ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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頂上決戦

『暴走』の能力を使い、戦闘力が54万となった亜夕美さん。『融合』の能力で合体したあたしと美咲・カスミサキの戦闘力を大きく上回る数値だけど、あたしは美咲の『千里眼』の能力とちはるさんの『チェンジ』の能力を組み合わせ、遠く離れた場所にいたヴァルキリーズ最強忍者・一ノ瀬燈と入れ替わることに成功。ヴァルキリーズ最強の1人の決戦が、今、幕を開けた。あたしはエリを必殺の空中連続技で瞬殺し、急いで2人が戦っている森へ走った。

 

 2人の姿は見えないけど、凄まじい殺気がぶつかり合うのが、森の外にいても分かる。殺気がぶつかるたび、それが衝撃波のように広がり、飛んで来るのだ。

 

 森の中に入りしばらく走ると、岩陰に隠れているちはるさんと愛子さんを見つけた。

 

「「ちはるさん、愛子さん――」」あたしは2人に話しかけた。「「エリは片づけました。亜夕美さんと燈はどうですか?」」

 

「何と言うか……とても同じ人間とは思えないな」ちはるさんが苦笑する。「薙刀や刀の一振りで、樹が2、3本倒れるんだ。戦闘が終わるころには、この森は丸裸だろうぜ。近くで観戦したいのは山々だが、危なくてとても近づけない。遥たちも避難している。お前も、決着がつくまで、あまり近づかない方がいいぞ」

 

 そうなのだ。燈はともかく、『暴走』の能力を使っている亜夕美さんは、特に気を付けなければいけない。『暴走』の能力は、戦闘力が3倍になる代わりに、自制心が無くなり、敵味方関係なく目についたプレイヤー全てに襲い掛かるのだ。ヘタに近づくと自分が標的になりかねない。

 

「「分かりました。では、行ってきます」」

 

「ああ、そうだ」と、ちはるさん。「『千里眼』の能力カードをくれ。ここからじゃ遠くて、戦闘の様子がよく見えない」

 

 とのことなので、あたしは美咲の能力『千里眼』をカード化し、ちはるさんに渡した。

 

「カスミサキ。分かってると思うが――」ちはるさんの顔が真剣になる。「亜夕美と燈の2人を倒せば、もう、このゲームの勝敗は決まったも同然だ。注意するとすれば紗代くらいだが、今のあたしたちなら、恐れることはない。勝利は目前だ」

 

「「はい、分かってます」」

 

「そうなると、うちのチームメンバーの誰が優勝するかになるわけだが――カスミ。あたしは、お前が優勝するのにふさわしいと思う」

 

 ――――。

 

 あたしが、優勝するのにふさわしい?

 

 いや、もちろんあたしは、最初から優勝するつもりでこのゲームに挑んでいたわけだけど、まさか、ちはるさんからそんな風に言われるとは、思ってもみなかった。

 

「前に言ったと思うが、あたしたちのこのゲームでの目標は、16位以内だ。センターポジションなんてめんどくさいこと、頼まれたってイヤだからな。他のメンバーも同じだろう。優勝するなら、お前しかいない」

 

「「……でも、あたしなんかで、いいんですか?」」

 

「当然だろ。お前以外に誰がいる?」ちはるさん、即答。

 

「ま、仕方ないだろうな」愛子さんも同意する。「お前はこのゲームで、誰よりも、うちのチームに貢献したと思うぜ。あたしやちはるよりも、遥よりも、瑞姫よりもな。他のヤツらも賛成するだろうぜ。仮に、どこかの空気を読まないゲームバカが、『あたし、センターポジションやりたいです!』とか言い出しても、あたしたちが強制的に排除してやるから、安心しな」

 

 ……あたしが、誰よりも、このチームの勝利に貢献した?

