ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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Day 4 #06

「おかえりなさーい! もう! 若葉先輩! あたし、心配で心配で、死にそうでしたよ!!」

 

 操舵室に入るなり、ものすごい勢いで美咲が飛びついてきた。ゾンビをはるかに凌駕する抱き着き攻撃に、思わず反撃しそうになったくらいだ。

 

「ゴメンゴメン。体力は消耗したけど、ケガはしてないから、安心して」あたしは笑って言った。

 

「はい! ――チーフも、ご無事で何よりです! 亜夕美先輩! デルタにようこそ!」

 

 由香里と亜夕美も美咲に微笑み返す。ときどき絞め殺したくなるのが欠点だけど、美咲はあたしたちを癒してくれる存在だ。

 

 睦美たちも集まってきて、由香里の合流を喜んだ。七海たちがゾンビに襲われ行方不明になったことは、すでに無線で伝えていた。しかし、死体が見つかっていない以上、みんな逃げて、どこかに隠れている可能性が高い。状況はそう悲観するほどではないので、みんなの顔には笑顔が浮かんでいた。

 

 ――いや。

 

 一人だけ、笑っていない娘がいた。

 

 エリだった。

 

 エリはみんなの輪から離れ、冷たい視線を亜夕美に向けている。

 

「エリ? どうかしたの?」あたしは声をかけた。

 

 すると、エリはいつもの笑顔に戻った。「いえ、何でも無いですよ?」

 

 そして、何事も無かったように、みんなの輪の中に入った。

 

「さあ、キッチンへどうぞ。いつもの特製ドリンクと、祭のおいしい夕食がありますから、ゆっくり休んでください」

 

 エリはそう言って、食堂へ案内する。ありがたい。一日中ゾンビと戦い続け、もうクタクタだ。七海たちのことは心配だけど、今は体を休めることを優先しよう。

 

「あ、若葉、ちょっと」

 

 みんなが食堂に行こうとしている中、由香里に呼ばれた。「ん? 何?」

 

 由香里は、急に声を小さくした。「ゴメン。お願いがあるんだけど……操舵室の中に、いくつか監視カメラがあると思うんだけど、それ、全部、これで塗りつぶしてきてくれない?」そう言って由香里は、さっきコンビニから取ってきたペイントスプレーを取り出した。

 

「監視カメラ?」

 

「そう。それも、なるべくみんなに分からないように。特に、亜夕美には絶対に見つからないように、お願いね。あたしは、食堂でみんなのことひきつけておくから。ゴメンね、疲れてるのに」

 

「それはいいけど……でも、なんで?」訊いてみる。そう言えば、由香里はゲームセンターと亜夕美たちの立てこもっていたレストランでも監視カメラを気にしてたな。どういうことだろう?

 

「全然確証がないことだから、あんまり気にしないでほしいんだけど……」由香里はためらいがちに話し始めた。「燈たちと会った、あのゲームセンター。亜夕美がスロットマシンの後ろに隠れてて、それに、燈が気付いたじゃない? でも、どう考えてもあの場所から亜夕美の姿が見えたとは思えないし、まして燈は背を向けていた。どうして、燈は亜夕美の存在に気づいたのか。ずっと、考えてたんだけど……あの場所、天井に監視カメラがあったの」

 

「うん。でも、その場所にいる燈に、監視カメラの映像は確認できないでしょ?」

 

「そう。だから、燈は誰かと連絡を取り合っていたんじゃないか、って、思うの」

 

 ……燈が誰かと連絡を取り合っていた?

 

 つまり、どこか別の場所で、誰かが監視カメラでゲームセンターの映像を見ていて、そして、亜夕美がスロットマシンの後ろに隠れていることに気づき、燈に知らせた……と、いうのだろうか?

 

 今日の燈の恰好は、口元も隠せるフードつきの忍者装束だった。あれなら、イヤホンとマイクを付けていても、あたしたちには分からない。

 

「そう仮定すると、納得できる部分もあるのよ」由香里は続ける。「燈のグループには、リーダーらしき娘がいなかった。もちろん、こんな状態だから、燈がリーダーシップに目覚めたのかもしれないけれど……そう考えるよりも、他に誰かリーダーシップを取ってる娘がいる、と考えた方が、理にかなってると思うの」

 

「……でも、燈たちは何でそのことを隠したの?」

 

「それは分からないけど……その方が、何か都合がいいのかもしれない。手の内をすべて見せたくない、みたいな」

 

 手の内をすべて見せない……いかにも忍者の燈らしい考え方だ。やはり、あたしたちのことを信用していないということだろうか。

 

 もし、由香里の考えが正しいとして。

 

 じゃあ、燈たちのグループのリーダーは誰だ?

