ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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Day 3 #07

 菜央の治療が良かったようで、あたしの足は、3時間ほど休んでいたら、かなり痛みが引き、歩けるくらいには回復した。

 

 時間は、すでに午後2時を過ぎていた。操舵室を出てから、もう4時間以上経っている。由香里たちが心配しているだろう。あたしは木刀を持って立ち上がった。

 

「みんな、あたし、帰るよ。由香里たちが心配してるといけないし」

 

 ホールの娘たちに声をかける。でも、みんなチラリとこちらを見ただけで、何も言わなかった。それも当然だった。このグループのリーダーとしてみんなを助け、ここまで導いてきた亜夕美を、あたしは罵ったのだ。自分は何もできないくせに。

 

「……美咲、行こう」

 

 もしかしたら美咲もあたしを軽蔑し、ここに残る、と、言い出すんじゃないかという心配もあった。もしそうなら、あたしは1人で帰ろう。そう覚悟していたけれど、美咲は、「はーい」と、子供のように手を上げて返事をし、いつもの笑顔であたしの側に来た。

 

「じゃあ、亜夕美たちによろしくね」

 

 みんなにそう言って、入ってきた天井のドアを開け、上ろうとした。

 

「……若葉、待って」部屋の奥から七海が出てきた。何か持っている。「これ、持って行って」

 

 七海がくれたのは、10年以上前の携帯電話みたいな黒い機械だった。太いアンテナとボリューム端子、ボタンが4つと、小さなディスプレイ、そして、スピーカーが付いている。

 

「これ、トランシーバー? どこで手に入れたの?」七海の顔を見る。

 

「ショッピングモールのホームセンターでね。他にもいろいろ役に立ちそうなものがあったから、若葉も余裕があったら、行ってみるといいよ。笑っちゃうのが、なんとそのホームセンター、救命ボートまで売ってるの」

 

「ホントに? 何かあったら買えってことなのかな? 商魂たくましいね」

 

「やっぱそう思うよね、あはは」

 

 七海が笑ったので、あたしも笑う。トランシーバーよりも、その笑顔の方が嬉しかった。

 

「あたしたちは、しばらくここで立てこもってるよ」七海が言った。「何かあったらすぐに連絡するから。若葉たちも、いつでも連絡してね」

 

「うん、そうする。ホントに、ありがとね」

 

 あたしはと美咲は天井裏に上った。そして、ドアを閉める前に。

 

「ねえ、七海」

 

「うん?」

 

「……さっきは、ゴメン。あたし、どうかしてた」

 

「…………」

 

「亜夕美は?」

 

「……ふて寝してる。ま、あの娘は大丈夫だよ。明日になったら、ケロッとしてるって」

 

「だと、いいけど……ホント、ゴメン」

 

「もういいよ。若葉が悪いわけじゃない。あたしたちが仲間を護れなかったのは事実だもん。責められて当然だよ。それは、亜夕美もよく分かってるから」

 

「でも……ホントにゴメン」

 

「もういいってば」

 

 七海は笑顔でそう言ってくれた。それで少しは気持ちが楽になったけれど、罪悪感は消えない。

 

 ドアを閉め、天井裏を通り、外に出る。

 

 操舵室へ帰る足取りが重いのは、もちろんケガのせいもあるけれど、それだけではない。亜夕美を傷つけてしまった罪悪感と、そして何より、仲間が5人も死んだという、重い事実を知ってしまったからだ。

 

 襲ってくるゾンビはほとんど美咲に任せ、あたしたちは操舵室へと戻って来た。

 

 

 

 

 

 

「遅かったじゃないの! 心配したよ!」

 

 帰って来るなり、キャプテンの由香里に怒られた。まあ、4時間以上も帰ってこなければ、それも当然。みんなで探しに行こう、と、相談していたそうだ。みんな、心配そうな表情であたしたちを迎えてくれた。

 

「ゴメンゴメン、ちょっと、いろいろあってね」笑って謝るあたし。

 