 

 確かにあたしは、このチームに属してから、いろいろなことをやった。ほとんどが、みんなから頼まれたからやったことだけど、それはあたしが貧乏くじを引かされているのではなく、みんながあたしに期待している、とのことだった。それだけでも嬉しかったけど、それが、あたしたちのチームに貢献していた、何て言われると……。

 

「――だから、いちいち泣くなっつーに」呆れ声のちはるさん。

 

 慌てて涙を拭う。くそ。今日何度目だよ。いつからあたしの涙腺はこんなに弱くなったんだ。

 

 まあ、仕方ないだろうな。あたしみたいな干されメンバーがセンターポジションにふさわしい、なんて言われたら、誰だって泣くほど嬉しいだろう。

 

「――いや、センターポジションにふさわしいとは言ってない」と、ちはるさん。『融合』の能力で顔の右半分は美咲になっているけど、相変わらず表情が読まれているらしい。それはいいのだけど、さっきちはるさん自身が、あたしが優勝にふさわしい、って、言ったじゃないか。

 

「優勝にふさわしいとは言った。でも、それとセンターポジションにふさわしいというのは、別問題だ」いたずらっぽく笑う。何だよそれ。結局、あたしのことは認めてないってことか。

 

 ……でも。

 

 ちはるさんの言うことは、正しい。

 

 このゲームは、あくまでも、次のCDシングル曲のセンターポジションを決めるための大会だ。

 

 このゲームの優勝者が、本当にセンターポジションにふさわしいかどうかは、曲が完成し、ファンのみんなに披露して、そして、ファンのみんなの評価で決まる。

 

 ここで優勝しても、完成した曲で結果を残せなければ、何にもならないのだ。3年前のあたしのように。

 

 3年前のくじびき大会。あの時、あたしがセンターポジションに立ったことで、あたしだけでなく、ヴァルキリーズ全体が酷評され、悔しい思いをした。

 

 でも、今思うと、それも当然だった。あの時のあたしは、デビューしたばかりということもあり、何もできない、素人同然の小娘だったのだから。

 

 じゃあ、今のあたしはどうなのだろう?

 

 分からない。こんなことは、自分で判断できることではない。

 

 でも、今のあたしは、あの時のあたしとは、全然違う。それは、断言してもいい。

 

「カスミ――」ちはるさん、今までに見たことのないほどのさわやかな笑顔。「あの時お前をバカにした連中を、見返してやれよ!」

 

 その言葉に。

 

「「はい!!」」

 

 大きく返事をして。

 

 そしてあたしは、2人を残し、ゆっくりと森の奥へ進んだ。

 

 

 

 

 

 

 それはもう、凄まじい、の、一言だった。

 

 ほんの数分前まで、樹々の生い茂る森だったはずが、2人が戦っている半径10メートルほどが、まるで森林伐採でもしたかのように樹々が斬り倒されていた。亜夕美さんの薙刀と、燈の忍者刀がぶつかるたび、衝撃波が広がり、森の樹々が揺れる。ヘタすりゃあたし自身吹き飛ばされてしまいそうだ。

 

 ……てか、あたし、この後アレのどちらかと戦うのか? いかに『融合』の能力を使っているとはいえ、とても勝てる気がしないんだが。

 

 いやいや。弱気になっちゃいかん。2人の戦闘が凄まじければ凄まじいほど、それだけダメージも披露も蓄積し、戦闘力は低下しているはずだ。あたしだって戦闘力は30万を超えているのだ。自信を持て! 必ず勝てる!

 

 …………。

 

 たぶん。

 

 まあ、どの道あの2人を倒さないと優勝できないからな。戦うしかないだろう。

 

 がきん! 薙刀と忍者刀がぶつかる。凄まじい金属音と、飛び散る火花と、そして衝撃波。人間離れした2人の攻防に、ついに武器が限界を超えた。燈の忍者刀が、粉々に砕け散ったのだ! 折れたのではなく、砕け散った。それほどまでに凄まじい力のぶつかり合いだったのだろう。

 

 燈の刀を砕いた薙刀は、すぐに動きを変え、まるで獲物に襲い掛かる野生の獣のごとく、燈の首筋を狙い、襲い掛かる。これは、勝負アリか!?

 

 ――いや!!

 

 燈は、亜夕美さんの薙刀を、右手で受け止め、さらに、刃を握り潰した!!

