ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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Day 5 #02

 目を覚ますと、いつもの二段ベッドだった。もうすっかりおなじみの、世界最大級の豪華客船・オータム号の操舵室、クルー用の仮眠室である。

 

 今の夢は、三年前の、第2回ランキング発表での出来事である。第1回のランキングを制し、その年も1位の最有力候補だった亜夕美が、まさかの2位転落。代わって深雪が1位の座についたのだ。あの日から、深雪はずっと1位の座を護り続け、今では『神撃のブリュンヒルデ』、『マスター・オブ・ブリュンヒルデ』などと呼ばれている。ファンの間では「アイドル・ヴァルキリーズの歴史が変わった瞬間」として、もはや伝説となりつつある日だ。

 

 四年間、ずっと1位の座を護り続けた深雪。それはつまり、あの日以降、亜夕美は1位の座についていない、ということでもある。さすがにもうあの日のように荒れて暴れたりはしなくなったけれど、深雪と亜夕美の仲は、完全に冷え切ってしまった。今では、プライベートでは一切口を利かない関係。今や国民的アイドルグループと呼ばれるまでに成長したアイドル・ヴァルキリーズのトップ2が不仲というのは、マスコミの恰好のネタだ。今までは何とかごまかしてきたけれど、この先どうなるか分からない。目下、ヴァルキリーズ最大の悩みの種である。

 

 いや。

 

 目下最大の悩みの種は、この船内で起こっている、ゾンビ騒動以外にはないな。

 

 船内がゾンビだらけになって早くも四日目。ヴァルキリーズのメンバーはバラバラで、いまだ行方不明の娘もいる。予定では、このオータム号は明後日のお昼過ぎにハワイ・オアフ島に着く。現在船内に船員はおらず、船は自動操舵なので、予定通りにハワイに着くかは怪しいところだけれど、少なくとも、七日目には脱出するために何らかの行動を起こさなければならない。それまでに、行方不明のメンバーも見つけないといけない。

 

 時計を見ると、五時少し前だった。部屋に窓は無いから外の様子は確認できないけれど、まあ、夕方ということはないだろう。昨日は深雪とお喋りをして、寝たのは十二時前だった。もうちょっと寝ようかな。昨日は一日中ゾンビと戦いまくって疲れたし、お昼前まではゆっくり休もう。そう思い、目を閉じる。

 

 ――うん? 深雪?

 

 そう言えばあたし、昨日は深雪と二人で寝たんだっけ。珍しいこともあるもんだ。別に仲が悪いわけじゃないけれど、あたしはメンバーでホテルに宿泊するときは、大体由香里や美咲と一緒になることが多い。何で今回は、深雪と同じ部屋になったんだっけ? えーっと……。

 

 …………。

 

 がばっ! と、あたしは体を起こした。そうだ! 昨日、ゲームセンターで燈や亜夕美たちとゾンビ騒動について話し合った後、七海たちが立てこもっているレストランがゾンビどもに襲われたんだ。それで船内を探したけど七海たちは見つからず、一旦捜索を打ち切って、亜夕美と一緒に操舵室へ戻った。もしかしたら亜夕美が深雪を襲うかもしれない――そんなことはありえないと思うけど、用心して、一緒にいることにしたんだった。

 

 部屋の中を見回す。深雪の姿が無い。電気を点け、六台並んだ二段ベットの上下段すべて確認したけれど、やはり深雪はいなかった。起きるにはまだ早い時間だ。仕事がある日ならともかく、ゾンビ騒動で全ての予定が無くなったのに、わざわざ早起きするとも思えない。ならば、トイレだろうか? いや、アイドルはトイレなんて行かない生き物だ。それは無いか……なんて言ってる場合か。あたしは仮眠室を飛び出し、洗面所に駆け込む。誰もいなかった。もう。どこに行ったのよ?

