白き翼の物語~Trail of klose ~ 作:サンクタス
~海港都市ルーアン・北街区~
クローゼがテレサ院長と別れを惜しんでいた頃、ユリアはルーアン市外れの海岸で一人佇んでいた。
「クローゼ……一体どこに………。」
帝国軍がルーアンを襲撃したあの日から、ユリアは自分の事には全く構わずにクローゼを探し続けていた。
しかし聞き込みなどを続けても、あのパニック状態の中で、周囲に注意を向けていた人はほとんどなく、ろくな成果は出なかった。たまに、紫の髪の少女を見た、という人はいるにはいたが、大抵皆記憶が曖昧か人違いで、手掛かりになりそうなものは何一つなかったのである。
「フィリップ殿も、こんな、どうにもならないような気持ちだったのだろうか。」
前王室親衛隊大隊長『剣狐』フィリップ・ルナール。歴代の親衛隊大隊長の中でもその剣技は一、二を争うほどであり(彼が親衛隊にいた間、タイマンで勝負を仕掛けて勝った者は結局一人もいなかった。)、さらに交渉術にも精通しており、十数年前、あるアクシデントによって
しかし、彼が関わった事件で唯一無事に解決できなかった事件があった。『エテルナ号沈没事件』、この事件での失態がもとで、彼は親衛隊大隊長の身を退いたという。
「しかし………これはあの時とは違う!私は、間違いなく私の責任で、
ユリアは悔しそうに歯噛みをしたが、すぐにまた肩を落とし俯いた。
「しかし、私はこんなところでぐずついていていいのか?やはり今すぐにでもクローディア殿下を探しに行くべきではないのか?」
ふと見ると、東の空が薄ぼんやりと明るくなってきた。後二、三時間もすれば夜が明けてくるだろう。
「…………そうだ、あの時、私は誓ったのだった。命を懸けて、殿下を守ると。そのためならこの命が果てようと惜しくはない…………!」
「(ん……?クローゼ様が言っていたのはあの方だろうか。)」
白ハヤブサ、テイルはルーアン全体を見渡すため、上空を旋回していた。そしてようやく、クローゼが言っていたらしい人物を発見した所だった。
「(うむ、あの方に間違いない。しかしどうやってお連れしようか………。)」
やろうと思えば、彼にはいくらでも手はあった。しかし、彼女が待っている以上、長くは時間をかけることはできない。そこで、一番単純な方法を彼は思いついた。彼は狙いを定めてゆっくりと下降していった。
「しかし、市内はすべて探したはず………民家まで一つ一つ尋ねて調べたはずだが………………」
その時、彼女は一つの推測をしてしまった。
「………いや、まさか、そんな事が………。」
ユリアの中では、だんだんと最悪の状況を意識するようになっていた。人間追い詰められると、悪い方へ考えてしまうものである。
『クローディア姫の誘拐』
心当たりがあるとすれば、もちろんエレボニア帝国だ。帝国の軍情報局が、リベール王家の者がここルーアンに来ることを何らかの方法で突き止め、わざと街を混乱させ、どさくさに紛れて姫を誘拐する算段だったとしたら…………もしそうだとしたら、戦況に影響が出るのは確実だ。いや、もはやそんな事よりも、クローゼ自身がどうなるか……………。
「………いや、そう決めつけるのにはまだ早い。もう少し探してみなければ………まだ行っていない場所があるとすれば……………うん?」
すると突然、ユリアの頭上で羽音がしたかと思うと、風を切る音と共に、白い影の様な物が彼女の目の前に舞い降りた。
「これは……ハヤブサか?こんな街中に現れるとは珍しいな。」
ハヤブサはいったん周りを見回した後、ユリアの方をじっと見つめた。
「ピューイ!」
「ん?こちらを見つめている?」
「ピューイ!ピュイピュイ!ピューイ!」
そしてハヤブサはいったんユリアから飛び上がって離れ、再び向き直った。