 

 …………。

 

 マジかよあかりたむ。愛子さんの左腕を籠手ごと斬り落とした亜夕美さんの薙刀の一撃を、素手で受け止め、さらには素手で握り潰したぞ。燈は恐らく、攻撃が無効になる能力や戦闘力アップの能力は使っていない。そして、ここはゲームの世界とは言え、現実世界がリアルに再現されたVRMMO。つまり、燈のあの芸当は現実世界でも可能なのだ。やっぱあの娘、化物だな。

 

 亜夕美さんの薙刀を握り潰した燈の右拳は、そのまま、亜夕美さんの顔面めがけて飛んだ。至近距離からの右ストレート。恐らくボクシングのヘビー級チャンピオンにも匹敵するパンチ力だけど、亜夕美さんはそんな強烈なパンチを受けても全く怯まなかった。逆に、右ストレートを返す。燈も倒れない。左のボディブローで反撃! 今度は殴り合いだ!

 

 2人の拳がぶつかるたびに、衝撃波が森を駆け抜ける。そんな殴り合いが、5分近く続いた。

 

 何度目の攻撃か、亜夕美さんの右フックが、燈の顎にヒットした瞬間。

 

 ガクン、と、燈が左ひざをついた!

 

 そこへ、亜夕美さんの左の回し蹴りが飛んで来る! 燈は何とかガードしたものの、大きく弾き飛ばされ、側面から地面に倒れる! うおお! あの燈が吹っ飛ばされるなんて、初めて見たぞ!! 亜夕美さん、完全に燈を追い詰めた! これは、勝負アリか!?

 

 亜夕美さんは拳を握り、さらに追い打ちを掛けようとする。

 

 ――が!

 

 それまで、『暴走』の能力で、燃える炎のような深紅の色をした亜夕美さんの目が、まるで炎が消えるかのように、その色を失った。

 

 同時に、寒気がするほどの恐ろしい殺気が、急激に弱まるのが分かる。

 

 亜夕美さんが能力を使ってから10分。効果が切れたんだ!!

 

「……ちくしょう」

 

 それが、亜夕美さんの最後の言葉になった。

 

 ボン! 亜夕美さんが、小さな爆発を起こし、青い炎と化す。その炎も、すぐに消えた。『暴走』の能力は、使用後、ゲームから追放される。亜夕美さんは結局、1人も倒すことなく、ゲームオーバーとなったのだ。

 

 まさに危機一髪。なんとか命拾いをした燈。立ち上がり、大きく息を吐いた。

 

 そこへ。

 

『マングース』の能力で一気に間合いを詰めるあたし。この能力使用中は一切攻撃できないので、直前で解除する。大きく振りかぶり、渾身の右ストレートを打ち込んだ。完璧に、燈を捉えた! これで終わりだ!!

 

 しかし!

 

 空を切る拳。

 

 突然、燈の姿が消えた。

 

 次の瞬間、あたしの身体は宙を舞う。

 

 あたしの渾身の右ストレートをかわした燈は、そのままあたしの右腕を取り、一本背負いを決めたのだ!

 

 激しく地面に背中を打つあたし。なんとか見よう見まねの受け身を取ったけれど、一瞬息がつまった。

 

 そこへ、上から燈の拳が降ってくる!

 

 ヤバイ! すぐに身をひるがえし、なんとかその一撃をかわす。すぐさま立ち上がるけど、燈の回し蹴りが飛んで来た。ガードするも、ガードごと吹き飛ばされる。完全に体勢を崩されたところへ、燈の右ストレート。ダメだ! かわせない!

 

 ガン!

 

 なんとか身体を捻り、あたしは、固いゴーレムの左半身で燈のパンチを受けた。それでもとんでもないダメージだった。衝撃で身体が吹っ飛ぶ。なんとかダメージには耐えたけど、あいつ、ホントに戦闘力が低下してるのか? 全然そんな気配は無いぞ?

 

《大丈夫! 燈は、確実に弱ってるわ!》由紀江の声がした。『連絡係』の能力だ。《玲子の『スカウト・レーダー』によると、現在燈の戦闘力は37万。頑張れば、きっと倒せるわよ!》

 

 ……確かに弱ってるし、頑張ればなんとかなりそうな数値ではあるけど、それでも今のあたしの戦闘力を上回ってるじゃないか。しかも、あたしも亜夕美さんとの戦闘で少なからずダメージを受けている。こりゃ、作戦ミスか? いや、弱気になるな! こういう僅差の勝負は、気持ちで負けた方が負ける! あたしは勝つ! なにがなんでも!!

