ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~ 作:ドラ麦茶
「――そうだ。カスミ先輩、せっかくだから、このカード、使ってみませんか?」
由香里さんチームとの特殊ミッション・キャプチャー・ザ・フラッグが終了し、フェイズ終了までのわずかな休憩時間。美咲が、若葉さんの能力カード『夢見』を取り出した。睡眠状態時、過去、もしくは未来の出来事を夢で見ることができる能力である。
「これを使えば、もしかしたら、これから亜夕美先輩たちと戦う時の様子が見れるかもしれませんよ?」
このフェイズが終了した後、あたしたちは亜夕美さんたちと戦うつもりだ。これから起こることが事前に分かれば、戦いは圧倒的に有利になる。
「でも、いいの?」あたしは訊いた。「若葉さんのカードでしょ? 美咲が使えばいいのに」
「いえ、あたしより、カスミ先輩の方が、きっと有効に使えます」美咲はヘヘっと笑った。
「そう? じゃあ、使わせてもらうね」
あたしは、『夢見』のカードを受け取った。
「せっかくだから、『スリープ』のカードも使いますか?」美咲がカードを取り出す。
「ああ、大丈夫。その能力を使うと、直接攻撃が効かなくなるから、やめておくわ。寝過ごすとマズイからね」
「そうですか。でも、眠れますか? フェイズ終了まで、20分くらいしかないですよ?」
「心配なし。あたし、0.92秒で眠れるから」
「すごいじゃないですか!! オリンピックに睡眠・昼寝大会があれば、間違いなく金メダルですよ!!」
「あはは。じゃあ、フェイズ終了前に起こしてね」
「わっかりましたー! 報告、期待してます!」
美咲は右の拳を左胸に当てるヴァルキリーズ忠誠のポーズをした。
あたしは、『夢見』のカードを使い。
そして、眠った。
☆
…………。
心地よい浮遊感。
最高級の羽毛布団に横になっているような、雲のベッドに揺られているような、無重力空間で眠っているような、そんな感覚。
ここは、どこだろう?
辺りを見回すけど、何も無い。
ただ、声が聞こえた。
「じゃあ、ミッションに出場するメンバーは――」
それは由香里さんの声だった。下から聞こえてくる。見ると、由香里さんと亜夕美さん、そして紗代さんたち他のメンバーが集まって、何か話し合っていた。
由香里さんが生きている――と、いうことは、これは過去の出来事か。『夢見』の能力は、未来だけでなく、過去の出来事も見ることができる。どうやらこれは、今終わったばかりの特殊ミッション・キャプチャー・ザ・フラッグ開始前の、作戦会議の様子だ。うーん。いまさら由香里さんチームの作戦を聞いてもな。残念ながら『夢見』は失敗だ。『夢見』は、自分に都合の良い夢を見ることができるとは限らないのだ。
由香里さんは続ける。「あたしと、亜夕美と、紗代と――」
……そう言えば、亜夕美さんたちは、何で由香里さんチームから離脱したんだろう? 由香里さんは確か、「意見の対立があって、それをまとめられなかった」と言っていた。由香里さんがみんなをまとめられないなんて、よっぽどのことだぞ? まあ、亜夕美さんが絡んでいるとなると、なんとなく納得できてしまうけど。前にちはるさんが言った通り、ヴァルキリーズの本当の問題児は、亜夕美さんやエリなのだから。
どうせ美咲が起こしてくれるまで何もできないし、ちょっと、このまま見て行こうかな。
由香里さんは、CTFに出場するメンバーを選んで行く。「――麻紀と、後は、真理にお願いするわ」
へ? 真理? 四期生の、泣き虫真理ちゃん? 愛知ドームのコンサートで、あたしやちはるさんたちと、限定ユニット「アスタリスク」を組み、ボーカルを務めた娘だ。由香里さん、真理を出すつもりだったのか? こう言っちゃあなんだけど、大事なミッションに真理なんか出して、大丈夫か?
