ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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若さと経験

 あらゆる能力を駆使し、ヴァルキリーズ最強忍者・一ノ瀬燈を、あと1歩の所まで追い詰めたあたしたち。しかし燈は、相打ちを狙い、『自爆』の能力を使う。半径5メートル以内のプレイヤーは、能力使用者も含めてすべて死亡するという恐ろしい能力だ。燈の人間離れした握力に掴まれ、逃れることは不可能と思われたが、爆発の直前、ちはるさんが『チェンジ』の能力を使い、あたしと入れ替わる。次の瞬間、辺りは、強烈な閃光と爆音に包まれた。

 

 ――どうなったんだ?

 

 一転し、静寂が森を包む。そっと、岩陰から顔を出す。森は黒煙に包まれ、視界は最悪だけど、美咲の視力で何とか見える。

 

 爆心地は、まるで隕石でも落下したかのように、クレーターのように、大きくくぼんでいた。激しい戦いによってなぎ倒された木々は、すべて消滅している。残されたのは、ちはるさんと燈の魂、そして、2枚の能力カード。

 

 まさか、ちはるさんがあたしと美咲を守るために、自分を犠牲にするなんて……。

 

 ちはるさんは、このゲームでの目標は16位以内で、それが確定した時点でゲームを下りる、と言っていた。しかし、このフェイズ、エリと亜夕美さんと燈とちはるさんが死亡し、この時点で生き残っているのは16名。ちはるさんは、ギリギリ、16位以内に入れなかったことになる。入れ替わらずに、あのままあたしと美咲が死ねば、それで、目標の16位以内になれたはずなのに……。

 

「由紀江、聞こえるか?」愛子さんが指をこめかみに当て、由紀江と連絡を取る。「ちはるが、燈の『自爆』の能力でやられた。あたしとカスミと美咲は無事だ。すぐに、遥と玲子と連絡を取ってくれ。能力の範囲を考えたら、巻き込まれたりはしていないと思うが……」

 

 しばらくして、由紀江から連絡が入る。《確認しました。遥は無事です。玲子と連絡が取れませんが、美優さんが言うには、玲子は睡眠状態になっているそうです。恐らく、気絶しているんでしょう》

 

「そうか。すぐに、全員でこっちに来てくれ」

 

 通信が切れ、さゆりのテレポートで、由紀江たちがやって来た。遥も合流する。美優さんの『体調管理』の能力を使い、玲子はすぐに見つかった。爆風で吹き飛ばされた岩が頭に当たったようだ。酷い怪我だったけれど、美優さんのクラス能力『ヒール』でHPを回復し、意識こそ戻らないものの、なんとか一命は取り留めた。

 

 その間、あたしは呆然と立ち尽くし。

 

『融合』の効果が切れ、美咲と別々になっても、ただずっと、ちはるさんの魂を見つめていた――。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「――カスミさん。もうすぐフェイズが変わります。もう、ここに用はありません。次の作戦を実行しましょう」

 

 後ろから遥が言う。その通りだった。亜夕美さんと燈は倒した。でも、まだゲームは終わったわけではない。紗代さんたちと、最後の勝負をしなければいけない。それは分かっている。

 

 それでもあたしは、その場から動けなかった。燈の能力でできたクレーターの上に立ち、ただ、ちはるさんの魂を見つめる。

 

「まあ、しょうがないわよ」真穂さんが小さな声で言う。「まさかちはるが、自分を犠牲にしてまでカスミを助けるなんて、あたしでも想像してなかったわ」

 

 そう……なのだ。

 

 もちろん、これはゲームの世界だ。ちはるさんが本当に死んだわけではない。でも、あたしと美咲を助けることによって、ちはるさんは、16位以内に入ることができなくなった。ちはるさんは、このゲームに勝ち残るのは、あたしがふさわしい、と、言ってくれた。愛子さんも、あたしが誰よりもチームに貢献している、と、言ってくれた。

 

 でも、それは間違いだ。

 

 あたしよりも、ちはるさんの方が、よっぽどこのチームのために貢献していたはずだ。

 