 

 考える。今も行方不明のメンバーの中で、最もリーダーとなりえそうな娘は……。

 

 すぐに思い当る。

 

 ……瑞姫だ。

 

 緋山瑞姫。三期生だけど、年齢はあたしと由香里に次ぐ二十四歳。日本でもトップレベルの学力を誇るK大学卒業のインテリアイドル。看護資格も持っており、ヴァルキリーズでただ一人、ウィザードのクラスに属している。同期の娘はもちろん、二期生や一期生からも尊敬され、慕われている。リーダーシップを発揮するには申し分ない娘だ。

 

「それと」由香里は続ける。「亜夕美たちが立てこもってたレストランのことなんだけど」

 

「うん?」

 

「シャッターが壊されてたでしょ? あれ、絶対にゾンビの仕業じゃないと思う。プレートのシャッターと、格子のシャッターの二重構造だよ? ゾンビなんかに壊せるようなものじゃない」

 

 確かに、それは言える。

 

 ゾンビの力はそんなに強くは無い。人間だった頃と同じか、もしくはそれ以下だ。道具を使うようなことも無いし、力を合わせることも無い。あのシャッターとバリケードを吹っ飛ばすなんて、絶対に不可能だ。

 

 では、いったい誰の仕業だ?

 

 ゾンビでなければ、人間ということになる。

 

 そして。

 

 今のところこの船内でゾンビになっていないのは、ヴァルキリーズのメンバーしかいない。

 

「もちろん、だからと言って、燈たちが七海たちを襲ったなんて考えてるわけじゃないよ?」由香里は手を振って言った。「でも、用心にこしたことはないと思うの。亜夕美がいない時にレストランを襲ったのも、単なる偶然と考えない方がいいかもしれない。あのレストランにも、監視カメラはあったから」

 

 ……何と言っていいか分からず、あたしは黙っていた。

 

 操舵室の入口の方を見た。天井に、ドアを見張るような形で、監視カメラが取り付けられてある。

 

 あの、カメラの向こうで。

 

 誰かが、あたしたちを見ているというのだろうか?

 

 そして、その誰かが、七海たちを襲った。

 

 今回のこのゾンビ騒動は、その誰かの仕業なのか。

 

 そしてそれは、燈たちが言うには、ヴァルキリーズのメンバーかもしれない。

 

 …………。

 

 まさか、ね。

 

 そうだよ。そんなこと、あるわけないじゃん。

 

 あたしは、心の中で笑い飛ばした。

 

 根拠なんてない。いや。根拠は――仲間だからだ。

 

 そんなの何の根拠にもならないと言う人もいるだろうけれど、あたしにとっては、これは、最大の根拠だ。

 

 そう。あたしは、ヴァルキリーズの仲間を信じている。今回のゾンビ騒動の首謀者がメンバーの中にいるなんて、ありえない。

 

 確かに、今まで船内で、メンバー以外の生存者はいなかった。

 

 でも、船内は広い。すべての場所を確認したわけではない。あたしたちの知らない場所に首謀者がいたって、全然おかしくはないのだ。メンバーの中に首謀者がいるなんて考える方がバカげてる。

 

 でも、由香里の言う通り、用心にこしたことはない。

 

 そいつが、何のためにこんなゾンビ騒動を起こし、そして、なぜ七海たちを襲ったのかは分からない。分からないけれど、本当にそんなヤツがいるのなら、そいつは、あたしたちのグループも襲うかもしれない。この操舵室の入口は、亜夕美たちの立てこもったレストランとは違い、簡単に突破はできないだろうけれど、安心はできない。監視カメラを塗りつぶしておくことは重要かもしれない。少なくとも、あたしたちにはなんのデメリットも無い。

 

「――分かった。じゃあ、やっておくよ」あたしは由香里に向けて親指を立てた。

 

「お願いね」由香里は頷くと、亜夕美たちのいる食堂へ向かった。

 

 あたしは、踏み台用のイスを持ち、操舵室内の監視カメラにスプレーを吹き付けて行った。まず、入口付近に一台。次に、食堂や仮眠室へ向かう廊下に二台。操舵室内のカメラはその三台だった。続いて外に出る。入口を出てすぐ頭上に一台と、階段を下り、客室側へ向かう廊下を映す一台、そして、十八階の扉のすぐ外にもう一台。合計六台のカメラを塗りつぶした。よし。これで、もし本当にカメラ越しにあたしたちの動向を探っているヤツがいるとしても、もうあたしたちの様子を知ることはできない。

 

 操舵室に戻ると、奥のソファーに深雪が一人で座っていた。他の娘の姿は無い。まだ食堂にいるのだろう。一人で何やってるんだろ?