「ピュイ!ピューイ!」
「これは、私を誘っているのか?ハヤブサ自身が人を呼ぶわけがない、ということは、誰かが私を呼んでいるということか……?」
「ピューイ!」
再びハヤブサは飛び上がり、街の北側へ飛び去った。
「……………まさか。」
王国からの急使か、帝国の情報部が取引か何かを持ちかけようとしているのか………しかし前者だと街の外にまで呼び出す必要はないだろうし、第一、両方ともに伝言をするのにハヤブサを使う事など聞いたこともなかった。
「……どうせこちらも八方ふさがりの状況だ。仕方ない、行ってみるか………。」
そして、ユリアはハヤブサを追って町の北側へと走っていった。
ユリアがハヤブサを追っていくと、いつの間にか町の外にまで来ていた。
「市外から?いや、マノリア村かもしれない。」
ハヤブサは、ユリアが来るのを見計らいながら、木々の間を飛んで行った。
「ずいぶん町から離れてしまった。………………まさか、私を街から遠さげるための罠だったのでは…………。」
ユリアが少し不安になり始めたとき、ハヤブサは海道の分岐点を曲がって飛び去った。
「………ん?あそこは一体……。」
ユリアは戸惑いながらもその方向へと走っていった。
「………ここは。」
ユリアの前には古びた門、とも言えないような塀が見えてきた。表札に吊るされた文字を見てみると、
『マーシア孤児院』
と書かれていた。
「………ここは……孤児院か?しかし、確かにここにあのハヤブサは入って行ったように見えたが………しかし、まだ夜も明けていない。このような時間に尋ねるのは失礼だろう。出直すか……。」
ユリアはそう思い、踵を返して元来た道を戻ろうとした時、
「……その必要はありませんよ。」
「!!」
塀の向こうから声が聞こえたかと思うと、錠前が外された音がして、扉が開いた。そして中からは二つの人影が現れた。
「……あなたが、ユリアさんですね。お待ちしていました。」
現れたのは二人とも女性だった。声を掛けてきた方の女性は優しい表情でそう言った。そしてその隣に立っているのは………………。
彼女は思わず呆然とした。
「………………クローゼ。」
「……お、お久しぶりです。ユリアさん。」
彼女はは申し訳なさそうに小さな声で言う。
「ユ、ユリアさん…………ユリアさぁん!!!」
そしてクローゼはユリアの方へ走り寄り、抱きついた。
「クローゼ………長らくあなたをお一人にさせてしまい、誠に申し訳ございません………。」
「……いえ、いいんです。それに………。」
クローゼは振り返って、涙の浮かんだ瞳で笑っていた。
「私、一人じゃありませんでしたから。」
「え………。」
眼は、嬉しさと寂しさが混じり合った色をしていた。
ユリアはクローゼとテレサ先生に招かれて孤児院に入り、中で待っていたジョセフを紹介され、疲れているだろうと言われて、そのまま椅子に座らされた。
「いきなりこんな朝早くに押しかけて来たのに、こんなにおもてなしをされて、本当に感謝の言葉もありません………………。」
ユリアは自分の前に温かい紅茶が置かれるのを見て、申し訳なさそうに言った。
「良いんですよ。むしろ待っていたのはこちらの方ですし。」
「にしても、女性の方なのにハンサムですなあ。髪はビシッとショートカットで決められているし、さすがかの有名な王室親衛隊に務めていらっしゃるだけある。」
「え………ど、どうしてそれを…………。」
テレサ先生は台所を軽く片づけると、ユリアの前に座った。
「……クローゼから話は聞きました。あなたの事も、彼女自身の事も。」
「………す、すみません、ユリアさん。話すなって言っていたのに…………。」
「い、いえ、とんでもありません。私がしでかしてしまった事に比べればそんな事は些細なことです。」