 ちはるさんは、戦いでは常に先頭に立ち、檄を飛ばし、チームの雰囲気を盛り上げていた。ちはるさんがいなければ、確実に、ここまで勝ち残ることはできなかっただろう。優勝にふさわしいのはあたしなんかじゃない。ちはるさんだ……。

 

「……ちっ、めんどくせえな」愛子さんが舌打ちをし、こちらにやって来た。

 

 そして、あたしの胸ぐらをつかんで引き寄せる。「おい! いつまでめそめそしてるつもりだ! お前、ちはるがなんでお前たちをかばったのか、わからねーのか!! ヴァルキリーズことを考えたら、お前たちが残った方がいいと思ったからだろ!!」

 

 ――――。

 

 ちはるさんが残るよりも、あたしたちが残った方がいい?

 

 そんな……美咲はともかく、あたしなんかが残っても……。

 

「お前たちが残る方が、ヴァルキリーズの為なんだよ!!」愛子さんは、どこか悔しさを含ませた声で怒鳴る。「あたしたち一期生は、もう全員、20歳を超えている。アイドルだぞ!? こんなBBAが、フリフリの衣装着て歌って踊って、誰が喜ぶんだよ!? 深雪や亜夕美みたいにファンの人気が絶大ならまだいい。でも、あたしらみたいな干されが残っても、見苦しいだけだろ!? いまさらテレビに出るチャンスが増えたって、何にもならねーんだよ!! でも、お前は違うだろ! お前はあたしたち以上の干されだが、まだ若いんだ! それは、あたしたちがどんなに努力したって、もう絶対に手に入らない武器なんだよ! 深雪も亜夕美も持っていない、アイドル最強の武器なんだよ!! その武器を持っているから、ちはるは自分を犠牲にしてまで、お前をかばったんだよ!!」

 

 ……あたしが、アイドル最強の武器を持っている?

 

 たしかに、あたしはまだ18歳だ。二期生では一番若い。アイドルとして、まだまだ十分やって行ける年齢だ。

 

 でも、だからって、あたしみたいな何の実力も無いヤツが残っても……。

 

「これだけ言っても分からないのなら――」

 

 拳を握る愛子さん。思わず、歯を食いしばる。

 

 しかし、その拳を、遥が止めた。「愛子さん、それ以上は、やめてください」

 

「あん? 言っても分からねぇヤツは殴るしかねぇだろ!! それが、コイツの為だ!」

 

「カスミさんの為ではありません」真剣な顔で言う。「――愛子さんの今の言葉、後ろの美優さんと葵さんに、思いっきり被弾しています」

 

 後ろを見ると。

 

 美優さんと葵が、しゃがみこみ、シクシクと泣いていた。2人は三期生と四期生だけど、ともに、一期生にも負けない歳の23歳。すでに最強の武器を失っているにもかかわらず、ヴァルキリーズに入ったのだ。

 

「ま……まあ、そう気を落とさないで!」と、真穂さん。真穂さんも同じく23歳だから被弾しているはずだけど、常々自覚していたからか、ダメージは少ないようだ。「ヴァルキリーズの最年長は、26歳なんだよ!? BBAを超えたKSBBAなんだよ!? それに比べたら、あたしたちは、まだまだやれるって!!」

 

 と、この言葉に。

 

「BBAを超えたKSBBA……? 若葉先輩のことか……」

 

 美咲がピクリと反応した。

 

 そして、髪の毛が金髪になって逆立ち、戦闘力が急上昇した!(たぶん)

 

「若葉先輩のことかああぁぁ!!」

 

 が、後ろからさゆりたちに頭をはたかれ、元に戻る。

 

 そんなみんなの姿を見て、あたしは、思わず吹き出してしまう。

 

 つられたのか、愛子さんも吹き出し。

 

 そして、みんなも笑った。

 

「――でも、愛子の言う通りよ」しばらくみんなで笑った後、真穂さんが言う。「歌やダンスの技術は、努力すれば身に付けられるけど、若さだけは、努力ではどうにもならないわ。立派な武器よ。自信を持ちなさい」

