VALKYRIE PROFILE ZERO   作:鶴の翁

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???「心の傷みを知らぬ者め」


第9話

 いつもなら苦痛とも思える食事に、生前に感じていたであろう食への悦びを文字通り噛み締めたレナスはルイズのいる食堂へと戻っていた。

 その際、もう既に食事を終えて各々の教室へと向かっている生徒達とすれ違ったが、彼等はこちらをちらりと横目で見るだけで、興味なさそうに通り過ぎて行く。

 だが、中にはレナスの美貌に見とれて足を止め、魂が抜かれたかのように呆然と立ち尽くすものが数人居たが、レナスはそれを通り過ぎていった他の彼等のように興味を示さず、横を通り抜けていく。

 食堂へと辿り着くと、レナスは最初に来た時と同じように食堂内には入らず、入り口付近で待機し、ルイズが出てくるのを待つ。

 ルイズと共にこの食堂を訪れたのが遅かった為か、もうほとんどの生徒が食事を終えており、食堂内はルイズを含め数人しかおらず、ルイズを視覚に捉えるのに時間はかからなかった。

 

「待たせたわね。さっ、行きましょう」

 

 数分後、食事を済ませたルイズが食堂から出て来て私の前へと立つ。

 レナスはルイズの言葉に軽く頷くと、彼女の後を付いて歩く。

 流石に私も訪れるであろう施設の大まかな場所は昨日オスマン達から聞いてはいたが、今日彼女が講義を受ける教室までは把握しきれていない。

 ルイズの後を付いて歩くこと数分、辿り着いた場所は、半円に近い形をしており、その半円の中点に当たる場所に教師が立つであろう教壇。それを囲うように生徒達が座る机が階段のように並べられており、どの位置からでも教師の教えを見て取れるような造りをしていた。

 ルイズと共にその教室内へと入ると、入ってきたものを確認するかのように先にこの教室内へ集まっていた者達の目が一斉に我々に集中する。

 先程会った、キュルケももう既に着席しており、周りに数人の男子生徒を壁のように従えながらも、こちらの存在に気付くとにっこり微笑みながら手を軽く降っていた。

 ルイズに、では無く、私に、だろう。

 そんな中、直ぐに彼等の視線からは我々は外されはしたが、話題はどうやら我々の話に変わったようだ。

 何度もこちらを横目で見ながらクスクスと笑う者がチラホラと見て取れる。

 そんな心地良いとは言えぬ教室内を気にも止めずにルイズは開いている席へと移動し腰を下ろす。

 それに付き添うように彼女の側に立つが、ルイズはジトリと私を見ると溜め息をついた。

 

「勝手に席に座らなかったことは、あんたも自分の身の程をわきまえての行動なんでしょうと褒めるべきなんだろうけど、そこに立つと後ろの生徒が見えなくなるわ。授業中は後ろで大人しくしてなさい」

 

 この教室に来てからさぞ機嫌が悪いのか、手でハエでも払うかのように私を後ろへ行くようにと促す。

 別に学院内の、それも講義の最中に危険に晒されることも無いだろうと、素直にそれに従い、教室の一番後ろにまで移動し、壁に背を預ける。

 特にやることも無いため、自然と周りにいる者たちを観察してしまう。

 だが、所詮学生と言った所か、飛び抜けて強い魔力を持った者はルイズ以外には居らず、どの生徒も魔力も実力も総じて平均、平均以下である。だがキュルケとその隣りにいる青髪の小柄な少女だけは頭一つ飛び抜けて魔力が高かった。それに加え、どうやら青髪の少女はそれなりに経験を積んでいるようで、私が観察していることに気付いており、私に対して警戒を怠らなかった。

 

 ……なるほど、少しは出来るものがいるようだな。

 

 生徒達の観察を終え、次はその使い魔達へと目を移す。

 アスガルドやミッドガルドで見たことある生き物もいれば、そんな彼等から派生し進化したかのような姿をした生物もチラホラといる。

 だが、どの使い魔も一定以上の強さは持ち合わせていないようで、キュルケのサラマンダーと、外で滞空し、青髪の少女のように私を監視しているかのような視線を向けてくる蒼い鱗を持つ龍以外はこれといった脅威すらもないだろう。

