白き翼の物語~Trail of klose ~   作:サンクタス

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色々あって投稿が遅れました。ゴメンナサイ。


第三十二話~暴露~

~ルーアン市南街区・ダルモア市長邸~

 

 

 

 

ギルモア市長を逮捕させるため、王国軍の到着までの時間稼ぎを任された私達は、すぐさま市長邸に急いだ。

市長邸はルーアン市の南側にあり、豪勢な屋敷は街を高くから見下ろしていた。いくらリベールの中心都市の一つとはいえ港町にはあまりに不釣り合いな大きさだけれども、ダルモア氏が貴族の出だということを考えれば腑に落ちる。おそらく代々のダルモア家当主から脈々と受け継がれてきたものなのだろう。

それを見て、私はついあの焼け落ちた孤児院を思い出してしまう。屋敷に罪はないものの、このギャップには怒りを感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

ひとまず市長に会おうと私達は屋敷の門を叩く。すると玄関で執事のダリオさんという方が応対してくれ、大体の事情(もちろん自分達が市長を捕まえる目的できた事は伏せた)を話すと奥に通してくれた。

 

 

 

「市長は只今この部屋で接客中でございます。後十数分で終わると思われますので、それまで少々お待ち下さい。」

 

「すみません、お気遣い、ありがとうございました。」

懇切丁寧に応対してくれ、市長がいる部屋にまで案内してくれた執事の方に私達は頭を下げる。

 

「いえいえ。では、私はこれで…………。」

執事の方が深々と頭を下げ、立ち去るのを見届けると、

 

「ふう~、何とか市長邸に入れたわね~。」

何だかんだ言って心配だったのか、エステルさんはホッと肩の力を抜いた。

 

「うん、僕も正直こんなにあっさり入れるとは思ってなかった。多分僕らが来る事は全然予想してなかったんだろうね。」

 

「この部屋に…………いるんですか。市長が。」

マーシア孤児院に関する一連の事件の黒幕。孤児院を焼き払い、寄付金を奪い、テレサ先生や子供達の心を深く、深く傷つけた人物。それがこの扉の向こうにいる………自然と握った右拳に力が入った。

 

「確か接客中と言ってましたよね。誰なのかしら………。」

するとヨシュアさんは意味ありげにクスッと笑った。

 

「………すぐにわかると思うよ。僕の勘が当たっていれば、ね。」

 

「どういう事よ、ヨシュア。すぐにわかるって……………。」

エステルさんがそう言うか言わないか…………ちょうどその時に、大きな扉の向こうで聞き覚えのある声が、響いた。

 

「(ヒック………。ふむ、なかなかいい話だ。確かにこのルーアンは別荘を持つには絶好の場所だ。しばらく滞在してよく判った。)」

 

「こ、この偉そうな声は……………」

 

「静かに、エステル。」

嫌なものを思い出したように目を細めるエステルさん。ヨシュアさんが口に手を当てると、さらに別の声が。

 

「(ふふ、そうでしょうとも。その高級別荘地の中でもとりわけ素晴らしい場所に閣下の別荘を用意いたします。必ずや気に入って頂けるかと……………)」

 

「これは………ダルモア市長の声ですね。」

それは随分と上機嫌なものだった。自らの計画がうまくいったと思って浮かれているのだろうか………。

 

「(ふっふっふ……。おぬし、なかなか話が判るな。いいだろう、ミラに糸目はつけん。次期国王にふさわしい、豪華絢爛な別荘を用意するがいい。………そうだな、最低でもこの屋敷くらいは欲しいところだ。)」

 

「(閣下、しばしお待ちを。女王陛下に相談もせずにそのような巨額の出費は…………)」

 

「(黙れ、フィリップ!私は次期国王だぞ!このくらいの買い物は当然だ!)」

 

「あらあら、あの執事さんもいるんだ。相変わらず苦労してるみたいね~。」

エステルさんは小声で呟く。やっぱりどこに行ってもフィリップさんの諌めは聞いていないみたい。本当に、困った人だ。

 