ユリアは気まずそうに言うクローゼを慌てて止めた。
「……ということは、あなたの身分の事も………。」
「はい、先ほど聞きました。でも、ある程度上流家庭の子だということは前から予想はしていました。なにしろ立ち振る舞いや言葉遣いが普通の子と違いましたから。さすがに王族の方だとは思いませんでしたけれど………。」
「まったくだよ。最初聞いたときは腰が抜けるかと思ったよ。」
「テレサ先生……ジョセフおじさん………。」
さらに俯くクローゼ。そんな彼女の肩をジョセフはポンと叩いた。
「でも、クローゼはクローゼですよ。」
「そうさ。王族だろうが盗賊だろうが、クローゼはもう、俺達の大事の家族の一員だぞ。」
マーシア夫妻は落ち込むクローゼにそう言った。
「……わ、私、何も言わなかったのに、いろんな事隠してたのに、そんなに言ってくれるなんて……。本当に、あ、ありがとうございます……。」
「クローゼ。今更そんなに固くならなくてもいいじゃないか。」
「で、でも………うう……グス……。」
クローゼは我慢できずにぐずり始めた。
「でも、あなたもあなたですよ。いきなりここに連れてこないで街に残ってユリアさんを探してあげればよかったのに。それなのに帰るのを急いで連れてきたりするから、このような事になってしまったのですよ。」
テレサ先生はジョセフに向かって微笑みながら言った。彼女にしては珍しく、目は笑っていなかったが。
「スミマセン。反省してます。」
「……ぐすっ………クスクス。」
テレサ先生の前で縮こまるジョセフを見てクローゼは小さく笑った。
「ああ、そういえば思い出しました。私は白いハヤブサを追ってここに辿り着いたのですが、あれは一体……。もしかしてそちらで飼っていらっしゃるのですか?」
「ああ、その事ならクローゼに聞いた方がいいと思いますよ。ユリアさん。」
「え……。」
「………ユリアさん。見てみる?」
クローゼは袖で涙を吹き、椅子から立ち上がって外に出て行った。
「……一体どういうことなのでしょうか。」
「まあ見たらわかりますよ。あなたもきっと驚きますよ。」
テレサ先生はじらすように言った。
クローゼは開けた庭の真ん中に立った。ユリア達はそれを遠くから見つめていた。
「…………テイルさん!!」
クローゼがそう叫ぶと間もなく、森の方角から白い影が飛び出し、クローゼの肩に乗った。
「な……なんと………。」
驚いて呆然とするユリアに、クローゼは、
「こっちに来ていいですよ。」
と手を振った。
「この人、じゃなかった、ハヤブサさんが、ユリアさんの見たハヤブサさんなんですよ。」
「ピュイ!」
「は、はあ。」
呆気にとられるユリア。クローゼが言ってなかったら、きっと彼女は少しも信じようとはしなかっただろう。
「ピューイ!ピュイ、ピュイ。」
「え、なに?………………ユリアさんに『信じてないな。』って言ってます。」
「わかるのですか!?何を言ってるのか。」
「うーん…。なんと言えばいいんでしょうか……でも、わかるんです。」
「ふふ、じゃあ一度中に戻りますか。テイルさんもいらっしゃい。」
「ピュイ。」
「『お言葉にあずかります。』だそうです。」
「はは、なんかとんでもないことになってるなあ。」
ジョセフは笑って言った。
テイルを適当な止まり木にとまらせてから、再び四人は席に着いた。黙ってこちらを見つめるテイルを横目にしながら、ユリアは未だ信じられないような顔をしていた。
「リベール王家を守る白ハヤブサの一族……白ハヤブサがリベールの国鳥だということは無論知っておりましたが、まさかそのような由来があるとは………。」
「私達もはじめ聞いたときは耳を疑いました。でもクローゼがこの人……いや、鳥ですか……と話しをするのを見て、私たちも信じました。この子が嘘をついた事なんて、今までもありませんでしたから。」
