白き翼の物語~Trail of klose ~   作:サンクタス

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早くルーアン編終わらせたいなあ…………最近忙しくて続き書けてないけど。


第三十一話~始動~

~バレンヌ灯台・頂上~

 

 

 

あの黒装束達があっという間に無力化された時、私は自分の目を疑った。相変わらず赤毛の髪はボサボサ。そしてなぜかあの時と同じ、ヨレヨレの王立学園の制服。まるで一年前からタイムスリップしてきたのではないかと思うくらいだった。

 

………………レクター先輩。

 

驚く程の身のこなしで|細剣(レイピア)を振るうその姿は、一年前からは全く想像できないものだった。でも、紛れもなく『彼』はレクター先輩だった。学園のみんなに迷惑をかけ、かと思えば私の悩みには的確なアドバイスを与えてくれ、そして突然失踪した……………

忘れもしない。忘れようもない。その気持ちはジークも同じのようで、彼は目を真ん丸にして先輩を見つめていた。

聞きたい事はたくさんある。言いたい事もたくさんある。しかし今は時間が惜しい。最低限の事だけでも聞いておかないと。

 

「レクター先輩………何故こんな所に、あなたがいるんですか…………?」

 

(そ、そうだぞレクター!いきなり学園から消えて、それからなんにも音沙汰無かったくせに………今度はこんなところに現れたりして、一体どう言うつもりだ?)

 

「フッ、君たちの疑問ももっともだ。仕方あるまい、教えてしんぜよう!」

調子よく言うレクター先輩。しかし何故か、先輩は言葉を飲み込んだまま何かを考え込み出した。

 

「………先輩、冗談言うのは無しですよ。」

 

「………グハッ!」

私は念のため釘を刺しておくつもりだったけど、どうやらそのまんま図星だったようだ。

 

(こ~の~や~ろ~!こっちは真面目なんだから真面目に答えろっつーの!)

 

「うーん、そんなコト言ったってなァ、いわゆる、グーゼンってヤツかな?」

するといきなりジークはレクター先輩に飛びかかって頭を何度も突っついた。あまりにもすごい勢いなので先輩は頭を抱えて逃げ回る。

 

「イテテテッ!コラ、ジーク。何をする!」

 

(え~かげんにしろい!このエセ生徒会長があああ!!)

 

「ジーク!止めなさいってば!」

私が慌てて止めると、ジークはようやく渋々突っつくのをやめ、 私の所に戻ってきてくれた。

 

「ごめんなさい先輩。大丈夫ですか?」

 

「ああ、なんともない。」

 

(………フン。)

なぜか随分とジークは苛立っているけど、いつもの事だし、放っておこうかな………。

 

「あ~、クローゼ?さっきから見てると………もしかしてこの人、クローゼの知り合い?」

 

「はい、エステルさん。学園の先輩に当たる人です。名前は………」

 

「レクターア・ランドォ~ルという。今後ともヨロシク。」

 

「また適当な事を………レクターさんです。」

もう、本当に先輩は相変わらずですね………。

 

「(ねえヨシュア、あの人、なんとなくオリビエみたいじゃない?あの突拍子のない物言いとか。)」

 

「(う~ん、それはちょっと微妙だと思うけど………)とにかく、レクターさん。先程は僕達を助けてくれてありがとうございました。」

 

「礼には及ばぬ。我輩は当然の事をしたまでだ。」

そう、それ。それが一番の問題だ。

 

「あの、レクター先輩、質問を変えます。先輩は何故、当然のように私を助けるんですか?」

 

「『助ける』?『助けた』じゃねえか?」

レクター先輩はとぼけているけど、私には判る。彼が、『彼』だという事を。

 

「いえ、先輩は以前にも私、正確に言えば私の大切な人達を救ってくれた、そうですよね?」

 

(ク、クローゼ?お前、何言ってんだ?まさか………)

 

「………………。」

先輩は私の問いに答えずに、目を閉じてただうすら笑いを浮かべるだけだった。でもそれが肯定の意だという事も知ってる。

 

「先輩が助けてくれた人…………それは、テレサ先生と孤児院の子供達です。」

 

(!!!)

