ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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Day 3 #05

 あたしと美咲と亜夕美は、紗代たちが逃げた方向とは反対側のドアから公園を出て、船内に戻った。

 

 5階の中央はショッピングモールだ。ブティックや雑貨店など、様々なお店がずらりと並んでいる。7階までが吹き抜けとなっていて、開放感のあるフロアだ。

 

 モール内にはゾンビがたくさん集まっていた。あたしたちの姿に気づき、襲って来る。でも、前を歩く亜夕美の薙刀の前に、次々と倒されて行ったで。薙刀の刃先には布が巻かれたままだ。ゾンビ相手には刃を使わず、紗代と舞相手には刃を使うことに怒りを感じたけれど、何も言わないでおいた。

 

 エスカレーターを使い、8階へ上がる。8階はレストランやカフェ、バーなどが集まる飲食街だ。フロアの前方には大きなフードコートもある。ゾンビの数も多いけれど、亜夕美は薙刀を振り回し、襲ってくるゾンビを簡単に迎撃して行った。そのままフロアの後方へ進む。

 

 七海たちはレストランに立てこもっている、と、亜夕美はそう言った。立てこもる場所として適しているだろうか? レストランなら水と食料、ガスや電気は問題ないだろうけれど、あたしたちの立てこもっている操舵室と違い、出入り口の強度に心配が残る。怪我をしたり病気になった時に、医療品の心配も出てくる。

 

 亜夕美のグループには誰がいただろうか? 記憶を巡る。確か、水野七海、宮本理香、高杉夏樹、栗原麻紀、藤沢菜央、吉岡紗代、朝比奈真理、本田由紀江、森野舞、大町ゆき、根岸香奈、桜井ちひろ、雨宮朱実、黒川麻央、の、15人だったと思う。ほとんどのメンバーが『ナイト』のクラスだけど、藤沢菜央が看護資格を持っている『シスター』だ。薬さえあれば、治療の心配はなさそうだ。

 

「――ここよ」

 

 亜夕美が足を止めたのは、8階の後方左側、『ステーキハウス・ジョンソン』という看板が掲げられてある店の前だった。通路に面した側は全てシャッターが下りている。それも、金属のプレートを何枚も組み合わせた一般的なシャッターの前に、もう1つ、格子式のシャッターもある二重構造だ。さわって強度を確かめる。簡単には壊せそうにない。これなら、ゾンビなんかに破られる心配はなさそうだ。

 

「このお店のシャッターが一番頑丈そうだったからね。――こっちよ」

 

 亜夕美はお店の前を通り過ぎ、通路のさらに進んだ。すぐそばの角を曲がる。その先は階段になっていた。ん? また上に上がるのか?

 

「一応、シャッターの裏側はテーブルやらイスやらを積み上げて、バリケードを作って強化してるからね。入るのは、ここから」

 

 そう言って亜夕美が指差したのは、なんと天井だった。見上げると、50センチ四方のドアのようなものがあった。

 

 それを見た美咲の目が輝く。「ナルホド! 天井裏や排気ダクトを通っての出入りは、セーフルームの基本ですもんね! さすがは亜夕美先輩です!!」

 

 訳の分からない感動をする美咲に、亜夕美が苦笑いをした。それは、再会して初めて見せた、亜夕美の笑顔だった。

 

 亜夕美は薙刀を使って天井のドアを開ける。ロープのようなものが見えた。縄梯子だ。それを刃先で引っ掛けて落とす。まず亜夕美が上がり、続いてあたし、最後に美咲が上り、縄梯子を回収してドアを閉めた。途端に真っ暗になったけど、亜夕美が懐中電灯を点けた。

 

 天井裏は低く、這って進まないといけなかった。懐中電灯の明かりを頼りにしばらく進むと、さっきと同じようなドアが見えた。亜夕美が、コンコン、と、2回叩いた。しばらく間をおいて、コン、と、1回叩き、さらに間をおいて、今度は4回叩いた。すると、ドアが開いた。どうやら、あらかじめ合図を決めていたようだ。まさかゾンビどもが天井裏に上がって来るとも思えないけれど、天井裏で作業をしていた人がゾンビになっていてもおかしくはない。用心にこしたことはないだろう。