「まあ、無事で良かったけど……それで、紗代たちはどうしたの?」由香里が言う。

 

「あ……えっと……」思わず言葉に詰まる。亜夕美の話があまりにも衝撃的ですっかり忘れていたけれど、あたしたちは紗代と舞を助けに行ったんだった。「――ゴメン。追いかけたんだけど、見失っちゃって。あ、でも、亜夕美たちに会ったよ」

 

 そう言うと、みんな、驚いた表情になる。

 

「亜夕美たちに!? みんな、大丈夫だった?」と、由香里。

 

「うん。ケガも無いみたい。今、8階の後ろの方にあるレストランに立てこもってる。シャッターは頑丈だし、水や食料や薬なんかも大丈夫だって」

 

「そう。なら良かった」由香里、安堵の息をつく。他のみんなもホッとした表情になった。

 

「ちょっと待ってください」エリが言った。表情は厳しい。「亜夕美さんたちと紗代さんたちは、別々に行動してるってことですか?」

 

 ドキッとした。そうだ。紗代は亜夕美と同じグループだと、みんな思っている。紗代に会えなかったのに亜夕美には会えた、と言ったら、そういうことになる。

 

「あ……えーっと……ううん! 大丈夫。紗代たちは、薬とか、立てこもるのに必要なものをいろいろ探してたんだって。しばらくレストランで待ってたら、帰って来たよ」

 

 何とかそう答えたけれど。

 

「そう……ですか」エリは、納得していないような表情でそう言った。

 

「それより」と、睦美が口をはさむ。昨日、可南子たちがゾンビになるんじゃないか、と言って、1人で仮眠室に閉じこもった娘だ。「あんた達、なんで2人で帰ってきたわけ? 亜夕美たちも連れてくればよかったのに。みんな一緒にいた方が安全でしょ?」

 

 当然の意見だった。本当なら、あたしもそうしたかった。あのレストランは立てこもるのには問題なさそうだったけれど、やはり、この操舵室の方が安全だ。一緒に行動した方が助け合えるし、安心だ。

 

「え……と……一応誘ったんだけどね、断られちゃった」

 

「断られた? なんで? あたしたちと一緒にいたくないってっこと?」不服そうな顔の睦美。

 

「あ……あはは。実は、ちょっと、亜夕美とケンカしちゃって」

 

 あたしがそう言うと。

 

「はぁ? ケンカ? 亜夕美と若葉が?」由香里、声を上げて驚く。

 

「ケンカですか!?」エリも目を丸くし、口元を抑えて驚いた。

 

「ゴメン……」と、素直に謝った。「原因は、大したことじゃないんだけど……ほら、亜夕美って、意地になって、譲らない所があるじゃない? まあ、あたしも同じなんだけど。あはは」

 

 笑ってごまかすしかないあたし。

 

 由香里も睦美も呆れ顔だ。他の娘たちも、顔を合わせて苦笑いをする。まあ、そうだろうな。こんな状況なのに仲間同士でケンカしてくるなんて、あたしだって呆れる。

 

 ――と、エリが。

 

 怖い目で、あたしを見ていた。

 

 思わず目を逸らしてしまう。

 

 何だろう? あの目。

 

 怖い目だけど、怒っているわけではない。かといって、呆れているわけでもない。

 

 ――本当に、ケンカしたんですか?

 

 そんな、あたしの言葉を疑っている目。

 

 エリは、何か気付いたのだろうか?