 

「深雪? 何してるの?」あたしは声をかけた。

 

「ん? 何って、別に何もしてないけど」深雪は応えた。そして、一瞬食堂を見て、すぐにその視線をテーブルに戻す。

 

 食堂では、七海たちとはぐれて落ち込んでいる亜夕美を励まそうと、睦美や絵美が中心になって盛り上がっているようだった。ときおり、亜夕美の笑い声も聞こえてくる。

 

 ――ああ。そういうことか。

 

 なんとなく分かった。

 

 毎年行われるアイドル・ヴァルキリーズのランキング。全五回のうち、実に四回も1位を獲得した深雪と、第一回の大会で1位を獲得するものの、その後は四年連続2位に甘んじている亜夕美。この二人は、ここ数年、プライベートでは一言も言葉を交わしていないほど、関係が冷え切っている。亜夕美が中心となっている場に、深雪は居づらかったのかもしれない。

 

 その時、あたしはふいに、昨日の亜夕美の言葉を思い出した。

 

 ――あいつが死んでたら、あたしがブリュンヒルデだったのに。

 

 イヤな思いが頭をよぎる。

 

 まさか亜夕美、ブリュンヒルデの称号を奪うために、深雪を襲ったりしないよね。

 

 さすがにそんなことはありえないだろう。そう思う反面、もしかしたら……という思いも、捨てきれない。

 

 何故なら。

 

 実際に、吉岡紗代と森野舞は、昨日、ランクを上げるため、と言って、あたしと美咲に襲い掛かってきたのだから。今でも信じられないけれど、本気で、あたしたちを殺そうとしていた。

 

 そして、亜夕美も。

 

 本物の刃が付いた薙刀で、舞の頬を斬り、紗代のお腹を刺し、その傷を踏みつけた。殺意が無ければできないことだ。

 

 今の亜夕美は、危険な人物であることは確かだ。深雪を一人にしない方がいいかもしれない。

 

「さて、と」深雪は立ち上がった。「あたし、今日はもう寝るよ」

 

「そう? じゃあ、あたしも」あたしも席を立つ。

 

「え? いいよ? 別にあたしに付き合わなくて。若葉、まだご飯食べてないでしょ? 今日も祭が美味しい料理作ってくれてるから、みんなで食べてきなよ」

 

「ううん、大丈夫。なんかあたし、今日一日走り回って疲れちゃったし。一緒に寝よう?」

 

「そう? まあ、別にいいけど……なんか、珍しいね。若葉とあたしが二人っきりなんて」

 

 確かにそうだな。あたしと深雪は別に仲が悪いわけじゃない。むしろ良好だけど、あたしは由香里や美咲といることが多く、深雪と二人っきりで遊びに出かけたり、地方のホテルで二人で同じ部屋に泊まることは、今までなかったな。

 

「まあ、たまにはいいじゃん」あたしは笑って言った。「あたしも深雪と話したいこともあるしね」

 

「変な娘」深雪も笑った。

 

 あたしと深雪は食堂で盛り上がる亜夕美たちを置いて、二人で仮眠室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 こうして。

 

 アイドル・ヴァルキリーズのメンバーの中に、今回のアウトブレイクを引き起こした人がいるかもしれない。

 

 そしてそいつは、七海たちを襲った。

 

 さらに。

 

 あたしたちのグループに合流した亜夕美が、深雪を襲うかもしれない。

 

 そんなことはありえない――そう思いつつも、その不安を完全に否定することはできない。

 

 そんなもやもやした気分のまま、四日目は終わった――。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

Day 4 生存者

 

 

生存者

 

 

 

 神崎深雪

 

 藍沢エリ(咬まれる)

 

 遠野若葉

 

 桜美咲

 

 白川睦美

 

 沢井祭

 

 前園カスミ(咬まれる)

 

 降矢可南子(咬まれる・重傷)

 

 橘由香里

 

 夏川千恵

 

 滝沢絵美

 

 倉田優樹

 

 宮野奈津美

 

 秋庭薫

 

 浅倉綾

 

 神野環

 

 本郷亜夕美

 

 一ノ瀬燈

 

 篠崎遥

 

 林田亜紀

 

 沢田美樹

 

 上原恵利子

 

 佐々本美優

 

 西門葵

 

 鈴原玲子

 

 藤村椿

 

 山岸香美 

 

 

 

死亡・ゾンビ化

 

 

 

 宮本理香

 

 高杉夏樹

 

 本田由紀江

 

 根岸香奈

 

 桜井ちひろ

 

 

 

不明

 

 

 

 水野七海

 

 栗原麻紀

 

 藤沢菜央

 

 朝比奈真理

 

 大町ゆき

 

 雨宮朱実

 

 黒川麻央

 

 吉岡紗代(重傷)

 

 森野舞(重傷)

 

 緋山瑞姫

 

 小橋真穂

 

 早海愛子

 

 白石さゆり

 

 並木ちはる

 

 村山千穂

 

 高倉直子

 

 

 

 

 


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