 考えをまとめ、外で滞空する龍に目を向ける。

 その瞬間互いに目と目が合い、フイッと龍の方が目を逸らした。

 が、互いの目が合った瞬間、レナスはその龍の瞳に宿っている光を見逃さなかった。

 

 あれは、理性を持たぬ獣の目ではないな、知性を宿した者の目だ。

 恐らくあの龍は、昔対峙したあの邪龍と同じように人の言葉を介し、物事を考えるだけの知性があるのだろう。

 

 そして、それほどの力を持つ龍を使い魔として使役できそうな人物は、この中ではあの青髪の少女くらいだろう。

 全く、飼い主も使い魔も揃って私を監視するとはな……。

 

 レナスがこの教室内の生徒を一通り観察し終えた直後、明らかに生徒では無い30代後半から40代当たりの膨よかな女性がこの教室に入ってきた。

 そのまま彼女は教室前方の教壇に立つと、手を叩き生徒達を静かにさせる。

 彼女が今回の講義の講師と言う訳か。

 

「はい、皆さんおはようございます。今日からあなた方は2年生ですね、これからも未来を担う立派なメイジを目指して頑張ってくださいね。このシュヴルーズ、春の使い魔召喚の儀で召喚された、様々な使い魔達を見るのが毎年の楽しみなのですよ」

 

 生徒達を見回し、その使い魔達を眺めるシュヴルーズと名乗った教師は最後に私と目が合った。

 

「おやおや。貴方が今回の召喚の儀で初めて召喚された人の使い魔、ミス・プラチナですか?」

 

 オスマンから既に話が通っているのか、彼女は私に会釈すると、私もそれに返すように軽く会釈する。

 これだけですんなりと終わればいいものを、生徒達にはルイズをなじるネタでしか無いようで、周りから野次が飛び始める。

 

「ゼロのルイズ! いくら魔法が使えずに召喚できないからって家から使用人を連れてくるなよ!」

 

 その言葉に我慢の限界が来たのか、ルイズは椅子が倒れるほど勢い良く立ち上がり、野次を飛ばず生徒をキッと睨みつけた。

 

「違うわ! ちゃんと召喚したけれど、そいつが呼び出されちゃっただけよ!」

 

「嘘つくなよ! 魔法が使えないゼロのルイズのことだ! 『サモン・サーヴァント』が成功するはずがないじゃないか!」

 

 野次を飛ばす彼の言葉に下品にもゲラゲラと笑い転げる生徒達。

 悔しさからかルイズは拳を握りしめ、思いっ切り机に叩きつける。

 

「ミセス・シュヴルーズ! かぜっぴきのマリコルヌが私を侮辱しましたわ!」

「何だと! 誰がかぜっぴきだ! 俺の二つ名は『風上』! ルイズみたいな『ゼロ』とは違うのだよ! 『ゼロ』とは!」

 

 先程から野次を飛ばし続ける生徒、マリコルヌと呼ばれた男子生徒も立ち上がり、ルイズを睨みつける。お互いに一歩も引かず膠着した状態が続いたが、シュヴルーズが杖を振ると、ルイズもマリコルヌもストンと椅子に腰を降ろした。

 いや、彼女によって強制的に座らされたのだろう。

 

「いい加減になさい。ミス・ヴァリエールもミスタ・マリコルヌもお互いにお友達を侮辱してはなりません。いいですね?」

 

 ルイズはそのまましょんぼりとうなだれたが、マリコルヌは納得がいかないと言ったように口を尖らせた。

 

「僕のかぜっぴきは侮辱だけど、ルイズの『ゼロ』は事実じゃないか」

 

 彼の何気なく呟いた言葉を聞いた生徒がクスクスと笑し始める。

 シュヴルーズにもそれは聞こえていたようで、彼女は厳しい顔付きになると短く詠唱し杖を振るった。その言葉を言ったマリコルヌとクスクスと笑う数人の口に赤土の粘土が貼り付けられる。

 