 

「あ、あんですって~!」

 

「私、ずっと気になっていました。古い物とはいえ玄関扉の金属製の蝶番を一撃で壊し、さらに燃え盛る炎を物ともせずにアーツを使って退路を作る………どれも常人には成し得ない事です。遊撃士なら可能性はありますがあまりにもタイミングが良すぎる………そんな事が出来る人は、このルーアンにはいません。でも。」

その時私は先輩の方をじっと見た。彼は変わらず目を閉じて私と視線を合わせようとはしない。

 

「思い出したんです。テレサ先生があの時言った事………自分達を助けたのは、二十代の赤毛の男性。レクター先輩、あなたです。」

 

「クローゼ君、それはちと早計じゃないか?さっき下に降りていった兄ちゃんだってその条件は満たしているぜ?」

 

「………確かにアガットさんもあてはまりそうですが、彼にははっきりとしたアリバイがあります。良かったらヨシュアさん達に証明していただきましょうか?」

私の問いに、彼は黙って首を横に振る。

 

「………先輩、どうか認めてください。そして教えてください。あなたは何故、そこまでして私を助けてくれるのかを……………どうなんですか?」

無理やりな論理だという事は分かっていた。でも、あの事件にレクター先輩が関わっている確信だけはあった。だからこそ、理由が聞きたい!

 

「……………………。」

 

「先輩!」

 

「………………クックックック………ハッハッハッハッハッ!!」

レクター先輩は文字通り大口開けて、笑った。今まで何回かこんな事もあったけれど、その時は私が聞いた事もない程の大笑いだった気がする。その開けっ広な笑いは、私達みんなを唖然とさせた。

 

「…………ぐふふふふ…………ヒッヒッヒッヒ…………。」

 

「先輩、気持ち悪い笑い方しないでください。」

 

「………ウン、すまんすまん。クックックック……………すーっ、はあ~………。」

私が言うとようやく先輩は落ち着きだしたようで、何回か深呼吸すると、

 

「………クローゼ!」

いきなり呼ばれた。

 

「は、はい。」

 

「お前…………成長したなァ~。」

さっきとはうって変わってしみじみと言い出すので私はドキリとした。

 

「あ、あの、どういう意味ですか?成長したって…………。」

 

「一年前は何かとすぐにヘタレってたのに、随分饒舌になったじゃないか。イヤ全く、感無量だねェ。」

 

「せ、先輩…………。」

 

「あの頃はどうなるか心配だったが、今のお前ならもう大丈夫だ。もう周囲に流されない、お前らしさ………手に入れたようだな。」

え…………ら、らしくない。さすがに、らしくなさすぎる。先輩がそんな言い方するなんて。

 

「もう少し再会の喜びを楽しみたいんだが……………オレも多忙な身でな。そろそろ帰らせてもらうぜ~。」

そして先輩はくるりと踵を返し、そのまま灯台内に入っていこうとする。

 

「えっ………か、帰る?待って下さい!まだ話したい事が…………」

そう私が言うと、先輩はその場にピタリと足を止めた。

 

「………本音を言うと、後輩がこの短い間にこんなに綺麗になって、驚いてる。今度会う時…………その時は、熱い再会のキッスを頼むぜ。」

 

彼はこちらに半分顔を向けて、あのいたずらっぽい笑みを零した。

 

「レクター………先輩?」

 

「フフ、じゃ~な!」

再び引き止める間もなく、彼の姿は………あっと言う間に闇の中へ溶け込んでいった。

 

 

 

 

 

 

「…………………。」

おそらく、追っても無駄だろう。あの人を十秒でも見失ったら、再び見つけるのに下手すると三十分はかかる。それは私も、もちろん彼自身も承知の上。だから余計に、悔しかった。

 

(また…………逃げられたな。アイツに。)

 

「……………うん。」

多分ジークも、気づいている。最後の、レクター先輩のあの言葉に。でもあれが真実の物なら………先輩は……………。

 

「クローゼ?あの………もうあの人、帰っちゃったの?」

 

「…………はい。」

 

「な、何というか…………風のような人だったわね。」

 

「………まったくです。本当に、何も変わってない……………。」

 

「ク、クローゼ?」

それが、それこそが、彼の『自分らしさ』なのかもしれない。

………ずるい。ずるいです。先輩。

 

「エステル、クローゼ、そろそろギルドに向かった方がいい。秘書や『レイヴン』の人達を放っておくわけにはいかないよ。」

 

「そ、そうね!さっさとあの秘書と『レイヴン』達をとっ捕まえておかないと。」

 

