ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~ 作:ドラ麦茶
「ところでエリ先輩、今日のドリンク、いつもとちょっと味が違いませんか?」
あたしたちがコンサートの出来について話し合っていると、妹系ゲームオタクの美咲が、ドリンクをまじまじと見つめながら言った。
味が違う? そうかな? あたしはドリンクを口に含んでみる。すぐに飲み込まず、しばらく舌の上で転がすように味わってみるけれど、特に違いは感じられない。
由香里もあたしと同じようにドリンクを味わっていたけど、やっぱり違いが分からないのか、首を傾けた。「そう? 何も変わらないと思うけど?」
「いえ、絶対変わってますよ。何と言うか……いつもよりマイルドになってます」自信満々の美咲。
「美咲、良く気付いたね。その通りよ」エリが笑顔で言い、そして、あたしたちの方を見た。「使ってる塩が、いつもと違うんです。結構高い塩なんですよ」
へえ。そうなのか。そう言われてもうひと口味わってみるけれど、やっぱり違いは分からない。由香里も同じようで、首を振った。まあ、お互い味オンチだからしょうがない。以前テレビ番組の企画で、最高級の牛肉ロースステーキと、海外産の安い牛肉ロースステーキを、目隠しで食べ比べて当てる、というのをやったけれど、ほとんどのメンバーが正解する中、あたしと由香里だけが間違ったことがあった。
そう言えば、あの時は他にもたくさんの問題が出て、中には、キャビアのベルーガとセヴルーガ(チョウザメの種類らしい)の違いや、和歌山のみかんと愛媛のみかんの違いとか、大手牛丼チェーン店2社の牛丼の違いとかまで、超難問も沢山あったけれど、美咲は全問正解していたな。あの時は単なるまぐれだと思っていたけど、実はこの娘、意外とグルメなのかもしれない。
「どこの塩なんですか?」美咲がエリに訊く。
「瀬戸内海産の塩らしいよ。瑞姫さんが、地方にロケに行った時に、お土産で買ってきてくれたの。結構有名な塩なんだって」エリが答えた。
そう言えば瑞姫、工場見学のテレビ番組で、四国の方に行ってたっけ。その時かな。
緋山瑞姫。三期生だけど、年齢はあたしと由香里に次ぐ24歳。3人でお局トリオなどと呼ばれることもある。日本の大学ランキングで上位に入るK大学卒業のインテリアイドルだ。その才色兼備を武器に、工場見学の番組の他にも、クイズ番組や情報番組、最近では政治などの討論番組にも次々と出演し、大人気。先月のヴァルキリーズのランキングでは12位を獲得した。称号こそ持っていないけれど、三期生であることを考えれば、十分すぎる高順位だ。美咲とともに今後が期待されるメンバーの一人である。
ぐるり、と、控室内を見回すけれど、瑞姫の姿は無い。まだ戻って来てないのか、それとも、すでにロッカールームに行ったのかな。
「おつかれー!」
ひときわテンションの高い声が響く。その声を聴いた瞬間、控室にいたメンバーほぼ全員、一斉に背筋をぴんと伸ばし、「お疲れ様です!」と、まるで最敬礼でもしそうなほどの姿勢になる。
控え室に入って来たのは本郷亜夕美だった。その後ろに、夏樹、理香、麻紀など、一期生から四期生まで、ぞろぞろと大勢のメンバーを連れている。
「亜夕美さん、お疲れ様でした。ドリンク、どうぞ」エリが笑顔で声をかける。
「エリちゃーん! ありがとう! もう、のどカラカラで死にそうだったよ!」
エリからドリンクを受け取った亜夕美は、のどを鳴らしながら一気に飲み干し、「ああ!」と、悲鳴に近い声を上げ、その美味しさを表した。全身汗だくで、肩まで伸びたボブパーマの髪型も、ステージ上の激しいダンスでかなり乱れているけれど、全力で踊りきった満足感が現れたその笑顔は、とびっきり輝いて見える。その姿はまさに、戦いを終えた戦乙女だ。
本郷亜夕美、一期生。ランキング2位の“ロスヴァイセ”だ。その称号を、4年連続で護っている。アネゴ肌のさばさばした性格で、後輩からの信頼も厚い。名実ともにヴァルキリーズのナンバー2である。
ドリンクを飲み終えた亜夕美に、キャプテンの由香里が声をかけた。「今日もダンスが激しかったねぇ。まだ後半戦もあるのに、大丈夫? 燃え尽きてない?」
「あたしを誰だと思ってるのよ。あのくらいでへばるような軟な体力はしてないわ。任せなさいって!」ドン! と、胸を叩く亜夕美。頼もしい限りだ。
体育会系の娘がほとんどを占めるヴァルキリーズで、その代表とも言えるのが亜夕美だ。幼いころから薙刀を習っており、高校時代、全国大会で優勝したほどの腕前である。この後のコンサートでは、グループでの歌の他に、ソロの歌2曲と、薙刀の演武が予定されている。メンバーの中では間違いなく最もハードなプログラムだけど、亜夕美なら楽々こなすだろう。
エリが亜夕美の後ろにいる娘たちにもドリンクを配って行くけど、1人だけ、飲まない娘がいた。理香だ。
「あれ? 理香は飲まないの?」由香里が言った。宮本理香。一期生だ。
「うん。ゴメンね、エリ。あたし、レモンとか柑橘系が、どうも苦手で」理香はエリに向かって手を合わせ、ゴメンのポーズ。
「いえ、気にしないでください。さゆりや直子も、ハチミツが苦手って言ってましたし、誰でも苦手なものはありますよ。じゃあ、今度は3人のために、レモンとハチミツ抜きのドリンクを作っておきますね」笑顔で言うエリ。
……って、それってただの塩水じゃないのか? なんとなく皮肉を言ったように聞こえたのは、あたしの考えすぎだろうか?