「なるほど。それなら安心しました。」
すると、テレサ先生が真剣な面持ちになる。
「さて、ここからが本題なのだけれど………クローゼ。あなたはこの後どうするつもりなのですか?」
「……………っ………。」
彼女の顔スッと曇った。
「私からは何も言いません。本当は引き取り手が見つかったら、できるだけ早く帰すのが孤児院のルールなのですけど、あなたの場合はそうもいかないのよね。そうなのでしょう。ユリアさん。」
「はい。いまだ王国軍の戦況は芳しくない、と少し前に聞きました。しかし、城に戻れなくても、もしかすると王国軍の本拠地であるレイストン要塞なら、ここよりは安全でしょう。それでも近郊のツァイスは帝国に接収されており、何よりも平民として過ごせという女王陛下の意に背くことになりますが……………しかし、クローゼ様の安全のためなら、何よりもクローゼ様が望まれるのなら、私はそれに従おうと思います。」
きっぱりと、ユリアは言い切った。
「……………………。」
「……………………。」
暫し場が沈黙した後、クローゼが口を開いた。
「……………わかりました。」
彼女は………テレサ先生をキッと見つめた。彼女が初めて見せた、強い意志のこもった眼差しだった。
「私…………帰ります。」
「クローゼ………。」
「いいんです。ユリアさん。ここを離れるのは、とってもさみしいし、辛いです。本当に悲しいです。でも、もしあの日のように、ここにあの人たちが来たら………テレサ先生やジョセフおじさんに迷惑がかかったら……………。」
ウッ、と言葉が詰まった。泣き出してしまうのかと周囲は心の中で身構えたが、彼女は唾を飲み込み、言葉を続ける。
「私、その方が辛いです。ここは私の大切な場所です。だから、ここを壊さないためにも、私、ここを離れたいと思います。」
一語一語ゆっくり、はっきりと答えた。ユリアはその姿に、王宮にいた頃の無邪気で、どこか頼りないクローゼの面影を見つける事ができなかった。
「クローゼ、随分と成長なされた………。」
「……わかりました。よく自分で決めたわね。クローゼ。」
「……あ、あの………先生…………先生っ…………!!」
思わず、といったところか、テレサ先生に走り寄ってすがり付いた。
「あらあら、やっぱりクローゼは泣き虫さんね。」
「まあ、それがクローゼらしいんだけどな。」
「うう………グスン………」
泣きじゃくるクローゼを慰めるマーシア夫妻を見て、ユリアはホッと胸をなでおろした。
「(この人達に殿下を拾っていただいて本当に良かった。女神よ。良き巡りあわせを作ってくれたことに感謝します……!)」
そうしていると窓辺から柔らかな朝の陽ざしが入り込み、クローゼ達を照らした。
「あら、もう朝ね。」
テレサ先生は膝にしがみつくクローゼの頭を撫でながら言った。
「……あの…………先生。」
「何?クローゼ。」
涙にぬれた顔を上げて、彼女は今にも掻き消えそうに、言った。
「ごめんなさい…………もう一日だけ、ここに居てもいいですか………?」
すると、テレサ先生はクスッ、と吹き出した。
「ふふ、本当に甘えん坊さんなんだから……………ええ。もちろんですよ。」
そしていつもの優しい声で、答えた。
「………ふふ、良かった………。」
微笑んだクローゼの顔には、もう涙の色はなくなっていた。
「あの、ユリアさん?」
「は、はっ。何でしょう。」
「ユリアさんも、ここに一日泊まってみない?私、ユリアさんにもテレサ先生のアップルパイ、食べてほしいな。」
「あらクローゼ。うれしい事を言ってくれるわね。」
「ふふ、では、お言葉に甘えてもよろしいですか?テレサ殿。」
「もちろん大歓迎ですよ。じゃあクローゼ、手伝ってくれる?」
「はい!」