「クローゼもいいかい?」

ヨシュアさんは事情を知らないなりにも、私に気を使ってくれていた。ここで立ち止まっていても始まらない。今こそが、全てを白日に晒す時だ。

 

「……………はい。」

 

 

 

 

 

私達はまず、部屋の隅でガタガタ震えていたギルバード市長秘書を逮捕した。彼は負傷していたが、黒装束達の流れ弾か何かに当たったのだろう。大した傷ではなかったので私達は構わずに引っ張っていった。『レイヴン』達は人数も多かったので、マノリア村の人に頼んで運んでもらう事にした。結局彼らは濡れ衣を着せられるわ、アガットさん達に気絶させられるわで、ろくな目にあっていない。あまり同情する気にはなれないけれど、彼らも被害者と言えるかもしれない。

ちなみに村の人にレクター先輩の事を聞いてみたが、誰一人として彼を知る者はなく、驚いた事に姿を見かけた人もいなかった。という事は、ルーアンでも同じ事になるのだろうか。あのタイミングで彼が来たという事は、普段からずっと私を観察していた、という事なのだろうか。彼はいつになったら、私に本当の姿を明かしてくれるんだろう……………。

 

 

 

そして、夜が明けた。

 

 

 

 

 

~マノリア村~

 

 

 

私達三人だけで秘書達をルーアンまで連れて行くのはさすがに無理があると思い、ひとまず村の風車小屋を貸してもらってそこに閉じ込めておく事にした。その頃には眠らされていたテレサ先生と護衛の遊撃士の人も目を覚ましたので、私達は昨日の夜の事を先生に話した。流石ににわかには信じられなさそうだった。何しろ援助をしてくれると思っていた人物が、逆に全ての事件の黒幕だったなんて……………。

でも、今は考えるよりも行動する時だ。私はヨシュアさん達に頼み込み、今後の捜査に同行させてもらおうとした。犯人の正体がわかった以上、私もじっとしてはいられなかった。ヨシュアさんはあまり乗り気ではなかったけれども、エステルさんの援護射撃のおかげで、許可してくれた。

 

まず私達はギルドに戻り、今回の事件の顛末を報告しようとルーアン市への海道を戻っていた。

 

 

 

 

 

「しかし、ダルモア市長が事件の黒幕だったなんて……………。親切そうに振る舞っていたのも、全部お芝居だったわけね!信じられない!」

歩きながらエステルさんはさっきからずっと市長への文句を並べている。真っ直ぐで、正義感の強いエステルさんの事だ。市長の所業をとても容認できるわけはない。当の私はというと、灯台にいた時よりもはるかに冷静な気分になっていた。あの時はひたすらに怒りをぶつけていただけだったけど…………今はただ、真実を、明らかにしたい気持ちだった。

 

(フン、俺はなんとなくわかってたけどな。)

 

「ジ、ジーク?どういう事?」

 

(アイツらだよ。アイツらが極悪人だった………って事。何しろ顔に出てたからね。バレバレ。)

彼は得意そうに言う。顔に出ていた…………どういう事かはよくわからない。もしかしたら、彼にも鳥なりの特殊な人間観察眼を持っているのか…………。

 

(というかクローゼ。ちょっと気になる事が……………。)

と言って、彼はそっと私に耳打ちした。

 

「あ…………それは…………。」

 

「どうしたのクローゼ。変な声出したりして。」

そうだ。それがあった…………どうしよう。このままじゃ…………。

 

「…………あの、ジークに言われて私も気になったんですけど…………今回の件で、ダルモア市長を逮捕できるんでしょうか?」

 

「え………?」

エステルさんは疑問符を出した。ヨシュアさんは目を閉じ、声を低くし答える。

 

「そうだね……。難しいかもしれない。」

 

(遊撃士協会は、国家の内政に不干渉………だっけか?まったくもう、メンドーな決まりを作ったもんだよ。)

遊撃士協会は国家権力との分離・中立を保つため、ジークの言うような原則が規約に定められている。だから、ルーアン地方の責任者である現職市長を逮捕するのは難しい、というのが現実だった……………。

 

「ちょっと待ってよ!それっておかしくない!?だったらこのまま悪徳市長をのさばらせてもいいてわけ!?」

 

