ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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Day 3 #06

「夏樹たちは――死んだわ」

 

 亜夕美は、あたしの目をまっすぐ見つめながら、ゆっくりとした口調で、そう言った。

 

 言葉の意味が理解できなかった。何を言ってるんだ、この娘は。

 

 夏樹たちが、死んだ?

 

 言葉の1つ1つが、ゆっくりと、あたしの体の中にしみ込んでいく。徐々に理解していく。

 

 でも、それを受け入れることはできない。

 

 当たり前だ。仲間が死んだなんて、どうして受け入れることができる?

 

 受け入れられない気持ちは、亜夕美に対する怒りへと変わった。この娘は、また時と場合を考えず、冗談を言っているのだ。さっき、『深雪が死んでいれば、あたしがブリュンヒルデだったのに』と言ったように。どこまで不謹慎なんだ。こっちはマジメな話をしているんだぞ! それを!

 

 殴りつけたい衝動に駆られたけれど、どうにかそれを落ち着ける。またここで怒ったら、話がややこしくなるだけだ。七海の方を見た。「亜夕美、あなた、いい加減にしなさい!」と、言ってくれることを期待して。

 

 しかし。

 

 七海は何も言わなかった。ただうつむいたまま、黙っているだけ。

 

 なんで何も言わないの? 何か言ってよ。無言のまま見つめる。

 

 その沈黙を誤解したのか、亜夕美が、さっきよりも強い口調で言った。「夏樹たちは死んだわ。もう、ここにはいない」

 

 目の前が突然真っ暗になった気がした。目眩がする。イスから転げ落ちそうになるのを、何とかこらえる。

 

 ……何、言ってるのよ……

 

 何言ってるのよ。

 

「何言ってるの!!」

 

 心に浮かんだ言葉は、3度目で、ようやく口を伝って言葉となった。叫びとなって、外に出た。

 

 夏樹たちが死んだ!? 夏樹たち!? 夏樹だけでなく、由紀江も、香奈も、ちひろも、理香も――5人全員、ということなのか? そんな恐ろしいことを淡々と口にする亜夕美が、それを黙って聞いている七海が、理解できない。

 

「何言ってるの、って言われても、困るんだけどね」亜夕美は、あたしから視線を外した。「夏樹たちのことを知りたがったから、教えてるだけ。もっと詳しい経緯が知りたいって言うんなら説明するけど、後で聞かなきゃよかった、とか、言わないでよ」

 

 あたしは無言で亜夕美を睨みつけた。握りしめた拳が震える。湧き上がる感情をいつまで抑えられるかは分からない。

 

 亜夕美は大きく息を吐き出した。「昨日の、朝5時頃だったかしら。部屋の外が騒がしいから起きてみたら、この状態。船中ゾンビだらけ。みんなを起こしてどこかへ避難しないと、と思ってたら、隣の夏樹の部屋から悲鳴が聞こえてきた。ドアを蹴破って中に入ったら、理香が、ちひろを襲ってた。ゾンビになって――」

 

 ――理香が、ゾンビになった!?

 

 そんなバカな!! あたしたちヴァルキリーズのメンバーがゾンビになるなんて、ありえない!!

 

 だって、昨日ゾンビに咬まれた可南子とエリは、今朝、ゾンビになっていなかった。2日前に咬まれたカスミだってゾンビになっていないんだ。

 

 たとえ船の中の人が全てゾンビ化したとしても、あたしたちはゾンビにはならない――何の根拠もないことだけど、あたしは心のどこかで、ずっと、そう思っていた。

 

 でもそれは、ただの幻想にすぎなかったのか。

 

 亜夕美は続ける。「――夏樹は腕を咬まれただけだったけど、ちひろは、あたしが部屋に踏み込んだときには、喉を喰いちぎられていた。手の施しようが無かったわ」

 

「……手の……施しようが無かった?」あたしの口を伝って出た声は、自分のものとは思えないほどに、低く、恐ろしい声だった。

 

「ええ、そうよ」亜夕美は、あたしの感情に気づいていないかのように、口調を変えずに言葉を継ぐ。「菜央はただの看護師で、医者ではない。本格的な治療はできないし、そもそも器具も薬も無い状態だから、たとえ医者がいたとしても何もできなかったわ。仕方がないでしょ」

 

 ――仕方がない?

 

 あたしの心に黒い炎が灯る。

 

 同時に、1つの疑問が生じた。

 

「理香はどうしたの……?」単刀直入に訊いた。ゾンビ化し、ちひろを襲った理香。もしも、そのまま放っておいたと言うのなら、あたしは決して、亜夕美を許さないだろう。たとえゾンビになったとは言え、理香は仲間なのだから。

 

 だけど。

 

 返ってきた答えは、あたしが想像していたよりも、ずっと、過酷なものだった。

 

「理香は、あたしが殺した――」

 

 ばたん! と。

 

 また、イスが倒れた。

 

 あたしのイスだ。無意識に、また立ち上がっていた。足の痛みは感じない。そんなものを感じる余裕はすでに無い。怒りの震えは、すでに拳から全身に広がっている。

 

 殺した? 殺しただって!? ちひろを助けられなかった上に、ゾンビになったとは言え、仲間の理香を、殺しただって!?