真理は、由香里さんの声が聞こえなかったかのように、きょろきょろと辺りを見回す。やがて、自分が呼ばれたことに気付いたのだろう。「あたし……ですか……?」
「そうよ。一緒に、頑張りましょう」由香里さんが笑顔で言う。
真理は、またきょろきょろと辺りを見回し、そして、下を向いた。
「……あたし……自信がありません……絶対に、何か失敗します……」
消え入るような小さな声。
「大丈夫よ。真理なら、できるわ。仮に失敗したって、気にしないで。あたしや亜夕美、みんながフォローするから」
優しい声で励ます由香里さん。
でも、真理には届かない。
真理は、しばらくうつむき、黙ったままだったけど、やがて。
「……やっぱり……できません……」やはり小さな声で言い、そして、顔を上げた。「あたしなんかより、綾ちゃんや朱実ちゃんを出してあげてください。その方が、みんなのためだと思います」
「……そんなに出たくないの?」由香里さんの声のトーンが、少し下がった。
真理はまたうつむき、黙ってしまう。
亜夕美さんが見かねたのか、間に入った。「まあ、いいじゃん。真理にはまだ、荷が重いよ。他の娘にしてあげて。誰が出たって、あたしが何とかするから。ね!」
しかし、由香里さんは亜夕美さんを無視し、真理の両肩に手を置いた。
ビクッと震える真理。
由香里さんは優しい表情で真理を見つめ。
そして、まるで子供を諭すような声で言う。「真理、あなたの能力は、あなたが考えている以上に強力なのよ? あたしたちは、必ず勝てる。あなたがこの戦いに出ることは、チームみんなの為になるし、何より、あなたの為になる。あなたはまだデビューしたばかりだから、歌もダンスもまだまだ未熟だけど、何より、自分に自信を持てないのがいけないわね。歌やダンスの技術は、このまま繰り返し練習すれば自然に身につくけど、自分に自信を持てるかどうかは、あなたの行動次第よ? このままじゃ、ずっと自信を持てないままよ? それでもいいの?」
真理は、落ち着かない様子で、由香里さんや亜夕美さんに視線を移していたけれど。
やがて、またうつむいてしまう。「ごめんなさい……やっぱり、あたしにはムリです……」
由香里さんは、大きく息を吐いた。
そして、真理の肩から手を離し。
「――分かったわ」それまでの優しい顔から、一転、険しい表情になる。「真理。あなたは、このチームから出て行きなさい」
表情以上に、厳しい言葉。
真理は顔を上げ、泣きそうな顔で由香里さんを見つめる。
でも、由香里さんの表情は変わらない。
「ちょっと! 何言ってんのよ!?」亜夕美さんが真理をかばうように立った。
由香里さんは腰に手を当てる。「しょうがないでしょ? 今回だけじゃない。前のフェイズも、真理は『自信が無い』といって、作戦に協力しなかった。真理の能力があれば、真穂の『非戦闘地帯』は、簡単に攻略できたのに。チームのために戦えないなら、ここにいる意味は無いわ。真理。すぐに出て行きなさい」
由香里さんは、優しいだけのキャプテンではない。必要な時は、厳しいこともはっきりと言う。だからこそ、この6年間、ヴァルキリーズの絶対的なキャプテンでいられたのだ。
由香里さんの言葉に。
真理は、案の定、泣き始めた。
亜夕美さんが真理を抱き、優しく頭をなでる。
でも、由香里さんは優しくしない。「真理、また泣くの? 泣けば解決するとでも思ってるの? ヴァルキリーズにいる限り、これからもっと、つらいこと、苦しいこと、厳しいことがある。その度に泣くの? 泣けば亜夕美や真穂や紗代がかばってくれるから? 亜夕美たちがいつまでもヴァルキリーズにいると思ったら、あなたの側にいると思ったら、大間違いよ!」
「――由香里!!」
亜夕美さんが叫び。
そして、薙刀を、由香里に向けた。