 

 洗面所を飛び出す。どん! と、誰かにぶつかった。

 

「きゃっ!」

 

 かわいらしい悲鳴を上げて倒れそうになるその娘を、間一髪支える。「ゴメン! 大丈夫?」

 

「はい、平気です……あれ? 若葉さん? おはようございます」

 

 ぺこり、と頭を下げたのは、四期生の沢井祭だった。この操舵室に立てこもって以降、毎日おいしい食事を準備してくれる娘だ。

 

「おはよ、祭。いつもこんな早くから起きてるの?」

 

「はい。皆さんにおいしいご飯を食べてもらうためですから」祭はにっこりと笑った。

 

「そっか。ありがとね」

 

「そんな。こんなことしかできなくて、ホント、申し訳ないですよ。――ところで、若葉さんこそ、どうしたんですか? こんなに早く」

 

「そうだった。祭、深雪を見なかった?」

 

「深雪さんですか? 操舵室でダンスの練習してると思いますけど?」

 

 ……は? ダンスの練習? こんな朝っぱらから? なんのために?

 

「毎朝やってるみたいですよ? 新曲の振付みたいです」

 

 新曲? 確か、来月末に発売予定だ。でも、まだタイトルすら発表されていない。今回のオータム号でのイベントが終わった後、ダンスレッスンに入る予定だ。つまり、まだなにも教わってない状態なのだ。一体何の練習をしてるんだろ?

 

「分かった。ありがと」

 

 あたしは祭にお礼を言って、操舵室へ向かった。

 

 操舵室の隅、ソファーとテーブルが置いてある側に、深雪はいた。

 

「……もう。どこに行ったのかと思ったよ」声をかけながら近づく。

 

 でも。

 

 その言葉は、深雪には届かなかった。

 

 操舵室の一角を舞台に踊る深雪のその表情は、真剣そのものだった。

 

 そのダンスは、今までのヴァルキリーズのどの曲とも違っていた。確かに、新曲の振付のようだ。

 

 深雪は、ステップ、腕の動き、顔の動き、体の動き、一つ一つの動作を確認するように、まずはゆっくりと動き、そして、同じ動作を、今度は本番と同じスピードで通す。

 

 特に詰まるところも無く、一通り踊り終えたけれど、深雪の表情は浮かない。納得できない部分があるのだろう。もう一度最初から、ゆっくりとした動きで、ステップの一つ一つ、振付の一つ一つを確認していく。

 

 それを、何度も何度も繰り返す。

 

 深雪が舞うたびに、汗が飛沫となって飛び散る。それが、昇り始めた朝日に反射し、キラキラと宝石のように輝いている。最初から完璧だと思われていたダンスも、繰り返すたびに、さらに完璧なものになっていく。それでも深雪はやめない。もっともっと完璧なものにするために、ひたすら、同じ動きを繰り返す。

 

 どれだけの時間、それを見ていたのだろう。

 

 もう何度目かは分からない。最初から最後まで通しで踊り終えた深雪は、大きく息を吐き出し、そして、小さな声で、「よし」と、つぶやいた。

 

 そこで、あたしと目が合う。

 

「あれ? 若葉? おはよう。いつからそこにいたの?」

 

 ようやくあたしの存在に気が付いたようだ。

 

「うーんと、もう、一〇分くらい前かな?」あたしは時計を見て言った。

 

「へ? そんなに? ゴメン、全然気が付かなかった。声かけてくれたらよかったのに」

 

「いや、かけたのはかけたんだけどね。すごく真剣だったから、見入っちゃったよ。今の、新曲?」

 

「へへへ。そうなの。まだレッスンに入る前だけど、振付の先生にお願いして、ちょっとだけ教えてもらったの」

 

「ずるーい。一人だけ抜駆け?」

 

「あはは、ゴメンゴメン。でもさ――」深雪はソファーにかけてあったタオルを取り、汗をぬぐった。「あたし、みんなと違って物覚え悪いし、ダンスもヘタだから、こうでもしないと、申し訳なくて」

 

「そんなことないと思うけど。さっきのダンスも、すごくキレがあって、良かったよ?」

 

「そう? ありがとう」深雪は嬉しそうに笑い、テーブルの上のスポーツドリンクを取った。「でも、あたしなんて、全然、まだまだだよ。今年もファンのみんなのおかげでランキング1位になれたけど、今でも、あたしなんかがブリュンヒルデでいいのかな? って、思うもん」

 

「…………」

 

「まあ、なっちゃったものは仕方ないから、せめて、あたしにできるだけのことはやっておきたいからね」

 

「――うん」

 

 あたしは、笑顔で応えた。

 

 四年連続でアイドル・ヴァルキリーズのランキングを制し、ファンの間では『神撃のブリュンヒルデ』と呼ばれる深雪だけど、彼女が1位であり続けることを疑問視する人は、世間には多い。

