白き翼の物語~Trail of klose ~ 作:サンクタス
もう少し話を進めたかったのですが………忙しかったのと怠けがあって全然書けてません。今回の話もかなりグダグダです。予定では次か次の次くらいにストーリーが動くので、来年もよろしくお願いします。
~???~
とある場所のとある小さな部屋、そこにある小さなテーブルの片隅にある導力灯が、その部屋の中をぼんやりと照らし出していた。
一人掛けのソファには人の影。その男は片手のワイングラスを左右に揺らし、じっと何者かの話に耳を傾けていた。そしてそのそばにはもう二人。その内の一人は、アガットが追っていったはずのあの黒装束だった。
「………何?邪魔が入った?」
「も、申し訳ございません……………。以前からある遊撃士に目を付けられていた事には気づいていたのですが、新手が現れ、そやつがかなりの手練でして……………。」
黒装束は深々と頭を下げているが、彼はたまに自身の金髪を撫で付けるだけで、何も答えなかった。代わりに彼のそばにぴったりと付くように立つ女がフンと鼻を鳴らす。
「謝っただけで済む問題ではない!これで閣下の計画に影響でも出たら………どうなるかわかっているのでしょうね?」
彼女は凄みをきかせて黒装束を脅しつける。縮こまる黒装束。
「こらこら、むやみに叱ればいいという物ではないのだよ、カノーネ君。その後はどうなったのだね?」
「は、はっ。灯台からの逃走を図り、一度遊撃士の一人に追いつかれましたが、隊長の助勢もあり何とか………」
彼は、そうか、と一言だけ言ってグラスのワインに口を付ける。カノーネと呼ばれた女がまた何か言おうとしたが、彼は彼女にちらりと目線を向け、黙らせた。
「しかし、何者だ?君達が手も足も出ないような腕を持った遊撃士がいるなど、そんな情報はなかったはずだが………。」
「今現在、国内の『網』を使ってその者を捜索中です、閣下。」
すかさず、カノーネとが手にした書類を彼に手渡した。彼はそれにざっと目を通し、すぐに彼女に返す。しばらく彼は黙り込んでいた。何か思考を巡らせているようだったものの、考えている内容はそのポーカーフェイスからは読み取れない。
「………まあいい。遊撃士協会が動いたのなら、問題はないだろう。」
そう言って『閣下』はグラスをのんびりと傾けた。カノーネはそんな彼を心配そうな目を向ける。
「問題がないとは………どういう事でしょうか。閣下。」
「ふふ、すぐに判るよ。」
彼はあくまでも呑気にソファでくつろいでいた。いや、この場合呑気というよりは悠然としていると言ったほうが正しいかもしれない。何しろ彼の得意とする所は、『受け』なのだから。
すると戸をノックする音が部屋に響いた。彼は入るように指示し、扉からまた別の黒装束が現れる。
「………お話中失礼します。大佐、遊撃士協会から連絡が入りました。」
あまりのタイミングの良さに彼以外の二人は耳を疑ったが、やはり彼は落ち着き払って頷いた。既にこうなることは予測済みだったようだ。
「ルーアンからの応援要請か?」
「え………は、はっ。仰る通りです。ルーアン支部から、『ルーアン市長の逮捕に協力を願いたい』という内容の物でしたが………如何致しましょう?」
長らく揺られていたワイングラスが、ようやくテーブルに置き戻された。彼はソファから腰を上げ、振り向いて答える。
「判った。すぐに向かうと伝えてくれたまえ。」
「成程…………筋書き通りですわね。」
少しでも彼の行動の真意を疑ってしまった彼女は、自省しながらも彼の読みの深さに敬服する。それこそが、彼女が彼に心服する所以なのだが。この方に一生付いていこう………彼女は心の内で小さく呟いた。
「では、参ろうか。ルーアンへ。」
~市長邸~
ダルモア市長は自分の勝利を確信した。
『彼』から貰い受けた二体の魔獣………例え片方が殺されても、生き残った方が確実に敵を殲滅する。『彼』からはそのように聞いていたので、市長はもしもの為の後ろ盾をまんまと手に入れ、安心して市の予算を横領していたのだ。自らの悪事に気づいた者は全て、魔獣の餌食にさせるつもりだった。だが少し考えれば、そんな事をしたら足が付いてしまう可能性が非常に高い事に気付いたはずだった。市長がそれさえも念頭に置かなかった理由は、ただ一つ。
