけてもらえるのはすごくありがたいことなんだけど。

 

 ……いきなり、「若葉じゃねぇ?」と来たか。

 

 気持ちは分からないではない。いつもテレビなどで見てくれていれば、親しみがわいてくるのだろう。

 

 でも、面と向かって若葉呼ばわりはないだろう。

 

 普段、キャプテンの由香里を始め、マネージャーやプロデューサーから、「ファンは大事にしろ」と言われている。しかし、初対面でいきなり呼び捨てにする礼儀知らずを、仕事中ならともかく、プライベートの時まで相手にすることはないだろう。あたしは男の声を無視し、そのまま足を止めず家路を急ぐことにした。

 

 しかし。

 

「おい、若葉ってば?」男の人はあたしの後についてくる。

 

 ここで相手にしたら負けだ。あたしは歩くスピードを上げる。

 

「若葉、待てって!」

 

 ぐい。肩を掴まれ、引っ張られた。

 

 かっちーん。完全に頭にきた。礼儀知らずにもほどがある。ここは、ガツンと言ってやらないと気が済まない。

 

 あたしはサングラスを取り、キッ!! と、無礼者を睨みつけ。「あたし、あなたに若葉なんて呼び捨てにされる覚えはないんですけど?」

 

 ハッキリと言ってやった。

 

 男の人は、あたしの肩から手を放し、目を丸くして驚いていた。やがてしゅんとした顔になり、肩を落とす。「……そ、そうだよな。もう、あの頃とは違うもんな。悪かった……いや、スミマセンでした」

 

 ちょっと、予想外の反応。こういう人だから、「あん? 芸能人だからって調子に乗ってんじゃねぇぞ!!」とか言うんと思ってたんだけどな。それに、あの頃と違う、って、どういうことだ?

 

 ……うん?

 

 この人、どこかで会ったような?

 

 そう思った瞬間。

 

 今度は、あたしが目を丸くする番だった。

 

「……ひょっとして、耕作君!?」街中であることを忘れ、思わず大声を上げてしまった。

 

「そ、そうだよ。誰だと思ったんだ?」困惑した表情が、少し緩んだ。

 

「ゴメン、マナーの悪いファンの人かと思っちゃった!」口元に手を当て、しばらく見つめ合う。やがて、どちらからともなく笑い合った。

 

 彼は岩瀬耕作君。高校の同級生で、あたしと同じ剣道部でキャプテンを務め、一緒に練習し、汗を流した仲間だ。そして、もっと言えば……高二の夏から卒業するまでの一年半、お付き合いをした人だ。

 

 一応断っておくけれど、あたしがヴァルキリーズの活動を始めたのは二十歳の時だ。ヴァルキリーズには恋愛禁止という鉄の掟があるけれど、さすがに過去の恋愛までどうこう言われたりはしない。耕作君と恋人同士だったのは高校の時だけだから、セーフである。

 

「そうだよな。今や若葉は、日本を代表するトップアイドルのメンバーだもんな。気安く声をかけて、どうもすみませんでした」冗談っぽく言い、そして、なつかしい笑顔になった。

 

「ゴメンってば。だって、マナーの悪い人って、ホントに多いんだから」あたしも笑う。「ところで、こんな所で何してるの?」

 

 訊いてみた。あたしたちの出身地は、東京から遠く離れた岡山県の、山奥と言っていいほどド田舎の小さな町である。高校卒業後、あたしはアイドルを目指して上京したけれど、耕作君は地元の大学に進学した。その後は連絡を取っておらず、風のうわさで地元の企業に就職したと聞いたくらいだ。

 

「ちょっと、出張で、しばらく東京にいるんだ。そうだ。若葉、この辺で、うまい飯屋、知らないか?」

 

「え? ご飯?」

 

「そう。今日の仕事は終わったから、飯食ってホテルに帰ろうとしてたところなんだ。良かったら、」一緒にどうだ?」

 

「あ……えーっと……」思わず言葉に詰まる。

 

「あ、悪い。ひょっとして、これから予定があるのか? そうだよな。お前、毎日忙しそうだもんな」

 

「ううん。そうじゃないの。この後は何の予定も無いよ。無いけど……」

 

