ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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Day 3 #03

 舞が振り上げた特殊警棒が、あたしの頭めがけて振り下ろされる。

 

 とっさに反応できたのは、運が良かったとしか言いようがない。

 

 がつん! と、鈍い音が鳴る。

 

 振り下ろされた特殊警棒の一撃を、あたしは木刀で受け止めた。

 

 舞は本格的な格闘技は何もしていない。クラスはナイトだから週2回の剣道実習が義務付けられているけど、あまり真面目にはやっておらず、サボることも多かった。それが幸いだった。あまりにも大きな振りだったので、何とか反応することができたのだ。これがもう少し小さな動作からの攻撃だったら、あたしは頭を割られていたかもしれない。

 

「ちょっと! 何するのよ! 気は確か!?」

 

 あたしの叫びに舞は応えない。再び警棒を振り上げた。そのまま振り下ろされる。がん! と、木刀で弾く。間髪入れず、今度は警棒の先を突き出してきた。だが、これも動きは早くない。身体を捻り、かわす。後ろに跳び、間合いを取った。

 

「……へえ? このゾンビ、ちょっと他の奴と違うわね。反応いいし、素早いし、なんか喋ってるし。あはは!」舞は、バカにするように笑い、紗代の方を見た。

 

「手に負えないなら代わろうか?」紗代も笑う。「あたしも、どうせ称号貰うんだったら、ヘルムヴィーゲの方がいいし」

 

「――いらないよ!」叫び、再び警棒を振り上げて襲いかかってくる舞。

 

 この娘たち、本気なの? 本気であたしたちをゾンビだと思ってるの?

 

 考えている暇は無かった。振り下ろされる警棒を受け止めた。舞は再び突きに転じる。それをかわすと、再び振り下ろされる。

 

「やめて! やめなさい、舞! あたしよ! 若葉よ! ゾンビじゃない! 分からないの!?」舞の攻撃をかわし、薙ぎ払い、訴える。

 

「あはは! なんか言ってるなんか言ってる! でも、ゾンビの言葉に耳を貸すほど、あたしはバカじゃないんだよね!」舞の手は止まらない。

 

 ……こうなったらしょうがない。

 

 あたしは、振り下ろされる警棒を受け止め、そして、大きく右に逸らした。舞がバランスを崩す。その右腕に木刀を叩き込む。もちろん、かなり手加減をしての一撃だ。痣にはなるかもしれないけれど、骨が折れたりすることはないだろう。

 

「――――!」

 

 短い悲鳴とともに、警棒を手放す舞。すぐに拾おうとするけど、その首に、木刀の刀身を当てた。まあ、よく考えたら刃の無い木刀を喉元に突きつけても意味はないんだけど、それでも、舞の動きは止まった。悔しそうな視線を向ける。

 

「……いったいどうしたの? 舞。あたしはゾンビなんかじゃない。仲間だよ? なんでこんなことするの!?」溢れそうになる怒りを抑え、そう言った。

 

 そう。あたしたちはアイドル・ヴァルキリーズの仲間だ。今、この船は大変な状況にある。どんな理由があろうとも仲間同士で争っている場合ではないし、そもそも、どう考えても、あたしが舞に襲われる理由がない。

 

 だけど、あたしの言葉の何がおかしかったのか、舞は大声で笑い始めた。

 

「……な、何がおかしいの!」怒りがこみあげてきて、喉に木刀をさらに近づける。

 

「……このゾンビ、何にも分かってないみたいだよ? 紗代、どうする?」

 

 舞がそう言った時。

 

 背後に、気配を感じた。

 

 同時に、何かがあたしの顔をめがけて飛んでくる。

 

 それが何なのかを確認する前に体が動いた。しゃがみ、飛んできたものをかわす。そのまま前転し、間合いを取った。木刀を構える。

 

 紗代だった。飛んできたのは紗代の右足。あたしの頭部を狙ったハイキックだ。喰らってたら、一撃で意識が飛んでいただろう。強烈な一撃だ。

 

「舞。あんたにこのゾンビはムリだよ。代わろう」紗代が言う。

 

「はあ? ふざけないで! そんなの、早い者勝ちだろ!」不満げに言う舞。

 

「そう。早い者勝ちだよ!」

 