過度の自信。それだけである。
ダルモアは、『彼』から貰い受けた魔獣が敗れるなど微塵も思わなかった。ヨシュアによってファンゴが殺られた時も、心の内ではほくそ笑んでいた。これから無情の殺戮が始まる。相手は自分の肥大化した自尊心を踏みにじった輩………いい気味だ、と彼は心の中で嘲笑っていた。
そしてそれはほんの数秒の出来事だった。
自慢の魔獣が遊撃士の若造を体当たりで吹き飛ばし、飛び掛かって止めを刺そうとした刹那、空間が弾けたのだ。
もちろんそんな事はあり得ない。そう錯覚しただけの話だ。市長が目を見開いて先程まで魔獣がいた場所を見ると、その姿はもうなく、代わりに辺りにはバケツをぶちまけたように水が飛び散っていた……………。
今までエステルと一緒に旅をし、様々な事件を解決したり、時には危ない目にあったヨシュアだが、この瞬間ほど死を覚悟した事はほぼなかった。クローゼを助けようとして不覚にも魔獣に諸に当たり負けてしまい、完全に体勢を崩してしまった。スピードが初めの倍ぐらいにはなっているあの魔獣なら、自分をとらえる事は容易いだろう。痛みに耐えながら魔獣をにらみつけ、そんな考えがヨシュアの中をよぎった。
その時、彼は頭上でいきなり炸裂音がするのを感じた。その音の正体を確かめる間もなく、彼の顔や目に大量の水飛沫が降り注ぐ。
「うわっ!………ゴホッ…ゴホッ………。」
水が気管に入ったのか、咳き込むヨシュア。しかし彼は素早く顔を拭い、目を開けた。すると………
「こ、これは………。」
周囲の状況を見て、彼は何が起こったのかをすぐに悟った。頭上で炸裂した水球(アクアブリード)、反対側の壁まで吹き飛ばされた魔獣……………導力魔法(アーツ)が使われた事は明らかだった。ヨシュアは真っ先にエステルの方に振り向く。
「……エステル、君なのか!?」
「………ううん、違う。あの………。」
エステルの方も、鳩が豆鉄砲を食らったような面持ちだった。それは彼女が(落ち着いて考えれば、アーツが不得手なエステルにあんな瞬間的なタイミングで撃てる訳がないのだが)
「と、いう事は………!」
エステルが目を丸くして見つめる先、そこにヨシュアもまた目を向けた。彼らの目線の先、そこには、戦術オーブメントを握りしめ、アクアブリードの水圧で吹き飛ばされてグッタリとしている魔獣をジッと睨み付ける、クローゼの姿だった。
「ク、クローゼっ!?」
「エステルさん、ヨシュアさん。下がっていて下さい。私が、何とかします。」
ちょっと待ってよ、とクローゼに近づこうとするエステル。しかし彼女はそれを許さない。彼女の今までになく決意に満ち満ちた蒼い眼に直視されただけで、エステルは足を止めざるを得なかった。
「多分、あの魔獣にはもう直接攻撃は聞かないと思います。だから………私のアーツで無力化します。お願いですから………。」
魔獣………暴走したブロンゴが目を覚まし、ゆっくりと起き上った。体をブルブルっと震わせて水をまき散らし、再び唸りだす。
「しかし、君だけでは………危険すぎる!」
「ヨシュアさん、無理をしないでください。さっきの魔獣の攻撃で怪我をした事………わかってるんですよ?」
「えっ…………。」
ギクリとするヨシュア。事実、彼はさっきの突進で飛ばされた時に足を痛め、彼の優れたスピードをかなり封じられてしまったのだった。彼はエステルやクローゼに心配をかけないよう自然に振る舞っていたつもりだったが、クローゼはどうやってかその事を察したようだった。
「もう私は、守られるだけの存在じゃない。私の………自分の力で……………っ!」
彼女のオーブメントのスロット上を指が滑る。歯車が駆動し、微かに音を立てた。
「あなた達のような魔獣には恨みはありません。むしろあなた達が、身勝手な人間に利用されて生きている事にに哀れみさえ覚えます………でも………だからこそ、容赦はしません!!」
クローゼはそう叫び、オーブメントを魔獣に向けた。魔獣の方もまた、吼えながら彼女に向かって走り出す。
「………当たって!アクアブリード!」
駆動が終了し、彼女の目の前に水の塊が現れる。それは意志を持ったように魔獣に向かって飛び出した!
