ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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Day 6 #07

「――福井出身、朝比奈真理、十四歳です。亜夕美さんのような、武術を極めたアイドルになりたくて、ヴァルキリーズに入りました。どうか、よろしくお願いします!」

 

 まだ幼さの残る顔にキラキラと希望の光を輝かせ、朝比奈真理と名乗った娘は、勢いよく頭を下げた。その初々しい姿に、みんな笑顔を浮かべ、温かい拍手で迎える。亜夕美のようなアイドルか。ちょっと声が小さくて元気がないのが心配だけど、これから剣道を始めれば変わっていくだろう。亜夕美を見ると、うんうんと嬉しそうに頷いていた。亜夕美は面倒見のいい性格だ。真理ちゃんはこれから、優しくもみっちりとしごかれるだろう。どう成長していくか楽しみだ。

 

 ここは、国営放送ホール。今日は、来月行われるコンサート、『アイドル・ヴァルキリーズ第四期生入隊式』のレッスン初日だ。先月行われた第四期生オーディションに見事合格したメンバーが、初めてヴァルキリーズに合流する日である。期待と不安の入り混じった表情の若き戦乙女たちが、一人一人、簡単な自己紹介をしていく。

 

 真理ちゃんが後ろに下がり、続いて、その隣に並ぶ娘が一歩前に出た。四期生の中ではやや大人びた顔だちをしている。美咲と同じくらいの歳だろうか? 体育会系のヴァルキリーズのイメージとは違う、おっとりとしたお嬢様タイプに見える。

 

「広島から来ました、沢井祭、十八歳です。看護資格を持っています。藍沢エリさんのような、清楚なアイドルになるのが夢です。よろしくお願いします」ゆっくりとした動作で頭を下げた。

 

 ナルホド。看護資格を持っているということはシスタークラスの娘か。どうりでお嬢様っぽいと思った。三期生から募集が始まったシスタークラスは、それまでのヴァルキリーズの体育会系で汗臭いイメージを払拭するために、清純派の娘が中心に選ばれている。

 

 しかし、夢があのエリとは……可哀そうに。

 

 エリは、世間一般にはお嬢様キャラで通っているけれど、それはとんでもない間違いで、実際は、売られたケンカは先輩後輩問わず喜んで買う、かなり好戦的な性格をしている。剣道を習っているけれど、最大の武器は容赦なく相手の痛いところをつく口撃だ。その姿は清楚なアイドルとは程遠い。祭ちゃんも早ければ今日中にもその現実を目の当たりにするだろう。夢を汚されショックで泣きながら広島に帰るなんてことにならなきゃいいけど。心配だ。

 

 祭ちゃんが下がり、続いて、隣の娘が一歩前に出る。さっきの真理ちゃんよりもさらに幼い顔立ちの娘だ。

 

「東京出身、浅倉綾、十三歳です! 深雪さんのような、絶対的存在のエースになるのが夢です! よろしくお願いします!!」

 

 あん? 十三歳だ? ケンカを売ってるのか? 新入りがいい度胸だな。いじめてやる。

 

 ……なんてね。半分冗談だけど(半分?)。

 

 しかし、十三歳とはね。ついこの前までは小学生だったわけだ。まあ、最近では小学生アイドルなんて珍しくないけど、このヴァルキリーズでは間違いなく最年少だ。しかも、ヴァルキリーズに入ったその日に、深雪のような絶対的なエースを目指すとみんなの前で公言するこの度胸。若さがまぶしいとはこのことか。最年長のあたしには無い魅力がたっぷりだな。これからが楽しみだ。

 

 しかし。

 

 目標が亜夕美とか、エリとか、深雪とか……みんな、ヴァルキリーズのメンバーに憧れて入って来るんだなぁ。それはもちろん嬉しいことなんだけど、一期生のあたしとしては、ちょっとさみしかったりもする。

 

 というのも、ヴァルキリーズのコンセプトは、『歌って踊れる戦乙女』のほかに、もうひとつあって。

 

 それは、『夢への通過点』。

 

 そう。アイドル・ヴァルキリーズは終着地点ではない。ここは、いわば学校のようなもので、仲間とともにいろいろと学び、夢を叶えるステップとする場所なのだ。

 