 

「仕方が無かったのよ――」亜夕美の言葉が、あたしの胸の黒い炎をさらに燃え上がらせる。「騒ぎを聞いて集まってきたみんなを、理香は襲い始めた。その時、由紀江も咬まれた。だからあたしは、そうするしかなかったの」

 

 そこから先は、もうあたしは、聞いていなかった。

 

「――あたしは残ったみんなを連れて、安全な場所に避難しようとした。その途中でゾンビの群れに襲われて、香奈が死んだ。あまりにもゾンビの数が多くて、助けられなかった」

 

 亜夕美の言葉は聞こえない。

 

 このときあたしは初めて知った。あまりに怒りが大きいと、人は、すぐには動けない、と。

 

「ようやくこのレストランを見つけ、なんとか立てこもることができた。でも、安全が確保できたら、舞がとんでもないことを言い出したの。『ゾンビに咬まれた夏樹と由紀江が、ゾンビになるんじゃないか』って」

 

 亜夕美の言葉は届かない。

 

 仕方が無かった、だと? 仕方がないからって、仲間を見殺しにするのか? 仕方がないからって、仲間をその手で殺すのか?

 

「みんなの間に不安が広がった。それも当然よね。ゾンビに襲われて、目の前で2人も死んだんだもの。でも、夏樹と由紀江を追い出すわけにはいかない。ホントにゾンビになるかどうかも分からないし。だから、鍵を掛けられる部屋に、2人を隔離したの。もしゾンビになったとしても、みんなが襲われないように」

 

 亜夕美の言葉は分からない。

 

 ゾンビになったら、もう仲間じゃないのか? ゾンビになったら、もう助けなくてもいいのか? ゾンビになったら、殺してもいいのか?

 

「でも、あたしと七海が外に出て、薬とか必要なものを探している間に、舞と紗代が鍵を開けて、2人を殺してしまった。あたしたちが戻って来たときには、夏樹と由紀江は、もう……」

 

 もういい。

 

 お前は喋るな。

 

 もうやめろ。

 

 これ以上喋るのなら、あたしは――。

 

「もちろん、2人はゾンビになんて、なってなかった。あたしは舞たちを捕まえようとしたけど、逃げられて――」

 

 突然。

 

 獣の咆哮が聞こえた。

 

 それが、あたし自身の声だと気付く前に。

 

 あたしの拳が、亜夕美の頬を捉えていた。

 

 イスごと吹っ飛び、床に倒れる亜夕美。

 

 ホール内に麻央たちの悲鳴が響き渡る。もちろん、今のあたしには聞こえない。届かない。分からない。

 

 亜夕美にこれ以上喋らせてはいけない。

 

 亜夕美が喋れば、仲間がまた死んでしまう。

 

 あたしは亜夕美の胸倉をつかみ、無理矢理立たせ、もう1発殴った。

 

「若葉! やめて!!」

 

「若葉先輩!!」

 

 七海と美咲に両脇を抱えられ、無理矢理引き剥がされた。

 

 亜夕美は血の混じった唾を吐き出し、口の周りの血を手の甲で拭いながら、あたしを睨んだ。

 

 あたしの怒りは収まらない。さらに殴りつけてやりたかったけれど、七海と美咲に両腕を抑えられ、できなかった。動くのは口だけだ。だから、口で攻撃する。

 

「あんた……なにやってんのよ……仲間を見捨てて……仲間を殺して……仲間を助けられなくて! 何それを当然みたいに話してんのよ!! 仕方が無かった、ですって!? あんた、本郷亜夕美だろ!? アイドル・ヴァルキリーズランキング2位のロスヴァイセだろ!? 仲間を5人も見捨てておいて、よくもそんな平気な顔していられるわね!!」

 

 亜夕美はのろのろとした動作で立ち上がった。「……責められて当然だし、みんなを見捨てたと言われてもしょうがないと思うわ。でも、平気な顔してる、なんて言われると、さすがにちょっと腹立ってくるわね」

 

「ああ!? 仲間を助けられなかったヤツが何を偉そうに!! あたしたちだってゾンビに襲われたよ! あたしたちだって、ゾンビに咬まれた娘はいるよ! でも、誰も死んでない! 誰も見捨ててない! 由香里が助けてくれたから。キャプテンが、みんなを導いてくれたから! あんたは何やってたのよ! 由香里ならみんなを助けられたはず……由香里なら誰も見捨てなかったはず! なのにあんたは!! みんなを見捨てたばかりでなく、紗代と舞まで殺そうとした!!」

 

 あたしの言葉を。

 

 亜夕美は、フン、と、鼻で笑った。

 

 その瞬間、あたしのどこにそんな力があったのか。

 

 両腕をつかむ七海と美咲を振りほどき、あたしは、再び拳を握り、亜夕美を殴りつけようとした。

 