 

 いや……きっと気のせいだ。そう思うことにした。

 

「こんな時にケンカなんて、あんた、何考えてるのよ! 状況分かってるの!?」怒鳴ったのは睦美だった。この娘に言われる筋合いはないと思うんだけどな。まあ、しょうがないけど。

 

「だから、ゴメンってば。今度会ったら、ちゃんと謝っとくから」手を合わせ、謝る。

 

 まだ言い足りなさそうな睦美だったけど、由香里が止めてくれた。「……若葉も反省してるみたいだし、終わったことは仕方ないよ」

 

 睦美は、うーん、と唸った。「まあ、由香里がそう言うならいいけどさ……。で、これからどうするの? やっぱり、亜夕美たちと合流するんだよね?」

 

 睦美の意見に、珍しく誰も反対しなかった。それも当然だろう。この状況下だ。一緒にいる仲間は、多い方が心強い。それが亜夕美たちならなおさらだろう。

 

 でも。

 

 それは避けたい。今はまだ、仲間が死んだことを、仲間同士で争っていることを、みんなに知られたくない。

 

 でも、どうやって止める?

 

 あたしが考えていると。

 

「――あたしは、合流には反対です」

 

 落ち着いた口調で、エリが言った

 

 みんなの視線が一斉にエリに注がれる。

 

 真っ先に食ってかかったのは、もちろん睦美だ。「はぁ? あんた、何言ってんのよ? 亜夕美だよ? 薙刀の達人だから戦力になるし、リーダーシップもある。いてくれたら、超心強いじゃん」

 

「確かにそうですね」エリは、相変わらず落ち着いた口調だ。「でも、その反面、今の状況で亜夕美さんと行動を共にするのは、それなりにリスクを伴う面もあると思うんです」

 

「リスク? 亜夕美と一緒にいて、どんなリスクがあるっていうの?」

 

「はい。例えば――あくまでも、例えばの話ですけど――もし、あたしたちのメンバーの誰かがゾンビになってしまった場合、皆さんはどうしますか?」

 

 エリのその言葉に。

 

 まるで心臓が耳の側に移動したかのように、ドクン、と、大きく鼓動する音が聞こえた。

 

 エリは、何を言おうとしてるんだ。

 

 エリを見る。エリは、みんなに向かって話しているのだけれど。

 

 何故だろう? その目は、あたしを見つめているような気がした。

 

 心の中を見透かされているようで、思わず目を伏せてしまう。

 

 エリは言葉を継いでいく。「たぶん、ここにいる皆さんは、誰かがゾンビになっても、何もできないと思うんです。仲間だから、という理由で、そのゾンビを殺すことはできないと思います。でも、亜夕美さんは違う。あの人は、たとえそれがかつての仲間でも、ゾンビとなって襲ってきたら、容赦なく殺せる人だと思います」

 

 エリの言葉一言一言が、あたしの心臓を大きく鼓動させる。

 

 彼女は、何故いきなり、あんなことを言い出したのだろうか?

 

 まさか、知っているのだろうか? 亜夕美のグループで起こったことを。

 

 いや……そんなはずはない。

 

 エリとは昨日の朝からこの操舵室に立てこもるまで、ほとんどずっと行動を共にしていた。立てこもってからは、1歩も外に出ていないはずだ。亜夕美たちの様子を知る術はない。

 

 では、エリは、すべて想像から言っているのだろうか?

 

 だとしたら、この娘の勘は、鋭いなんてものじゃない。

 

 あたしは、エリに対し得体の知れない恐怖を感じ、身を震わせた。

 

 エリは続ける。「――もちろん、ゾンビになった仲間を殺すことが、間違っているとは言えません。あたしたちだって、この操舵室に来るまでに、たくさんのゾンビたちと戦って倒してきたんですから。でも亜夕美さんは、このグループの方たちとは根本的に考え方が違う人です。行動を共にするには、それなりにリスクが伴うと思います」

 

 淡々とした口調で語るエリに、誰も反論しなかった。睦美さえ、腕を組み、考え込んでいる。

 

 エリの言葉には、不思議な説得力があった。

 

 そう。みんな知っているのだ。亜夕美のことを。

 

 普段の亜夕美はアネゴ肌で面倒見がよく、誰もが慕っているけれど。

 

 薙刀の練習や試合の時、あるいは、舞台上で演武を披露したりするときなどは、人が変わったように、目つきが鋭くなり、厳しくなる。

 