「おかしいけどそれが決まりだからね。この決まりがあるからこそギルドはあのエレボニア帝国にすら支部を持つことができたんだ。」

 

「そ、そうは言っても……………。」

悔しげに歯噛みするエステルさん。

 

「とにかくギルドに行ってジャンさんに相談してみよう。良い知恵を貸してくれると思う。」

 

「う、うん………。」

 

「このままだと完全にあの市長の思うツボだ。ギルバードさんが捕まってもあの人自身にはほとんどダメージはない。テレサ先生の寄付金は取り戻せても、またいつ同じような嫌がらせが起こるかわからない。どっちにしても僕らには何もできないんだけどね………。」

 

「…………………。」

そう、遊撃士であるヨシュアさん達が、市長に直接太刀打ちする事は出来ない。これじゃいけない…………何か、何かいい方法が……………。

 

(はあ~、いくら顔が利く遊撃士といってもお偉いさんには意味がないのか………悔しいな。どんな相手でも捕まえられるような、そういうのはこの国にはないのかねえ~…………。)

……………それだ。

 

「(ジーク!それよ!)」

 

「(は、はい?)」

 

「(このリベール国内であればどんな相手でも捕まえられる人………私達、知ってるじゃない。)」

私の思惑をなんとなく察した彼はぎょっとした表情で目を見開いた。

 

「……………まさか、アイツに頼むのか!?」

力強く、頷いた。この状況を打開する方法……………今の私にはそれしか思いつかなかった。

 

 

 

 

 

~十数分後~

 

 

 

ルーアンに向かう私達の足取りは重く、思った以上に時間がかかった。そしてようやく学園との分岐路のところまで辿り着いた。タイミングは、今だ。

 

「………あの…………ヨシュアさん、エステルさん。」

 

「クローゼ、どうしたの?」

 

「えっと、エステルさん達はギルドに行かれるんですよね?私、ちょっとやる事を思い出したので………先に行っててもらえませんか?すぐに追いつきますから…………。」

 

「構わないけど……いったん学園に戻るのかい?」

 

「は、はい………。一応、学園長にも報告しておこうと思いまして。」

 

「そっか………。うん、わかったわ。ギルドで待ってるからね!」

 

 

 

 

お二人の後ろ姿を見送り、ある程度行ったところで私は彼らから見えない場所に身を隠す。なぜならもちろん、私は学園に戻るつもりなどないからだ。

 

「ごめんなさい…………。ヨシュアさん、エステルさん。嘘、ついてしまいましたね………。」

 

(もう、そんな事いちいち気にしてどーすんのさ。それを言ったら身分隠して学園に通ってるのも十分嘘つきだって。)

 

「………それは別に嘘をついているわけじゃないでしょ。」

でも、嘘だろうがなんだろうが、これは自分が決めた事………ならば、責任を持ってやりきるだけ。

 

「ジーク、ちょっと待っててね。」

私がポケットからペンとメモ帳の切れ端を取り出すと、

 

(はあ………心配だ…………。)

不安げに鼻で息を吐いた。

 

「だって、ダルモア市長を逮捕するにはこれしかないもの。もしこれで正体がバレちゃっても、構わない。」

 

(………それも心配だけどさ、もっと心配な事がある。)

 

「何?」

 

(お前が、俺がいない間にまた無茶でもしないかと思って………気が気でない。)

心配しないで、と言おうとしたけど、私は直前で声をひっこめた。何しろ、私はついさっき灯台で前科を作った。特にジークには、今更そんな事言ったって信じてくれるはずもない。

 

(クローゼ。一つ約束してくれ。)

いつになく真剣な表情で彼はこちらを見る。

 

「………うん。」

 

(絶対に………無茶だけするな。特に命に関わるような真似だけは、やめてくれ。お前の命がお前だけのもんじゃないって事ぐらい、わかるだろ?)

 

「う、うん。」

 

(………ま、これだけ言えば判る、と信じたい。………まったく、クローゼは頭はいいのにどうしてこう物分かりが悪いんだか…………。)

 

「ふふ、また始まった。ジークの心配症。」

 

(な、何だよ。別に俺が気にしてるんじゃない!親父の奴がうるさいから………。)

 

「はいはい。ほら、手紙、出来たわ。」

私はメモ帳にサラサラと書き付けた手紙を小さく畳み、ジークが差し出した足に巻き付けた。

 

「これで良し………と。後はジーク、頼んだわよ。」

 

(……………よし………。)

 

「…………??」

どうしてか、彼のさっきまでの不機嫌さはどこかに飛んでいき、今度は一人で笑い始めた。

 

「…………ジーク?」

 

(………は、はい!?)