 

 深雪自身は、「ダンスがヘタだ」と言ったけれど、実際はそんなことはない。ステージ上で最前列の中央に立つ身として、メンバーを引っ張っていけるだけのダンス力を身に着けている。

 

 しかし、深雪以上のダンス力を持っている娘が、メンバー内にいるは事実だ。

 

 ダンスだけではない。歌も、トークも、そして武術も、深雪は決して、ヴァルキリーズ1の存在ではないのだ。少なくともそれらは、ランキング2位の亜夕美の方が優れていると、あたしも思う。

 

 ――歌もダンスもトークも武術もダメでも、顔さえよければヴァルキリーズの頂点に立てる。

 

 世間では、よくそう言われている。否定はできない。実際深雪のルックスは抜群なのだから。むしろ、こう言われるのはいい方だ。もっとずっと、悪意の込められた中傷をするアンチファンが、たくさんいるのだから。

 

 今や国民的アイドルグループと呼ばれるまでに大きく成長したアイドル・ヴァルキリーズだけど、当然それを快く思わない人もいる。ネット上はもちろん、週刊誌やスポーツ新聞などでも、些細なことでバッシングされる。その矢面に立たされることが多いのは、やはりランキング1位の深雪だ。歌やダンスで劣るのにトップ、という明確な弱点があるのだから、なおさらだろう。

 

 しかし。

 

 そんな状況にあっても、深雪はめげることなく、四年間も、ブリュンヒルデの称号を死守してきた。それは紛れも無く、深雪の強さだ。

 

「――さてと」

 

 深雪はドリンクを半分ほど飲むと、タオルと一緒にテーブルの上に置き、再びさっきの位置に戻った。まだ練習を続けるようだ。

 

「ねえ、その振付って、あたしも同じかな?」訊いてみる。新曲での深雪のポジションは、言うまでもなく最前列中央だ。あたしはその横か、後ろの列になるだろう。当然ながら、振付が全く同じということはない。

 

「うーん、どうだろ?」深雪は唸った。「まあ、違ってても、そんなに大きくは変わらないとは思うけど?」

 

「そうだよね。じゃ、あたしもやろっと」あたしは肩をぐるぐるとまわし、深雪の後ろに立った。

 

「へ? 別にあたしに付き合わなくてもいいよ? 若葉、昨日のゾンビとの戦いで疲れてるでしょ?」

 

「平気平気。深雪が踊ってるの見てたら、なんだかムラムラしてきたから」

 

「もう。変な言い方するんだから」

 

 深雪が笑ったので、あたしも笑う。しばらく笑い合った後。

 

「じゃあ行くよ……1・2・3・4!」

 

 深雪の掛け声に合わせ、あたしも踊り始めた。

 

 さっき深雪が繰り返し何度も踊るのを見ていたから、振付はすっかり頭に入ってしまった。でも、見ているのとやるのとでは大違いだ。どうやら今回の曲は、かなりアップテンポのようで、その分振りの動きも早い。頭で考えているうちはとてもついて行けない。何度も繰り返し、体が自然に動くようになるまで、ひたすら繰り返すしかない。

 

 あたしたちアイドル・ヴァルキリーズも、デビューして早六年目だ。最初は学芸会レベルと言われていたダンスも、今ではそれなりに評価されている。振付を覚えるスピードも当初とは比べ物にならないほど早くなった。それでも、今回のダンスはかなり手ごわそうだ。みんな、覚えるのにかなり苦労するだろう。

 

 しばらく二人で練習していると。

 

「お? やってるやってる」

 

 仮眠室の方から、睦美がやって来た。その後ろには、エリと美咲もいる。

 

「あれ? 三人とも、どうしたの? こんなに早く」深雪はダンスを中断し、ちょっとびっくりした表情。

 

「どうしたの、じゃ、ないですよ!!」と、美咲がものすごい剣幕で深雪に詰め寄る。「深雪先輩が、あたしの若葉先輩を誘惑して、一晩のアバンチュールを過ごしたって聞いて、あたし、昨日は全然眠れなかったんですよ? しかも、朝からラブラブダンスなんて、あたし、絶対許せません! 深雪先輩。あたしと勝負してください」

 