 

 起き上がり、右半身を引いて構える。落ち着いて対処すれば、必ず勝てる。とは言え、ゆっくり戦う余裕は無い。あたしとカスミが合体してから、もう20分は経っているだろう。『融合』の効果は30分だ。残り10分で勝負を決めなければいけない。いいぞ。あたしは、追い込まれれば追い込まれるほど、燃えてくるタイプだからな、なんて。

 

 あたしは地面を蹴り、燈に向かって行く。左のジャブ2発から右のストレート、左から右のワンツーパンチからくるっと1回転して右の裏拳、さらには、先ほどエリを葬った技、最速風神拳も打ち込む。すべてガードされたけど、燈の身体は大きく崩れた。よし! あたしは大きく踏み込み、もう1度最速風神拳を打ち込もうとした。

 

 しかし。

 

 あたしの拳がヒットするよりも早く、燈はあたしを掴み。

 

 そのまま、転がるように後ろに倒れる。引き込まれるあたし。燈の足が、あたしの身体を宙にはね上げた。柔道の投げ技・巴投げだ! それも、ただの巴投げではない。あたしの身体は、なんと5メートル近い高さまで飛んでいるのだ! 何という脚力!

 

 でも、これだけ高く飛ばされれば、それだけ滞空時間が長くなり、空中で体勢を立て直すこともたやすくなる。これくらいの高さなら、足から着地できればほとんどダメージはないだろう。燈め、焦って攻撃ミスをしたな。人間離れした脚力が逆に仇となったわけだ。

 

 ……うん?

 

 巴投げを決めた燈が起き上がる。空中にいるあたしに背を向ける格好だ。そのまま背面ジャンプし、空中にいるあたしを掴んだ。

 

 ……って、おい! 冗談だろ!? さっきより高度は低くなっているとはいえ、まだ2メートル以上はあるぞ!? どんなジャンプ力だよ!?

 

 ……そういえば燈、深夜のバラエティ番組『ヴァルキリンゴ!』の企画で体力測定が行われた時、走り高跳びで2メートル20センチを記録してたっけ? 番組スタッフがバーの高さを計り間違えたということで記録は無効になったけど(どうやったらあんなのを計り間違えるのかは分からないが)。

 

 空中であたしを掴んだ燈は、プロレスのバックドロップのような恰好であたしを担ぎ、そのまま地面に向けて落下する。なんて悠長に実況してる場合か!? これ、イズナ落としだろ!! マンガやゲームで忍者がやる定番の投げ技だけど、現実で可能な技じゃないぞ!? いや、そりゃここはゲームの世界だけど、それでもVRMMOだから、現実世界に限りなく近いはずだ! 燈って、ホントに人間なのか!?

 

 などと、悠長に実況している間に。

 

 ガン!! あたしの身体は、地面に叩きつけられた。なんとか首を曲げ、脳天からの落下は避けたけど、一瞬意識が飛ぶ。それでも無事でいられたのは、半分ゴーレムモードだったからだろう。通常モードだったら、間違いなくKOだった。

 

 なんとか意識を保ち、起き上がる。が、燈は休まず攻めて来る。再びあたしを掴むと、くるりと身体を反転させた。一本背負いか? いや。燈は投げると同時に、その強烈な脚力で自らも跳んだ。そして、あたしは地面に叩きつけられると同時に、燈の全体重も浴びた。一瞬息がつまる。いくらあたしが半分丈夫なゴーレムモードで、燈が軽量級とは言え、こうも連続で投げ技を喰らうと、さすがにヤバイな。なんとか起き上がり、すぐに構えるあたし。

 

《――燈先輩、さっきからやけに投げ技にこだわりますね》あたしの右半身が言った。

 

 ……そう言えば、確かにそうだな。燈の武術は、言うまでも無く忍術。刀や手裏剣などの武器を使った戦いはもちろん、素手での格闘においても、打撃技・投げ技・寝技、全てオールマイティにこなすことができるはずだ。何故、打撃を打ってこない……?