その後ユリアは起きてきた子供たちに熱烈な歓迎を受け、日中はしばらく子供達と一緒に遊んだ。そしてその夜、ジョセフは急遽クローゼのお別れ会を開き、クローゼ達を驚かせた。そしてその後、再び湧き上がる感情で熱くなってしまった頭を冷やそうと、クローゼは庭に出た。
「………涼しい。」
この辺りは海からの湿った空気がよく流れ込む場所であった。しかし木々の爽やかな香りも漂い、うまく交わってとても心地よい空気になっていた。その程よく湿った海風にあたりながら、これまでの事を思い返していた。
「………そう言えば、ここに来てもう何週間も経つんだ………。なんだか、あっという間だったな。」
クローゼは近くのベンチに座り、ふう、と一息ついた。
「…………でも、楽しかったな……。」
「(クローゼ様。)」
「え、ええと……その声はテイルさん?」
いつからそこにいたのか、テイルは羽音も立てずにベンチの背にとまった。
「(突然失礼致します。一つお伝えしなければいけない事があります。お時間をいただけますでしょうか。)」
「い、いいですけど。何ですか?」
彼は一度目を閉じ、落ち着き払って言った。
「(実は、お別れを申し上げに来ました。)」
「え……!!な、なんで?まだ会ったばかりなのに。」
クローゼはテイルの思いがけない言葉に驚いたが、テイルは続けて言う。
「(リベール王家の方をお守りする白ハヤブサ一族の一員として、クローゼ様にいつまでもお仕えしたいのは山々なのですが、しかし、私にはやらなければならない事があるのです。)」
「………え?」
「(クローゼ様。今、このリベールに大きな力が迫ろうとしているのです。いや、もしかしたらもっと先、五年もしくは十年後かもわかりませんが、危機が迫りつつあるのは確かなのです。)」
「そ、そんな………。どういうことですか?」
「(申し訳ございません。今の私には多くを語ることは許されていないのです。もしかしたらいつか、話せる時が来るでしょう。どちらにせよ、私は今のままここに留まることはできません。)」
クローゼには何故テイルがそのようなことを言うのか理解ができなかったが、彼の真剣な口調で事の深刻さはなんとなくわかった気がした。テイルは彼の赤い両眼をパチパチとさせる。
「(私は、この世に生を授かり、それからずっと、リベール王家に私達の声を解する方が生まれるのを待ち続けてきました。そしてようやく、クローゼ様に出会えた。私はそれで本望です。ご心配はいりません。実は、先ほど私の後継者を連れてまいりました。)」
「こ、後継者?」
「(はい、こちらに……ん?)」
テイルが横目で見た方向には、何もいなかった。彼は半分位は予想していたのか、木の枝に登ってやれやれと首を振る。
「(……申し訳ありません。待っているように言ったのですが、どこかに行ってしまったようです。足は速いのですが、どうも落ち着きがないのが欠点で………)」
「(……………親父ぃ~っ!!)」
テイルとは別の声が聞こえたかと思うと、白い影が森から矢のごとく飛び出し、クローゼの掠めて頭上を飛び去った。驚き、首をすくめたクローゼは飛び去った方向に振り返った。
「な……なに今の……?」
「(こら!!スピードは上空で落とせと言っただろう!!)」
テイルはそれが過ぎ去った方向に向かって怒鳴ると、そこから、一羽の白ハヤブサが現れた。
「(まあそう怒鳴るなって。もう当分こんなヤンチャ出来ないんだからさ。)」
そう言って、もう一羽のハヤブサはテイルの隣の枝にとまった。
「え、ええと……。」
クローゼが苦笑すると、もう一羽のハヤブサは不思議そうに言った。
「(え~と、この人が?)」
「(そうだ。初めからだらしない姿をお見せしおって。)」
「(わ~かった。説教は後ね。)」
