ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~ 作:ドラ麦茶
アイドル・ヴァルキリーズ最強の忍者・一ノ瀬燈をなんとか倒したあたしたち。勝利は目前に思えたけど、このゲームで最も危険なプレイヤー・藍沢エリが、禁断の技を発動。一瞬にして14人ものプレイヤーを殺し、残る生存者は3名。ゲームはいきなり最終局面を迎え、ゲームマスターが、最終ミッション・デスマッチを発動。最後の1人になるまで戦う、最終決戦だ。あたしは、ミッション会場へと転送された。
転送されたのは、森の中にぽっかりと空いた広場だった。直径10メートルくらい樹が生えておらず、ところどころ大きな岩がある。見覚えがある。ここは、第2フェイズの特殊ミッション・スレイヤーの時のサドンデスで、深雪さんと戦った場所だ。
しばらくして、エリが転送されてくる。アイドル・ヴァルキリーズ第5回ランキング、二期生最高順位の3位、武術もできる白衣の天使(どこがだ)・藍沢エリ。その危険度は、最強忍者・一ノ瀬燈をも超える超絶Sクラス。ゲーム前のあたしの分析は、間違っていなかった。あたしは、多くの仲間を殺した悪魔を睨みつける。悪魔は、いつものおすまし顔を返すだけだった。あたしは、転送前にあらかじめ使っておいた能力カード、『スカウト・レーダー』を使って、エリの戦闘力を見る。1万8千と表示された。よし。これなら余裕だ。ゴーレムモードのあたしの戦闘力は12万。極めて鈍重という欠点を差し引いても、十分倒せるだろう。
そして、もう1人転送されてくる。軽くパニックにおちいっているかのように、泣きながら、きょろきょろと辺りを見回している。
――まさか、この娘がここまで生き残るとはね。
ゲーム前の分析による危険度は、最低のDランクだった。その分析が間違っていたとは思わない。どう見てもヴァルキリーズで一番人畜無害な娘だ。しかし、亜夕美さんや紗代さんという強力なメンバーに護られ、そして、運営から与えられた強力な個人能力に護られ、ここまで生き残ったのだ。
前フェイズ、エリが発動した死の連続技。『ゴースト』の能力で全てのプレイヤーの能力を把握し、『復活』の能力で死亡状態から復活し、そして、『キル・ノート』の能力でプレイヤーを殺す。能力の範囲内ならほとんどすべてのプレイヤーを殺すことができる究極の技だけど、殺すことができないプレイヤーもいる。1人があたし、『ザ・ロック』の能力者。この能力で岩になれば、心臓が無くなる。心臓麻痺で殺す『キル・ノート』の能力は無効だ。
そしてもう1人が――朝比奈真理。
真理を見る。『スカウト・レーダー』は、何の反応も示さない。効果が切れたわけではない。戦闘力が無いわけでもない。真理には、全ての能力が効かないのだ。
『解放プレッシャー』。
これ以上は無いってくらい、真理らしい能力だ。
能力名:解放プレッシャー
効果:あなたはすべてのプレイヤーの能力の対象にならない。
愛知ドームコンサートでの限定ユニット『アスタリスク』のボーカルに選ばれた真理は、「やりたくない」と、泣いていた。2つ前のフェイズの終了間際、『夢見』の能力を使って見た夢、CTFの作戦会議で、由香里さんチームのメンバーに選ばれた真理は、「あたしにはできない」と、泣いていた。
すでにヴァルキリーズで推されメンバーになることが確定していると言っていい真理。
しかし本人は、そのことがイヤなのだろう。
推されるということは、それだけ注目されるということである。注目されれば、当然非難の対象ともなる。注目されたくてもされないメンバーから嫉妬されることもある。内気を極めたような真理が、そんな重圧に耐えられるわけがない。
…………。
全員の転送が終わり、最後に、案内人が現れた。
「特殊ミッションへようこそ。これより、ルールの説明をします」