 

 …………。

 

 考えられるのは1つ。今のあたしに対しては、打撃技よりも投げ技の方が有効だと判断しているからだ。確かに、右半身の美咲はもちろん、あたしも武術は空手だ。左半身はゴーレムモードで防御力が高いから、打撃よりも投げの方が有効という判断は正しいだろう。それだけあたしの打撃技を警戒しているということだ。普段の燈ならあり得ない。いかにあたしたちが融合の能力で戦闘力が大きくアップしているとはいえ、それでも燈なら、打撃技でも圧倒できるはずだ。

 

 つまり――それだけ、燈も苦しいんだ。

 

 それはそうだ。戦闘力で上回る暴走モードの亜夕美さんとの戦闘を終えたばかりだ。いくら燈でも、戦闘力は大きく低下する。やはり、燈を仕留めるならここしかない。

 

《向こうが投げ技メインで来るなら、いい方法がありますよ》と、右半身。

 

 いい方法? どんな?

 

《次に掴み状態になったら、あたしが燈先輩の体勢を崩します》

 

 燈の体勢を崩す? そんなことが可能なのか?

 

《はい。たぶん、イケます。なので、燈先輩の態勢が崩れたら、カスミ先輩は、深雪先輩との戦いの時に見せた、あの技を決めてください》

 

 深雪さんとの戦いの時? 第2フェイズの特殊ミッション・スレイヤーの、サドンデスの時だな。あの時決めた技といえば、右上段回し蹴りだ。いや、回し蹴りなら美咲の方が強力だろう。何より、今の右半身は美咲だ。

 

 ……と、言うことは、アレか。確かにアレなら、今のあたしなら、その威力はあの時の100倍。よし。それで行こう。

 

《はい。じゃあ、行きますよ!》

 

 あたしは燈との間合いを詰め、牽制のパンチを出す。その攻撃を防いだ燈は、予想通り、あたしを掴んだ。すぐに投げられないよう、体勢を低くし、そして、燈を掴み返す。柔道で言う組み合った状態。さあ右半身、ここからどうやって燈の体勢を崩すの?

 

 ――と。

 

 組んだ瞬間、燈の表情が苦痛に歪み。

 

 そして、大きく体勢が崩れた! 何だ!? 何をやったんだ!? 美咲はただ、燈の襟を掴んだだけだ。それだけで、まるで打撃を喰らったかのように、燈は大きく体勢を崩した。

 

 ――寸勁か!!

 

 寸勁。相手に拳を密着させた状態から、勢いをつけることなく出す空手の打撃技である。中国拳法では発頸とも言われる、超上級者技だ!

 

《カスミ先輩!! 今です!!》

 

 右半身の声で我に返る。そうだ。悠長に解説している場合ではない。美咲は約束通り、燈の体勢を崩したんだ。次は、あたしがアレを決める番だ!

 

 あたしは、燈の背後に回り込み、左腕を燈の首に巻きつけ、そのまま締め上げる。柔道の絞め技、裸締めだ!! 深雪さんとのサドンデスの時もそうだったけど、愛子さんがやったのを見よう見まねでやっただけの素人技だ。でも、今のあたしはカスミちゃんゴーレムモードで、パワーだけは、サドンデス時とは比べ物にならないほどアップしている。このまま絞め落とすどころか、首の骨を折る、いや、素手で首をはねてやる!!

 

《さすがです! カスミ先輩!!》と、右半身。

 

 いや、さすがなのは美咲の方だ。まさか組んだ状態から打撃技を出すなど、さすがの燈も想像していなかったようだ。

 

《えっへっへ。実はこれ、昔読んだ格闘マンガであったんです。空手家の主人公が柔道で戦う話なんですけど、1度やってみたかったんですよね》

 

 ナルホドな。柔道で打撃はもちろん反則だけど、寸勁なら審判に気付かれる可能性は低い。バレなきゃあイカサマじゃあねぇんだぜ、と、昔の偉い人も言っている。それに、そもそもこれは柔道の試合じゃない。打撃どころか、咬みつき目つぶし武器使用、何でもありの勝負なのだ!

 

 フルパワーで燈を締め上げるあたし。もう、完全に決まったな。サドンデスの時は深雪さんの能力『ライトニング・スピア』にやられたけど、今のあたしなら電撃にだって耐えられる!

 

 ……うん?

 

 燈が、右手であたし左腕を掴んだ。ふん。掴んだって、いまさら外せないよ。いくら燈がバケモノでも、パワーなら負けるもんか! このまま昇天しちゃいな!

 

 あたしは、さらに力を込め、締め上げた。

 

 が、その時。

 

 左腕を、信じられない痛みが襲う。

 

 ――何だ!? まさか、電撃か!? いや、ゴーレムモードのあたしに電撃はほとんど通じないはずだ! それに、この痛みはまさか!?

