VALKYRIE PROFILE ZERO   作:鶴の翁

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第7話

 エルフの長達と別れ、陽の光が微かに大地を照らし始める頃、出発する前と同じように学院近くの森で自身を変化させてから、レナスは学院へと戻って来ていた。

 すでに夜行性の使い魔達はいそいそと眠りにつき、かわりに昼行性の使い魔達がのそりと起きだし、その鳴き声をあげる。

 ルイズに言われていた起こす時間には少々早い気もするが、それでも彼女の部屋に向かい、その部屋を訪れる。

 案の定と言うべきか、まだルイズは楽しい楽しい夢の中にいるようで、その安らかな寝顔は、昨夜、癇癪を起こして騒いでいた者とは思えぬ顔であった。

 早速起こそうかとベットへと近付くと、コツリと足先に何かが当たった。

 

「籠か」

 

 その足元には昨日ルイズが来ていた衣服が無造作に詰め込まれた、小さな洗濯籠があった。

 と、ここでルイズからの『お願い』をレナスは思い出す。

 すると、ふっ、と軽く笑った後、その籠を拾い上げ、ベットから離れ、扉の方へと戻っていった。

 

「私も丸くなったものだな……」

 

 誰に言うわけでもなく、自分自身にそう言い聞かせると、ルイズの部屋を後にするのだった。

 

 階段を降り、もうすでに働き始めているであろう、使用人らしき人間を探す。

 学院の中を動き回るうちに変なものとレナスは遭遇した。

 

「手足の生えた……籠……?」

 

 そこまで大きくない洗濯籠が、その籠に入る許容範囲の洗濯物を明らかに過重した状態でふらふらと歩いていた。

 あれもこの世界ならではの魔法なのかと、よく観察してみるが、どうやら違うらしい。

 恐らくあの多大な洗濯物で姿が見えていないだけで、使用人である人間が運んでいるようだ。

 早速、用事を済ませるためにその人間へと近づき声をかける。

 

「すまないが、そこの人」

 

「えっ!? あっ! はいっ! きゃっ!」

 

 急に声をかけられて驚いたのか、返事をしたものの、声をかけた人間は手にしていた洗濯物を床にぶちまけた。

 ドサドサとまるで雪崩でも起きているかのように、積み上げられた洗濯物は床へと散らばる。

 

「あぅ~~、またやっちゃった~……」

 

 レナスはようやく洗濯物によって隠れていたその人間の姿を視認する。

 年は、十六か十七ほど、年齢に適した体付きをしており、やや眺めの黒髪のショートカットに黒い瞳。顔に少々のそばかすが見て取れる。

 そんな彼女は今両手を頬に付き困った顔付きで床に散らばった洗濯物を見ていた。

 

「すまない、脅かすつもりではなかったのだが」

 

 私のその言葉にやっと私を確認できたのか、顔を青くしてペコペコと頭を下げ始めた。

 

「も、申し訳ございません貴族様! すぐに片付けますので、どうか――」

 

 余程貴族が怖いのか、何度も下げる顔にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 

「落ち着け、私は貴族ではない」

 

 その言葉を聞いた彼女は、えっ? と言う声を上げた後、私の姿をまじまじと見て、本当に貴族では無いとわかったのか、青くしていた顔を若干だが元に戻していた。

 

「えっと、今日来た新しい使用人の方ですか?」

 

 まだ困惑しながらも私が持つ籠を見てそう思ったのか彼女はそう聞いてきた。

 

「いや、使用人ではない。確かに、此処に来てまだそんなに日が経ってはいないがな」

 

「貴族様でもなくて、使用人でもない? それで此処に来てそこまで日が経ってないと言うと――、あっ……」

 

 何かわかったのか、彼女はポンと手を叩き、にこやかに笑った。

 

「あぁ! 貴方が昨日ミス・ヴァリエールに召喚されたと言うミス・プラチナですね?」

 

「確かにそうだが、お前は何故私を知っている?」

 

 彼女とは今回が初の顔合わせのはずなのだがと疑問に思い、そう問いかけると彼女は笑顔を崩さずに答えてくれた。

 

「申し遅れました、私はこの学院で使用人をしております、シエスタと申します。それと、何故知っているかと言いますと、もう噂になっておりますよ? ミス・ヴァリエールが平民の使い魔を召喚したと、それにオスマン様の秘書である、ミス・ロングビルから貴方の為の部屋と食事等と承っておりますので」

 

 シエスタと名乗る彼女が丁寧に全て説明してくれたおかげで全て納得がいった。

 なるほど、もうすでにオスマン殿が動いてくれていたのか。

 

「では、朝食の時間に厨房まで来てください、賄いものですが、食事を用意させていただきますので、それにお部屋の場所などの説明もしたいですし、とにかく、後ほど厨房までいらしてください」

 

 そう言うとテキパキと床に散らばった洗濯物を回収しながらさっきと同じように洗濯籠へと積み上げていく。

 が、何度見てもその籠の許容量を超えた高さへと積み上げられていく。

 やれやれと、ここで私自身何を思ったのか、散らばった洗濯物をルイズの籠へと入れていく。

 それに驚き、目を丸くしたシエスタがわたわたと騒いだ。

 