「(いやはや、公爵閣下ならば判っていただけると思いました。後で契約書を持ってこさせます。その前に、もう一献……………)」

 

「(おっとっと………)」

姿を見なくてもわかる。信じられない。あまりにも、浮世離れした事が起こっていた。ヨシュアさんは扉のドアノブに手をかけ、こっちを見る。

 

「よし、お邪魔しようか、二人とも。」

 

「オッケー、ヨシュア!」

 

「………わかりました!」

 

 

 

 

 

ダルモア市長の計画………それは、ルーアン市郊外に高級住宅街を建設し、そこに国内外から富豪などを呼び込む事で多額の営業利益を得る事だった。そのためには、住宅街建設予定地のど真ん中に位置するマーシア孤児院が、邪魔だった。孤児院を潰し、テレサ院長達をグランセルに追いやってしまえば、土地の所有権は市長に移る。狙いはそこにあったのだった。そしてその計画は成功したかに思えた。(少なくとも市長にはそう思えた。)計画は次の段階に移行し、まずは実績作りのために、視察と偽らせて王族のデュナン公爵を招待し、別荘を購入してもらう事を、市長は考えていた。これが成功すれば、後は自然に噂が流れ、エレボニア帝国の貴族やカルバード共和国の富豪も続々とやって来るだろう。彼の目論見は、難なく進んでいくかと思われたのだが……………。

 

 

 

「こんにちは~。遊撃士協会の者で~す。」

 

ダルモア市長が酔っぱらったデュナン公爵の杯になみなみと酒を注いでいると、いきなり広間にドヤドヤと人が数人入ってきた。何事かと市長は彼らを見回すと、なんて事はない、あの時、街で出会った遊撃士だった。

 

「何だね、君達は………。」

 

突然邪魔が入り眉をしかめるダルモア市長。デュナン公爵とフィリップも現れた来客に目を向ける。

 

「ヒック……。なんだお前たちは?どこかで見たような顔だが………。」

公爵はエステル達とは以前ギルドの依頼も含めて何度も顔を会わせているのだが、元々自分が会った人物の顔をいちいち覚える習慣は彼にはなく、単純に記憶力もないので結果的に間抜けな言葉を吐く。

 

「おお、いつぞやの。その節は公爵閣下がご迷惑をおかけしまして………。」

 

「久しぶり~、執事さん。相変わらず苦労してるみたいね~。」

エステルの物言いに思わずフィリップは苦笑いする。

 

「今日は市長に用があってここに参りました。何分緊急の話なので失礼の段はご容赦ください。」

 

「ふん………さっさと用件を話すがいい。」

市長は忌々しそうに鼻で息を吐き、先程までの公爵に対する恭しい態度はどこへやら、ぶっきらぼうにヨシュアに言った。ヨシュアの口元が僅かに上に上がった。

 

「ではお知らせします。実は、孤児院放火事件の犯人がようやく明らかになりました。」

 

「……………!!」

市長の顔が一瞬、ピクリと引きつった。

 

「その件か…………仕方あるまい。公爵閣下、しばし席を外してもよろしいでしょうか?」

 

「ヒック………。いや、ここで話すといい。どんな話なのか興味がある。」

 

「し、しかし………。」

放火事件の犯人が判った………少々嫌な予感がしたダルモア市長は公爵とエステル達を引き離そうとする。しかし酒に酔って更に悪乗りが激しくなった公爵には、対処の使用もなかった。

 

「いいじゃない!公爵さんもああ言ってるし。聞かれて困る話でもないでしょ?」

 

「まあ、それもそうだが……………。」

エステルがしっかり釘を刺し、そこでヨシュアの方から、今まであった事を順番に説明した。しかしヨシュアは、その説明に固有名詞を一切買わなかった。もちろん、それは彼らの作戦の一つだった。

