ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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Day 5 #06

 それはまるで、ビデオのスローモーションのように、ゆっくりと、流れて行った。

 

 深雪が背を向けた瞬間、舞が起き上がり、ナイフを振り上げて襲い掛かる。

 

 深雪は、それに気づかない。

 

 亜夕美が走った。

 

 右足には銃弾を受けている。分厚い袴越しに、血が噴き出し、床に飛び散る。

 

 でも、まるでそれに気づいていないかのように、痛みを感じていないかのように、亜夕美は、全力で走る。

 

 舞が、ナイフを振り下ろす。

 

 深雪が振り返る。

 

 その間に。

 

 亜夕美が立った。

 

 振り下ろされたナイフが。

 

 ――――。

 

 亜夕美の左の手刀で、払われた。

 

 驚愕と悔しさに歪む舞の顔に。

 

 亜夕美の右拳が炸裂した!

 

 その反動で。

 

 舞の体は、ぐるんと回転し、うつ伏せに倒れた。

 

 亜夕美の足から、さらに血が噴き出す。

 

 忘れていた痛みが戻って来たかのように。

 

 亜夕美の体が、がくんと、崩れ落ちる。

 

 それを。

 

 深雪が抱きとめ、支えた。

 

 二人の目が合った。

 

 お互い、しばらく無言で見つめ合い。

 

 そして、恥ずかしそうに、目を背けた。

 

「……トドメさしてないのに、敵に背中を向けるな、バカ」亜夕美が言った。

 

「バ……バカとは何よ! バカとは! バカって言った方がバカなんだからね!」頬を膨らませる深雪。

 

「子供かよ……まったく……」笑った亜夕美の顔が、憐れむような表情になる。右手を、深雪の頬に当てた。深雪の顔は、舞に蹴られ、大きく腫れ上がり、傷つき、ヴァルキリーズ一のルックスと言われた顔は、見る影もない。「……ゴメン、あたしのせいで、可愛い顔が台無しだね。あんた、そこしか取り柄が無いのに」

 

 おおっと。亜夕美、言いますね。

 

 しかし、深雪は動じることも無く。

 

「大丈夫よ。あたしの可愛さを甘く見ないで。ちょっとくらい傷がついても平気なんだから。これくらいなら、まだみんなに勝ってるでしょ?」深雪は胸を張った。

 

「……いや、例え本気でそう思ってても、一応否定しろよ」

 

 まったく同じことを、今、あたしも思った。

 

 二人はまた無言で見つめ合い。

 

 同時に笑い始めた。

 

 おかしくてたまらないという風に笑い続け。

 

 そしていつの間にか、泣き出していた。

 

 泣きながら、抱きしめあう二人。

 

 そこにはもう。

 

 お互い嫌い合い、言葉を交わさない二人は、もういなかった。

 

 いや、最初からそんな二人はいなかったのだ。

 

 言葉を交わさなかったのは事実だけど、決して、嫌い合っていたわけではない。

 

 二人は、お互い競い合い、認め合い、そして、尊敬し合ってきたのだ。

 

 ただそれを、表に出すことができなかっただけなのだ。

 

 二人とも、ただ不器用なだけだったのだ。

 

 でも、もう。

 

 そんな不器用な二人は、もういない。

 

 深雪と亜夕美は、言葉を交わさなかった時間を取り戻そうとしているかのように、長い時間抱き合い、そして、泣き続けた。

 

 うん、いいシーンだな。

 

 …………。

 

 まあ、それはいいんだけどさ。

 

「あのー。いい雰囲気のとこ悪いんだけど、あたし、そろそろ頭に血が上ってクラクラしてきたから、先に下してくれない?」

 

 あたしは、恐縮しながら言った。

 

 そう。

 

 二人が戦って、勝って、それからラブラブしてる間も、あたしはずっと、逆さ吊りで、ぶらぶらしているのだ。

 

 深雪と亜夕美がこちらを見る。

 

 そして、同時に噴き出した。

 

 

 

 

 

 