 紗代が走って向かってくる。一気に間合いが詰まった。右ストレートを打ち込んでくる紗代。あたしは左に回り込んでその一撃をかわした。だけど、紗代の反応は早かった。そのまま体を右に回転させ、左の後ろ回し蹴りを打ち込んでくる。なんとか木刀で受け止めることができたけれど、紗代の連続技は止まらない。そのまま右のボディフック、そして、左のボディブローへと繋げていく。なんとかその2発は受け止めることができたけれど。

 

「――――!!」

 

 右足に、鈍い痛みが走った。

 

 紗代の左のローキックが、あたしの右足を捉えたのだ。

 

 完全に上段の攻撃に気を取られていたため、全く反応できなかった。そのまま足を刈られ、地面に倒された。

 

「剣道やってるヤツって、大体足元がお留守なんだよね。もっと気を付けなきゃ」勝ち誇った顔で、あたしを見下ろす紗代。

 

 すぐに立ち上がろうとしたけれど、できなかった。右足に体重を乗せた瞬間、激痛が走った。思わず悲鳴を上げる。

 

「ははっ。ランキング4位も大したことないねぇ。じゃあ、ヘルムヴィーゲ頂き!」紗代は、立ち上がれないあたしの頭を狙い、大きく右足を振り上げた。

 

「若葉先輩!!」

 

 美咲が走ってきた。紗代に向けて、飛び蹴りを放つ。紗代は両手で体をかばい、その一撃を受け止めた。しかし、体勢が悪かったためよろめき、数歩後ろに下がった。美咲はさらに追い打ちをかけようとする。

 

「だめ! やめて! 美咲!!」叫ぶ。美咲の動きは、ピタリと止まった。振り返り、何で止めるんですか!? という表情。

 

 戦ってはいけない。稽古や試合ならともかく、アイドル・ヴァルキリーズのメンバーは、試合以外での勝負、いわゆるケンカは、固く禁じられている。この禁を犯せば、大きなペナルティが課せられる。最悪除名されることもあるのだ。三期生ながら、今年のランキングで7位にランクインした美咲。今、ヴァルキリーズの中で最も追い風が吹いている彼女に、こんなところでつまずいてほしくない。

 

 だが紗代は、そんなことはお構いなしと言わんばかりに。

 

「来ないのなら、こっちから行くよ!」

 

 前に出た。美咲に向かって、左から右へのワンツーパンチ。美咲は2発ともガードする。3発目に左のボディブローが襲った。何とか肘を下げてガードしたものの、強烈な一撃に美咲の顔が歪む。紗代は一度体を引くと、左腕を大きく振り上げ、上から叩きつけるようなエルボーを繰り出す。美咲はこの攻撃もガードしたものの、強烈な攻撃の連続によろめいた。

 

「死ね!!」

 

 紗代は大きく前に踏み込み、渾身の右ストレートを繰り出した。風を切る音と、そして、ガツン! という鈍い音。美咲の身体は大きく吹き飛ばされ、背中から倒れた。

 

「美咲!」

 

 駆け寄ろうとしたけれど、できない。右足の踏ん張りがきかず、立ち上がることができない。

 

 紗代は、嘲るように笑った。

 

「ははは! 弱い弱い弱い弱い!! 戦乙女が聞いてあきれるね! この程度のレベルの奴らが称号持ってるなんて、情けないよ。ま、武闘派なんて気取ってても、所詮はただのアイドルグループってことか。デカい乳を強調してバカのフリをしてれば、いい歳したキモいオッサンが喜んでついてくるんだから、笑っちゃうよ!」

 

 と、美咲が。

 

 今の紗代の言葉に反応するかのように、がばっ、と起き上った。

 

「美咲! 大丈夫なの!?」あたしは言った。

 

「平気ですよ。ちゃんとガードしてますから」両腕を振り、笑う美咲。しかし次の瞬間、笑顔が消えた。「でも、ちょっと、頭にきました。若葉先輩。この人、やっちゃっていいですよね?」

 

 普段の美咲からは想像もできないような、物騒なことを言う。

 

「はっ! 美咲のくせに、なめたこと言ってくれるじゃないか」紗代の顔からも笑みが無くなり、鋭い目で美咲を睨む。

 

「あたし、自分のことをバカにされるのは別に気にしないんですけど、ファンの人のことをバカにされるの、絶対に許せないんですよね。あたしの中のデビル因子が目覚めちゃいました。恐怖を教えてあげます」

 

 右半身を軽く引き、美咲は構えた。

 