 

 ぐしゃり、と。

 

 あたしの左腕が、潰れる音がした。

 

 折れたのではない。潰れたのだ。燈の、右手の握力によって!!

 

 そんなバカな!? 確かに燈の握力は強力だ。例の深夜のバラエティ番組の体力測定の時、燈の握力は100キロを超えていた(例によって、機械の故障ということで無効にされたけど)。でも、生身のあたしの腕ならともかく、今はゴーレムモードプラス融合だぞ!? それは超合金ならぬ超合石状態。それを潰すなんて、握力100キロどころじゃすまないだろ!?

 

《オチまでマンガと同じになっちゃいましたね。大丈夫ですか?》と、右半身。左腕潰されて大丈夫なワケないだろ。

 

 締めから逃れた燈は、振り向きざまに手刀を放ってくる。何とかガードしたものの、ゴーレムモードの左腕ではなく、美咲の右腕では、ダメージは少なくない。燈はさらに手刀を打ってくる。あたしの左腕を破壊した途端、それまでの投げ技主体の戦い方から一転、打撃技に転じてきた。くそ! このままじゃやられるぞ!?

 

 仕方ない!

 

 あたしは大きくバックステップで燈と間合いを取ると、能力カードを取り出した。燈は一瞬で間合いを詰め、中段蹴りを出してくるが、一瞬早く、あたしの能力カードが発動した。

 

 がきん!

 

 燈の蹴りは、あたしのお腹にヒットする寸前、見えないシールドによって止められた。ふう。間に合った。戦闘前に真穂さんから貰った能力カード、『非戦闘地帯』だ。これで、いかにヴァルキリーズ最強忍者といえども、今から10分間は直接攻撃を行うことはできない。後は! ボン! 能力を発動し、岩モードになるあたし。岩モードになると、HPの回復スピードが上昇する。少し休んで、折れた腕をくっつけよう。『融合』効果は、もう5分少々しかないけれど、数分休めば十分だ。それで、残り時間にすべてを掛ける。

 

 岩モードのあたしを見下ろす燈。パンチを数発繰り出すけれど、全て見えないシールドに阻まれる。『非戦闘地帯』の能力が発動している間は、何もできないだろう。燈は諦めたのか、その場にしゃがみ込んだ。座って、自分もHPを回復させるつもりだな? でも、岩モードのあたしは、座った状態の燈よりも、HPの回復スピードが早い。あたしの方が有利なのだ。

 

 ……うん?

 

 じっと、燈を見る。しゃがみ、そして、目を閉じている。

 

 ……まさかアイツ、寝てるのか?

 

 このゲームでは、座っている状態よりも睡眠状態の方がHPの回復スピードは早い。しかし、いくらなんでも敵を目の前にして寝るだろうか? 『非戦闘地帯』の能力が発動しているとはいえ、能力による戦闘は無効にはならない。何より、こちらは自分の意思で解除することができるのだ。今、ここで『非戦闘地帯』を解除し、美咲の必殺の正拳突きを叩き込めば、簡単に倒せるのではないだろうか? ……いや。寝ていると見せかけて、能力を解除したところを襲い掛かってくるのかもしれない。いわゆるタヌキ寝入りだ。ふん。そんな子供だましに引っかかるもんか。

 

《カスミサキ、聞こえる?》と、由紀江の声。『連絡係』の能力だ。《美優さんが確認したわ。今、燈は、絶対確実完璧に、眠っているそうよ》

 

 ……マジかよ。美優さんの能力は『体調管理』。睡眠などの状態異常になったプレイヤーの位置が分かる能力だ。まさか戦闘中に本気で寝るとは。これは、チャンスだぞ? ボン! 岩モードから元の姿に戻るあたし。燈は――動かない。眠っている。

 

 ……いや、昔の武術の達人は、眠っている状態でも、殺気を感じ、敵の襲撃を退けたという。燈ならそれくらい余裕だろう。やはり、迂闊に手を出すのは危険だ。

 

《今、遥から連絡が入ったわ》と、由紀江。《『非戦闘地帯』を解除すれば、『ヘッド・ショット』が狙えるそうよ》

 

『ヘッド・ショット』。60メートル以上離れた遠距離攻撃が頭部にヒットした場合、少ないダメージで即死となる遥の能力だ。さすがにそれだけ離れていたら、燈も殺気に気づかないのではないだろうか?