 五分後。あたしはようやく宙吊りから解放された。

 

「――ふう。あと一〇分遅かったら、頭の血管が切れてたかもしれないよ。いや、その前に、足がちぎれてたかも」

 

 冗談っぽく言うと、深雪と亜夕美は見つめ合い、そして、また一緒になって笑い始めた。

 

 あたしは、そんな二人の姿を、微笑ましく見つめた。

 

「……何? そのキモい顔」深雪の顔から笑顔が消え、汚いものを見る目つきになる。

 

「大丈夫。深雪には指一本触れさせないから。今度から変な人がいたら、いつでも知らせてね」亜夕美が深雪をかばうように立つ。そんな光景も微笑ましい。

 

「でも、よくスタンガンとか持ってたね」あたしは深雪に言う。「そんなに変質者とか多いの?」

 

「まあね。さすがに使ったのは今回が初めてだけど、危ないと思ったことは、何度もあるよ。あと、盗聴機や盗撮カメラを見つける機械も持ってる。自宅とかでもそうだけど、特に気を付けないといけないのが、宿泊施設とかなの。ホテルなんかに泊まる時には、あたし、絶対先に調べるようにしてるもん。実際盗聴器を見つけたことも、何回かあったし」

 

 ……そんなことがあったのか。それは怖いな。あたしも気を付けないと。

 

 なんて言ってる場合でもないか。

 

「二人とも、とりあえず一度、操舵室に戻ろう。ケガを治療しないと」あたしは言った。深雪も亜夕美も、さんざん殴られ蹴られ、もうボロボロだ。特に亜夕美は、足に銃弾を受けている。もしかしたらエリの手には負えないほどの大ケガかもしれない。深雪もそのことを思い出し、心配そうな表情で見つめる。

 

「大丈夫だよ」亜夕美は笑顔で言った。「弾は貫通してる。この出血量なら、血管に損傷も無だろうし、すぐに良くなるよ」

 

 それを聞いて少しほっとしたけど、完全に安心はできない。亜夕美のことだ。強がって言ってる可能性もある。

 

 亜夕美に肩を貸す深雪。ここが十八階のエレベーターホールで良かったよ。操舵室から近いし、亜夕美が倒したから、ゾンビもほとんどいない。

 

「……ねえ、あの娘はどうする?」深雪が言った。見つめる先には、今度こそ本当に気絶し、倒れている舞。このままここに放置しておくと、どうなるかは言うまでもない。今、ゾンビはほとんどいないけれど、すぐにまた集まってくるだろうし、倒れているゾンビも復活するだろう。

 

 もちろんあたしは、見捨てるつもりなどない。

 

 深雪と亜夕美を殺そうとした。あたしと美咲も殺そうとした。実際に夏樹と由紀江を殺している。

 

 それでも。

 

 舞は、アイドル・ヴァルキリーズの仲間なのだから。

 

 あたしは、決して見捨てない。

 

 反対されるかもしれない。深雪は分からないけど、亜夕美は反対するだろう。操舵室に連れて帰って事情を話せば、みんなも反対するかもしれない。

 

 それでもあたしは、絶対に見捨てない。

 

 ふん、と、亜夕美が鼻を鳴らした。さあ、何と言おうとも、あたしはあたしのポリシーを貫き通すぞ。例えまた言い争いになったとしても、これだけは譲れない。身構えるあたし。

 

 亜夕美が言う。「……いいよ。連れて帰ろう」

 

 …………。

 

 ……あれ? 今、連れて帰るって言った?

