VALKYRIE PROFILE ZERO   作:鶴の翁

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第8話

 レナス達は学院敷地内中央にある一番背の高い本塔、その中にある食堂へと来ていた。

 もう既に、生徒達が集まっており、三つの長いテーブルが置かれ、左から紫、黒、茶と、それぞれ同じマントを着けた生徒達が席についていた。

 テーブルの上には豪華な飾り付けと綺麗な花、幾つもの燭台とその上で揺らめくローソクが立てられており、それに見合うような豪勢な食事が所狭しと並んでいた。

 しかし、それらを遠目にレナスは入り口に立っており、中に入ろうとはしなかった。

 

「どうしたのよ? 早く入りなさいよ?」

 

 少し遅れて、後ろから来たルイズが急かしてくるが、それに対し首を横に振る。

 

「私の食事は此処ではなく、厨房に用意されているらしい。だから私はここまでだ」

 

 それだけ言うと食堂に背を向け離れようとするレナスにルイズは慌てて声をかける

 

「ちょっ、ちょっと! 主人を置いて行こうって言うの!? 使い魔なら使い魔らしく――」

 

「ルイズ」

 

 ルイズの声を遮るようにレナスはルイズの名を言う。

 

「何度も言うが、周りを誤魔化す為にある程度は使い魔として振る舞うが、それ以外は人間として、いや、パートナーとして扱ってもらう。昨日そう約束しただろう?」

 

 その言葉に返す言葉が見つからず、ぐっと小さく呻くと、諦めたのか軽く溜め息を付きながら肩を落とした。

 が、すぐに立ち直ると少し声を張り上げるようにルイズが言う。

 

「そっ! ならいいわ! さっさと行きなさい! けど残念ね、この『アルヴィーズの食堂』は平民が一生かかっても入れないような場所なのに、それを拒むなんて勿体無いことしたわね! いいわ! 次入りたいなんて言っても入らせて上げないんだから!」

 

 そう精一杯の虚勢を張りながらルイズは食堂へと入っていった。

 何処かしら私よりも優位な立場に立ちたいのだろう。まるで小さい子供のような意地の張り方だなと苦笑し、厨房へと向かった。

 

 ルイズと別れ厨房へ来たレナスは、ここは戦場か何かかと思ってしまう程のものだった。

 レナスがそう思うのも無理もない、今まさにピークの時間なのだろう、ある意味この厨房も戦場なのだ。

 指示を出す怒号と忙しない足音、ガチャガチャと言う食器の合唱、肉や野菜を炒める火や油の弾ける音などがそこかしこから聞こえてくる。

 

「さて、どうしたものか……」

 

 流石にこの喧騒の中へ堂々と入って良いものかと考えていると、誰かがこちらへ近づいて来た、今朝あったばかりの使用人、シエスタであった。

 

「ミス・プラチナ! やっと来て頂けましたか!」

 

 まるで犬のように跳び跳ねんばかりに嬉しそうにするシエスタにレナスも近づく。

 

「忙しそうだな」

 

「ええ。ですがいつものことなので」

 

 ニッコリと笑うシエスタに思わず私も微笑んでしまう。

 

「マルトーさん! いらっしゃいましたよ!」

 

 シエスタは手を振り、厨房の中にいるであろう、マルトーと言われる人物に声をかける。

 

「おう! やっと来たか!」

 

 その呼び掛けに一人の男性が反応する。

 出てきたのは四十過ぎたくらいの恰幅の良い大柄な男性だった。

 

「こちら料理長のマルトーさんです」

 

 シエスタの説明にマルトーはガハハと豪快に笑った。

 

「さっきから言われてるがマルトーって言うもんだ。ここの料理長や、使用人達のまとめ役なんかもやっている感じだ。しかしお前さんも難儀だな……、貴族に呼び出された挙句、使い魔にされちまうなんてな」

 

 同情するぜと鼻をすするマルトーに小さく肩を叩かれた。

 

「そんなお前さんに厨房一同してやれることはなんだってしてやるからなんでも言ってくれ!」

 

 マルトーは私の肩に置いていた手を次は強めに数回叩いてきた。元気付けるつもりの挨拶のようなものだろうが、案外痛い。

 

「で、言われていた通り、飯は俺達が用意してやるが……、本当にこれだけでいいのか?」

 

 先程までの笑っていた顔とは違い、次は困惑したような顔付きになったマルトーが聞いて来た。

 そんなマルトーの後ろから給仕が一人、盆を持って現れたが、上に乗っていたのはパン一つに水一杯だけであった。

 客人として扱うと言われた普通の人が見たならば、その食事に怒りを覚えるかもしれないくらいだが、これはレナスが頼んだことであり、それで良いと彼女自身が思っていることだ。

 一般的な人間の食事にしては少なすぎる量だが、レナスは神である。

 食事を取らずとも生きていけるレナスにとっては食事を取るというのは全く意味が無いことなのである。

 だが、だからと言って食事を一切いらないと言えば、明らかに怪しまれる。必要最低限の食事は取っていると見せかける必要があったから、レナスは自分は小食であると言い、この量だけを頼んだのだった。

 

「すまない、これだけで良い」

 

 そう言い、持って来られた盆をレナスは受け取るとシエスタに座れる場所へと案内されて行った。

 それを見送りながらマルトーは少し唸るように考えると、何か思いついたのか、急ぎ足で厨房の中へと戻っていった。

 

「では、私もまだお仕事がありますので戻りますね。ミス・プラチナはごゆっくりどうぞ」

 

 使用人達の休憩所であろう場所に案内したシエスタは、レナスに軽く頭を下げると厨房へと戻っていった。

 