刃が、由香里さんの首元に付きつけられる。
でも、由香里さんは表情を変えず、鋭い目で、亜夕美さんを睨む。
重苦しい空気が流れる。誰も、声をかけることができない。
「――ミッション開始前の戦闘行為は、すべて無効です」
案内人の淡々とした声が、沈黙を破った。
亜夕美さんは、大きく息を吐き出すと、薙刀を下ろした。そして。
「案内人!? ミッションが始まる前なら、チームから離脱できるんだったわよね!? だったら、あたしと真理は、このチームから離脱するわ!!」
「――――!?」
由香里さんを除くメンバー全員が、息を飲んだ。
「おい、亜夕美、落ち着け」紗代さんが呆れ半分の声で止める。
が、1度頭に血が上った亜夕美さんを止めることなど不可能だ。
「これ以上由香里とはやってられないわ! 紗代! あんたも来なさい!! 命令よ!!」
「何?」紗代さんの表情が変わった。「命令だと? 亜夕美、お前、あたしを舎弟にでもしたつもりか?」
「そ……そんなことは言ってないでしょ!? なによあんた! あたしより、由香里の方を選ぶって言うの!?」
「あたしはお前の舎弟になったつもりはない。ただそれだけだ」
「もういい! 案内人! さっさと転送してちょうだい!!」亜夕美さんは、吐き捨てるように言った。
「では、亜夕美さんと真理さんを、ミッションエリア外に転送します」相変わらず淡々とした案内人声。
同時に、亜夕美さんと真理の姿が消えた。チームから離脱したのだ。
紗代さんは、亜夕美さんと真理が消えた場所をしばらく見つめていたけど、やがて大きく息を吐き。
「由香里、スマン」
由香里さんに向けて、小さく頭を下げた。
由香里さんは、それで全てを悟ったのか、小さく微笑むと。「――仕方ないわね」
紗代さんは、頭を掻きながら言う。「あのバカは、放っておくと何をするか分からないからな。案内人? あたしも、このチームから離脱する」
「では、紗代さんもエリア外に転送します」
案内人の言葉と同時に、紗代さんの姿も消えた。
「あ……あの……由香里さん」
恐る恐るという感じで声をかけたのは、椿と祭だった。
由香里さんは優しく言う。「いいわよ。あなたたちも、行きなさい」
「すみません! 由香里さんの言うことが間違ってると思ってるんじゃありません。でもあたし、真理を放っておけなくて――」
「分かってるわよ。あたしも、ちょっと言い過ぎたわ。真理を、よろしくね」
「はい! 本当に、スミマセン!!」
何度も何度も頭を下げる椿と祭。そして、2人もエリア外に転送される。
由香里さんは、綾と朱実と可南子を見た。「――あなたたちはどうする?」
3人は、しばらく顔を見合わせる。
やがて、可南子が言った。「あたしたちは、椿とは逆です。真理の気持ちは分かりますけど、このままだといけないと思います。由香里さんの言う通り、真理自身が変わらないと」
「そう――ありがとう」由香里さんは、優しく微笑んだ。
その表情を、もう1度引き締める。「じゃあ、作戦を変更するわ。まずは――」
☆
――い。
――先輩。
「カスミ先輩?」
美咲の声で。
あたしは、目を覚ました。
「おはようございます、カスミ先輩。夢はどうでしたか?」
目を覚ますと、CTFのミッション会場だった。もちろん、由香里さんたちの姿は無い。隣で美咲が微笑んでいる。
「あ……えーっと……」少し考えて、言った。「ゴメン。未来の夢じゃなかった。全然関係ない、過去の夢だったよ」
「あらら、残念。まあ、しょうがないですね」
「うん。まあ、予知夢が無くったって、遥の作戦なら、きっと勝てるよ」
「そうですね。がんばりましょう!!」
美咲は、両拳を握って笑った。
やがて、フェイズが終了し。
「――では、作戦開始です!!」
遥の号令で、あたしたちは、行動を開始した。