 例えば、あたしの夢は女優である。高校卒業とともに上京し、二年ほど細々と活動していたけど、まったくチャンスに恵まれなかった。そんな時、このアイドル・ヴァルキリーズのメンバー募集を見た。その時掲げられていたコンセプトが、前述の二つである。歌や踊りなんてそれまで全然やったことはなかったけど、挑戦してみようと思った。あたしは高校時代、剣道で全国大会に出場した経験があり、戦乙女というイメージにハマると思った。何より、夢への通過点というのに惹かれた。アイドルをやりながら女優を目指す。大物女優と呼ばれている人の中には、かつてアイドルとして活躍してた人はたくさんいる。

 

 それから四年が経ち、アイドル・ヴァルキリーズは、国民的アイドルと呼ばれるまでに成長した。歌やダンスのレッスン、歌番組への出演やコンサート、レコーディング、握手会など、女優とは言えないお仕事がほとんどだけど、それはそれで楽しいし、何より、ヴァルキリーズに属していることでもらえるお仕事がたくさんある。おかげさまで何本ものドラマや映画、舞台劇に出演させてもらった。残念ながらあたしの演技力が役の大きさに追いつかず、「国民的アイドルグループの一人として、話題性だけで起用された」と、世間の人から言われている。正直それは自分でもそう思うし、たぶん本当のことなのだろう。それを悪く言う人も、もちろん多い。「あんな演技力でドラマに出て、恥ずかしくないのかな?」と、現場で陰口を言われることもある。でもあたしは、ヴァルキリーズのオーディションに合格し、ここまで大きくするために、死ぬほど努力をしてきたつもりだ。その結果得たチャンスに、何を恥じることがあるだろう。あたしはこれからも、アイドル・ヴァルキリーズのメンバーとして、女優を目指し、挑戦し続ける。

 

 あたし以外にも女優が夢の娘はいる。深雪や亜夕美、七海などがそうだ。また、由香里はシンガーソングライター志望だし、睦美はモデルを目指している。マルチタレントや声優を目指している娘もいる。チャンスをつかみ、ヴァルキリーズから羽ばたいて行った娘も多い。残念ながらあたしは、まだまだ女優として独り立ちするレベルに達していないと思うから、卒業は考えていない。でも、その時が来たら、ヴァルキリーズを卒業しなければならない。次のステップに進まなければならない。

 

 そんなわけで、アイドル・ヴァルキリーズは本来、夢への通過点となる場所のはずなんだけど。

 

 ここ数年は、「アイドル・ヴァルキリーズに入るのが夢でした」という娘がほとんどだ。まあ、ここまでヴァルキリーズが大きくなってしまったら、それも当然と言える。別にそれは悪いことではない。ヴァルキリーズの活動をしながら新たな夢を見つければいいし、なんならずっとアイドルでも構わないだろう。四十歳五十歳になってもアイドルを続ける人だっているのだ。

 

 でも、『夢への通過点』というコンセプトに惹かれてオーディションを受けたあたしとしては、ちょっとさみしくなるんだよね。年寄りのたわごとと言われたらそれまでなんだけどさ。

 

 四期生の自己紹介は続く。十三歳最年少の綾ちゃんが後ろに下がり、その隣の娘が前に出た。綾ちゃんと同じぐらいの年頃の娘だ。

 

 その娘は、キラキラした笑顔であたしたちを見ると。

 

「和歌山から来ました、雨宮朱実、十五歳です! ハリウッド映画のヒロインになれるような、世界に通じる女優を目指しています! 一生懸命頑張りますので、どうか、よろしくお願いします!!」

 

 これまでの誰よりも元気な声でそう言って、頭を下げた。

 

 

 

 ――――。

 

 

 

 あたしは、思わず。

 

 誰よりも先に、誰よりも大きく、手を叩いた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ……ろ

 

 ……きろ

 

「――起きろ!」

 

 

 

 

 

 

 ぱしゃん、と、顔に冷たいものがまとわりつき。

 

 あたしは意識を取り戻した――。

 

 

 

 

 

 


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