最近はどうもジークが挙動不審のような気がする。やっぱりおかしい。少なくとも去年まではこんな事はなかったはずなのに…………。

 

「ジークったら、人の話聞いてた?」

 

(き、聞いてる聞いてる!当たり前じゃないか!俺がクローゼの話を聞いてなかった事なんて一度も……………。)

 

「ねえ、いい加減に聞かせて。一体何を隠してるの?最近ずっと………」

 

(あ、あー、そーだ!早くこの手紙を届けないとー!ま、またなクローゼ!!)

彼は棒読み+早口に言い、私が引き止める間もなく飛び去っていった。

 

「あきれた………単純と言うか、正直と言うか………。」

 

でも、これで、やるべき事は済んだ。後は…………

「………今私が、出来る事をするだけ!」

 

私は両拳をグッと握りしめ、ルーアン市に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

「はあはあ……。お、お待たせしました…………。」

ヨシュアさん達が何か行動を起こす前にと、私は大急ぎでギルドに飛び込んだ。中に入ると、ちょうどお二人がギルド受付のジャンさんと話し合いをしていたようだった。最初にヨシュアさんが私に気づき、振り向いて声をかけてくれた。

 

「お帰りクローゼ。学園に寄った割にはずいぶんと早かったね?」

 

「え、えっと……足には自信がありますから。それで……どういう事になりました?」

するとエステルさんはやけにワクワクした顔で言う。

 

「ちょうど市長のところに乗り込むって話をしてたのよ。王国軍の連中が来るまで事情聴取して時間稼ぎをするの。」

 

「え……そうですか…………。」

あ………しまった。遊撃士協会にだって王国軍とのパイプがないはずがないのに。早まった事、してしまったかしら…………でも、もうジークは行ってしまった。これで何も問題が起きなければいいのだけれど…………。

 

「???えっと、クローゼも来るよね?」

私の僅かな動揺に感づいたのか、首を傾げるエステルさん。

 

「あ、はい。どうかご一緒させてください。もういてもたってもいられないので…………。」

 

「じゃ、王国軍の方はジャンさんに任せて、私達は市長の所に乗り込みましょ!」

早速壁に立てかけてあった棍を掴んで外に飛び出そうとするエステルさんを、ヨシュアさんは片手で遮る。

 

「エステル、先に言っておくけど、僕達は市長を捕まえに行くんじゃなくて、あくまでも時間稼ぎなんだからね。そこを忘れないように。」

 

「わ、わかってるわよ!頭に血が上って先走ったりしないように、ってことでしょ。」

 

「流石エステル。物分りが良くてよろしい。」

また上手く丸め込まれる形になった彼女は口を尖らせたが、ヨシュアさんは全然気にしない。多分エステルさんも本当は気にしてない。何でも言い合える関係………私も、そうなれるのかな………?

 

「…………さあ、行こう。市長邸へ!」

 

「オーっ!」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

~ツァイス地方・レイストン要塞~

 

 

 

アゼリア湾に面するルーアン。その街を東西に横断して流れるルビーヌ川。そしてさらに上流に遡ると、そこに灰色の巨大な要塞が姿を現す。

 

レイストン要塞。百日戦役では王国軍の本拠地としてその名を馳せた、難攻不落の巨城である。数日前、無骨な外観の軍用飛行艇が並ぶ要塞の離着陸場に、一隻の飛行艇が姿を見せていた。白を基調とした色調に滑らかなフォルム。そして大きく刻まれた白隼の紋章…………王室親衛隊が誇る新型飛行艇、『アルセイユ』だった。

 

 

 

 

~『アルセイユ』内・機関室~

 

 

 

「………これでよし、と。」

『アルセイユ』専用エンジン開発責任者、クライゼンは吐き出すように言い、エンジンの隙間から抜き出る。彼は整備服に付いた埃を払いながら、狭い場所での作業続きで固まった身体を伸ばした。そうしていると、上の階から足音が響いてきた。

 

「ご苦労、クライゼン殿。これで工程は終わりなのかな?」

 