 その姿は、まるで鬼のようなのだ。

 

 だから、エリが言う「亜夕美はたとえかつての仲間でも、ゾンビとなって襲って来れば殺すことができる」ということを、否定することができない。そう言う一面もあるということを、みんな知っているのだ。

 

 しかし、由香里だけが、エリの言葉を冷静に捉えていた。

 

「エリ――」由香里は、エリの目をまっすぐに見て言った。「亜夕美は、そんな娘じゃないよ」

 

 静かな、しかし重みのある口調。

 

 じっと、キャプテンを見つめ返していたエリだったけれど。

 

「……そうですね。すみません。今のは忘れてください」

 

 そう言って、目を逸らした。

 

 由香里はみんなの方を見た。「――でも、あたしも、亜夕美たちとは合流しない方がいいと思う」

 

 予想外の言葉に、全員が「何故?」という視線を向ける。

 

 由香里は静かに言った。「若葉の話を聞く限り、亜夕美たちのグループも、安全が確保されている。水もガスも電気もあるみたいだし、食料や医療品も心配ない。若葉が貰ってきたトランシーバーがあるから、連絡も取り合える。危険を冒してまた大勢で移動するメリットは、少ないと思う」

 

 それを聞いて、みんな、確かにそうね、と、頷き合った

 

「もちろん、何かあったらすぐ合流するし、何も無くてもいずれは合流した方がいい。でも、今はまだその時じゃない。とりあえず、しばらく様子を見ましょう」

 

 由香里の言葉に、睦美を含めたメンバー全員で納得し、とりあえず、今回は合流しないということで決まった。みんな、仮眠室に戻ったり、食堂へ行ったりする。

 

 と、美咲が。

 

 何やら不思議そうな顔で、食堂へ向かうエリの後ろ姿を見つめていた。

 

「……美咲? どうかした?」あたしは声をかけた。

 

「あ……若葉先輩。ちょっと、気になることがありまして」

 

「気になること? 何?」

 

「うーんと……まあ、別に大したことじゃないんですけど……さっきエリ先輩、『このグループには、ゾンビになった仲間を殺せる人はいない』って、言ったじゃないですか?」

 

「うん。それが?」

 

「あたし、このグループにも、ゾンビになった仲間を容赦なく殺せる人、いると思うんですよね」

 

「え? そう? 誰?」

 

「エリ先輩です」

 

「――――」

 

 当然のような口調で言う美咲に。

 

 あたしは思わず、言葉を失ってしまう。

 

 エリが、ゾンビになった仲間を、容赦なく殺せる?

 

「……あれ? あたし、エリ先輩って、そういうキャラだと思ってましたけど、違いますかね?」口を押さえ、「マズイこと言っちゃいました?」という表情になる美咲。

 

 ……まあ、美咲の言うことは、あながちはずれてもいないように思う。

 

 ファンの間ではお嬢様キャラで通ってるエリだけど、実際の彼女は、先輩からケンカを売られたら喜んで買うし、ゾンビ相手にケンカキックやトラースキックなんて物騒な蹴り技をする娘だ。結構裏表が激しいのだ。

 

「ま、そうかもしれないね。エリに言っとくよ。たぶん、今度のエリの特製ドリンク、美咲の分だけ毒が入ってるよ」いたずらっぽく言った。

 

「あわわ。それは困ります。すみません。今のはウソです。だから、エリ先輩には黙っててください」

 

 美咲は両手を振って言った。慌てて否定するその姿がかわいくて、あたしは思わず吹き出してしまう。

 

「――ねえ、若葉」由香里が声をかけてきた。「ちょっと、いい?」

 

 由香里は親指を立て、仮眠室の方に向けた。話がある、ということだろう。あたしは「分かった」と頷く。美咲を見ると、察してくれたのか、ペコリ、と頭を下げて、食堂の方へ走って行った。あたしは由香里と一緒に仮眠室に入った。

 

「……で、本当は何があったの?」ドアを閉ざすなり、由香里は単刀直入に切り出した。

 