 

「そうか………残念だよ。いつか彼らを更正させる事ができると思っていたのだが、単なる思い上がりに過ぎなかったようだな……………」

途中、市長はいかにも残念そうに呟いた。それが、彼の運の尽きだった。

 

「あれ、市長さん。誰のことを言ってるの?」

 

「誰って、君………。『レイヴン』の連中に決まっているだろうが。昨夜から、行方をくらませているとも聞いているしな……………」

 

「市長、それは違います。『レイヴン』達は被害者です。貴方も判っているはずですよ?あの人達だけでは、今回の事件のような大それた事は起こせないという事を。」

ヨシュアが一言一言言う度に、市長の顔はみるみるうちに蒼白になっていった。

 

「何が…………言いたいのだ?」

 

「今回の事件………孤児院の放火からテレサ院長の襲撃までのすべての黒幕、それは、貴方ですね?ダルモア市長。」

その途端、椅子からガタンと立ち上がる市長。顔面は既に血の気はなく、握った両拳は微かに震えていた。

 

「秘書のギルバードさんはすでに現行犯で逮捕しました。貴方が実行犯を雇って孤児院放火と、寄付金強奪を指示したという証言も取れています。この証言に間違いはありませんよね?同時に、高級別荘地を作る計画のために孤児院が邪魔だったと聞いています。これでもまだ、容疑を否認しますか?」

 

「………知らん、私は知らんぞ!全ては秘書が勝手にやったことだ!確かに、ずいぶんと前から別荘地の開発は計画されている!だが、それはルーアン地方の今後を考えた事業の一環にすぎん!どうして犯罪に手を染めてまで性急に事を運ぶ必要があるのだ!?」

 

「そ、それは…………。」

市長はなりふり構わずに大声で反論した。しかし流石と言うべきか、とっさに考えた反論としては筋が通っていた。エステルもヨシュアもギルバードから証言を取り、市長が関わっていることは掴んだ。ただ、ねぜこの様な事件を起こしたのかまでは判らなかったのだ。そこを突っ込まれ、二人は沈黙する。

しかし、そこで口を開く者がいた。

 

 

 

「…………大量の資金が今すぐ必要だったから、そうじゃないですか?」

 

「!!」

 

「ク、クローゼ!?」

 

「ヒック、ん~………お主、どこかで見たような……………。」

驚くエステルや相変わらずボケ発言を繰り返すデュナン公爵をクローゼは無視し、話を続ける。

 

「でも、貴方は元々貴族の家系、資産は十分にあるはず………その貴方が犯罪に手を染めるほど焦っているという事は………相当な借金を背負っているはずです。それも、数百万、数千万ミラ単位で。」

市長のこめかみから、油汗が流れた。

 

「流石に、普通の生活をしているだけではそんな借金は作れない。そこまで大きな金が動くとすれば、賄賂、薬物の密売、もしくは………相場取引。」

 

「………………。」

 

「何があったのかまでは判りません。でもその何かが貴方を追い詰め、この様な事件を引き起こした、違いますか?」

 

「………そ、そんな証拠がどこにある。わ、私が………そんな事をしたという証拠があると言うのかああ!!」

完全に気が動転している。推論のいずれかが図星だった事を、彼女は確信した。

 

「(こんな子供騙しの手が通用すればいいんだけど………。)」

クローゼは懐から数枚の書類を取り出し、広げて市長に突き出してみせた。

 

「これは、この数年間のルーアン市の収支を記録した物です。これを見ると………ちょうど一年ほど前から、支出の金額が異様に増加しているんです。」

 

「…………な……………。」

 

「貴方は………自分の借金を返すために市の財政を………利用したんです。」

締めくくるように彼女は、言った。

 

「す、凄いよクローゼ!よく市長の悪巧みを見破ったわね~!」

彼女の矢のような追求に思わず歓声を上げるエステル。

 