「ああ………ユリアさんじゃないですか!わざわざこんな所まで来てくれたんですか?」

驚くクライゼンにユリアは笑みをこぼす。

 

「当然だ。君には無理を言ってルーアンから来てもらったからな。本当なら中央工房から技術者が派遣されるはずだったのだが………。」

 

「フェイのやつが忙しくて来れなかった、って聞いてます。しかたないっスよ。実際俺もルーアンでは暇を持て余してますし。」

彼は元々ルーアン市所属の整備士で、今回は代理としてエンジン開発責任者の任に携わっているのだった。

 

「…………感謝する。」

軽く頭を下げるユリア。

 

「気にしないでください。それより、コイツを飛ばすのはいつになるんですか?仮のエンジンとはいえ、こっちとしては一度飛ばしてみたいんですが………。」

 

「いや、予定としてはまだ未定だ。急ぐ理由もない。そちらの準備が整えば、その時行う事になるだろうな。」

 

「そうっスか。わかりました!それじゃいつでも飛べるように準備しておきますよ!」

 

「了解した。よろしく頼む。」

任せて下さい、と言わんばかりに彼は敬礼し、ユリアを見送った。そして背後の、先程自分が設置したばかりのエンジンに目を遣り、ニヤッとする。

 

「ついにこの『アルセイユ』が空を飛ぶのか………リベールの技術の粋を尽くした飛行艇の初飛行をこの目で拝めるんだ………くーっ!感激だぜ!」

昂る気持ちを抑えきれず、彼は再びエンジンの隙間に潜り込みながら嬉しい悲鳴を上げるのだった。

 

 

 

 

 

機関室を出たユリアはまっすぐブリッジに向かった。数日前にここでの作業も終了し、人は誰もいなかったが、一段高い艦長席の前に立つと、目下に並ぶ計器類と正面の巨大なフロントガラスから望む眺めが壮観だった。

 

「………………。」

ユリアはそれらを何も言わずに見つめていた。彼女はこのような風景を眺めて余韻に浸るような人物ではない。他の何らかの事に気をとられているのは明らかだったが、今、その胸中を知る術はなかったのだった。

 

「(………私は…………。)」

 

「ユリア隊長!ここにいらっしゃいましたか!」

ふいに艦内に響く声。親衛隊員がユリアに駆け寄り、彼女は物思いから返る。

 

「…………ん、どうした?」

隊員は一度敬礼し、答える。

 

「クローディア殿下からのご連絡です。甲板へおいで下さい。」

 

 

 

 

 

「(クローゼが?一体こんな時に何を…………。)」

クローゼの意図が判らず疑問を浮かべながらも、ユリアは甲板に急いだ。

 

「(しかしこうも突然連絡をよこすという事は………余程差し迫った事が起こったという事なのか………それなら………!)」

正直、彼女はクローゼが久しぶりに自分を頼ってくれた事の喜びを隠しきれなかった。

 

 

 

甲板には案の定、彼が待っていた。

 

「ピューイ!」

 

「やはりお前だったか。ジーク。」

ジークはユリアを認めると途端に柵から飛び出し、彼女の頭上スレスレを飛び回る。

 

「こ、こら!いちいちじゃれつくな!」

今度は頭に乗っかろうとするジークを彼女はたしなめる。

 

「ピュイピュイ、ピュ~イ!」

 

「まったく、困った奴だ。」

落ち着きのないジークを抑えながらユリアは足に縛り付けられた手紙を取る。

 

「ジーク、クローゼがお前をよこしたという事は、何かあった、という事なのか?」

 

「ピュイ?………ピュイ。」

彼女は手紙を広げる。それはとても短いもので、少々焦って書いたのであろうか、僅かに字が乱れている。そしてその内容は……………

 

「………な、何!?………ルーアンの………?」

 

「ピュイ!」

 

「ジーク…………これは、本当の話なのか?」

 

「ピュイ。」

彼は当然と言うように首を振る。

 

「クローゼ………また思い切った真似を………こうしてはおれん!クライゼン殿!」

ユリアはそう言って、『アルセイユ』の中に駆け込んで行った。半ば取り残されるようにその後ろ姿を見送ったジークは、

 

「………………。」

ただ、黙りこくっていた。クローゼならまだしも、その時の彼の心の内を読み取る事もまた、不可能なのだった。


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