 あたしは苦笑いをする。「やっぱ、由香里には隠し事はできないか」

 

「と、いうより、若葉が隠し事するのがヘタなだけでしょ?」由香里は呆れた口調で言う。「あれ、エリも絶対気付いてるよ? 亜夕美たちに何かあった、って」

 

「……だよねぇ」苦笑いをするしかないあたし。ホント、自分の性格がイヤになる。

 

「それで? 何があったの? 言えないことなら、無理には訊かないけど」

 

「ううん。そんなことない。もともと、由香里には伝えておこうと思っていたから――」

 

 あたしは、由香里にすべてを話した。

 

 紗代と舞が、称号を奪うためと言って、あたしたちに襲い掛かってきたこと。

 

 そこに亜夕美がやってきて、紗代と舞と戦い、殺そうとしたこと。

 

 理香がゾンビ化し、やむなく亜夕美が殺したこと。

 

 ゾンビに襲われ、ちひろと香奈が死んだこと。

 

 ゾンビ化を恐れた紗代と舞に、夏樹と由紀江が殺されたこと。

 

 あたしの表情から、イヤな予感はしていたのだろうけど、想像以上の悲惨な状態に、由香里の表情はみるみる曇っていった。

 

「なんで……そんなことに……」

 

 握りしめた拳が震えている。溢れてくる怒りと悲しみを抑えられず、でもどこにぶつけていいか分からず、拳を手のひらに打ち付けた。それを、2度、3度と繰り返す。10回ほど繰り返したところで、大きく息を吐き出した。

 

「……分かった。ありがとう、みんなに黙ってくれて。あたしも、みんなにはまだ伝えない方がいいと思う。余計な不安を与えるだけだからね」腰に手を当てて、そう言った。

 

 由香里は大人だ。

 

 あたしはこの話を聞いたとき、溢れてくる怒りと悲しみを抑えられず、目の前にいた亜夕美にぶつけてしまった。恐らく、この出来事で最も傷ついている亜夕美に。

 

 由香里は、あたしのようなことはしない。自分の中で感情を抑えることができる。同い年だけど、これが、キャプテンとしてこれまでみんなをまとめてきた由香里と、特に何もしていないあたしの差だ。自分が情けなくなり、あたしはため息をついた。

 

 …………。

 

「……ねえ、由香里」

 

「うん?」

 

「あたしって、甘いのかな?」

 

「何よ? 急に」目を丸くする由香里。

 

「今、船の中はゾンビだらけ。ヤツらはあたしたちを見つけると容赦なく襲いかかって来て、食べようとする。あたしたち、ものすごく危険な状態にいると思うの。でもね、あたし、心のどこかで、あたしたちは大丈夫、って、思ってたのかもしれない」

 

「…………」

 

「他の人がゾンビになっても、あたしたちアイドル・ヴァルキリーズのメンバーだけは、ゾンビにならない。ゾンビに襲われても、あたしたちなら死なない。みんなで力を合わせれば、絶対に乗り越えられる、って、思ってた。でも、そんな都合のいいこと、あるわけないんだよね。あたしたちだってゾンビになるし、ゾンビに襲われれば死ぬことだってあるし、恐怖に耐えられなければおかしくなる。あたしは、そんなことも分かっていなかった。覚悟が足りないよね」

 

 あたしの言うことを、由香里は黙って聞いていた。

 

 そう、あたしには、覚悟が足りない。

 

 仲間がゾンビになった時の覚悟。

 

 仲間が生命を落とした時の覚悟。

 

 仲間がおかしくなった時の覚悟。

 

 今の状況ならば、当然しておかなければいけない覚悟が、あたしには全然できていなかった。

 

 この先、あたしたちのグループでも、誰かがゾンビになるかもしれない。誰かが死ぬかもしれない。誰かがおかしくなるかもしれない。

 

 そうなったらどうするのか――それを、考えておかなければいけない。覚悟しておかなければいけない。

 

 その時は、今この瞬間にも、来るかもしれないのだから。

 

「若葉――」由香里が、まっすぐにあたしの目を見た。「そんな覚悟は――必要ないわ」

 

 予想外の言葉。

 

 ――そんな覚悟は必要ない?