 訳の分からないことを言ってファイティングポーズをとる美咲の首根っこをエリがつかみ、引っ込んでろ、とばかりに、後ろに下げた。そして、両手を腰に当て、深雪を見る。「祭から聞きましたよ? 深雪さんが、一人だけ新曲の振付を教えてもらって、早朝に練習してる、って」

 

「そうそう。一人だけ抜駆けなんて、許さないから」睦美も言った。

 

「だから、これは抜け駆けとかじゃなくて」深雪、困った顔になる。

 

「まあ、いいからいいから」ひらひらと手を振る睦美。「とりあえず、二人はそのまま続けて。あたしたち、適当に見て、覚えたら入るから」

 

「もう。さっき若葉にも言ったけど、これはあたしのパートだから、みんなと同じとは限らないからね? 日本に帰って全然違う振付でも、知らないよ?」

 

 困ったように言いつつも、仲間が増えてどこか嬉しそうな深雪だった。

 

 練習を続ける。三回ほど通したところで、睦美たちも入り、一緒に踊り始めた。三人ともランキングでは上位に食い込んでいるだけあって、覚えるのが早い。あたしも負けてられないな。

 

 しばらく五人で練習をしていたら、今度は千恵と絵美がやって来た。やはり祭から聞いたらしい。睦美たちと同じようにしばらく見学した後、深雪の後ろで踊り始めた。すると今度は、環や奈津美や薫たちもやって来た。操舵室には、いつの間にか立てこもっているメンバーほぼ全員が集まっていた。いないのは、食堂で朝食の準備をしている祭と、二日目にゾンビに足を咬まれてケガをした可南子、そして、昨日ゾンビと戦いまくって疲れているだろう由香里と亜夕美くらいだった。やっぱ、新曲の振付と聞いては、黙っていられなかったんだろうな。みんな、こんな状態でもちゃんとお仕事のこと考えてるんだねぇ。そのプロ意識の高さに頭が下がる。誰だよ? 昨日、ゾンビ騒動のおかげで思わぬ休暇が舞い込んだから、ゆっくり寝だめをしよう、なんて言ったのは。そうだよ。あたしだよ。ああ。反省。

 

 一時間ほどで、みんな大体の動きは覚えたので、今度は細かい部分の調整に入る。踊る娘と、見る娘に分かれ、一人では気付けないようなことを指摘するのだ。ここはもっと右手を上げた方がいいんじゃないか、ここはあえて動きを小さくし、その直後の動きを大きくすることで、メリハリをつけた方がいいんじゃないか……思いついたことは何でも言う。しかし、言われた方もすべてを受け入れるのではない。意見が違えば対立することもあるけれど、そういったことを繰り返すことで、レベルは確実に上昇していくのだ。

 

「みなさーん。そろそろ朝食にしませんかー?」

 

 食堂から祭がやって来た。時計を見ると、うわ、もう九時過ぎてるじゃないか。夢中になって、全然気づかなかった。みんなを見ると、あたしと同じようで、「もうこんな時間なんだ」、「そう言えばお腹すいたね」などと言い合っていた。それで、朝練は終了。みんなで食堂に行き、祭ちゃんのおいしい朝食をいただくことにした。今日のメニューは、ご飯にベーコンエッグ、サラダと豚汁とお漬物。和と洋が見事にミックスした朝食だ。

 

 みんなでおいしく朝食を頂き、熱いお茶を啜りながら人心地着く。さて、いつもならここらでエリがやってきて、何かハプニングが起こったことを伝えてくるんだけど……。

 

「若葉さん……ちょっと、いいですか?」

 

 ほらね。

 

 声をかけてきたのは、案の定エリだった。さて、今朝は何があったんだろうか?

 

「……ちょっと、みんなのいない所へ来てもらってもいいでしょうか? できれば、深雪さんも一緒に」

 

 ん? 深雪と一緒に? 三人だけで話がしたいってことかな? 何だろう、いったい。

 

 深雪を見るけど、彼女もどんな話か想像もつかないようで、首をかしげた。エリが食堂を出る。新曲についてあれこれ話し合っているみんなを残し、あたしと深雪はエリの後を追った。三人で操舵室の隅のソファーに座る。

 

「――それで、どうしたの?」

 

 あたしが促すと、エリはあたしと深雪の顔を交互に見て、そして、言った。「実は……あたし、このグループを、出て行こうと思ってます」

 

 …………!?

 

 

 

 


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