………しかし、今度は魔獣も警戒していたのか、驚異的な瞬発力で繰り出された横っ飛びによって水の塊はスレスレを掠り脇に落ちる。
「くっ………!」
「あ、危ない!クローゼ!」
吠えながら突進する魔獣はそのまま彼女に向かって行き、飛び掛かる!それでもクローゼは魔獣から少したりとも目線を逸らしてはいなかった。オーブメントが駆動し、オレンジ色の光が彼女を覆う。
バキッ。
飛び掛かった魔獣は、いきなり目の前に出現した土の壁に頭から激突した。流石の魔獣もクハッと息を漏らし、床に跳ね返された。そしてその壁は数秒もしないうちに、崩れ去った。もちろんクローゼは無傷である。
思わずクローゼを助けるため駆け寄ろうとしたエステルだったが、あっけなく魔獣が跳ね返された事に呆然としてしまった。
「な、なに今の………見たことないアーツだけど………。」
「『アースガード』………。」
「えっ……。」
「こんなに速く、発動できるものなのか?」
ヨシュアが絶句するのも無理はない。
アースガードとは、土属性の完全防御アーツ。武器を使った防御が出来ないアーツ使いには必須の物で、たいていの攻撃は術者の眼前に現れる強固な土の壁によって弾き返されてしまうのだ。
便利なアーツだが、しかし欠点もある。駆動が遅いことだ。それ故使いづらく、あまり国内に普及していないアーツだった。
そんなアーツを、クローゼは一瞬で発動した。少なくとも一般人にはできない所業だ。
「……そこです!」
怯んだ魔獣の隙を彼女は見逃さず、アクアブリードで吹き飛ばして再び魔獣と距離をとった。受身を取り立ち上がろうとする魔獣は、足元の水に脚をすべらせた。
「ブルーインパクト!」
間髪入れずにアーツを繰り出すクローゼ。鋭い水の奔流が魔獣の足元で吹き出し、大きく宙に吹き飛ばして床に叩きつける。そして………
「(時間をかけてはいられない………今だ!)」
スロット盤の上を彼女の指が滑る。水………風………そして空。駆動し始めたオーブメントが、彼女の水アーツで翻弄され混乱した魔獣に向けられた。クローゼの周囲を、ひんやりとした空気が包み込む。
「これで………止めにします。」
冷気は彼女の周囲でさらに凝縮され、床や壁に霜が降りる。それは巻き上がる渦となって魔獣に牙を剥いた。
「凍てつけ!……ダイヤモンドダスト!!」
エステル、ヨシュア、市長さえも唖然として見つめる中、クローゼは膝をつき浅い息を繰り返していた。ここまでアーツを連続して駆動したのは彼女にとっても初めての経験で、それは予想以上に彼女の体力を消耗させていた。しかし得た成果は大きい。彼女の目の前………断末魔を上げたままの体勢で完璧に氷塊の中に埋められた魔獣が、そこにはあった。
「(これで………よかったの、かな……?)」
「すごい!すごいよクローゼ!」
クローゼが呆然としてうずくまっているところに、歓喜の表情で、エステルはクローゼに駆け寄った。
「クローゼがアーツを使えたってことも驚いたけど………あの魔獣まで倒しちゃうなんて!」
「………そうだね。正直本当に倒すとは思ってなかったよ。危なかったらすぐにでも僕達が取って代わるつもりだったけど、心配無用だったみたいだね。」
ヨシュアもまた、クローゼに労いの言葉をかける。
「あ……ありがとうございます。エステルさん、ヨシュアさん。」
「ところで………ダルモア市長。」
思い出したようにヨシュアは金色の眼を市長に向けた。彼らの初めの目的は時間稼ぎであったが、ここまで来たら、もう彼らの力で市長を逮捕できる。エステル、そしてクローゼも、立ち上がって市長に歩み寄った。
「あなたの自慢の魔獣は僕たちが倒しました。まだ抵抗しますか?」
一言一言に力を込めて言い放つヨシュア。市長はというと、絶対に勝てると思っていた勝負がいとも簡単に負けに転がり、目の前の事が現実だと認められないのだろうか、何やら独り言をボソボソと呟いていた。
「(…………ばかな……………そんな事…………話が違う……………。)」
「ダルモア市長……………今ならまだ間に合います。自首してください。」
「市長さん!もういい加減に観念しなさいよ!それともまた何か出してくる気?」
エステルは冗談交じりに言ったつもりだったのだろう。しかし、その言葉が市長にとってのカギとなった。
「………成程。その手があったか。」
「え…………。」
「………クロックダウン!」
ダルモアが唱えた途端、クローゼ達の周りの空気が淀んだ。それから間もなく、彼女らはその異変に気付いた。
「な………何これ!?」
「身体が、動かない!?」