 

 どうして、そう言えるのだろう? まさか由香里も、メンバーだけはゾンビにならないとか、あたしと同じ甘い考えを持っているのだろうか?

 

 由香里は、まっすぐにあたしを見つめ、そして、ゆっくりとした口調で言った。

 

「仲間がゾンビになったらどうするか、仲間が死んだらどうするか、仲間がおかしくなったらどうするか……そんなことは考えなくてもいい。大事なのは、『そうなったらどうすればいいのか』ではなく、『そうならないためにはどうすればいいのか』よ」

 

 ――――。

 

 由香里のその言葉に。

 

 目の前の、閉ざされていた扉が、開いていくような気がした。

 

 ――『そうなったらどうするか』ではなく、『そうならないためにはどうすればいいのか』。

 

 そうだ。それが答えだ。

 

 仲間がゾンビになったらどうするか、なんて、どんなに考えても分からない。いや、答えは決まっている。亜夕美のやったことは、たぶん正しい。もしあたしがゾンビになって、みんなを襲うとしたら、あたしは、殺してほしいと望む。みんなを殺すくらいなら、殺された方がマシだ。

 

 だから、仲間がゾンビになった時どうするか、なんて、最初から決まっているのだ。

 

 でも。

 

 本当にその時が来たとして、あたしにそれを実行できるかどうかなんて分からない。いや、たぶんできないだろう。それがどんなに正しいことだとしても、たとえ本人が望んでいたとしても、あたしに仲間を殺すことなんてできるはずがない。だから、考えたって無駄なのだ。

 

 だったら、由香里の言う通り。

 

 仲間がゾンビにならないためにはどうするかを考えよう。

 

 仲間が生命を落とさないためにはどうするかを考えよう。

 

 仲間がおかしくならないためにはどうするかを考えよう。

 

 あたしたちのグループから、犠牲者を出さないために。

 

 亜夕美たちのグループから、これ以上の犠牲者を出さないために。

 

 行方不明の他のメンバーも、一刻も早く見つけよう。

 

 もう、これ以上の悲劇はゴメンだ。

 

 あたしは、これからも仲間のために戦う。

 

 それが――あたしの覚悟だ。

 

「……由香里……ありがとう、ね」

 

 あたしがお礼を言うと、由香里は無言で微笑んで応えた。

 

 ――あなたがいてくれて、本当に、良かった。

 

 あたしは、心の底からそう思った。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

Day 3 生存者

 

 

生存者

 

 神崎深雪

 藍沢エリ(咬まれる・軽傷)

 遠野若葉(軽傷)

 桜美咲(軽傷)

 白川睦美

 沢井祭

 前園カスミ(咬まれる)

 降矢可南子(咬まれる・重傷)

 橘由香里(軽傷)

 夏川千恵

 滝沢絵美

 倉田優樹

 宮野奈津美

 秋庭薫

 浅倉綾

 神野環

 本郷亜夕美

 水野七海

 栗原麻紀

 藤沢菜央

 朝比奈真理

 大町ゆき

 雨宮朱実

 黒川麻央

 

死亡・ゾンビ化

 

 宮本理香

 高杉夏樹

 本田由紀江

 根岸香奈

 桜井ちひろ

 

不明

 

 吉岡紗代(重傷)

 森野舞(重傷)

 一ノ瀬燈

 篠崎遥

 林田亜紀

 沢田美樹

 上原恵利子

 佐々本美優

 西門葵

 鈴原玲子

 藤村椿

 山岸香美 

 緋山瑞姫

 小橋真穂

 早海愛子

 白石さゆり

 並木ちはる

 村山千穂

 高倉直子

 

 

 

 

 

 


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