「さっさと済ませるか」

 

 盆に乗ったパンに手を伸ばし口へと運ぶ、ふんわりとした食感に普通の人間なら顔が少しくらい綻ぶものだが、必要としない行動とは案外苦痛であり、レナスは特に何も感じることなくパンを消化すべく何度も口へと運び咀嚼する。

 パンを半分程消化した位に、ひょっこりとマルトーが姿を現した。

 

「おぉ、お前さんやっぱり此処にいたか」

 

 その口振りから、どうやら私を探していたようで私へと歩み寄ってくる。

 

「前座っていいか?」

 

 私は頭を立てに振りそれを認める。

 

「悪いな」

 

 私の前の席に座ると、マルトーは手にしていた、小さな器を私へと差し出してきた。

 中身はシチューのようで、出来たばかりなのか湯気が立ち上っていた。

 

「これは?」

 

 私の問いにマルトーは、あー、と言葉を濁しつつ頬を軽く掻きながら答えた。

 

「いやな、朝、シエスタを手伝ってくれたんだってな。シエスタが本当に嬉しそうに話していたんだよ。でだ、その礼のつもりで持ってきたんだ。小食だとは聞いているが、いくらなんでもそれは少なすぎると思ってだな。余計なお世話かも知れねぇが、良かったら食ってくれ。味は保証するぞ。多かったら残して貰っても構わねぇ」

 

 何やら照れ隠しのように少々早口に言われたが、使用人達をまとめる者として仲間が世話になったから礼がしたかったのだろう。

 ……そこまで言われると手を付けないわけにはいかないな。

 私は礼を言って差し出された器を受け取ると、スプーンを手に取った。

 スプーンを十分に満たす量をすくい取り、口へと運ぶ。

 これも他の食事と同じようにただ咀嚼し、ただ体に無意味に取り込む物だと考えていたが、口を付けた瞬間、その考えが変わった。

 

「美味い」

 

 無意識に小さく言葉が出ていた。

 本当に、ただ純粋に、美味いと感じた。

 神の中には食事を趣味とする者もいるが、今ならその考えを理解できるかも知れないな。それほどまでにこのシチューは美味であった。

 一口のつもりが二口三口と口へと運んでいき、小さな器に入っていた分、量の少なかったシチューはいつの間にか空になっていた。

 

「どうだ?」

 

 恐る恐るといった感じにマルトーが聞いてくる。

 口をすすぐように軽く水を飲み、まっすぐにマルトーを見る。

 審査員の評価を待つ挑戦者の様にマルトーもゴクリと喉を鳴らす。

 

「私はあまり良い場所の生まれではない、故に食べられる物も殆ど無く、自身の体が動く程度の食事さえ出来れば本当に良い方だった。そんな中仲間の一人である男とその村を出て――、私は旅を始めた」

 

 レナスの言う旅とは、神界戦争に必要な勇者の魂を選定し、不死者を浄化するオーディンの命である。仲間の一人の男は無論あの男である。村を出て直ぐに神界に呼び出された為、レナスが旅と称しているその任務の時には神化しており、睡眠も食事も既に不要のものであった。今マルトーに話している話は任務の際に道すがら立ち聞いた旅人の話を自身の話らしく話しているだけである。

 マルトーはシチューに付いての感想を聞いたつもりだったのだが、予想外の言葉に面食らうも、話を続けるレナスに黙って耳を傾けた。

 

「旅を始めてからも、食事と睡眠の時が一番敵に襲われやすい。だから食事を取ることすら億劫であった。むしろ体が動くのなら取らなくても良い無駄なものだとも考えたことがある。だが――」

 

 話をしている無表情に近いレナスの顔がまるで聖母のように柔らかく微笑んだ。

 

「だが、これを食べて人並みらしい感覚が戻ってきたようだ。――ありがとう、美味しかったわ」

 

 美味しかったと言う言葉と不意に微笑んだレナスの顔にやられたのか、マルトーの顔が真っ赤になっていった。

 

「ぉ、おう、そう言われると料理人冥利に尽きるな」

 

 マルトーは先程の様に頬を掻きながら、まともに目を合わせられないのか視線をそらす。

 

「そうか。あぁ、次の食事からパンは半分でいい」

 

「なんだ、たったそれだけでもまだ量が多かったか?」

 

 レナスのもっと少なくて良いと取れる言葉に怪訝そうな顔をするマルトーに、レナスは言葉を続ける。

 

「いや、代わりにまたこのシチューを頼んでも良いか?」

 

 その言葉を理解するまでに少々時間がかかったものの、頭の中でその言葉を理解するとマルトーは満面の笑みで答える。

 

「あ、ああ! 勿論だ! 次もとびっきりに美味いシチューを食わしてやるよ!」

 

 己の腕をバシリと叩きながらニカリと笑った。

 

「楽しみにしている」

 

「おう! 任せておけ!」

 

 そう言うとマルトーは立ち上がり仕事が残っているからとこの場を去るも、マルトーの豪快な声はここまで聞こえてきた。

 

「おう! お前ら! 気合入れて仕事するぞ!」

 

「はい! 親方!」

 

 マルトーの言葉に呼応するように厨房の人間も大きく答える。

 

「親方! 何か良い事あったんですか?」

 

「親方! 顔が真っ赤ですぜ?」

 

「うるせぇ! いいからお前ら仕事しろ!」

 

 厨房の様々な喧騒に紛れそんな言葉までも此処に届いてきた。

 そんな喧騒を聞きながら食事を終えたレナスは邪魔にならぬように厨房を後にし、ルイズの元へと戻っていった。


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