そのハヤブサは急に木の上から飛び降り、クローゼの肩に飛び乗った。
「わわっ!」
「(自っ己紹介いたします。私の名はジーク。リベール王家に仕える白ハヤブサ一族の末裔の一人でございます。以後、お見知りおきを。)」
至極棒読みに言った。
「(な~んちゃって!クローゼ様!俺の名はジーク。長い付き合いになると思うけどよろしくな!)」
「は………はい。よろしくお願いします。」
クローゼはタジタジしながら言った。とにもかくにも、そのギャップに驚いていた。
「(クローゼ様。そやつは品はないですが、飛行速度や索敵能力だけはありますので、ご安心ください。)」
「(『だけ』ってなんだよ。ったく、いつも親父は一言多いなあ。)」
「あの……もしかして、ジークさんは……。」
「(恥ずかしながら、私の息子です。)」
彼は普段見せない申し訳なさげな口調で答えた。
「(だから一言多いって。)」
ジークはすかさずつっこむ。クローゼはまた苦笑しながら、
「わ、わかりました。ジークさん?これからよろしくお願いします。」
ペコリと頭を下げた。
「(おうよ!まあ泥船に乗った気持ちでいてくれよ。)」
彼はというと、明るい調子で答えた。
「あ…あはは。(なんだか安心できない………。)」
「(まったく、心配な奴だ。私はこれから里に戻るが、しっかりクローゼ様をお守りするのだぞ。)」
「(わ~かった。もう耳にタコができるほど聞いたよ。)」
「(それならいいのだが………。くれぐれも頼んだぞ。ではクローゼ様。私はこれで。貴方に会えて本当に嬉しく思います。)」
テイルはサッと空に舞い上がり、
「(また会える事を楽しみにしています。では……………さようなら、クローゼ様。)」
もう一度翼を羽ばたかせ、彼方へと飛んで行った。
クローゼは初めそれを見ているだけだったが、急に立ち上がって、
「テイルさ~ん!!」
小さくなる影に向かって叫んだ。短い出会いだったが、彼との出会いがなかったら自分は何もできなかった。ユリアに再会する事も、ここから出る事も。彼女にとって、この時ほど、『ありがとう』の言葉が身に染みた日はなかっただろう。
「ありがとうございました~!!」
彼女が叫んでから、テイルが去った方からハヤブサの鳴き声が聞こえた気がした。
~翌日~
クローゼとユリアは、門の前で孤児院のメンバーから見送られようとしていた。
「テレサ先生。ジョセフおじさん。みんな。短い間でしたけど、とっても楽しかったです。その……ありがとうございました!」
クローゼはペコリと頭を下げた。
「クローゼ。向こうでさみしくなったら、いつでも遊びに来いよ。」
「は、はい。ジョセフおじさん。すぐってわけにはいかないけど、絶対いつかまた来る!」
「そうか!それならよかった。」
「クローゼ!またいっしょにに遊ぼうな!」
「みんな期待してまってるからよ~!」
「うん!きっとまた!」
ニコリと笑って、彼女は答えた。
「テレサ先生……。」
「クローゼ。」
「は、はい。」
「あなたがどこに居ても、みんな応援しているから。だから、いつまでも元気でね。」
「……は、はい!わかりました!」
「では、クローゼ、行きましょうか。」
ユリアが彼女の手を引く。あまりグズグズしていると、
「はい。ユリアさん。じゃあ、みんな、またね!!」
「またね~!!!」
そして二人はマーシア孤児院の門をくぐっていった。子供達はクローゼ達の姿が見えなくなるまで
手を振り続けた。
「クローゼ………いろいろとすごい子だったな。」
「ええ。本当に、また会えるといいですね。」
マーシア夫妻もまた、クローゼが見えなくなるまで手を振っていた。
クローゼ達二人はまずメーヴェ海道を歩いていき、一度ルーアンに戻ってから、王国軍の本拠地があるツァイスに向けてまた長い距離を歩いていかねばならなかった。