 

「そう……でしょうか」

 

「そうよ」真穂さんは、ぱちっとウインクをした。

 

「でも、真穂先輩――」美咲がたんこぶをなでながら言う。「アイドル最大の武器を失って、ババアやクソババアになったのに、どうしてみなさん、まだアイドルを続けてるんですか?」

 

 ピシッ! 辺り一帯の空気が一瞬で凍りつく。コイツは……誰もが疑問に思ったけど絶対口にしてはいけないと心に決めたことを、あっさりと、しかも隠語を使わずダイレクトに訊きやがった。このKSGKが。あんなこと言われたら、美優さんと葵、突然死するんじゃないか? 愛子さんですら大きなダメージを受けているぞ?

 

 しかし、美咲の冷酷で残忍で無慈悲な言葉の暴力も、真穂さんは跳ね返す。「簡単よ。最大の武器は失ったけど、それに代わる、大きな武器を手に入れたから」

 

 若さに代わる武器? 何だろう?

 

 真穂さんはにっこりと笑う。「――経験よ」

 

 経験――。

 

 つまり、今までアイドル・ヴァルキリーズのメンバーとしての活動の中で、積み重ねてきたもの。

 

「そう。それだけは、若い娘たちには負けないわ」自信に満ちた顔で言う。「あたしたちより人気も実力もある娘は、若いメンバーの中にもたくさんいるわ。でも、あたしたち一期生は、何も無いゼロの状態から、アイドル・ヴァルキリーズを作り、6年間、必死で頑張ってきたの。その中で学んだこと、得たことは、数えきれないわ。これだけは、どんな後輩メンバーにも絶対に負けない。そして、それらの経験を、あなたたちに教えてあげることが、今のあたしたちがやるべきことだと思っている」

 

「――――」

 

「若葉があの歳になっても卒業しないのは、そのためよ」真穂さんは美咲を見て、ニッコリと笑った。「若葉がこれまで得た経験、知識、技術、それらをすべて、美咲に、メンバーのみんなに、教えるために、ヴァルキリーズにいるの。他の一期生もそう。みんな、あなたたちの成長を願っているわ」

 

 あたしたちの成長を、願っている……。

 

 ――――。

 

 あたしは振り返り。

 

 ちはるさんの魂を見つめる。

 

 ちはるさん――あたしに、優勝する資格があるかどうかはわかりません。

 

 でも、ちはるさんに、ヴァルキリーズのみんなに、そして、ファンのみんなに、見てもらいたい。

 

 あたしの、成長した姿を。

 

 あたしは、運だけでセンターポジションに立った3年前とは違う。

 

 何も分からないまま、ただ先頭に立って、みんなに言われるがままに、歌って踊るだけだった3年前とは違う。

 

 大きなチャンスが訪れたのに、何もできなかった3年前とは違う。

 

 ちはるさん。見ていてください。

 

 あたしは、ちはるさんの魂に、深く、深く、頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

「――ゴメン、みんな。もう大丈夫」振り返り、仲間たちに言う。「さあ、最後の決戦に行きましょう」

 

 みんな、大きく頷く。

 

 残る敵は、紗代さん、祭さん、真理、椿の4人。注意すべきは、何といっても紗代さんだ。キックボクシングの元アマチュアチャンピオンで、その戦闘力は5万5千。ヴァルキリーズではトップクラスの強さだ。しかし、あたしたちのチームには紗代さんの戦闘力に匹敵するメンバーが3人もいるし、何より戦闘力12万のこのあたしがいる。紗代さん1人なら、恐れることはない。他の3人の戦闘力はたかが知れている。後は、能力に気を付けるだけだけど……。

 

 今だ使用者が判明していない能力で、気を付けるべきは、まず、『やればできる子』だろう。

 

 

 

No.47

能力名:やればできる子

 効果:半径10メートル以内にいる戦闘力5千以下のプレイヤーを10倍の戦闘力にする。自分自身には無効。

 

 

 