幸い理香は皮肉とは捉えなかったようで、「お願いね」と、笑っていた。
「ところでさ――」と理香が、由香里の方を見た。「コンサート中、客席に変な人いなかった?」
「変な人?」由香里は首を傾けた。「どんな?」
「ヴァルキリーズのパーカー着てる男の人なんだけどさ。こう……両手を前に出して、フラフラ歩き回ってたの」
「あ、見た見た!」と、麻紀が言った。「なんか、すごく顔色が悪くて、気味が悪かったよね」
「コラ。ファンの人のことを、悪く言わないの」由香里は少し厳しい口調で言う。
「はーい、ゴメンなさい」麻紀は手を挙げた。「でもあの人、ホント、体調悪そうだったよ? 顔なんか血の気が引いて真っ青。もう、死人、ゾンビみたいだった。大丈夫かな?」
ゾンビみたいな顔色……それはちょっと気になるな。船酔いでもしたのだろうか? いや、ここは世界最大級の豪華客船オータム号だ。太平洋上とは思えないほど、ほとんど揺れないので、船酔いするとは思えない。じゃあ、カゼでもひいたか、お腹を壊したか。何にしても、せっかくの豪華客船の旅なのに体調崩したりして、その人もカワイそうだな。早く良くなるといいけど、悪化したらどうするんだろう?
「ま、いざとなったらこの船には病院もあるし、緊急時にはヘリで日本やハワイへ搬送もできるみたいだし、あまり心配しなくても大丈夫だよ」由香里が言った。
病院にヘリまであるのかこの船。さすがは世界最大級の豪華客船だ。
「――うわぁ、亜夕美先輩の腹筋、スゴイですね」
会話の流れを完全に無視し、亜夕美のおなかをまじまじと見ながら言ったのは、ゲームオタクで妹系の三期生・美咲だ。マイペースと言うか空気を読めないと言うか、この娘には、こういう所がある。
「そう? 別に、普通だと思うけど?」そう言いながらも、褒められてうれしそうな表情の亜夕美。
ヴァルキリーズ――戦乙女の名が示す通り、あたしたちはファンタジー世界の女騎士の衣装で活動することが多い。今日の亜夕美の衣装は、ブルーの胸当てにプレートのミニスカートという、おなか周りを露出した格好だ。その腹筋はごつごつとした岩山のように見事に割れていて、まるでボディビルダーのようである。
「全然普通じゃないですよ!」美咲、亜夕美の腹筋を遠慮なく触る。「腹筋、どれくらいしてるんですか?」
「うーん、いつも気が済むまでやってるから特に数えてないけど、200回以上はやってると思う」当然のような表情で答えた亜夕美。
200回……。そりゃすごいな。アイドルは体力が命だし、声を出すにはまず腹筋を鍛えなきゃいけないから、あたしも毎日筋トレはやっているけれど、それでもせいぜい腹筋は50回、調子のいい時でも、100回はやらない。正直に言うと、やらない日も少なくは無い。
「すごいですね! 尊敬します!」目をキラキラ輝かす美咲。イヤな予感がする。「ちょっと、殴ってみてもいいですか?」
拳を握る美咲。案の定、わけのわからないことを言い始めた。あたしは後ろからバシッ、と美咲の頭をはたいた。「調子に乗らないの」
「うう、スミマセン」美咲は頭を押さえながらペコリと頭を下げた。
「ははは。大丈夫だよ。美咲のヘナチョコパンチなんか、弾き返してやるから」
亜夕美が笑う。再び美咲の目が輝いた。このままだと本当に殴りかねないので、あたしは、あっちに行け、とばかりに美咲を追い払った。