「でもクローゼ………その書類、市の機密書類だよね?どうやって手に入れたんだい?」

 

「あ、えっと、それは……………。」

 

「ふふ………ふははははは!」

いきなり背後で聞こえた高らかな笑い声に彼女らはビクッとし、一斉に振り返る。

 

「………よくも言いたい放題言ってくれたな、遊撃士共。」

笑い声の主は、ダルモア市長だった。彼はさっきまでのおののいた表情を消し去り、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「だが遊撃士の貴様らには私をどうすることもできん。市長の私を逮捕する権利は遊撃士協会にはないはずだ!今すぐここから出て行くがいい!!」

 

「む、やっぱりそう来たか。」

 

「さすがに自分の権利はちゃんと判っているみたいだね。」

 

「…………………。」

クローゼが目を伏せ黙り込み、ダルモア市長に一番弱いところを突かれた彼らはもう、太刀打ちできないかのように思われた。しかし、

 

「市長、最後に一つだけ……お伺いしてもよろしいですか?」

彼女は、諦めなかった。遊撃士という縛りを持たない、最後の砦として。

 

「なんだ君は!?王立学園の生徒のくせにこのような輩と付き合って、そればかりか遊撃士のような真似事をしてこの私を侮辱しおって……………とっとと学園に戻りたまえ!」

 

「……………………。」

 

「うっ………。」

自分が思ったままに怒鳴り散らした市長だったが、それは阻まれた。クローゼの、果断な意志に満ち満ちた瞳によって。ルーアンでのヨシュアのような威圧感のある物ではなかったのにも関わらず、彼女の瞳は市長を強く黙らせた。

「どうして、ご自分の財産で借金を返さなかったんですか?確かに1億ミラは大金ですが……。ダルモア家の資産があれば何とか返せる額だと思います。例えば、この屋敷などは1億ミラで売れそうですよね?」

 

「ば、馬鹿な事を………!この屋敷は、先祖代々から受け継いだダルモア家の誇りだ!どうして売り払う事ができよう!」

 

「あの孤児院だって同じ事です。多くの想いが育まれてきた思い出深く愛おしい場所………。その想いを壊す権利なんて誰だって持っていないのに……。どうして貴方は……あんな事が出来たのですか?」

 

「あ、あのみすぼらしい建物とこの屋敷を一緒にするなああ!!」

顔中を真っ赤にしてまた怒鳴る市長。既にそこには、市長としての彼はいなかった。そこにいるのは、全ての欺慢を暴かれ、丸裸になった、モーリス・ダルモアただ一人であった。

 

「貴方は結局自分自身が可愛いだけ……。ルーアン市長としての自分とダルモア家の当主としての自分を愛しているだけに過ぎません。可哀想な人…………。」

吐き捨てるように言い放った彼女は、静かに目線を下ろした。まるで何かを後悔するように。

ダルモア市長は歯を食いしばって怒りを露にしていたが、

 

「………………ふふ……ふふふふふ………。よくぞ言った、小娘が…………こうなったら、後の事など知ったことか!」

彼は椅子を蹴り飛ばし、自分の真後ろ、何もないただの壁に走り寄った。

 

「…………何をする気ですか、ダルモア市長!」

ヨシュアが制止するのも聞かず、彼は壁の何もない一点に手をあてると、パカッと音をたて、壁の中からスイッチが現れた。

 

「か、隠しボタン!?」

 

「ふふふ………私をここまで追いつめた事………後悔するがいい!!」

そう叫びながら、彼はそのスイッチを力を込めて押し込んだ。すると……………

 

「あ………壁が………!?」

 

「ヒック………うむ?何が始まるというのだ?私におもしろいショーでも見せてくれるのかね?」

 

「………閣下、お立ちになってください。お逃げになる準備を。(この気配は……………もしや!)」

 

白い壁がギシギシ音をたてながらゆっくりと開き、やがて人が二人並んで通れるくらいの大きな穴がぽっかりと開いた。その奥は部屋の明かりも届かず薄暗く、何も見えなかった。そして、

