「どうしたルイズ? まだ泣きたりないのか?」
私への返答とばかりにまたルイズの頬を涙が伝いだした。
「えっ!? 違うわよ! 泣いてなんかない!」
ルイズはそう言うと服の袖で乱暴に目頭を拭い取り、まだ尚赤い目を私に向け直した。
「で、あんた! 私のこの魔法についてなにか知ってるの!? どうして爆発するか分かるの!?」
相当この問題に悩んでいたのだろう、自分の知りたい答えが目の前にあるかも知れないと言う期待から身を乗り出すように私へと問いただしてくる。
「何度も言うが落ち着け、ルイズ。確かに私はその魔力について知ってはいるが、教えることは出来ない」
「はぁ!? どうして!?」
期待していたものとは違い、明確な答えが帰ってこなかったことにルイズは苛立ちを隠せずにいた。
「ルイズ、私は職で言うなら剣士だ、魔法使いではない。旅をしてきてお前の様な魔力を持つものを見てきた。だが、だからといってそれについて答えを出してやることは出来ない」
「なによ……それ……」
がっくりと肩を落としたルイズはそのままベットの上で膝を抱えて塞ぎこんでしまった。
まったく……浮き沈みの激しい、しょうがない娘だ……。
「だがな、ルイズ。私はお前に完全な答えは出してはやれないが、アドバイスを出すことは出来る」
「どういう意味よ……」
のっそりと顔だけを上げ、未だ腫れが引かぬ赤い目で私を睨みつける。
「その魔力を持つ彼等とは共に戦う仲間だった。共に戦場を駆ける中で彼等の魔法を見てきた。彼らがどのような魔法を使い、どう駆使してきたのかを。彼等から教え学んだことをお前に教えてやることは出来る」
実際は彼等ではなく、我々の、なのだが、そこは黙っておこう。
「……あんたのそのアドバイスとやらを聞けば、私も魔法を使えるようになるの?」
希望が見えたのか暗かった表情が少々明るくなり、ルイズの瞳に光が戻ってきていた。
「さぁ、どうだろうな……。そこはお前の努力次第だ」
その言葉を聞いたルイズは勢い良くベットの上で立ち上がると、高らかに宣言した。
「いいわ! やってやろうじゃない! 今まで何を試しても駄目だった私の魔法に少しでも活路が見出だせるなら、プラチナ、あんたのそのアドバイスとやらを私に教えて頂戴!」
さっきまでふさぎ込んでいた娘とは思えないほど、活気に満ちた声を上げながら小さくガッツポーズまでとっていた。
「はしたないぞ、ルイズ」
「そ、そうね、座るわ」
一応の落ち着きはあるのか私の指摘に素直に答え座り直したが、まだ興奮を抑えられないのか若干だが体を揺らしている。
「ねぇ! プラチナ! まずは何をすればいいの!?」
もうすでに魔法の特訓を行うつもりでいるのか、目を輝かせながら私へと詰め寄る。
「ルイズ……、今この時間にここでやるつもりか?」
「え? あっ……」
もうすでに外には月明かり以外はなく、ここが自室であることにルイズは今気づいたかのような声を出した。
「そ、そうね、別に今日じゃなくても良いわね、明日にしましょう」
ルイズは再度ベットへと腰を降ろし、私と向き合う。
「えっ~と、魔法の事は明日考えるとして、まだ何かあるの?」
ルイズの問いかけに私は首を縦に振った。
「ああ、オスマン殿と話を付けた。その報告、といったところか」
「そう、でどんな風にまとまったの?」
「そうだな、まずはこれを見て欲しい」
左手の甲がルイズに見えるように手を出す。そこには文字を書かれたような印が付いていた。
「えっ!? これってよく見る使い魔のルーンだけど……、あれ、私、あんたと『コントラクト・サーヴァント』したの?」
私の手をとりながらまじまじと見つめるルイズの問に対し私は首を横に振る。
「いや、これはオスマン殿に付けてもらった、ダミーだ。その『コントラクト・サーヴァント』による印は消すことが出来ないと聞いたからな、代わりのものを付けて貰ったのだ。これなら何時でも消すことができる」
「何のために?」
まるで意味がわからないとばかりにキョトンとするルイズに少々呆れて小さく溜め息を吐いた。
「……ルイズ、ここは学院なのだろう? ならば関係者でなくては此処には留まることは出来ない。別に使用人や衛兵としてでも良いのだが、私はもうすでにお前に召喚された使い魔として周りに認知されている、だからこの印が必要なのだ」
ルイズは、あ~っと納得したかのような声を出した。
「だから『特殊』なんて言い回しを学院長は使ったのね、『コントラクト・サーヴァント』は受けられないけど、使い魔として仕えることは別に構わないってこと?」
「使い魔として、というよりもお前に仕える一人の人間としてだがな。もちろんそれは私が元いた場所に帰る方法が見つかるまでの間だけだ」
私の神としての力を使えば、少々遠回りになるかもしれないが帰ることは出来るだろう。だが、ルイズの持つこの力を放っては置けない。この力は戦争の引き金になりかねない。