立ち止まったままの恰好で固まってしまい、何が何だかわからず戸惑うエステル達。先程まで辟易していたダルモアも、最初のような勝ち誇った表情に戻り、口元にニヤリと笑みを浮かべていた。
「ありがとう、遊撃士の小娘。すっかりこいつの存在を忘れていたよ。思えば初めからこれを使えばよかったものを………。」
そういいながら、ダルモアはポケットから手のひらサイズの何かを取り出す。それはエステル達やクローゼが持つものと同じ、戦術オーブメントだった。
「市長!何故それを………。」
「フン、導力革命が起こったリベール王国だ。私だけでなく、誰が持っていても不思議ではあるまい?とは言え、これはただのオーブメントではないがな。よく見たまえ。」
ダルモアが誇らしげにみせつけるそれには、クォーツのスロットが七ヶ所あった。
「あ、あれ?オーブメントのスロットって六つじゃなかったっけ!?」
「フフフフ……これは私の協力者から手に入れたものだ。一般に普及しているものよりも、さらに多くのアーツを使うことができる。君達の動きを封じているのもそれが原因だ。」
ヨシュアとクローゼはそれでようやく納得した。何しろ、人の動きをここまで封じるアーツなど聞いた事もなかった。
エステルはというと、わずかに動く身体で必死に抵抗を試みていた。
「………この~、悪徳市長!バカなこと言ってんじゃないわよ!」
「おっと、動くな小娘。さもないと貴様の脳天に風穴が開くぞ。」
といいながら、ダルモアは懐から何か取り出し、エステルに向けた。
「それは………帝国製の導力銃(ベア・アサルト)!」
「ほう、小僧、よく分かるな。威力は程々だが、こうやって零距離で打てば………ひとたまりもないだろうな。」
カツカツとエステルに近づき、導力銃をエステルのこめかみにグイと突きつける市長。
「やめろっ!!」
「やめてください!市長!これ以上罪を重ねて何になるっていうんですか!?」
「さて、誰から止めを刺したものか………この生意気な小娘か………それとも、賢しらな小娘から始めようか?クククク………。命乞いでもすれば、助けてやらんこともないぞ?」
ヨシュア、クローゼの制止もまるで聞かず、嫌らしく嘲笑う市長。エステルもクローゼも悔しそうに歯噛みするが、どうしようもできない。
「そら、さっきまでの威勢はどうした?命乞いしたまえ!ハハハハハハっ!」
ダルモア市長はもう完全に暴走状態になっているみたいだった。遊撃士に魔獣なんてけしかけたりしたら、もう言い逃れはできないはずなのに………
それにこのアーツ。相手の動きをここまで封じる物など、聞いた事もない。まるで周囲の空気がゼラチンの様にになったみたい。ユリアさんにオーブメントの使い方を習った時はこんな反則的なアーツは教えてもらっていないし………だから、市長の言う事が正しいのだろう。
いったいどうすれば?このままじゃ……………。
「そら、さっきまでの威勢はどうした?命乞いしたまえ!ハハハハハハっ!」
「汚い手で……るな………。」
市長以外に動くもののない室内の空気が、背筋に悪寒が走る程の冷たいその声によって、凍りついた。有頂天になった市長の目つきが、コロリと変わる。
「汚い手でエステルに触るな………。もしも……毛ほどでも傷付けてみろ………。ありとあらゆる方法を使ってあんたを八つ裂きにしてやる…………。」
「ヨ………シュア?」
「……………っ!?」
にわかには信じられなかった。そこにいるのはヨシュアさんだった。でも今の彼は………私の知らない、彼。
あの温和な微笑みを見せてくれた口元は真一文字に結ばれ、いつも輝いていたあの金色の瞳とは思えない冷えた眼差しで睨みつける。
そして、うっすらとだが、ドス黒いオーラを身に纏っていた……………。
「こ、こいつめ………ろくに身体を動かせぬくせに意気がりおって………。」
余りのヨシュアさんの気迫に圧され、一、二歩下がる市長。それでもヨシュアさんは変わらず冷淡な眼差しを向け続ける。
「フ……フン。調子に乗るな!そこまで言うのならば………まず貴様から片付けてくれるっ!!」
………っ!!まさか………ヨシュアさん、最初からそのつもりで!?王国軍が到着する時間を稼ぐために……………。
そういえば、彼は初めからその事を強調していた。「あくまでも『時間稼ぎ』」わざわざ市長に喧嘩を売るようなことを言ったのもそれが目的だった。
でも、私が口出ししたせいで市長の魔獣と戦う事になってしまった。そして今はこんな事に。端から落ち着いて時間を潰していれば………私の…………私の一時の感情のせいで……………っ!