 

 ………グルルルル……………

 

「な………何?この音……………。」

 

「エステル、これは………獣の唸り声だ!」

ヨシュアが叫ぶとほぼ同時に、大型の(目算でも二アージュは超えるだろうか)狼のような魔獣がその穴から飛び出し、テーブルの上の酒瓶やら鉢植えやらを蹴散らしてそこに陣取った。それも二体。

 

「ま、魔獣うううう!?うーん………ブクブクブク……………。」

当たり前の事だが、魔獣など今まで見たこともないデュナン公爵はいきなりそれを間近で拝んでしまう事になり、恐怖と驚きのあまり泡を吹いて卒倒する。

 

「か、閣下!?」

 

「フィリップさん!僕らに任せて、早く公爵閣下を避難させてください!」

 

「まさか、こんな場所で魔獣を飼っていたなんて………。」

思わぬ魔獣の登場にクローゼは僅かに後ずさった。

 

「くくく………お前たちを皆殺しにすれば事実を知るものはいなくなる………。こいつらが喰い残した分は川に流してやるから安心したまえ。ひゃーーーっはっはっはっ!!」

狂ったように高笑いする市長。そう、本当に狂ってるようにしか思えなかった。

 

「こ、こんな屋敷の中で魔獣と戦うことになるなんて……………」

エステルさんはテーブルの上の魔獣達に棍を向けながら言う。

 

「………ごめんなさい、ヨシュアさん、エステルさん。私が一言多かったばかりにこんな事になってしまって……………。」

 

「いや、お手柄だよ、クローゼ。」

 

「………えっ?」

ヨシュアの思いがけない言葉に意表を突かれた彼女は彼に眼を向けた。

 

「僕らがどんなに追求したって市長がずっと事件について黙秘を続けていれば、遊撃士である僕達は市長を逮捕する事はできない。でも、彼が民間人を傷つけるような事をしたら………これで現行犯として市長を逮捕することができるわけさ。」

 

「あ……………なるほど。」

 

「さあ、ファンゴ、ブロンコ!!こいつらを残らず食い尽くしてしまえっ!」

喚くダルモアに共鳴するように二体は遠吠えし、臨戦態勢の整った彼らに襲いかかるのだった。

 

 

 

 

 

大変な事になってしまった。ダルモア市長を怒らせようとしたのはよかったけれど、まさか街の真ん中でこんな大型の魔獣を飼っているだなんて………信じられなかった。それに今私の目の前にいるのは、あの時の手配魔獣よりかはるかに凶暴そうな魔獣が二匹も。

 

「エステル!僕は右側を何とかするから、君は左の方を頼む!」

 

「わ、わかった!」

ヨシュアさんが指示を出すやいなや(もしかしたら私達が話すことも分かっていたのかも。)、魔獣は同時に跳躍して二人に襲いかかる。

あんなに大きな魔獣だ。私が何かしようとしたら、二人の足手まといになる可能性は十分すぎるほどある。私は、自分ができる事をしなければならない。

 

「………公爵閣下。大丈夫ですか?」

あの魔獣が現れた時に卒倒してしまった小父様はまだ気絶したまま突っ伏していた。私が他人のふりをして小父様を介抱しようとすると、フィリップさんが私にそっと近づいて、

 

「………おお。申し訳ありません。(殿下、なんという無茶な真似をなさるのですか!)」

小さな声で言った。フィリップさんは私が王都ではなくルーアンにいる事を知る数少ない人物の一人だから、気を遣ってくれたのだった。

 

「(ごめんなさい、心配をおかけしてしまって。でも、私は大丈夫です。フィリップさんは早く小父様を避難させて下さい。)」

 

「(し、しかし………殿下はどうなさるのですか?貴方もここから離れた方が………。)」

腰のレイピアに手をかけながら言うフィリップさん。けれど私は彼に首を振った。ここで、頼ってしまうべきではない。

 

