ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~ 作:ドラ麦茶
「……もしもし?」
《もしもし? 由香里?》
「うん。ゴメンね深雪。こんな遅く、電話して。寝てた?」
《ううん。別に大丈夫。それより、どうしたの? 何かあった?》
「ううん。何も無いよ。ただ、なんとなく、深雪の声が聞きたくてね」
《変なの》
「…………」
《…………》
「……いよいよ、明日だね」
《……そうだね》
「気持ちは、やっぱり変わらない?」
《うん……変わらない。ゴメンね》
「いや、謝ることじゃないけどさ……そっか……ついに、神撃のブリュンヒルデ・神崎深雪も、アイドル・ヴァルキリーズを卒業か……」
《正確には卒業発表。ヴァルキリーズとしてのお仕事が、まだ残ってるからね。実際に卒業をするのは、もうちょっと先かな》
「深雪がいなくなると、寂しくなるよ。仕方ないけどね」
《うん。ヴァルキリーズ結成当初からのコンセプトだったもんね》
「『ヴァルキリーズは、夢への通過点』か……」
《うん。最近ヴァルキリーズに入って来る娘は、ヴァルキリーズに入るのが夢だった、って娘がほとんどだけど、本当は、夢をかなえるためのステップにする場所なんだよね》
「うん」
《だからあたしは、子供のころからの夢だった、女優を目指すため、ヴァルキリーズを卒業する》
「……うん」
《あたしたち一期生が、後輩のために、身をもって道を示さないといけないからね。ヴァルキリーズに入って、それで終わりじゃない。ヴァルキリーズの先へ進まなければいけない、って》
「うん。ありがとう、深雪。あなたが道を示してくれれば、きっとみんな、うまくいくよ」
《……うん》
「でも、深雪がいなくなった後は、大変だよ。次にブリュンヒルデになるのは誰か……誰がなるかによって、チームのカラーが全然違ってくるからね」
《亜夕美がいれば大丈夫だよ。あの娘なら、あたし以上に立派にブリュンヒルデを務めてくれる。他の娘がブリュンヒルデになっても、あの娘がきっちりサポートしてくれるよ。あの娘に任せておけば、大丈夫》
「うーん……亜夕美がヴァルキリーズにいてくれる間は大丈夫だろうけど……深雪が卒業しちゃったら、亜夕美の卒業も時間の問題だと思うよ? 亜夕美、深雪を倒すことしか考えてないもん。ヴァルキリーズを卒業しても、それは変わらないんじゃないかな?」
《そうかな?》
「そうだよ」
《だったら、嬉しいな。あたし、今までヴァルキリーズでやってこられたのは、全部、亜夕美のおかげだからね。亜夕美がいなかったら、とっくに辞めてたと思う。あの娘があたしをライバルだと思ってくれている間は、あたし、どんなに辛いことがあっても頑張れる。あたしも、あの娘には負けたくないから》
「生涯ライバル関係か……いいね、そういうの。うらやましい」
《うん》
「でも、深雪も亜夕美も卒業しちゃったら、一体誰がブリュンヒルデになるのやら」
《うーん、エリとか、燈とか、美咲とか?》
「エリはもう勘弁してほしいよ。去年の特別称号争奪戦でセンターポジションやった時、テレビや雑誌の取材とかで、口を開けば瑞姫の悪口ばっかり言って。プロデューサーや事務所が手を回してくれたから表には出なかったけど、あたし、そばにいて、どれだけヒヤヒヤしたか」
《あはは。ワルエリ全開だったんだよね》
「うん。あの娘がブリュンヒルデになったら、あたし、即卒業してやる」
《そんなこと言わないの。他の2人は?》
「うーん。どうかなぁ? 2人とも、あんまりブリュンヒルデになる意志は無いんじゃないかな? 燈はもう、完全にエリのサポート役に徹するつもりみたいだし、美咲も、若葉みたいなポジションを目指すって、宣言しちゃったしね」
《遥は次のキャプテンになってもらわないと、由香里が卒業できないからね》
「遥にキャプテンが務まるかなぁ? マジメなのはいいんだけど、もうちょっと柔軟に対応しないと、みんなをうまくまとめて行けないと思うんだけどな」
《でも、エリも燈も美咲も遥もダメとなると……後、誰がいるの?》
「やっぱり、四期生の娘になるのかなぁ?」
《四期生だと……真理とか綾とか?》
「そうなるかな」
《大丈夫かな? 2人とも、まだ若いのに》
「若いからいいんだよ。若さは、アイドルにとっては最大の武器。エリも、次世代エース候補とは言われてるけど、なんだかんだでももう二十歳超えちゃったし。『次世代』エースとなると、やっぱり、真理や綾くらいの歳の娘がいいんじゃないかな? 特に真理は、プロデューサーが絶賛してるからね。これから推されまくると思うよ? なんてったって、『第2の神崎深雪』なんだから」