「………ヨシュアさん!もう………もう、やめてください!エステルさんならまだしも…………私なんかに、貴方の大切な命を、賭けないでくださいっ!!」
「えっ…………。」
「黙れ小娘!もう遅い。さあ、死ねっ!!!」
市長の導力銃の先が、彼の脳天をゆっくりと捉えた。
「だ、だめええええええええっ!!!」「(ヨシュアさんっ!!!)」
再び、空気が変わった。
私とエステルさんがほとんど同時に叫んだ、それとさらに同じくして、『それ』は起こった。でもさっきの変化とはまるで違う。淀んだ空気が、反対に波が引くように消えてゆき、辺りは異様に静まり返った。
「(え……………?)」
『それ』は私の周りを渦を巻くように拡散していくのを感じた。私自身にかなり近い地点から。そしてさらなる異変に私達は気づく。
「あれ?」
「身体が、動く!?」
「な………なんだとおおお!?」
あわや引き金を引くという所で、市長はヨシュアさんから飛び退く。事態があまりにも急展開している。何が………何が起こっいるの?さっきの渦は一体?
うん………?ポケットで何かが震えている………。
「これは、あの時の………。」
そのわずかな振動を頼りにポケットをさぐり、出てきたのは………
「ああっ!!クローゼ、それ………あの黒いオーブメントじゃない!」
「え……これって、エステルさんのものだったんですかっ?」
学園祭の時、楽屋で見つけたこの半球体。見つけた時、ジェイルさんが異様なまでに衝撃を受けていたこれが、エステルさんの物だったなんて………なんていう偶然だろう。
「えっとね、話すと長くなるんだけど………って、なんか光ってない?それ。」
彼女の言う通り、謎の半球体はぼんやりと、青黒い光を放っていた。そしてそれはだんだん弱くなり……………。
「……消えた。」
「ば、バカな……………まさか………こんな事がああああっ!」
状況を一度整理したかったけど、それはダルモア市長も同じみたいだった。
「な、なんだかよくわからないけど、あんたの切り札はもう使えないみたいね!悪徳市長!」
「そしてもう、あなたには逃げ道はありませんよ。」
そして、ヨシュアさんーーーーーいつの間にか彼は元のヨシュアさんに戻っていたーーーーーがそう言ってニコリと笑うと同時に、広間のドアがバーンと勢いよく開けられた。
「動くなっ!!」
現れたのは、青と白の軍服に身を包んだ王家直属の軍隊……………王室親衛隊の人達だった。
「や……やったよヨシュア!クローゼ!」
「うん、なんとか間に合ったみたいだ。」
「は、はい………そうですね………。」
親衛隊の人達はあっという間に私達の周りを包囲し、腰の剣に手をかけた。ユリアさんの指導が良いからだろうか、統制は完璧だった。ヘナヘナと床に座り込む市長。もう完全に気が抜けてしまったみたい。
「な、な………まさか、なぜここに女王閣下の親衛隊が乗り込んでくるのだ!こんなの嘘だ!ハッタリに決まっておる!!」
「………ハッタリなどではない。何しろこの私がいるのだからな。」
懐かしい声が、聞こえた。
「ルーアン市長、モーリス・ダルモア。貴殿を放火、強盗、横領、殺人未遂、その他諸々の容疑で逮捕する。武器を捨て、大人しくするがいい。」
そう言って隊士達の後ろから………ユリアさんが現れた。
実質王室親衛隊のトップで、王国中にその名が知れたユリアさんの登場が、ようやく市長に完全敗北の意識を叩きつけた。絶句した彼は……………手に持つ導力銃をポロリと取り落とし、頭を垂れた。
「ふふ……ふふふふ………そうか。それならば……………」
とても小さな声で、そう言った気がする。そして、彼と目があった。血走った目がギョロリと動く。
「……………せめて、貴様一人だけでも道連れにしてくれるわああああああああああああっっ!!!」
彼の目的に反応してヨシュアさんの身体が飛び出した。しかし床に落ちた導力銃を再び取り上げ、私に向けられた市長を制止するには到底遅かった。
導力銃(ベア・アサルト)の引き金が、引かれた。