 でも、その拳を、亜夕美は右手で払い除けた。その勢いで前のめりになったあたしの足を、亜夕美に払われた。支えを失い、あたしは無様に床に転がった。亜夕美が見下ろす。

 

 屈辱だった

 

 仲間を5人も見捨てたヤツに見下ろされるのが、悔しかった。

 

 亜夕美が本気を出せば、あたしなんて、こんなものなのだ。もしあたしが木刀を使ったとしても、素手の亜夕美にも敵わないかもしれない。

 

 それでもあたしは、亜夕美を許せない。殴ることができないなら、口で攻撃するまでだ。

 

 でも、あたしが口を開く前に。

 

「だったら……あたしはどうすれば良かったのよ!!」

 

 亜夕美が叫んだ。

 

 その目には、うっすらと涙が浮かんでいて。

 

「――――」

 

 あたしは、言葉を失ってしまう。

 

「――理香がみんなを襲って食べるのを、黙って見てれば良かったの? ゾンビに咬まれた夏樹と由紀江を、本当に見捨てて、外に放り出せばよかったの? あんたたちが目の前で紗代たちに襲われているのを、見て見ぬふりして立ち去ればよかったの!? 教えてよ! ねえ!! 由香里ならみんなを助けられた? そうかもしれないよ。あの娘がいたら、こんなことにはならなかったかもしれないよ! でもね、由香里はいなかったんだよ。あたしだって、由香里に助けてほしかったわよ! でも、いなかったんだよ!! あたしが何とかするしかないだろ!!」

 

 亜夕美の目から、涙がこぼれ落ちる。

 

 あたしの口からは、もう言葉は出てこない。

 

「やめて、亜夕美!」七海が、今度は亜夕美を止める。「あなたは間違ってない……間違ってないから!」

 

 そして、亜夕美を抱きしめた。亜夕美は七海の胸に顔をうずめ、小さな声で、嗚咽を洩らした。

 

 あたしは、何を言ってるんだ。

 

 あたしに、亜夕美を責める資格なんてないのに。

 

 亜夕美の涙に冷静になったあたしを、大きすぎる後悔の波が襲う。

 

 確かに、あたしたちのグループに犠牲は出なかった。でもそれは、あたしの力ではない。

 

 エリの部屋に立てこもった後、あたしはどうしていいか分からなかった。睦美とカスミが言い争うのを、止めることもできなかった。みんなをまとめることすらできなかった。それをしてくれたのは、キャプテンの由香里だ。

 

 みんなで操舵室に向かった時、ゾンビと戦ったのは深雪と美咲だ。あたしも戦ったけれど、ほんの少しだけだ。

 

 ゾンビに咬まれたカスミと可南子が、ゾンビになるかもしれない、と言われた時、それを救ったのは、エリのウソと由香里の機転だ。

 

 あたしたちのグループで犠牲者が出なかったのは、みんなのおかげだ。

 

 あたしは何もしていない。

 

 それなのに。

 

 何を偉そうに、亜夕美を責めているんだ。

 

 あたしに、そんな資格はないだろ!

 

 ――――。

 

 分かっている。

 

 ただあたしは、認めたくなかったんだ。

 

 仲間に殺されそうになったことを。

 

 仲間がゾンビになったことを。

 

 仲間が死んだことを。

 

 認めたくない現実を見せつけられて、教えられて、それを誰かのせいにしたくて、亜夕美を責めたんだ。

 

 亜夕美を責めることで、全てを否定したかっただけだ。

 

 そんなことをしても、何も変わらないのに。

 

 他人を責めれば、その瞬間だけは、現実から目を逸らすことができる――そんなつまらない理由で。

 

 あたしは、亜夕美を傷つけた。

 

 あたしが聞くことすら耐えられなかったことを、目の前で見てきた亜夕美を――ただでさえ傷ついているはずの亜夕美を、あたしは、自分を護るために責め、さらに傷つけた。

 

 自分の人間の小ささに吐き気がする。自己嫌悪、なんて言葉では片づけられないほどの後悔。

 

 亜夕美が顔を上げた。その目には、もう涙は浮かんでいない。

 

「……ごめん、七海。あたし、少し休むよ」

 

 そう言って、亜夕美は奥の部屋に消えた。あたしを見ようともしなかった。

 

「あの、七海、あたし――」

 

 あたしの言葉を。

 

「――若葉」七海の言葉が遮る。七海も、こちらを見ようとしない。その背中が、あたしを拒否している。「悪いけど、足が良くなったら、帰って」

 

 そう言って、七海も奥の部屋に消えた。

 

 ――あなたと一緒に行動はできない。

 

 そう言われた気がした。いや、そう言われたのだ。

 

 周りを見ると。

 

 麻紀が、菜央が、真理が、みんなが。

 

 冷たい目で、あたしを見ていた。みんなが、あたしを拒否していた。

 

「あ……あの……」

 

 何か言おうとしたけれど、言葉が出てこなかった。みんなが、目を逸らしたから。

 

 そして、その後は誰も、あたしに話しかけてくることはなかった。

 

 

 

 

 

 


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