白き翼の物語~Trail of klose ~   作:サンクタス

23 / 40
第二十二話~学園祭への日々~

こうしてその日から、エステルさん達は学園で生活するようになった。エステルさんもヨシュアさんも、学校といえば日曜学校しか行った事がなかったらしく、お二人が学園で暮らせるとを聞いた時はとても喜んでいた。私にとっても、一緒にご飯を食べたり、おしゃべりをしたりできる仲間が二人も増えることはとても嬉しかっし、何よりも、ヨシュアさんと、近くにいられる事が、嬉しかった、かな。

そしていざ一緒に生活してみると、やっぱり相手の色々な面がよく見えてくる。良いところも、そしてもちろん、ビックリすることも。ある朝の時……………

 

 

 

 

 

~女子寮の一室~

 

「エステルさん。ジル。もう朝ですよ。起きてください。」

私はよっぽどの事がない限り朝一番に起きる。小さい時から、窓から日差しが入ってくるのと同じぐらいに女官長のヒルダさんがやってきて起こされていたので、朝日と同時に起きるのは私の習慣になってしまっていた。だから、ジルが寝坊しそうになった時に起こしてあげるのは私の仕事だった。そしてエステルさんが学園で生活するようになってからは、エステルさんも起こさなくてはならなかった。そう、彼女もまた、寝起きが悪かったのである。

 

「………うーん、むにゃむにゃ…………。」

 

「エステルさん。いつまでも寝てるとまた授業に遅れますよ?ほら……起きてください!」

エステルさんは一回声をかけても、すぐにまた寝てしまうから、私はなかなか起きない時は無理やり体を引っ張って起こしてあげることにしているんだけれど…………。

 

「ふああああ~っ…………!」

 

「ふう、やっと起きてくれた。ほらジルも、早く起きないと……………。」

 

ドサッ。

 

私が隣りのジルを揺り起こそうとすると、突然背後で何かが倒れる音が。振り返ってみると、一回体を起こし伸びをしていたはずのエステルさんがまた元の寝る体勢に戻ってしまっていた。

 

「(エ、エステルさんったらもう……………)エステルさん!二度寝はいけませんよ………………」

 

 

 

 

 

そんな慌ただしい朝の後は、本校舎で授業を受ける。学園長先生が、ただ待っているだけではつまらないだろうと、エステルさん達に授業に参加させてもらえる許可を出してくれたので、私達は一緒のクラスで授業に参加した。予想はしていたけれど、エステルさんはやっぱり体を動かさないとダメみたい。

 

 

 

 

 

~社会科教室~

 

「みんな、おはよう~。さてみんな、ちゃんと予習をしてるかな。え~と、じゃあ…………エステルさん?」

 

「………は、はいっ!?」

授業の冒頭で早速コクリコクリとし始めたエステルさんに、担任のウィオラ先生は容赦なく当てた。

 

「今日はカルバード共和国の歴史についてちょこっと話するっていったよね。ここでひとつ質問。昔、カルバード共和国はいくつかの細かい国に分かれていたんだけど、それが今のような一つの国という形で成立したのは七耀暦何年頃か。覚えてるよね?」

 

「え、ええっ!…………えーと、えーっと…………千年ぐらい、でしたっけ。」

エステルさんは頭を抱えて悩んだあと、苦し紛れに答えた。

 

「う~ん、惜しいけどちょっと違うわね。じゃあヨシュア君、分かるかな?」

 

「確か、七耀暦千百年頃だったと思います。」

 

「おっ、すごいわね~、即答じゃない。」

ウィオラ先生が褒めると、教室からヨシュアさんに歓声が上がった。

 

(あの、エステルさん。)

私は教室がざわつく間にエステルさんにそっと話しかけた。

 

(え、な、何?クローゼ。)

 

(ヨシュアさんって、日曜学校にしか行ってないんですよね?どうして分かるんですか?)