 つまり、この能力があれば、戦闘力が低いプレイヤーも、紗代さん並の強さになれるのだ。侮りがたい能力ではあるけど、敵味方関係なく能力が発動するため、こちらも葵や美優さんなど、戦闘力5千以下のメンバーを戦闘に参加させることで対応できるし、所詮は最大でも戦闘力5万なので、それほど気をつけなくてもいいだろう。

 

 やはり、最も気を付けなければいけないのは『さそりの女』だ。

 

 

 

No.48

能力名:さそりの女

 効果:戦闘力が10倍になる。自制心が無くなり、目視しているすべてのプレイヤーに襲い掛かる。効果は10分。この能力は、全プレイヤーを通じて1ゲーム中1度しか使えない。能力のカード化、コピーは可能だが、プレイヤーの誰かがこの能力を使用した場合、それらはすべて消滅し、使えなくなる。

 

 

 

 この能力を持っているのは、紗代さんと見て間違いない。さっきの森の中での戦闘中、亜夕美さんが紗代さんに向かって「あんたの能力は1回しか使えないでしょ?」と言っていし、仮に他のメンバーの能力だったとしても、カード化して紗代さんが使うのが一番効果が高い。その戦闘力は、なんと55万。燈や、暴走した亜夕美さんすら上回る戦闘力だ。こちらのメンバー全員で戦っても、全く歯が立たないだろう。

 

 しかし、『さそりの女』の効果は10分間、しかも、1度使ったらもう2度と使うことはできない。能力を使われても、10分間耐えればいいのだ。そして、こちらには真穂さんの能力、『非戦闘地帯』がある。どんなに戦闘力が高くても、この能力の前では、直接攻撃は一切無効。紗代さんは、何もできないまま効果切れを待つだけだ。あるいは、『テレポート』の能力で逃げ回ってもいい。紗代さんたちに移動系の能力は無いから、10分間逃げ回るのは簡単だ。

 

 また、一か八か、『キル・ノート』の能力カードを使ってみる手もある。第4フェイズで根岸香奈を倒して入手したカードだ。紗代さんの能力は『さそりの女』でほぼ間違いないし、能力を確定できるカード、『把握』もある。万が一失敗し、死亡しても、もう16位以内は確定している。勝負を下りてもいいと言うメンバーは多いだろう。

 

 他にも、遥の『ヘッド・ショット』も狙えるし、燈の『自爆』の能力カードもある。こちらの打つ手は豊富だけど、向こうはもう打つ手はない。紗代さんたちは、詰みの状態なのだ。

 

「最後の最後で少々盛り上がりに欠ける展開だが、ま、しょうがないだろう」と、愛子さん。「じゃあ、行くか」

 

「あ、その前に、いいですか?」美咲が手を挙げた。「さっきからみなさん、シリアスモードだから言わなかったんですけど、ちはる先輩、まだゲームから離脱したわけじゃないですから、生き返らせてはどうでしょう? カスミ先輩、さっきエリ先輩を倒した時に出た能力カード、急いでいたからはっきり確認しませんでしたけど、確か『蘇生』でしたよね?」

 

 …………。

 

 一瞬の沈黙の後。

 

 

 

『そういうことは早く言ええぇぇ!!』

 

 

 

 ゴン!! 全員で美咲の頭にゲンコツを落とす。どうしてコイツは、普段は空気を読まないくせに、おかしなところで気を使うんだ。危うくフェイズ終了するところだったぞ。まあ、『蘇生』の能力カードを拾っておきながらすっかり忘れていたあたしに美咲を責める資格は無いか。

 

 あたしはちはるさんの魂へ向かって走った。フェイズ終了まで後5分。危なかったけど、なんとか間に合うな。あたしは、『蘇生』の能力カードを取り出した。

 

 

 

 ――そして。

 

 

 

 気付いた。気付いてしまった。

 

 あたしたちが、大きなミスを犯していたことに。

 

 気付くのが、あまりにも遅かったことに。

 

 

 

 あたしは――。

 

 あたし自らの手で、恐ろしい悪魔を、解き放っていたのだ――。

 

 

 

 

 


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