「面白いね……教えてもらおうじゃないの!」

 

 紗代は一気に間合いを詰めると、再び右ストレートを繰り出した。美咲は紗代の右に回り込んでかわす。紗代は左の後ろ回し蹴りで美咲をけん制すると、再び左から右へのワンツーパンチへと繋げていく。三発目にボディブロー――と、見せかけ、左足が動いた。ローキックだ。あたしの右足を破壊した、強烈な一撃だ。

 

 ガン! と鈍い音がする。紗代の左ローが、美咲の右足を捉えた。

 

 美咲の顔が苦痛にゆが――まない。笑っている。

 

 苦痛にゆがんだのは、紗代の方だった。

 

 美咲は右足を外側に向け、スネで紗代の蹴りを受け止めていた。

 

 脛受けだ。

 

 脛受け――相手の下段蹴りを、文字通りスネで受け止める、空手の受け技の一つだ。同時に相手を攻撃することにもなる技である。もちろん、スネを鍛えておくことが絶対条件だ。

 

 紗代は後方に飛び、間合いを取った。憎々しげな顔で美咲を見る。

 

「紗代先輩、あたしの足元を攻めるなら、ちゃんと鍛えておかないとダメですよ?」挑発的な笑みで相手を見つめる美咲。そして、一歩踏み込んだ。「こんな風にね!」

 

 紗代に対してローキックを繰り出す。構える紗代。しかし、美咲の右足は突然軌道を変え、紗代の頭へ向かって飛んで行った。

 

「――――!!」

 

 紗代は上半身を逸らせる。ボクシングのスウェーバックと言われる動きだ。ギリギリで美咲のハイキックをかわしたけれど、突然すぎる動きにバランスを崩し、紗代は尻もちをついて倒れた。

 

 紗代を見下ろし、ニッコリと笑う美咲。「反応は悪くないみたいですね、紗代先輩」

 

 挑発された紗代は、鬼のような形相で立ち上がる。「上等だよ! その生意気な口を、2度と利けないようにしてやるよ!!」

 

「そっちこそ、さっきの言葉を撤回して、謝るんだったらいまのうちですよ!」

 

 再び構え、睨み合う2人。

 

 ダメだダメだダメだ! 戦っちゃダメだ! ルールだからとか、ペナルティが課せられるとか、そんなこと以前に、仲間同士で争うなんて、絶対にダメだ!

 

「やめて! やめてよ!! あんたたち、何考えてんのよ!」叫ぶ。右足を痛め、思うように動けないから、叫ぶしかない。「状況が分かってないの!? 船の中はゾンビだらけで、みんなで助け合わなきゃいけないのに、なんでメンバー同士で戦わなきゃいけないのよ!!」

 

 美咲は紗代の動きを警戒しつつも、横目であたしの方を見て、すまなさそうな顔で視線を下した。

 

 それに対し、紗代は大声をあげて笑い始めた。あたしの言ったことが、おかしくてたまらない、と言わんばかりに。

 

「な……何がおかしいの!?」紗代を睨む。あたしは当然のことを言ったはずだ。

 

「……あんたこそ、なんにも分かってないねぇ。見ろよ! この状態! 船の中はゾンビだらけ。生きている者には容赦なく襲いかかり、食べる奴らがいっぱいだ! 身を護るためには、こっちも戦うしかない。この船の中のルールはただ1つ、弱肉強食なんだよ! つまり、強い者は何をしたって許されるんだよ! だったら、チャンスじゃないか! あんたらみたいな称号持ちを倒して、ランクを上げるチャンスなんだよ!!」

 

 ――――。

 

 紗代は、何を言ってるの?

 

 あたしたちを倒して、ランクを上げる?

 

 ランクとは、アイドル・ヴァルキリーズのランキングのことだろうか? それ以外には考えられないけれど、あたしたちを倒すことと、ランクを上げることに、一体何の関係が? 分からない。何を言っているのか、全然分からない。

 

「察しが悪いねぇ!」舞の声がした。特殊警棒を振り上げ、こちらへ向かって来る「つまりこういうことさ!!」

 

 警棒を振り下ろす舞。あたしは後ろに飛び、その一撃をかわした。警棒が、人工芝の地面をえぐる。かわさなければ、あたしの頭がああなっていた。ヘタをすれば、死んでしまいかねない大ケガだ。

 

 ――――。

 

 ――死んでしまいかねない?