《ええー? それ、よく言われるけど、そんなに似てるかなぁ? あたし、あんなに泣き虫じゃないもん》
「何言ってんの。デビューしたころは、真理より泣き虫だったくせに」
《そうかなぁ?》
「そうだよ」
《……そうかもしれないね》
「うん。真理が、これから深雪みたいな立派なブリュンヒルデに成長していったら、ヴァルキリーズは、当分安泰なんだけどね」
《まだまだ時間はかかりそう?》
「かかると思う。深雪だって、立派なブリュンヒルデになるのに2年もかかったんだし」
《……ゴメンね、由香里》
「へ? どうしたの? 急に」
《あたし、自分が卒業した後のヴァルキリーズのこと、何も考えてなかったよ。あたしが卒業しても、残った人はヴァルキリーズを続けて行かなくちゃいけないんだよね。なのにあたし、自分のことだけで精一杯で、何もしなかった。ブリュンヒルデの在り方とか、心構えとか、いろいろ、若い娘に教えておくべきだったわ……》
「しょうがないよ。深雪は、ヴァルキリーズで誰よりも忙しかったもの。その上後輩の育成までやってたら、とても身体がもたなかったでしょ」
《……ゴメンね》
「いいって」
《…………》
「…………」
《……由香里、そう言えば、もう1人センターポジション候補、いるじゃない?》
「へ? 誰?」
《カスミだよ》
「ああ、すっかり忘れてたね。でも、あの娘には、ちょっとムリかな?」
《やっぱりそう思う?》
「うん。別に悪い意味で言ってるんじゃないよ? あの娘は凄く成長してる。でも何と言うか……あの娘の魅力を最大限に活かせるのは、センターポジションじゃないと思う」
《分かるよ。由香里や若葉だって、センターポジションには向いてないもんね。でも、カスミも一応、ヴァルキリーズのセンターポジションを経験した数少ない娘だから、若い娘にいろいろと教えてあげられると思うんだ》
「だね。でもさ……」
《うん?》
「本人にあまり自覚が無いのが、欠点かな」
《ああ、それは言えるね。あの娘、何と言うか……イマイチ消極的だよね。みんなに遠慮してる感じ?》
「やっぱ、3年前の、くじびきでセンターポジションに選ばれた時のこと、まだ引きずってるのかな?」
《かもね。まあ、あの時、周りからいろいろ言われたからね。デビュー間もない娘があれだけ叩かれたら、そりゃ萎縮もするよ》
「でも、それでもヴァルキリーズを辞めずに今までやって来たんだから、それなりにメンタルは強いと思うんだけど……後は、本人のやる気次第かな」
《それが一番の問題だね》
「そうだね。本人が、今のポジションに、なんとなく満足しちゃってるのが良くないね」
《あたし、機会があったら、ガツンと言ってみようかな?》
「うん? どうしたの? 急に。後輩にガツンというなんて、深雪のキャラじゃないと思うけど?」
《だね。でも、カスミもせっかくいいものを持ってるのに、このまま埋もれたままじゃもったいないよ。殻を破れば、すごく輝けると思う。それができないなら、このままズルズル続けていくより、いっそのこと、ヴァルキリーズを辞めてしまった方がいいと思うし》
「そうだね。でもまあ、大丈夫じゃないかな? カスミ、明日の大会、かなりやる気になってるみたいだし。期待できると思うよ?」
《そうだといいけど》
「まあ、カスミのことは任せるよ。あたしも、真理にちょっと厳しくしてみようかな?」
《真理に? 大丈夫?》
「分からない。真理が大変な目に遭ってきたのは知ってる。でも、このままじゃ、あの娘のためにならないよ。真理自身が変わらないと」
《真理を怒ったりしたら、亜夕美が黙ってないんじゃない?》
「そうだね。それが一番の問題だよ。亜夕美も、真理を可愛がるのはいいんだけどさ。今のままじゃ、ただ甘やかしてるだけで、真理の為にならないと思うんだけどね」
《変わらなきゃいけないのは、案外亜夕美の方かもね》
「そうかも」
《うん》
「……深雪?」
《うん?》
「ありがと、ね」
《どうしたの、急に改まって》
「別になんでも……。とにかく、ありがとう。今まで」
《ううん。お礼を言うのはあたしの方だよ。由香里、今まで、本当に、ありがとう》
「深雪が卒業しても、ヴァルキリーズは大丈夫。だから、深雪は気にせず、自分の夢を追いかけて」
《うん。そうする》
「…………」
《…………》
「……じゃあ、明日。お互い、頑張ろうね」
《……うん。おやすみ》
「おやすみ」
(第4回特別称号争奪戦前日、橘由香里と神崎深雪の電話での会話。翌日の大会終了後、神崎深雪はアイドル・ヴァルキリーズからの卒業を発表した)