「クローゼ。一度ルーアンに戻ります。歩き疲れたらすぐにおっしゃって下さい。」
「ううん。これぐらい平気。」
「そうでしたか。ふふ、この数週間の間に足腰もずいぶん鍛えられたようですね。」
「はい!」
クローゼは陽気に答えた。
「(それにしても、陛下は心も強くなられた。旅に出る前の殿下だったら、孤児院から出たがらなかったかもしれないな。)」
元気に歩いていくクローゼを見て、ユリアは思った。
「(しかし、今回は本当に運が良かった。もしジョセフ殿のような人に拾われていなかったら、今頃私もクローゼもどうなっていたことか…………。)」
「ユリアさん?どうしたの。考え込んで。」
ユリアの顔を覗き込み尋ねるクローゼ。ユリアはふと足を止め、彼女の方に手を掛ける。
「………クローゼ。」
「は、はい。」
「私は一番大事な時に貴女を守れなかった愚かな臣下です。しかし、あともう少しだけ、あなたの身をお守り申すことを許して頂けるでしょうか。」
ポカンとして、クローゼはユリアの真剣な顔を眺めた。そして、さも可笑しそうにクスッと笑って、
「……はい。よろこんで!」
「………ありがとうございます。殿下。」
すると後ろから、
「ピューイ!」
「………あ……。」
一羽、ハヤブサが飛んできて、クローゼ達の頭上をグルグルと旋回した。
「ほう、もしかして彼が。」
「そうです。朝に話したジークさんです。」
ジークはそのまま滑空してユリアの肩にとまった。
「ピューイ。ピュイ?」
「あの、何か言っているようですが。」
「ああ、はい。『あんたと俺はこれからは仕事は同じみたいだから、仲良くしよう』って言ってます。」
クローゼは即座に通訳した。
「確かにそうだな。ジーク殿といったか。これからもよろしく頼む。」
「ピュイ!ピューイ。ピュイ、ピュイ。」
何か言いたげにジークは何度か鳴いた。
「えっと、それから『クローゼもユリアも、俺にさんとか殿とか付けないで名前を呼んでくれ』って。」
「ピュイ。」
「ふっ、了解だ。ジーク。」
「よろしくね!ジーク!」
「ピュイ!」
そして三人、いや、二人と一羽は、レイストン要塞までの食料等を調達するため、一度ルーアンに向かったのだが……………そこで彼女らは戦争の情勢の大きな変化を知ることとなる。
ユリアが孤児院に向かう一週間ほど前、帝国に接収されたツァイス中央工房元工房長のラッセル博士がレイストン要塞で『飛行警備艇』を開発、王国軍のカシウス大佐により帝国軍への反攻作戦に用いられた。従来の飛行艇をはるかに超える火力、機動性をもった新型飛行艇と、この反攻作戦の総指揮官となったカシウス・ブライト大佐の大胆かつ巧妙な作戦によって、帝国軍師団は分断され、さらにレイストン要塞から王国軍の全兵力が水上艇で出撃し、各地方の帝国軍は各個撃破されていった。その後帝国側は突如停戦を申し出、(後にこの時両国間である密約が交わされた。)開戦からちょうど百日間で、この戦争は終結した。
それを街で知ったクローゼ達は、迎えに来た軍の飛行艇に乗り、王都・グランセルに帰還した。城に戻ったユリアはアリシア女王にこの数週間起こったことを包み隠さず報告し、そしてさらに、自分にクローゼの護衛を続けさせてほしいと懇願した。ユリアの熱心さとクローゼからのさらなる懇願もあってか、アリシア女王はそれを許し、さらにクローゼに付いて来たジークの世話も命じた。(さすがに王宮内では飼えないと判断したようだ。)そして女王はクローゼとユリアを女王宮に呼び、二人の旅の思い出に耳を傾けるのだった。
そして、それから九年経った。
~序章・完~
これでクローゼの幼年期編が終了です。次、第一章はここから九年後、FCの直前の話から始まります。どの場面かは、わかりますよね?