今日もどこかでシノリチャ!   作:名無しさん更新しない

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【シノハユ】慕「今日もどこかでシノリチャ!」
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※半分ぐらい修正済み


慕「運命(さだめ)の鎖を解き放て!リザベーション7飜!」 リチャードソン「!?」ビクン!ビクン!

「雨、やんだね」

 

 桜が咲くにはまだ早い三月上旬。

 叔父――白築耕介と手を繋ぎ歩いていた白築慕はそう言った。

 雨上がりの土手を慕の歩調に合わせて歩く耕介は「そうだな」とだけ答える。

 ふと、慕は視線を土手下に広がる桜並木の方へと向ける。

 去年の春。母と叔父と自分の三人でお花見をした一本の桜の木へ。

 

 

 ――おじさん、早くっ! はーやーく!

 

 

 桜の下に広げたレジャーシートの上で耕介に向けて手を振る慕の姿。

 慕に急かされ、両手に荷物を持って歩いてくる耕介の姿。

 そして、隣で慕を優しい視線を向けて微笑む母、ナナの姿。

 それは母が居た頃の記憶だった……。

 

 

   ***

 

 

「――早くっ! 早くっ! ウサイン・ボルトよりも早くっ!」

「ムチャ言うな」

 

 両手にお菓子や飲み物が入ったビニール袋と重箱の弁当が入った風呂敷包み。

 荷物を持った耕介が桜の木の下にやってくる。

 シートの上に荷物を置くとナナに言った。

 

「つか、姉貴も一つぐらい持てよ」

「んー? 私はァ…………慕の手握ってたからムリ」

 

 キッパリとそう答えたナナに耕介は溜息を一つして呟く。

 

「両手で握ってたのかよ……」

「おじさん、私は持ってたよ! ほらっ!」

 

 そう言って慕は先ほどまで背負っていた縦長のカバンを目を輝かせながら見せる。

 昨日の夜、部屋の隅でゴソゴソと慕が準備していたカバンであった。

 そんな姪っこの頭を耕介が撫でると慕のは気持ち良さそうに目を細める。

 撫でながら耕介は言った。

 

「おー、慕が優しくて俺はすげー嬉しいぞ? 中身が不明だけど……」

「中身は内緒かな~。後のお楽しみっ」

「そっかー、そいつは楽しみだ。気が利く女の子はいい嫁さんになるぞ?」

「ほんとっ?」

「ホント、ホント」

「そっか、そっか。いい嫁さんになるんだぁ……えへへっ」

「あー、二人ともイチャイチャしてないでそろそろ始めるよ」

「いちゃいちゃ……」

「叔父と姪の団欒をイチャイチャで済ますなよな……」

「まァ、それはそれ。それより、昼食にしますか」

 

 ナナが包みを開け、弁当を並べていく。

 重箱の中にはおにぎり、サンドイッチ、から揚げ、卵焼き、色取り取りの野菜。

 おしぼりで手を拭いていた耕介はスッと卵焼きに手を伸ばすと一つ取り口に運ぶ。

 

「おじさん、行儀悪い」

「悪い。でも、うまい」

「ほんと?」

「おう」

「良かったな、二度あることは三度なかった訳だ」

「二回失敗したんだな」

「二回で済んだからっ!」

「そうだな。すごいぞ、慕」

「でしょー」

「姪に甘すぎ、叔父馬鹿か?」

「叔父馬鹿じゃねーよ」

 

 

   ***

 

 

「昔、バンドやってたんだよねっ」

 

 弁当を食べ終え一服した頃、慕が言った。

 耕介は慕の目に少し照れながら答える。

 

「昔な、今はもうやってねーよ」

「アハ。でもさ、花見の席だし一曲歌うだろ?」

「歌わねーよ。そもそも、ギターも無いんだから――」

「――あるよ、ギター!」

 

 視線を向けると慕がギターを抱えていた。

 その隣には慕が持ってきた開いた縦長のカバン。

 それを見て、慕が持ってきた物が耕介が昔、使っていたギターであることを理解する。

 

(お楽しみってそれかぁ……)