案内人の方を見るあたしとエリ。真理は1人、泣きながらきょろきょろと辺りを見回していたけど、案内人は構わず説明を始めた。
「現在この一帯は、私がいる場所から半径5メートル以内が封鎖され、外に出ることはできません。ここで、皆さんには最後の1人になるまで戦っていただきます。制限時間はありません。これより、フェイズの概念もありません。参加者のうち2人が死亡状態になった時点で、生存しているプレイヤーの勝利とします。限定能力、エリア内アイテムはありません。皆さんが今持っている能力、アイテムが全てです。ルールの説明は以上です。何か、質問はありますか?」
なんとまあシンプルなルールだこと。要は敵を倒せばいいだけ。まあ、分かりやすくて結構だ。だけど、1つだけ確認しておこう。あたしは手を挙げた。「『参加者のうち2人が死亡状態になった時点で、生存しているプレイヤーの勝利』ということは、死亡したメンバーはその時点ではまだゲームオーバーではない、ということですか?」
「その通りです。2人が死亡状態にならない限り、ミッションは続きます」
ふむ。つまり、通常のゲームと同じで、死んでも生き返ることはできるわけだ。恐らく『復活』の能力を持っているであろうエリは、少し有利だな。
「他に質問はありますか?」
メンバーをぐるりと見回す案内人。あたしの方はそれ以上確認することは無いし、エリも何も言わなかった。
「……あの……」
と、それまできょろきょろしていた真理が手を挙げた。予想外だな。真理、意外とこのミッション、やる気になってるのか?
なんてことは無く。
「……紗代さんと椿ちゃんと祭さんは……どうなったんですか……なんで……突然いなくなったんですか……?」
見当違いの質問。
……まあ、真理のチームはあたしたちと違って『ジーニアス』の能力が無かったから、『キル・ノート』や『ゴースト』に関する知識は無い。突然仲間が胸を押さえて苦しみながら死んだら、パニックになるだろう。
「ミッションのルールに関すること以外の質問は受け付けません」案内人は冷たく言った。「他に質問が無ければ、5分後にミッションを開始します。それまで、戦闘行為は一切無効です。必要であれば、エリア内をゆっくり探索してください。では――」
案内人は消えた。
「ま、探索するって言っても、こんな狭いエリアじゃ、ね?」エリは両手を広げた。
「エリさん……カスミさん……」震える声の真理。「紗代さんと椿ちゃんと祭さんが、突然、胸を押さえて、苦しそうに倒れて……そして……消えちゃったんです……何が……起こったんですか……?」
「ああ、簡単よ」エリが、あっけらかんと答える。「あたしが殺したの。プレイヤーを心臓麻痺にする能力でね」
「……そんな……そんな! どうしてそんな、ヒドイことを!! エリさん、優しい人だと思ってたのに!!」
お前の目は節穴か、と言ってやりたいな。まあ、それだけ真理が純真な心の持ち主だということだろう。
「あの、真理ちゃん?」ちょっと困った顔のエリ。「一応言っておくけど、これ、ゲームだからね? ホントに死んだわけじゃないよ? みんな、ゲームオーバーになっただけ。現実世界では、ちゃんと生きてるからね?」
「そんなの分かってます! でも、ゲームオーバーってことは、みんなもう、次のCDシングルで、センターポジションには立てないってことですよね……」
「まあ、そうなるわね」
「どうして……そんなヒドイことができるんですか……」
「どうしってって……そういうゲームだからに決まってるじゃない」
「でも! みんなを蹴落として、それで一番になって、センターポジションになって、それで、いいんですか!? 負けた人の気持ちを考えたことがあるんですか!? あたし、みんなを陥れてまで、一番になんて、なりたくない!!」
「あなたがそんな大きな声を出せるなんて知らなかったわ。どうしていつもそうしないの?」
「ごまかさないでください!!」