「(いえ、私は………ここで逃げるわけにはいかないんです。ヨシュアさん達もいますし、それに……………。)」

私はそっとフィリップさんに耳打ちした。それを聞いて彼は一瞬目を見開き、そして頷く。

 

「(成程………なかなかの策士でございますな。しかし………決してご無理はなさらないように。)」

 

「(ふふ、ジークからも散々言われましたから。大丈夫です。お願いしますね、フィリップさん。)」

 

 

 

小父様とフィリップさんが広間から出て行った頃、ヨシュアさん達と魔獣の勝負は拮抗していた。

敵の魔獣は二体。だからどうしても一体一の戦いになってしまって(人間と魔獣の身体的能力の差は言うまでもない)、遊撃士として多くの経験を積んできた彼らでも流石に厳しい戦いとなっているようだった。

 

「くっ、これだけ攻撃しても動きが鈍らないとは………。」

ヨシュアさんは魔獣の足を集中的に狙い、魔獣の素早い動きを封じようとしていた。でも想像以上に相手がタフなようで、やはり苦戦している。

 

「ガウッ!!」

 

「きゃっ………。」

 

「エステル!?」

 

突然、エステルさんの小さな悲鳴が!

 

「エステルさん!?大丈夫ですか!」

 

「う、うん。ちょっとカスリ傷………。」

とは言いながら魔獣の突進攻撃を際どく受け流すエステルさん。

 

「(このままじゃ、勝てない………)エステル!敵の動きを少しでも止めて!」

 

「えっ…………。」

唐突に言い出すヨシュアさん。

 

「………エステルさん、多分ヨシュアさんは何か考えがあるんだと思います。頑張ってください!」

 

「ええっ、そ、そんな………。」

そう言っている間にも、魔獣の牙はエステルさんを襲う。しかし流石と言うべきだろうか、彼女は棍を振り回して威嚇しながら距離を少しづつとって行き………そして。

 

「よ~し!行っくわよ~!はああああっ!!」

今度は逆に一気に間合いを詰め、驚異的なスピードで棍の連打を浴びせていく。

 

「奥義、烈波無双撃!!」

そして止めの渾身の一撃で、魔獣がフラッとよろけた!

 

「ありがとう!エステル!」

それを見たヨシュアさんは一気に広間の反対側まで飛び上がった。その空を飛んでいるかのような跳躍で、そのままヨシュアさんは腰の双剣を抜き払う!

 

「くらえっ!断骨剣!」

空中落下の勢いに乗ったヨシュアさんの双剣は魔獣の首、脊髄に鈍い音をたてて食い込んだ!

 

「ググ……………グオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「きゃっ………!」

その瞬間、この世の物とは思えないような咆哮が耳をつんざいた。ヨシュアさんに致命傷を負わされた魔獣の最後の哮りだった。

その咆哮は次第に小さくなり、消える寸前、ドサリと崩れ落ちた。

 

「や、やった………!」

 

「凄いです!ヨシュアさん!」

 

「いや、エステルのおかげだよ。少しでも相手が回避してたら刃《バゼラード》も通らなかっただろうからね。」

ヨシュアさんは何事もないように言うけど、相手の真上を狙って大ジャンプし、更に刃も通らないような硬い毛皮の薄い箇所を狙って剣を突き立てる………そんな離れ業をやったのだった。ヨシュアさん……………。

 

「ふふふふ………引っかかりおったな………遊撃士共!」

 

「え………。」

 

「どういう事ですか?市長。」

自分の魔獣が一匹やられたというのに、市長はというとまた怪しげな笑い声を上げていた。彼は勝ち誇ったように目の前を指差す。

 

「ふふ………目の前を見るがいい!」

目の前……………それは、仲間の死体をじっと見つめる魔獣の片割れだった。なぜだろうか、ついさっきまで見せていた俊敏なフットワークも、私達に向けられた強い殺気も、少したりとも感じる事ができなかった。