 

 ドアを開けてくれたのは水野七海だった。ランキング第8位のジークルーネ。亜夕美の幼馴染だ。

 

「おかえり、亜夕美。大丈夫だった?」亜夕美の体を気遣う七海。

 

「うん、あたしは平気」脚立を使って降りる亜夕美。「でも、お客さんがケガしたから、菜央を呼んで」

 

「お客さん?」七海がこちらを見る。あたしが笑顔で手を上げると、七海の表情が明るくなった。「若葉! 美咲も! 良かった! 無事だったのね!」

 

「そっちも、無事で良かった!」あたしも脚立を下り、そして、七海と抱き合った。

 

 美咲も下りてくる。あたしたちの声を聞いて、他の娘たちも集まってきた。お互いに無事を確認し合い、再会を喜んだ。

 

 下りてきたところは厨房で、調理台に流し台、冷蔵庫や食器洗い機など、所狭しと置かれてあった。

 

「若葉さん、こっちへ」

 

 三期生で看護資格を持つシスターの藤沢菜央に連れられ、厨房を出る。ホールは、あたしたちのグループが立てこもっている操舵室の食堂の半分くらいの広さだ。まあ、それは操舵室の食堂が広すぎるのであって、一般的なお店ならこのくらいの広さが妥当だろう。

 

 テーブルやイス、その他、不要なものは全てシャッターで閉ざされた通路側に寄せられ、バリケードになっていた。

 

 あたしと美咲、そして、亜夕美と七海がイスに座る。あたしは靴を脱いで菜央に右足を見せた。右足は、赤く、大きく膨らんでいた。

 

「それ、どうしたの!?」七海が声を上げる。

 

「あ……えーっと」言い淀むあたし。まさか、紗代に襲われた、なんて言えない。「ちょっと、転んじゃって、あはは。あたし、ドジだから」

 

 それを聞いた亜夕美が、鼻で笑った。「正直に言えばいいじゃない。紗代と舞に襲われた、って」

 

 亜夕美を睨む。言わなくてもいいことを言って、余計な心配をさせる必要はないだろう!

 

 でも、七海は驚いた様子はなかった。「……そう」と、ため息とともに言っただけだ。菜央は何も言わず、あたしの足を看ている。

 

 何で驚かないの? ゾンビではなく、仲間に襲われてケガをしたのに、それを普通に受け入れていることが信じられなかった。もし、このことを、操舵室に帰って由香里や深雪たちに伝えたら、「どうしてそんなことに!?」と、取り乱すか、「そんな冗談、よしてよ」と、笑われるかのどちらかだろう。

 

 何かあったんだ。昨日1日、あたしたちがキャプテンの由香里たちと合流し、みんなで協力して操舵室を制圧し、閉じこもっている間に、亜夕美たちのグループでも、何かあったんだ。仲間に襲われることを普通に受け入れるしかないような出来事が。

 

 一体、何があったんだ?

 

 訊くのが怖い。だから、黙っている。

 

 菜央はあたしの足をしばらく触診した後、「折れてはいないようですね。この様子ならひびも入ってないでしょうから、心配ないです。しばらく様子を見てください」と、笑顔で言って、湿布を張り、その後を包帯でぐるぐる巻き気にしてくれた。

 

「ところで、薬とかはどうしてるの?」あたしは訊いてみた。湿布や包帯程度なら、看護資格を持つシスターなら常時持ち歩いているだろうけど、それで治療できるのはせいぜいこのくらいのケガだろう。ゾンビに襲われた加奈子のような大ケガをすると、命に関わりかねない。

 

「今のところ、大丈夫です」菜央が答える。「亜夕美さんに、ショッピングモールのドラッグストアから、いろいろ持ってきてもらいましたから。鎮痛剤や解熱剤とか。よっぽど大きなケガとかでない限り、ここで治療できます」

 

 ナルホド。薬もあるし看護資格を持った娘もいるから、治療は大丈夫そうだ。出入り口の守りも完璧だし、レストランだから食料もある。当然、水道、電気、ガスもある。トイレもある。シャワールームは無いけれど、厨房でお湯は出るから、女の子だけで閉じこもっているなら問題はなさそうだ。立てこもる場所としては、十分すぎるだろう。とりあえずは安心だ