 

 そうだ。あんな一撃、頭部に喰らえば死んでしまう。舞は、そのことが分かっていて、それでも警棒で襲ってきているのだ。

 

「――やっと分かったみたいだね」警棒の先をあたしに向け、笑う舞。「そうだよ! あたしたちは、あんたたちを殺そうとしてるんだよ!! あんたを殺せば、あんたの持ってるランキング4位のヘルムヴィーゲは、あたしのものになる。簡単だろ?」

 

 目眩がした。

 

 波は穏やかだ。船は全くと言っていいほど揺れていない。

 

 それでも、地面がぐにゃぐにゃと揺れているような錯覚。

 

 信じられない。

 

 今、この娘は。

 

 あたしを――殺すと言ったのだ。

 

 それも。

 

 アイドル・ヴァルキリーズの称号を奪う。たったそれだけの理由で、あたしを、美咲を、仲間を!

 

 殺そうとしているのだ!!

 

 悪夢を見ている気分だった。気が遠くなる。このまま気を失ってしまえば楽になれる、そんな気さえしてくる。

 

「信じられない、って、顔してるね? ま、別に信じなくてもいいよ」舞は、ニヤリと笑う。「頭カチ割ってやれば、嫌でも信じるだろうからさ!」

 

 舞は再び警棒を振り回し、襲い掛かってきた。

 

 舞たちの信じられない言葉に、自失しそうになりながらも、本能が体を動かす。警棒の攻撃をかわす。だけど、痛む右足がそれを妨げる。踏ん張りがきかず、体勢が崩れた。その隙を逃さず振り下ろされる警棒。何とか木刀で受け止めるけれど、その衝撃は体を駆け抜け、右足をさらに痛める。舞の警棒が動きを変えた。左から横薙ぎに飛んでくる。すかさず木刀を動かしてその一撃を受け止めるも、踏ん張りのきかない右足は受け止めきることができず、あたしの身体はガードごと弾き飛ばされた。地面に倒れる。

 

「若葉先輩!」

 

 駆け寄ってくる美咲の姿が見えた。しかし次の瞬間、美咲の身体は大きくのけ反り、地面に倒れた。そばには、右足を高く上げた紗代が立っている。美咲があたしに気を取られた隙に、紗代のハイキックが炸裂したのだ。

 

「はっ! 自分の方が反応悪いじゃないか」勝ち誇った表情で美咲を見下ろす紗代。

 

「この……」美咲は立ち上がろうとしたけれど、できなかった。大きく尻もちをついて再び転ぶ。どうやら、ハイキックがまともに頭にヒットしたらしい。脳が揺れているんだ。

 

「あんたも人のこと気にしてる場合じゃないだろ!!」舞が再び警棒を振り下ろす。とっさに木刀で受け止めるけど、受け止めた場所が悪かった。警棒が握り手に近い場所に当たり、衝撃が手に強く伝わる。耐え切れず、木刀を落としてしまった。拾おうと手を伸ばすけど、舞の足がそれを邪魔する。右手を踏みつけられた。

 

「――――!」

 

 言葉にならない悲鳴。

 

「勝負あり、だね?」笑いながら見下ろす舞。

 

 ゆっくりと、警棒を振り上げる。あたしの頭を狙っている。逃れようとするけれど、強く踏みつけられた右手は抜けない。左手で頭をかばう。そんなもので防げるものではないけれど、それしかできない。

 

 警棒が動いた。

 

 その瞬間――。

 

 こちらに走ってくる人影が見えた。

 

 誰かは分からない。ただ、右手に、長い棒を持っているのだけは見えた。

 

 それを舞に向け。

 

 横薙ぎに払った。

 

 舞は後方に飛んだ。棒が空を切る。

 

 右手が解放されたあたしは、木刀を拾い、右ひざをついた状態で構えた。舞を見る。視線はあたしにではなく、新たに現れた人物に向けられている。紗代も、美咲ではなくその人物に視線を移した。

 

 純白の胴着に黒の袴、ボブパーマの髪型に、白い鉢巻、そして、手には長い棒。

 

「亜夕美――」

 

 同時に名を呼んだ。

 

 アイドル・ヴァルキリーズランキング第2位・ロスヴァイセ・本郷亜夕美は、手に持つ棒――薙刀をくるくると回転させ、そして、刃先を舞に向け、無言で構えた。

 

 

 

 

 


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