 

 亜夕美があたしを見る。「何意外そうな顔してるのよ? まさかあんた、ここに放っておこうって言うの?」

 

「あ、いや、もちろんそんなつもりはないけど……なんか、亜夕美が連れて帰るって言うとは思わなくて」

 

「ふん。どうせあたしは、冷血人間ですよ」拗ねたように目を背けた。なんかそう言われると、あたしが悪者みたいじゃないか。

 

 亜夕美は、もの悲しそうな表情で、気を失っている舞を見つめる。「あたしね……舞の気持ちも分かるんだよ。この娘だって、最初からこんなんじゃなかったはずなんだ。トップアイドルになることを夢見て、なれると信じて、アイドル・ヴァルキリーズに入って来たんだよ。でも、現実はそんなに甘いもんじゃない。すぐに壁にぶち当たる。それは誰もが経験することだけど、この娘には、それを乗り越える力が無かっただけ。普通はそうなんだよ。その壁を乗り越えられるのは、ほんのわずかな人だけなんだ。この娘は、自分にその力が無かったことを認めるのが嫌で、諦めることもできなくて、周りの環境のせいにしてきたんだ。それで、こんなゾンビ騒動に巻き込まれて……。もちろん、悪いのはこの娘だよ。それは間違いない。でも、この娘の気持ちは分かるんだ。あたしだって、もし三年前のあの日、こんなゾンビ騒動に巻き込まれてたら、絶対にこうなってたよ……」

 

 亜夕美は、独り言のように言った。

 

 深雪は、三年前のあの日というのが、いつのことなのか分かってないような表情だけど。

 

 あたしはすぐに分かった。

 

 三年前の、第2回のランキング。深雪にブリュンヒルデの座を奪われ、それに納得がいかず、舞台裏で2位のトロフィーを床に叩きつけ、蹴り飛ばし、荒れた亜夕美。

 

 あの時亜夕美が言ったことは、はっきりと覚えている。

 

 ――アイドルだから容姿が第一なんでしょ? かわいければ歌もダンスも適当でもやって行けるんでしょ!?  こんな茶番、やってられないわよ!!

 

 そう、さっき舞が言っていたことと、ほとんど同じだ。

 

 確かに、あの日の亜夕美ならば、舞のようになっていてもおかしくないだろう。

 

 でもあの日、由香里に言われた言葉。

 

 ――本気でそんな風に思っているなら、あなたはこの先絶対、深雪には勝てないよ。

 

 あの言葉を聞いた亜夕美は、誰よりも、深雪のことを見るようになったのだ。

 

 深雪が、何故1位になれたのかを知るために。

 

 そして、深雪の努力を知ったのだ。深雪の凄さを知ったのだ。

 

 そしてそれは、同時に、自分の強さへとつながったのだ。

 

 アイドル・ヴァルキリーズのランキングは残酷だ。グループ内での人気を順位づけされ、前に立つ娘、後ろに並ぶ娘、メディアに出る娘、出ない娘、それらが、明確に分けられる。自分の実力を、ハッキリと示される。嫌でも現実を見せつけられる。それは、ランキング上位にいる者でも、いや、上位にいるからこそなお、重いプレッシャーとなって、心にのしかかる。ランキングはまぎれもない、メンバー同士の戦いなのだ。

 

 でも、それを乗り越えてこそ、得られるものがある。

 

 あたしたちの心は、誰よりも強い。

 

 あたしたちの志は、誰よりも高い。

 

 そして。

 

 あたしたちの絆は、誰よりも深い。

 

 ランキングは、あたしたちを、確実に強くしてくれる。

 

 だからみんな、これからも、戦い続けるだろう。

 

 あたしたちは、ヴァルキリー――戦乙女なのだから。

 

 

 

 

 

 

 ――――。

 

 さてと。

 

 あたしは、横たわる舞の体を抱き起した。

 

 しかし、さっきの亜夕美のパンチは凄かったな。舞の身体が回転してたもんな。空手家の美咲の正拳突きより強力なんじゃないか? 舞の顔、陥没してないだろうか? ちょっと同情する。

 

 よっこいしょ、と、舞を背負って立ち上がる。

 

 ……うん?

 

 ふと、エレベーターの方を見ると。

 

 左側、舞が上がってきたエレベーターが、いつの間にか、四階に移動していた。

 

 …………。

 

「若葉? どうかした?」深雪がこちらを見ている。

 

「ううん、別に何でも無い」あたしは特に気にすることなく、操舵室へと向かった。

 

 

 

 

 

 


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