 

《どうする? 燈に気づかれるといけないから、やるなら、そのまま無言で、やらないなら、はい、と言って》

 

 あたしは、無言で作戦実行を許可した。どう考えても、この作戦は有効だろう。

 

《OK。じゃあ、この通信が終わって、10秒後に、『非戦闘地帯』を解除してね。その5秒後に、遥が矢を射るそうよ》

 

 了解! 通信終了! 10秒数え、『非戦闘地帯』を解除する。その5秒後――。

 

 向かって左から、一閃の矢が飛んで来る! それは正確に、眠っている燈の頭部へ飛んで行く! やった! これで、燈も終わりだ!!

 

 が、矢が燈の頭部にヒットする瞬間。

 

 突然、矢が方向を変え、あたしに向かって飛んで来た! しかも、あたしの顔面中央を狙っている!!

 

 がしっ!! 間一髪、右手で矢を掴む。あっぶなー! 今のはもちろん、燈が、飛んで来た矢を弾き、軌道を変えたのだ。あのまま顔面中央に矢が刺さっていれば、あたしは当然即死。それは、前フェイズの特殊ミッションのラスト間際、ユカリマキさんゴーレム相手に思い付いたけど、あまりに危険だからやらなかった作戦だ。燈め。あっさりと成功させやがった。美咲の動体視力が無かったら、終わってたな。

 

 と、安心している場合ではない。目覚めた燈が構える。あたしの左腕はまだ完全な状態ではないけれど、もう、『非戦闘地帯』は解除してしまった。このまま戦うしかない。

 

 ――こうなったら、最後の作戦だ。

 

 あたしはもう1枚能力カードを取り出した。その力を発動する。

 

 同時に、燈が動いた。一気に間合いが詰まり、右のフロントキックから手刀への連続技。まだ痛む左腕でなんとかガードし、反撃に転じる。お互い、しばらく牽制攻撃。

 

 と、あたしの右ストレートをかわし、懐に潜り込む燈。右腕を取り、身体を反転させる。一本背負いだ!

 

 ――チャンス!!

 

 燈が背を向けた瞬間、あたしは、さっき使ったカードの能力を発動する。

 

 燈が投げを打った瞬間、あたしの右腕は、切り離された! 自由に右腕を切り離せる雨宮朱実の能力、『オール・レンジ』だ!

 

 必殺の投げがすっぽ抜け、大きく体勢を崩す燈。

 

 あたしは、大きく振りかぶり。

 

 渾身の左ストレートを打ち込んだ! いかにゴーレムモードの動きが鈍かろうと、いかに燈が素早かろうと、これだけ体勢が崩れていては、かわせないだろ!!

 

 がっつーん!!

 

 燈は両腕をクロスさせ、あたしの左ストレートを防いだものの。

 

 強烈な一撃は、燈のガードを吹き飛ばす!

 

 よっしゃ! 手応えは十分だ!! 燈の両腕は、もう使い物にならないはずだ! このまま一気に決める!! あたしはジャンプすると、空中二段蹴りを繰り出す。そして、着地と同時に左の踵落とし。しかし、燈もまだ負けてはいない。あたしの連続技をステップでかわした燈は、くるっと一回転し、左の後ろ回し蹴りを繰り出してきた。あたしは左腕でガードする。

 

 と、燈は右足で地面を蹴る。そのまま両足であたしを挟み込むと、きりもみ回転! あたしは、顔面から地面に突っ込んだ! 口の中に土と血の味が広がる。クソ! 今日何度目の顔面ダイブだ? いやそれより、燈のヤツ、足だけで投げ技を決めやがった。マジでコイツ、戦闘マシンだな。

 

 燈が右足を振り上げる。ダウンしたあたしへの踵落としだ。

 

 ――フン! 燈め、油断したな!!

 

 右足を振り上げた燈の身体が、大きくのけ反った。

 

 美咲の正拳突きが、燈の背中にヒットしたのだ。さっき切り離した右腕で!