 

(ああ、ヨシュアってね、暇さえあれば本ばっかり読んでてね。それも難しい本ばっかり。だから分かるんじゃないかな。私が『本の虫』って言ってからかっても全然アイツ動じないから、面白くないんだけどね~。)

 

(は、はあ。そうですか………。)

ヨシュアさんって身のこなしが軽いから、てっきり普段から鍛錬とかをしてるのかと思っていたのだけれど…………ヨシュアさんの新たな一面が垣間見えた時だった。

 

 

 

 

一日の授業が終わって、みんなで昼食を食べたら、真っ直ぐ私達は講堂へ向かう。そこで、学園祭の劇の稽古を夜になるまで続ける。しかも今年はジルが大幅に劇の内容を変更したため、さらに忙しくなっていた。特に主役であるエステルさんと私、そしてヨシュアさんは、たくさんある劇のセリフを覚えるのに苦労していた。そしてある日も、舞台の下座に三人で座り込んで台本を読み込んでいた。

 

 

 

 

 

~講堂~

 

「わが友よ。こうなれば是非もない。我々はいつか…………ええと、あ。そうだ。我々は、いつか雌雄を決する運命にあったのだ。抜け!何よりも…………じゃない、互いの背負うもののために!何よりも愛しき姫のために!」

エステルさんは台本を片手に、つっかえながらもセリフを読んでいった。まだ棒読みだけれども…………。

 

「運命とは自分の手で切り拓くもの………。背負うべき立場も姫の微笑みも、今は遠い………」

 

「ええと、確か次は…………なんだっけ。」

 

「『臆したか、オスカー!』ですよ。エステルさん。」

 

「あ~。そうだった…………うーん、なかなか覚えられないな~…………。」

手に持った台本を閉じたエステルさんは、台本をパタパタと振ってため息を吐いた。

 

「大丈夫ですよ。たくさん練習すればしっかり覚えられます。今だって、昨日より随分流暢に読んでましたよ?」

 

「そうだよエステル。駄々をこねてクローゼを困らせないようにね。」

ヨシュアさんはというと、私達のように読んだりせず、黙って私達の隣でじっと台本を読んでいるだけだった。ヨシュアさんの場合はセリフがセリフだから人前で読んだりできないのかもしれないけれど。

 

「ふーんだ。ヨシュアはいいもんね。お姫様だから動きも少ないし、セリフだって私たちよりも少ないしさ。」

 

「何言ってるのさ。セリフの数だってそう変わらないし、それにあんな格好をして人前に出る僕の気持ちも考えてよ。どれだけ僕が恥ずかしい思いをしてるか…………。」

 

「こらこら、ひがまないひがまない。」

 

「ひ、ひがんだのはそっちからじゃないか。全くもう………ぶつぶつ…………。」

 

「まあまあ、二人とも。落ち着いてください。一生懸命やれば、きっと楽しい劇になりますよ。」

 

 

 

 

そんな忙しく、楽しい日々は、本当にあっという間に過ぎていった。人間は楽しい時間は短く感じるものだと誰かが言っていたけれど、その時はひしひしと肌身に感じた。そして気づくと、学園祭の日はもう明日に迫っていた………………。

 

 

 

 

 

~王立学園・講堂内・舞台~

 

 

「では、エステルさんからどうぞ。」

 

「うん、わかったわ。」

セリフを覚えるのに思ったより時間がかかってしまった私とエステルさんは、他の学生が帰ってしまった後も残って稽古を続けていた。今日でそれも終わりなので、衣装も着て、小道具の剣も使ったリハーサルをすることにした。今日はエステルさんが一番セリフを覚えるのに苦労した場面、最終幕で『紅騎士ユリウス』と『蒼騎士オスカー』が決闘をする直前の場面で、劇の見せ場の一つだ。

 