 

「………ウウ……………。」

おそらく、そこで全てを悟ったのだろう。自らの片割れが殺されたという事。そして殺したのが私達だという事を。

 

「……………ウオオオオオオオオオオオオン!!!」

 

「わ、わわ………っ!」

 

「これは……………!?」

それもまた、魔獣の雄叫びだった。でもさっきとは違う。断末魔じゃなくて………慟哭だった。

その途端、魔獣の様子が一変した。微塵さえもなかった殺気はみるみるうちに膨れ上がり、体中の毛を逆立てて私達を爛々と輝く眼で睨みつける。

その様子を見、エステルさんは絶句した。

 

「な、な、何なのよ!?さっきとまるで様子が違うじゃない!」

 

「ふふふ…………では種明かしをしようか。その魔獣はセイバー種と言う。仲間意識が強いのが特徴で、特に親兄弟との関わりが強い。そしてファンゴとブロンゴは生まれた時から同じ場所で育てられたのだ。」

 

「じゃあ、さっきの魔獣は…………。」

その通り、と市長は首を振り、これでもかというほど嫌味ったらしい笑いを浮かべた。

 

「そうだ!貴様らはその獣の逆鱗に触れてしまった。そいつ………ブロンゴは一度怒らせたら目の前の敵を徹底的に殺戮するまで止まらない………殺人マシーンと化すのだよ!ふふふ……………ハハハハハハハハハッ!!」

市長の高笑いを合図にするように、憎しみに燃える魔獣は弾丸のごとくこちらに………私に向かって突進してきた!

 

 

「…………あ…………。」

 

 

真っ直ぐ突進してくる魔獣の顔………

 

 

普段からジークに接しているせいか、人間以外動物の感情も私には読み取れる。その表情は、全くもって、怒り一色。当然だ。多分たった一匹の兄弟を目の前で失ってしまったのだから。私には兄弟姉妹の絆がどれだけ強いのかはわからないけれど、その表情が、全てなんだろう。

 

 

不思議………動きがスローモーションに見える。私なんかではあの突進は避けられない。

 

 

ユリアさん………お祖母様………ジーク………ごめんなさい。結局私、無理、し過ぎちゃったみたい……………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多分迫り来る死の恐怖で目をつぶってしまったのだろう。魔獣が私にその鋭い牙を剥く瞬間は、見えなかった。身体をその牙で刺し貫かれる痛みが全身を襲う事を覚悟し、私は体に力を込める。

 

そして………何かに突き飛ばされ、肩から床にぶつかるのを感じた。

 

 

「………………あれ?」

 

おかしい。近くに魔獣の気配がしない。私はあの魔獣に突き飛ばされ、床に叩きつけられたはず………。

私は打撲した肩の痛みに呻きながらゆっくりと目を開けた。

 

それで私は、さっき何が起こったのかを理解した。目に飛び込んできたのは、私の代わりに魔獣に突進され吹き飛ばされた……………ヨシュアさんだった。

 

「ヨ、ヨシュア!?」「………ヨシュアさん!!」

 

そして魔獣は、始めに狙ったターゲットよりも確実に息の根を止められそうな方を選んだ。

 

「………グオオオオオオオオオオオオン!」

 

狂喜の、叫びだった。

ここからヨシュアさんまで五、六アージュ。例えかばったとしても、今度こそどちらかは助からない………!

 

その時の私は、完全に思考が停止していた。

いや、停止という言葉は適当ではない。その時の私は………ヨシュアさん、ただそれだけの事を考えていた。その行動が、ヨシュアさんやエステルさんとの関係にどんな影響を生み出すか、なんて全く考えずに。

 

 

 

 

 

 

魔獣が飛びかかるのと、私の手が動くのは、ほぼ同時。広間の中心で巨大な水の塊が、炸裂した。


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