 

『オール・レンジ』の能力は、右腕を切り離せるだけではない。半径10メートル以内で自由に動かすことが可能なのだ。そして、たとえ切り離されていようとも、その強烈な威力は変わらない。まして、ガードも何もしていない、完全無防備な所への一撃だ!! いかに燈が戦闘マシンであろうとも、この一撃を喰らっては、無事では済まないだろう。

 

 ごぼっ、と、燈が口から血を吐く。

 

 よっしゃ!! 今度こそ終わりだ!!

 

 あたしは素早く起き上がると、燈のボディに、再び渾身の左ストレートをお見舞いした! 今度はガードもできない! 完全にクリーンヒット!! 燈の身体が大きく吹っ飛ぶ! 右腕を元に戻し、一気にたたみかける。最後はエリと同じ。最速風神拳からの空中連続技でKOだ!! 稲妻をまといながら、渾身の右ショートアッパーを繰り出す。

 

 しかし、燈は。

 

 その場にしゃがみ、あたしの拳をかわすと。

 

 そのまま、あたしに抱きついてきた。

 

 何だ? 何のつもりだ? いまさらそんな悪あがき、ムダだぞ? このまま左のハンマーパンチで、背骨をへし折ってやる!

 

 その時だった。

 

 ――ゾクリ。

 

 背中に、氷の矢が刺さったかのような錯覚。

 

 燈が何かをしたわけではない。

 

 これから、何かをするつもりなのだ。

 

 直感的に悟る。

 

 ――能力を使う気だ!

 

 燈の能力は分からない。分からないけど、今だ使用者が判明していない能力で、かつ、ここまで追い込まれた燈が、こんな密着状態で出す能力となると、1つしかない!

 

『自爆』だ!!

 

 

 

No.28

能力名:自爆

 効果:自爆する。半径5メートル以内のプレイヤーは、能力使用者を含め、すべて死亡する。

 

 

 

 くそ!! あたしは左手で燈を掴む。爆発する前に、このまま遠くへ放り投げてやる! が、離れない! 燈の右手が、あたしの背中をつかんで放さないのだ! もちろん、あたしの背中に掴めるほどの贅肉がついているわけではない(ホントだぞ)。それどころか、今のあたしの身体は硬い岩なのだ。なのに、燈の右手の指が、1本1本、がっしりと食い込んでいるのだ! マジでコイツの右手の握力はどうなってんだ!? というか、右腕はあたしの攻撃で破壊したはずだぞ!? もう、ワケわからん!!

 

 燈が、ニヤリと笑う。

 

 ……ダメだ。せっかくここまで追い詰めたのに、最後の最後で相打ちかよ。ゴメンね、みんな。まあ、あたしみたいな干されメンバーが、美咲と合体したとはいえ、推されメンバーの筆頭のエリを倒し、燈をあと1歩のところまで追い込んだんだ。上出来すぎだよな。うん。

 

 と、諦めた時だった。

 

 急に。

 

 周りの景色が変わった。

 

 あたしの目の前には、大きな岩があり。

 

 その隣には、左腕を失った愛子さんがいた。

 

 あたしをガッチリと掴んでいた燈は、いない。

 

 へ? なんだ? 死ぬ前に見るという、走馬灯ってヤツか? そのワリにはこれ、最近見た景色だな。岩山でエリを倒し、森の中で戦う亜夕美さんと燈の元へ駆けつけた途中に、ちはるさんと愛子さんが隠れていたところだ。しかし、愛子さんはいるけど、ちはるさんはいない。走馬灯じゃないのか? 走馬灯ではない。つまり、これは現実。

 

 でも、ちはるさんの姿が無い。

 

 ――――。

 

 まさか、ちはるさん、あたしと入れ替わったのか!?

 

 ちはるさんには『千里眼』の能力カードを渡していた。ここから『チェンジ』の能力で入れ替わることは、十分可能だ。『チェンジ』の対象はあくまでもプレイヤー1人だから、どんなに燈ががっちりつかんでいても、抜け出すことは可能だ。

 

 ――でも、それだとちはるさんが!!

 

 岩の陰から出ようとしたあたしを、愛子さんが止める。

 

 

 

 ――カスミ、優勝しろよ。

 

 

 

 ちはるさんの声が聞こえた――ような気がした。

 

 次の瞬間。

 

 森は、強烈な閃光と爆音に包まれた――。

 

 

 

 

 

 


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