「コホン……………わが友よ。こうなれば是非もない………。我々は、いつか雌雄を決する運命にあったのだ。」

エステルさん……………紅騎士ユリウスは腰の剣を引き抜き、構える。

 

「抜け!互いの背負うもののために!何より愛しき姫のために!」

 

「運命とは自らの手で切り拓くもの…………背負うべき立場も姫の微笑みも、今は遠い…………」

私……………蒼騎士オスカーはやりきれないように首を振る。

 

「臆したか、オスカー!」

 

「だが、この身を駆け抜ける狂おしいまでの熱望は何だ?自分もまた、本気になった君と戦いたくて仕方がないらしい…………。」

そしてオスカーはゆっくりと剣を抜き、ユリウスに剣先を突きつける。

 

「革命という名の猛き嵐がすべてを飲み込むその前に……………剣をもって運命を決するべし!」

 

「おお、我ら二人の魂、空の女神もご照覧あれ!いざ、尋常に勝負!」

 

「応!」

……………ここで本当は私達が立ち回りをするのだけれど、これまでずっと稽古のしっぱなしだったので、一度休むことにした。

 

「はぁ~っ………。」

 

「ふう…………」

私達は部隊の段に座り、緊張し続けた神経を休めるために一度深くため息をついた。

 

「やった~っ!ついに一回も間違わずにここのシーンを乗り切ったわ!」

 

「ふふ、迫真の演技でしたよ。ちゃんとセリフが覚えられてよかったですね。」

 

「えへへ、クローゼにはぜんぜん敵わないけどね~。セリフを間違えたこと、ほとんどなかったじゃない?」

 

「私、何かを暗記するのは得意なんです。エステルさんより前から台本には目を通してましたし。私もようやく、エステルさんの動きについていけそうです。」

私も自分の剣に少しは自信があったので、武術に通じているエステルさんが相手でも大丈夫だろうとなんとなく思っていたけれど、実際に剣を交えてみると、やっぱりだいぶ実力の差はあった。さすがだとは思ったけれど、エステルさんの剣さばきがどことなくユリアさんに似ていたのは何故だろう…………?

 

「ううん、クローゼの場合は基本がしっかりしてたからね。その気になれば、いつでも遊撃士資格を取れると思うよ?」

 

「ふふ、おだてないでください。(私もただの学生だったらそんな道も考えるんだけど…………)」

 

「ん?何か言った?」

 

「い、いえ。独り言です。」

行動の中には、お客さんが座る椅子がずらりと並んでいて、舞台側から見るととても壮観だった。明日、ここに大勢のお客さんが来て、私達の劇を観るんだ。その中には…………テレサ先生や、クラム君達もいるのだろう。そう思うと、何だかグッと来るものがあった。

 

「いよいよ、明日は本番ですね。テレサ先生とあの子達、楽しんでくれるでしょうか………。」

 

「ふふ、本当に院長先生達を大切に思ってるんだ…………まるで本当の家族みたい。」

エステルさんは笑って言ったが、その言葉は私にグサリと刺さった。

 

「あ、ゴメン。変なこと言っちゃった?」

私の顔にもその感情が出てしまったのか、エステルさんはすぐに謝った。でも、エステルさんには、話しておきたい。

 

「いえ………エステルさんの言う通りです。家族というものの大切さは、先生達から教わりました……………」

私はエステルさんに、生まれてすぐ両親を亡くした事、だから家族というものを知らなかったという事、十年前、とある事情でルーアンに来ていた時にジョセフおじさんとテレサ先生に出会った事、そして孤児院で数ヶ月の間暮らし、その時、両親というのがどういうものなのか、家族が暮らす家というものがどんなに暖かいものなのかを教えてくれた事を、話した。

なぜ今になって話そうと思ったのか、自分でもよくわからなかったけれど、その時は私も夢中だった。エステルさんは時には相槌をうち、時には黙って私の話を聞いてくれた。そして淡々と話しているうちに、私の中に次々とあの頃の思い出が泡のように浮かび上がってきた………………。