「ミ、ミス・プラチナ! いけません! 私が怒られてしまいます!」

 

 私からそれを取り上げようとするが、それを私は一蹴した。

 

「構わない、水場まで行くのだろう? 私も水場の場所を知っておきたいからな、案内ついでに持たせてくれ」

 

 私の言葉に困った顔をしたものの、ありがとうございますと言うと、私の好意に甘える事にしたようだ。

 

 水場まで来ると、シエスタは洗濯の準備をすぐに整えると、私から洗濯物を受け取り再度礼を述べた。

 

「ありがとうございます! 助かりました!」

 

 ニッコリと満面の笑みを浮かべた彼女だが、その傍らに積み上げられた洗濯物はやはり何度見ても一人でこなす量ではなかった。

 

「変なことを聞くが、毎日その量を一人でこなしているのか?」

 

 少し気になった為、シエスタにそう問うと、少々困った顔になったシエスタがそれに答えた。

 

「いえ、本来は二人でこなす仕事なのですが、もう一人の子が体調を崩してしまって、仕方なく、一人でやることになったのです」

 

 少々溜め息を漏らしながら、そう答えたシエスタに、私はタライの前に座ると洗濯物の一つを手に取った。

 

「ミミミミミミ! ミス・プラチナ! これ以上は本当に駄目です! 本当に私が怒られちゃいます!」

 

「本来二人でやる仕事なのだろう? 一人でやるより二人でやったほうが早い」

 

「そうですけど、お客様として扱えと承っておりますので、ミス・プラチナにこれ以上手を煩わせるわけには!」

 

 私自身私の行動に少々驚きつつも、それ以上に私の行動に慌てふためくシエスタに私は軽く微笑むと優しく話しかける。

 

「構わない、私が、私の意志でやるのだ」

 

「で、ですが……」

 

「早くやらねばならないのだろう?」

 

「……そうですね、ではお言葉に甘えます」

 

 そう言うと、素早く済ませるためにと、迅速に彼女も洗濯へと取り掛かった。

 

 ……それにしてもどうしてだろうな、彼女に生前の私と似たようなものを感じ取ったからだろうか?

 本当に私も丸く、いや、甘くなったものだな……。

 

 ふと、そんなことを考えながら私も洗濯物の山へと手を付けた。

 

 

 

 

 

「ありがとうございました! 本当に助かりました!」

 

 そう礼を言いながらシエスタは頭を下げる。

 あんなにあった洗濯物の山も全て洗濯し終えており、それらは朝日に照らされるように干され風に棚引いていた。

 

「それにしても洗濯お上手なんですね! 私びっくりしました!」

 

 私は生前の記憶と経験からか、手が覚えているように動き、その洗濯物の山を減らしていった。

 シエスタ曰く、普段より早く終わったそうだ。

 何故だろうか、あまり喜びを感じないのは……。

 

「では、私は厨房の方へ戻ります! 絶対来てくださいね!」

 

 シエスタは花が咲いたような笑顔を私へ向けその場を去っていった。

 私も苦笑いをしつつも彼女と別れ、ルイズの部屋へと戻ることにした。

 

「ルイズ」

 

 部屋に入り名を呼ぶが、返事がない。

 ベットに近寄り確かめると、まだ彼女は夢の中にいるようだ。

 もうすでに起こす時間であり、呼んでも起きない所を見ると、相当深い眠りのようだ。

 少々考えたがこれだけ深い眠りだと生半端な起こし方では目を覚まさないだろう。無駄な工程を省き、一番効率の良いであろう起こし方を実行する。

 私は毛布を掴み、一気にルイズから剥ぎ取った。

 

「わきゃあ!」

 

 毛布を剥ぎ取った衝撃と朝の外気温に晒されたルイズは一気に意識を覚醒させる。

 

「えっ!? ちょっと! 何事!?」

 

 寝ぼけている頭では瞬時に状況が理解できないのか、キョロキョロと当たりを見回し、私と目を合わせた。

 

「あ、あんた誰よ!」

 

 まだ混乱しているのか、ルイズは私を指差しながら後ろへと後退る。

 

「朝だ、ルイズ。目を覚ませ。」

 

 その言葉にやっと理解できたのか、ルイズはベットの上を這いずりながら呟いた。

 

「そっか、私が頼んだんだった。ありがとうプラチナ」

 

 軽く礼を言ってベットから立ち上がるルイズを余所にさっさと部屋を後にしようとするレナスをルイズが呼び止める。

 

「ちょっと! どこに行くのよ!」

 

 扉の前でピタリと止まると、振り向きもせずにレナスは答えた。

 

「着替えるのだろう? 外で待つから早くしろ」

 

「ちょっ! 着替え――」

 

 バタリと何か言おうとしていたルイズを無視し外へと出ると扉の前で待機することにした。

 数分後、何やら不機嫌なルイズが部屋から出てくると同時にその隣の部屋の扉も開いた。

 出てきたのは私よりも少々高いくらいの背丈に、とても長く伸ばした火に似たような真っ赤な髪と瞳を持ち、褐色の肌をした体をより他者に魅せつけるためか、成熟した胸元を広げており、他の生徒達よりも頭一つ突き抜けた体つきであった。