「これは罰です。今日はそのままの格好で授業を受けなさい」

 

 そう言いシュヴルーズは教室内が静かになったことを確認すると、授業を始めた。

 

「では、まず今までのおさらいから始めましょう。」

 

 シュヴルーズは教壇の上にいくつかの小石を出しながら授業を進める。

 

「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。これから一年間あなた達に『土』系統の講義を担当します。ではまずは、誰か魔法の四大系統を答えてください」

 

 シュヴルーズの問題に一人の生徒が手を上げ、それに淀みなく答える。

 よく出来ましたと、褒めるシュヴルーズは更にそれに補足を入れ、魔法系統の説明を終えた。

 

 レナスはそんな彼等の言葉を聞いてわかったことがあった。それは明らかな魔法系統種の違いである。

 

 この世界での魔法の系統は四種。『火』『水』『土』『風』の四つ、それに加え、今は無くなった『虚無』と言う系統を入れても五つ。しかし、こちらの世界では系統は六種、『炎』『氷』『雷』『毒』『聖』『闇』の六つ。『火』=『炎』、『水』=『氷』と似たような考えが出来る物もあれば、『土』=『毒』『風』=『雷』と言うように広く見なければ当てはまりそうに無い物もある。例えば、土は本来無害だが、魔術師が手を加えると猛毒を生み出すものも存在し、魔法に至っては付属効果として石化させることも可能な物もある。『風』と『雷』についてはほとんどこじつけでしか無いが、どちらも魔法の出の早さに関係があるのではないかと考える。

 もしかすると、こちらの世界の『雷』の使い手ならば、この世界の『風』の魔法も習得できるかもしれないが……。恐らく無理だろうな。この世界の魔力と我々の世界の魔力は似て非なるものと言ってよいだろう。

 どこかで魔力が混ざっていたとしても、この世界の魔力はこの世界独自の魔力へと変化したのだろう。

 もしかすると、『虚無』と言う魔法系統は『聖』や『闇』と言った具体的な物の見方が出来ない魔法を言っているのかもしれない。

 それについては後ほど、オスマン達から聞くなり、私で調べるなりして答えを出すとしよう。

 レナスが様々な思考を巡らせている間にも授業は進んでおり、いつの間にか、ルイズが教壇へと立っていた。

 

「何をするつもりだ?」

 

 教壇に立つルイズにシュヴルーズが失敗を恐れず、やれば出来るはずです。と教えながらルイズの肩を叩く。

 それにコクリと頷き、ルイズは杖を掲げる。

 それを引き金に生徒達が一斉に机の下へと潜り込んだ。まるで訓練を受けた兵隊が、爆撃から逃れるために身を隠すような素早さで、である。

 魔力を杖へと込め始めたルイズに、生徒達全員が取った行動を理解できたレナスは身を屈め、来るであろう衝撃へと備える。

 直後にルイズの杖が振り下ろされ、教壇に眩い光が迸る。

 

 大きな爆音に伴い爆風が教室内を襲い、その轟音と暴風により教室内の物が大破し、使い魔達が暴れだした。

 ルイズはそれがさも当たり前のように教壇があった場所で立ち上がり阿鼻叫喚の教室内を見回して髪を整える。

 

「……ちょっと、失敗しちゃったわね」

 

 ルイズのその言葉にキュルケを筆頭に生徒達が騒ぎ出す。

 

「何がちょっとよ! これ見てちょっとと言えるあなたが可笑しいわ!」

 

「もういい加減ヴァリエールを退学にしろよ!」

 

「ああぁ! 僕の使い魔が! だっ! 誰かその猫捕まえて!」

 

 様々な言葉が飛び交う教室の中、教師のシュヴルーズが気絶したため、今日の授業は中止となり、ルイズは魔法を使わずに教室の片付けをすることを命じられた。

 その際に俯いたルイズの表情と、血が出そうなほどに強く握りしめられたルイズをレナスは遠目に見ていた。

 

 これは思った以上に重症かも知れんな……。

 