ふと気づくと、自然と袖が目元を抑えていた。いけない。こんな時に泣くなんて…………もう泣かないって、決めたのに……………。

 

「クローゼ…………。」

 

「す、済みません…………つまらない話を長々と聞かせてしまって。」

 

「ううん、そんな事ない。明日の劇…………頑張って良い物にしようね!」

エステルさんにしてみれば、その言葉はごく自然に出たものなのかもしれない。でも、その言葉は、今の私にとって最高の励ましの言葉になった。変に飾らない、純粋無垢な言葉。そうか。ヨシュアさんはエステルさんのそういうところに惹かれてるのかもしれない…………

 

「……………はい!」

 

「………ああ、ここにいたのか。」

ふと声がした方を見ると、当のヨシュアさんだった。

 

「ヨ、ヨシュア!?」

 

「ヨシュアさん…………。」

 

「予行練習が終わったのにまだ稽古をやってたとはね。どう?決闘シーン、うまくいきそうかい?」

 

「ま、任せなさいっての!完璧に演じてみせるんだから!」

 

「そっか…………うん、楽しみにしてるよ。」

エステルさんが胸をはって答えると、ヨシュアさんはニッコリと微笑んだ。やっぱりあの笑顔がいいな。ヨシュアさんは。

 

「そういえばヨシュアさんはどうしてここに?」

 

「いや、ハンスに頼まれたんだ。僕もエステルも寮に泊まるのは今日で最後だから、明日の景気づけも兼ねてみんなで夕食を食べようって話になって、それで先に伝えてきてって言われたんだ。」

 

「そうなんだ。うん、私も賛成!」

 

「(そうか………明日になったらエステルさんも、ヨシュアさんも帰っちゃうのよね…………)はい。ご一緒させていただきます。」

 

「よし、じゃあさっさと着替えて食堂に行きましょ…………」

 

「た、大変だ!!」

エステルさんが最後にまとめようとしたその時、突然正面の講堂の扉が開いて、ハンス君が駆け込んでくるのが見えた。

 

「ハ、ハンス君?どうしたんですか、そんなに急いで。」

 

「あ、みんなここにいたのか。さっき聞いた話なんだが……………劇に出演する学生が一人大怪我をしたらしい!」

 

「え、ええっ!」

 

「理由は俺も聞いてなかったからわからないんだが、おそらく明日の出演は絶望的だそうだ…………ああ、参ったよ…………」

た、大変!もう本番まで時間がないのに……………

 

「で、でも、代役を探せばいいんじゃないの?今からすぐに探せば一人くらい……………」

 

「そうもいかないんだ、エステル。実は生徒の中ですすんで劇に出てくれる人はほとんどいないんだ。フルメンバー集めるだけでもすごい苦労したんだぞ。さらに後一日で一役のセリフと動きを全部覚えなきゃいけないんだから、今になってやってくれる人がいるかどうか……………」

そう言ってハンス君は頭を抱えて座り込んだ。

 

「ここはやはり俺がやるしかないのか……………いや、そうすると俺のおぞましい姿がさらされることに……………うーん、ぶつぶつ……………」

 

(ハンス君、だいぶ困ってますね…………でも、私に何かできる事、あるかな………。)

考えたものの、劇の出演に乗り気になってくれるような学生がほとんどいないのは事実だった。どうしよう、代役を立てるにしろ、その役を使わないようにストーリーを変更するにしろ、少なからず影響が出ることは間違いない。どうすれば……………

 

「じゃあ、俺がやろうか?」

 

「え……………!」

私達の目線は一斉にその声のした方に集まった。この危機的状況で、こんな困難な役をしてくれる人って………誰?

 

「人数が足りないんだろ?だったら、俺にやらしてくれよ。」

講堂に入ってきたのは、一人の見知らぬ男子生徒だった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。