 

「げっ」

 

「あら」

 

 出てきた彼女達がお互いに顔を見合わせると、ルイズは心底嫌そうな顔をし、もう一人の方はにやっとした笑いでルイズを見た。

 

「おはよう。ルイズ」

 

「おはよう。キュルケ」

 

 嫌そうな顔をしながらも挨拶を返すルイズ。

 挨拶されたからには、仕方なく返しましたと言わんばかりの朝の挨拶にしては刺々しいものであった。

 キュルケと呼ばれた彼女は大きな欠伸を一つすると、眠たそうに目をこする。

 

「あら? ツェルプストー寝不足? 夜更かしはお肌の敵よ? 一体ナニをしていたのかしらね?」

 

 彼女の欠伸にルイズは突っかかるように毒気を帯びた言葉を吐いた。

 それに対し、罠にかかった獲物を見るかのように目を光らせたキュルケがそれに答える。

「そうねぇ、寝不足なのよー。どこかの誰かさんが夜にも関わらず、騒ぎ立てるものだから眠れなくって、ねぇ?」

 

 キュルケの言葉に昨日自分が泣き喚いたのを思い出し、その顔を真赤にする。

 してやったりと言うような顔をしているキュルケ。

 どうやら、この二人相当仲が悪いようだ、お互いに何か悪態をつけそうな所を見つければ口論に発展するといったところか。

 それを見越してわざと大きな欠伸をしたのだろう。

 その目論見が当たったようでキュルケは今回の勝負は私の勝ちとばかりに笑っていた。

 

「で、あなたの使い魔って、後ろのその方?」

 

 続けて勝負を持ちかけるようにキュルケがルイズに話しかける。

 そのニヤリとした笑い方はもうすでに知っていますと言わんばかりのもので、馬鹿にしてやろうと言う魂胆の問いかけなのだろう。

 

「そうよ」

 

 無視しない辺り貴族としての立ち振舞を尊重してなのか、嫌々ながらもそうルイズは答える。

 

「あっはっはっ! 本当に平民を召喚したのね! ある意味偉業よ! 凄いじゃない!」

 

 褒めているのか、けなしているのかどちらとも取れる様なことを言いながらキュルケと呼ばれた彼女が高らかに笑う。

 

「あたしもそう言う偉業をやってのけたいものねぇ、あたしは『ゼロのルイズ』と違ってしっかりと召喚出来たからねぇ~、おいでー、フレイムー」

 

 彼女の言葉に開け放たれた後ろの扉からのっそりと何かが這い出してきた。

 出てきたのは、彼女の髪色に似た真っ赤で巨大な体躯を持つトカゲであった。

 

「ほう……」

 

 ミッドガルドやアスガルドでもあまり見かけたことのないその生物に、思わず感嘆の声を上げた。

 

「あら、あなた。火トカゲを見るのは初めてかしら?」

 

 彼女の言葉に頷きながら答える。

 

「あぁ、私がいた所ではあまり見かけなかったな」

 

「そ~う」

 

 小さく笑みを浮かべた彼女がフレイムと呼ぶ火トカゲを前に出してきた。

 彼女的にはちょっと驚かせてやろうと思っての行動だったようだが、出てきたフレイムは私を見ると、頭を垂れた後、ごろりと腹を向けた。

 

「ふむ……」

 

 元々野生の生き物だったようで、野生の勘からか、私から何かしら感じ取ったのだろう。

 撫でてくださいと言わんばかりに仰向けになるフレイムを私は軽く撫でてやる。

 キュルキュルと小さく鳴くも大人しく撫でられるフレイムに、キュルケは目を見開いた。

 

「驚いたわ! 私でもまだお腹撫でたこと無いのに、初対面のあなたにお腹を見せるなんてねぇ……」

 

 自分が一番ではなかったことが少々悔しくも驚きのほうが強いのか、感心したような溜め息をつきながらフレイムを下がらせた。

 

「ねぇ、あなた。お名前は?」

 

 私に少々興味が出たのだろう、彼女が名を聞いて来た。

 

「プラチナだ」

 

「そっ、プラチナね。覚えておくわ。また後で会いましょう」

 

 彼女はそう言い残すと、ルイズに、お先にと軽く言い、この場を去っていった。

 取り残された私とルイズだが、移動しようと私が歩き出す前に口を開いた。

 

「ねぇ、あんたって何者なの?」

 

 純粋な疑問なのだろう、今は使い魔とは言え元は野生の生き物だ、それも主人よりも先に服従のポーズをさせたのが不思議でしかたがないのだろう。

 だが、まだ正体を明かす気はないので、適当にはぐらかしておく。

 

「何者もなにも、ただの平民だ」

 

 それだけ言うと、先程の彼女に続くように歩き始める。

 

「あっ! 待ちなさいよ!」

 

 後ろからルイズのついてくる足音を聞きながら私達は食堂へと足を進めた。


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