 うーん、困ったな。

 

 はっきり言って、食事には行きたい。せっかく久しぶりに再会した同級生だ。ここ数年あたしは仕事が忙しく、全然里帰りができていない。剣道部のみんな、クラスメートのみんな、部活帰りによく立ち寄ったお好み焼き屋のおばちゃん……みんな、どうしてるだろう? 話したいことはたくさんある。

 

 しかし、あたしは恋愛禁止を鉄の掟に掲げたアイドル・ヴァルキリーズのメンバーで、しかも一期生であり、その上最年長だ。キャプテンやブリュンヒルデほどではないにしても、後輩メンバーの模範にならなければいけない立場である。それが、男性(しかも元カレ)と二人っきりで食事をしたとなると、いろいろとマズイのだ。もちろん、耕作君と別れたのはもう七年も前の話であり、いまさら恋愛感情なんてない。耕作君だって同じはずだ。食事に行ったくらいでどうかなるということは絶対にないけれど、残念ながら世間はそうは思ってくれないだろう。

 

 と、あたしがまごまごしていると。

 

「……あ、そうか。そうだよな」耕作君は、すまなさそうに微笑んだ。「もう昔の若葉じゃないもんな、ゴメン」

 

「いや! そんなつもりじゃないよ! 決して、芸能人だからとかじゃなくて――」

 

「分かってるって」耕作君はにっこりと笑う。確かにその口調には、皮肉やイヤミを込めたような感じではない。「あれだろ? 『恋愛禁止』ってやつ。大変だよな、アイドルも。ちょっとしたことでも週刊誌にスクープされて、あることないこと書かれて、真偽なんて二の次で、仕事に影響が出るんだもんな」

 

 そう言うと、耕作君は名刺を取り出した。「これ、今の俺の連絡先。今度岡山に戻って来たら、連絡してくれよ。みんなで一緒に飲みに行こうぜ」

 

 あたしが名刺を受け取ると、耕作君は「じゃあな」と、手を挙げ、背を向けて歩き始めた。

 

 あたしは、貰った名刺をじっと見つめる。

 

 迷惑にならないように連絡先だけ教えてくれて、しかもケータイのアドレス交換ではなく名刺だ。あたしの連絡先は聞こうともしない。そして、二人っきりではなくみんなで会おうと言う。

 

 ……耕作君、変わってないな。何も言わなくてもこちらの事情を察してくれる。昔からそうだった。剣道部のキャプテンとして、みんなへの心配りがしっかりしていた。いっそのこと無理矢理誘ってくれた方が断りやすかったんだけど、こんな紳士な対応をされると、あたしの心も揺らいでしまう。

 

 えーい、しょうがない。

 

「耕作君、待って」

 

 あたしは、耕作君の後ろ姿に声をかける。

 

 耕作君が振り返った。「何?」という表情。

 

 あたしはにっこりと微笑み。

 

「行こう、ご飯。この近くにおいしいお店があるから」

 

 駆け寄って、耕作君の腕を取った。耕作君、戸惑いの表情。「え……あ、いいんだぞ? ムリしなくても」

 

「ムリなんてしてないよ。せっかく久しぶりに会えたんだもん。話したいこといっぱいあるし。さ、こっちこっち!」

 

 あたしは耕作君の腕を引っ張り、よく由香里たちと通っている近くの居酒屋さんへ向かった。

 

 元カレと二人っきりで食事。ヴァルキリーズメンバーとしてはちょっと問題がありそうな行動だけど、ま、バレなきゃいいでしょ。昨日のランキングで3位に入ったエリや、7位の美咲みたいな若手の注目メンバーならともかく、あたしみたいな古参メンバーにパパラッチが張り付いてるなんてことはないだろう。帰宅時に偶然出会った同級生と食事するところをスクープされる可能性は低い。そもそも、あたしも二十五歳でいい歳だ。まさかこの歳で男の人と二人っきりで食事をしたくらいで、恋愛禁止だのなんだの騒がれたりもしないだろう。

 

 ――などという甘い考えで。

 

 あたしは、耕作君と二人、馴染みの居酒屋さんへ入った――。

 

 

 

 

 

 


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