目に涙を溜め、精一杯の声で叫ぶ真理。こんな姿は初めて見たな。
エリは、大きくため息をついた。「……あんた、なんのためにアイドルになったの?」
「……なんのためって……それは……」真理は少し考え、そして、ゆっくりと言う。「あたしはただ、みんなと仲良く、楽しく、歌って踊って、そして、ファンの人たちと交流したいんです。こんな、仲間同士を無理矢理戦わせて、無理矢理勝者と敗者を決めて、何の意味があるんですか!? 勝った人は負けた人に恨まれる。負けた人のファンからも恨まれる。こんなの、全然楽しくない! 勝敗なんて決めなくていい! みんなで仲良くやれば、それでいいじゃないですか!!」
真理の言葉に。
エリの顔から、いつものすました表情が消える。
「……あんた、アイドル辞めた方がいいよ。向いてないわ」真剣な表情で真理を見つめる。「あんたの小学校って、もしかして、運動会で『かけっこはみんなで手を繋いで一緒にゴールしましょう』ってやつじゃなかった? あたしアレ、反吐が出るほどキライなのよね。そんな考え方で、社会に出てやって行けると思うの? 社会はどこへ行っても競争競争競争。必ず勝者と敗者に別れるの。まして、あたしたちはアイドル。スポーツや格闘技と同じ。全てが勝ち負けで判断されるのよ。勝敗なんて決めなくていい? ばっかじゃないの!? 勝ち負けの無い野球やサッカーを観て楽しい? 必ず引き分けになるプロレスやボクシングを観て興奮する? アイドルも同じよ! 勝つためにやってるの! あたしは一番になりたい。だってあたし、ヴァルキリーズの中では一番カワイイと思うもの。当然でしょ? 自分が一番カワイイと思ってなきゃ、アイドルなんかやらないわよ。誰だってそうよ。あんたまさか、『友達が勝手にオーディションに応募しましたぁ』とかいう都市伝説、信じてたりしないわよね? 自分で応募したに決まってるでしょうが! アイドルやってる人は、みんな、自分が一番カワイイと思ってるの。みんな、一番になりたいの! そう思えない人は、アイドルをやる資格なんかないわ!!」
……おいおいエリちゃん。そんなこと言って、大丈夫か? 真理、あまりのエリの豹変ぶりにドン引きしてるぞ? まあ、今のエリがウソ偽りないエリで、メンバーほとんどみんな知ってるんだけど、純真な真理ちゃんにはちょっと刺激が強かったか。
まあ、エリの言うことは一理あるけど、それが全てではない。あたしは一番になりたいという気持ちはあるけど、一番カワイイとは思っていない。あたしよりカワイイ人は、正直、たくさんいる。
それに。
アイドルの誰もが、ヴァルキリーズの誰もが、一番を目指しているわけではない。
例えばキャプテンの由香里さんのように、チームをまとめる人も必要だ。
例えば若葉さんのように、キャプテンを支える人も必要だ。
ヴァルキリーズには、いろいろなキャラの娘がいる。
そして、ヴァルキリーズのポジションは、センターポジションだけではないのだ。
その人のキャラに合ったポジションを選べばいい。センターポジションだけでは、ヴァルキリーズは成り立たないのだ。アイドルの世界は成り立たないのだ。
でも。
真理。あなたは、センターポジションを目指せばいい。
プロデューサーが、何故あなたを推すか、亜夕美さんが、何故あなたの面倒を見るのか。その理由が、なんとなく分かった気がする。死んでも教えないけどね。あたしは、そこまでお人好しではない。
案内人が現れる。「――間もなく特殊ミッション・デスマッチを始めます。準備はよろしいでしょうか?」
エリが両手を広げ、「いつでもどうぞ」と言い、あたしも、大きく頷いた。真理は無言のままだったけど、もちろん、それでミッションが中止になるわけも無く。
「それでは、デスマッチ、開始です。みなさん、勝利を目指して頑張ってください」
案内人が消え。
ついに、最終ミッションが始まった――。