 

 七海があたしの方を見た。「……それで、そっちはどうなの? まさか、2人だけで行動してるの?」

 

「あ、ううん。大丈夫。由香里たちと一緒だよ。今、みんなで操舵室に立てこもってる」

 

 あたしは、昨日の出来事を簡単に説明した。由香里たちと合流し、操舵室へ向かったこと。操舵室の船員たちもみんなゾンビ化していたこと。ただし、船は自動操舵になってるから、沈んだりすることはまずないこと。操舵室はシージャック対策が施されているから、安全なこと。最後に、メンバーの中にはケガをしていた娘もいるけれど、大したことはなく、みんな無事なことを伝えた。

 

「えっと……由香里たちのグループって、他に誰がいたっけ?」七海が訊いた。

 

「あたしと美咲と由香里でしょ。他には、エリと、祭と、可南子と――」1人1人名前を上げていく。

 

 と、深雪の名前を上げたところで。

 

 亜夕美が、フン、と、鼻で笑った。

 

「……何がおかしいの?」あたしは亜夕美を睨む。

 

「別に?」と、とぼけたような口調の亜夕美。「ただ、あいつが死んでたら、あたしがブリュンヒルデだったのに、って、思っただけ」

 

 その、亜夕美の言葉に。

 

 思わず、足の痛みを忘れて立ち上がった。イスが、勢いよく倒れた。

 

 公園で、紗代が言っていた言葉を思い出す。

 

 ――あんたらみたいな称号持ちを倒して、ランクを上げるチャンスなんだよ!!

 

 握りしめた拳が、怒りで震える。

 

 アイドル・ヴァルキリーズ内でのランクを上げる――ただそれだけのために、仲間を殺そうと言うのか?

 

 亜夕美も、紗代たちと同じことを考えているのか?

 

 仲間を、何だと思っているんだ!!

 

 憎しみをこめて睨むけれど、亜夕美は平然とした表情で言う。「……そんな怒らなくてもいいでしょ。冗談よ、冗談」

 

「そんなのが、冗談になるとでも思ってるの!」

 

 つかみ掛かりそうになったけど、七海に止められた。

 

「落ち着いて、若葉。相手にしないで」あたしに向かってそう言うと、今度は亜夕美を睨んだ。「亜夕美、時と場合を考えなさい」

 

 亜夕美は、へいへい、と、いう感じで手を振り、目を逸らした。反省しているようには見えなかった。怒りは収まらなかったけれど、七海が「続けて」という目で見たので、あたしはガマンすることにした。再びイスに座る。

 

「――あとは、綾と環。全部で16人。ケガした娘もいるけど、大したことはないから、大丈夫。みんな元気だよ」何とか笑顔を作り、そう言った。

 

「……そう。良かった」七海が安堵の息をついた。

 

 亜夕美はうつむいたまま、何も言わなかった。

 

「……それで、そっちはどうなの?」

 

 あたしはレストラン内を見渡した。どうも、人数少ない気がする。あたしと美咲を含めて10人しかいない。亜夕美のグループは15人で行動していたはずだから、7人いないことになる。そのうち2人は紗代と舞だけど、後は、高杉夏樹、本田由紀江、根岸香奈、桜井ちひろ、宮本理香、の5人がいない。部屋の奥で休んでいるとかならいいんだけど。

 

 七海を見た。うつむき、暗い顔をしている。イヤな予感がする。まさか、はぐれたのだろうか? だったら、探しに行かないといけない。

 

 黙ってしまった七海に代わって、亜夕美が言葉を継いだ。「……紗代と舞は、あんたも知っての通り、出て行ったわ。他の5人は――」

 

 亜夕美がそこで大きく息を吐き出す。七海が顔を上げ、亜夕美の方を見た。

 

 亜夕美は、あたしの目をまっすぐ見つめながら、ゆっくりとした口調で、言った。「夏樹たちは――死んだわ」

 

 ――――!!

 

 

 

 

 

 


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