 

 視線を向ける。

 慕はギター抱きかかえながら、期待の眼差しを耕介に向けてくる。

 そんな姪のキラキラした瞳に見つめられては裏切ることなんて出来ず……。

 

「えーい! 白築耕介一曲歌います!」

「わーい」

 

 拍手する慕。

 ナナはそんな姪の期待を一身に受ける耕介をからかうように言った。

 

「よ! リチャードソン! 待ってました!」

「ちょっと!?」

「リチャードソン?」

 

 その発言に慌てる耕介。

『リチャードソン』という名前に首を傾げる慕。

 ナナはそんな慕に耳打ちして言った。

 

「アイツのバンド時代のネーム」

「へぇー、リチャードソン……リチャードソン!」

「!?」

「リチャードソン、がんばれー!」

「頑張れ、リチャードソン!」

「ええい、リチャードソン! 歌います!」

 

 

 リチャードソンこと、白築耕介の演奏が終わった。

 拍手する慕とナナ。

 そして、ナナは一曲終えた耕介に言う。

 

「あー、あれだな。うん、普通だね。普通普通」

「普通言うな!!」

「でも、おじさんの歌。普通だけど私大好きだよっ!」

「姉貴によって傷ついた心が慕の言葉で癒される……」

「いや、慕も言ってるからね。普通って……」

「……全く、昔から姉貴には振り回されてばかりな気がするよ」

「そうなの?」

「そうそう」

「ほほう、そうだったか……」

「おい!」

「アハっ」

「笑って誤魔化すなよ、ったく……」

「ふふっ」

 

 ギターを持ってきたカバンに戻すと慕を挟むようにナナとは反対方向に耕介が座る。

 楽しい時間はあっという間に終わり、気づけば夕方。

 ナナ、慕、耕介と三人で座りながら沈む夕日を眺める。

 

「綺麗だな」

「うん」

「そうだね」

 

 スッと慕が立ち上がり少し前へと移動する。

 そして、耕介とナナの方へと振り返り、幸せに満ちた満面の笑みで言った。

 

「また、いっしょに来ようねっ! 三人の約束っ!」

「そうだね……うん、約束」

「あぁ、約束だ」

 

 夕日をバックに幸せそうに微笑む慕の姿を見て、耕介もつられて笑顔になる。

 そして、この笑顔に答えるように笑顔で言った。

 

「また、来ような!」

「うんっ!」

 

 

 ――ごめん、なさい……。

 

 

   ***

 

 気がつけば、二人の歩みは止っていた。

 桜並木に視線を向け、慕が歩くのをやめたのがきっかけだった。

 悲しげに桜の木を眺める慕を見て、耕介は思わず目を伏せる。

 慕が悲しんでいる。なのに慕を笑顔にする一言が自分には見つからない。

 今の耕介に出来ることは慕がせめて、今だけは母を思い出し悲しまないようにすることだけだった。

 耕介は言った。

 

「なぁ、慕……」

「ん?」

「外食にすっか、今日は。健康のためにお前はしっかりとトマト食わないと、な」

「…………ふふっ」

 

 耕介の言葉に思わず慕は笑う。

 そして、慕は意地悪そうな笑みを浮かべて言った。

 

「おじさんがトマト食べてくれたら、私もトマト料理作れるんだけどなー」

「あー」

 

 バツが悪そうに耕介は頭を掻く。

 そんな耕介の顔を慕は下から覗き込み返事を待った。

 じっと顔を見上げる慕に耕介はぼそりと呟く。

 

「…………チャレンジする」

「うん、決まりだね。何がいいかなぁ? 料理に混ぜて? それともストレートにトマトサラダ?」

「お手柔らかにお願いしますね、慕さん……」

「うーん」

「頼む! 後生だから!」

「あはっ、どうしよっかなー」

 

 慕が笑う。その笑顔はただの強がりなのかもしれない。

 それでも、あんなに悲しげな目をするよりはマシなんだと耕介は考える。

 慕が笑う。耕介も笑う。

 二人は手を繋ぐと、雨上がりの道を再び歩き出す。

 

 


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