 使い魔と言う点もあり、ルイズと共に片付けを進めるレナスにルイズは一言も言葉を話さなかった。

 だが、だからといってサボっているわけでもないが、作業は全く進んでおらず、ほとんどの片付けはレナスがテキパキとこなしていた。

 

「……なんでよ」

 

 震えたような小さな言葉でルイズが呟いた。

 

「……何がだ?」

 

 レナスは手を休ませずにその言葉にそっけなく返事を返す。

 

「……なんで! なんで私は魔法が使えないのよ! そしてなんであんたは何も言わないのよ! あんた何か知ってるんだったわよね!? ねぇ! なんでよ!? なんで私は魔法が使えないのよ!」

 

 ルイズの目からは涙が零れ落ち、床に小さな染みを幾つもつくっていく。

 

「ルイズ。昨夜も言ったが、その魔力は他の者達が持つような簡単なものではなく、強大で扱いが難しいものだ。昨夜のうちに何か教えていたとしても、今日の様に爆発を起こさない可能性は極めて低い。それにまだ何も教えていないのに、いきなり魔法が使えるはずがないだろう? だから私はお前を笑わないし、他の生徒のように馬鹿になどしない」

 

「じゃあ、さっさと教えなさいよ! 今直ぐ!」

 

 私へと駆け寄り、まるで縋るかのように私の服を掴む。

 余程ルイズがこの問題にコンプレックスを抱いていたのかがよく分かる。

 他の生徒達を同じように魔法が扱えず、罵倒され、蔑まれても、彼女は彼女なりに努力したのだろう。

 今目の前にそれを打開するための知識を持った者がいるのなら今直ぐにでも教えを請いたいはずだ。

 だが、そういうわけにも行かない。

 

「ルイズ。よく聞け。お前の魔力では他の奴等と同じような魔法が使えないかもしれない。もしかすると此処では異端とは呼ばれるような魔法を使うことになるかも知れない。そうなると、お前の魔法を公に晒すわけには行かなくなる。だから今は耐えろ。そしてそれを隠すためにお前の魔法の訓練は夜中にのみ行う」

 

「何よ……それ……意味分かんない」

 

 掴んでいたレナスの服を離し、力なくペタンと床に座り込むルイズ。

 

「せっかく、皆と同じように魔法が使えると思っていたら、異端と呼ばれるような全くの別の魔法しか使うことが出来ないなんて……、何なのよそれ……」

 

 ルイズは夢にまで見ていた魔法が使えるという希望は、全くの別の物であるという絶望によって塗りつぶされた。

 見かねたレナスは嘆息すると、腰を降ろしルイズの肩を叩く。

 

「だが、それはあくまでもそうなるかもしれないという可能性があるということだけだ、お前が諦めず、お前自身の魔力をコントロール出来るようになれば、彼等と同じ魔法を使えるかも知れん」

 

 ピクリとその言葉に反応しルイズはゆっくりと顔を上げる。

 

「だが、それはお前が諦めず努力し続けたらの話しになってくる。ルイズ、お前はもう此処で諦めるのか?」

 

 ルイズの瞳に強い光が宿る。ふらつくような足取りでゆっくりとだがしっかりと立ち上がるルイズは、服の袖でゴシゴシと乱暴に顔を拭う。

 ルイズが立ち上がるのに合わせ、立ち上がったレナスをしっかりと見据え、答えを出す。

 

「いいえ、諦めないわ。これまで諦めず努力してきたのだもの。光が見えているのにそれをその場で諦める気はしないわ! だから、プラチナお願い!」

 

 どうやら、完全に立ち直ったようだ。

 もしかすると、彼女のように感情豊かな物にこそ、この魔力は宿るのかもしれないな、とレナスは微笑んだ。

 

「いいだろう、特訓は今日の夜中からだ、だからさっさと此処の片付けを終えて夜中に備えて体を休めておけ」

 

「ええ!」

 

 強い返事と共に先程とは比べ物にならない早さで片付けを進めていくルイズを見ながら、今からあんな調子では、夜中になる前にバテるのではないかと少々不安に思いながら、レナスは苦笑いを浮かべていた。




 お江戸エクストリーム

 なんか色々とすいません。

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