実は微かにではあるが、この先の運命が『視えた』のだ。まだ霧がかかったかのようにうっすらとではあるが、確実にルイズは戦火に巻き込まれるだろう。
先の未来を回避できないのなら、せめて彼女には自身の力を自覚させ、その力を正しく使えるようになってもらい、自分自身を守れるくらいにはなってもらわねばならない。
そして、それらよりも気掛かりなのは、この世界に来る前にあのゲートから感じた『不死者』の気配である。
この世界にきてから、まだはっきりとした場所まではつかめないが確実にこの世界に点々と感じられる。
それらを根絶しておかねばなにが起こるかわからない。不安要素は取り除いておかねばならぬ。
それらの問題が片付き次第、帰るとしよう。
「ふ~ん、まぁいいわ。とりあえずはあんたは私に仕えるって事で良いのね?」
「砕いて言えばそうなる」
「そっ! わかったわ。他には何かある?」
先程から寝癖が気になるのか、髪をいじりながら適当に返事をしている。あまり理解してなさそうな言い方だ……。
「あぁ、私の衣食住に対してだが、学院が出してくれるそうだ。ある程度優遇された衛兵くらいの扱いで取り計らって貰っている。そのくらいは賄えるとオスマン殿も言っていた」
実際には衣食住などなくても何ら問題は無いのだが、衣食住を必要としない人間などいないのだから、要らない等と言って変に怪しまれるくらいなら条件として言ってしまったほうがいいと私は考えた。
「そうなの? てっきりあんたの衣食住は全部私持ちだと思ったけど……、まぁお金がかからないっていうんだったらそれでもいいかな」
「それとルイズ。ここからが重要なのだが、お前がこの学院で講義を受けてる間に私を必要とする講義が無い場合、私は二、三日程学院を離れる場合がある」
「はぁ!? なんでよ!?」
いじっていた髪から目を離し、私へと喰ってかかるが片手でそれを静する。
「オスマン殿が調べてくれるとはいえ、帰る方法を指を加えて待ってる訳のは少々申し訳ない、私自身も調べるために動こうと思っている」
「それじゃあ、使い魔の役目を果たして無いじゃない! 使い魔は常に主人のそばに居て主人を守るものでしょう!」
「ルイズ、さっきも言ったが使い魔としてではなく、一人の人間としてだ、そこは間違えるな。それとそれについての旅費などは学院の負担だ、お前には迷惑はかからん」
私の答えにぐうの音も出ないのかルイズは考えこむように腕組みをして押し黙ってしまった。
「……いいわ、それについては許可してあげる、別にあんたがいてもいなくても変わらないし」
精一杯の虚勢にしか聞こえないが、そこは流してやるとしよう。
「感謝する、ルイズ」
「……ふんっ」
感謝の言葉に対して照れ隠しのようにルイズはそっぽを向いた。
「で、まだ何かあるの?」
一応聞いてやろう、といった様な態度で話を再開させる。
「今日言っておかねばならないことは全て言ったはずだ、後は普通に使い魔……、いや、仕える一人の人間として扱ってくれ」
「そう、わかったわ。じゃあ今日はもう休みましょう、さっきまで魔法で寝てたとは言っても、これだけ騒げば疲れるものね」
軽く欠伸をすると、来ている制服などを籠に放り込み、寝間着へと着替える。そのまま体を捻りベットへとルイズは潜り込んだ。
「そうだ、最後にいい忘れていたが……」
すでに寝る体制に入っていたルイズは顔だけを毛布から出して聞き返す。
「なによ?」
「いや、今日いきなり私の部屋を準備することが出来なかったから、お前の部屋に泊めてもらえとオスマン殿に言われている。すまんが、今日一日だけ寝床を貸してくれ。明日からは使用人達と同じ宿舎に寝泊まりするつもりだ」
別に睡眠もそれほど必要ではないのだが、私が人間らしく振舞っている以上、睡眠も必要がないとは言えないのだ。
「そっ、まぁ一日くらいだったらいいわよ、あんたも入れば?」
もぞりとベットの中央から端へ動きもう一人分のスペースをルイズは確保してくれた。
「すまない」
ルイズに礼を言い、開けられたスペースに潜り込む。
「あんた、そのまま寝るの?」
顔を此方に向けてルイズは不思議そうな顔をした。
「変えの服がないからな、明日にでも何か代わりのものを用意してもらう」
「ふーん・・・・・・、ところで今更何だけど、あんた学院長室と今とじゃ、全然話し方が違うわね。貴族様に対して無礼よ、それ」
多少不機嫌な顔をしながらも怒るとまでは行かない口調でルイズが言う。
「ああ、流石に(見た目的に)目上の人物と話す場合などは口調を変える」
「じゃあなんで私にはそんな口調なのよ……」
「貴族などあまり居ない土地で育ったのでな、貴族様との話し方など心得てなどいない。それも貴族であるとはいえ年下の子供達に使う敬語なんて知らないのだ。なにぶん旅暮らしが長かったのでな、そこは許してくれ」
「そう」
適当な理由を作り、もっともらしく説明したが、それを信じたのか、ルイズも簡単に返事を返してそれ以上の追求をしなかった。
「なぁ、ルイズ」
「なによ?」
気まぐれに此方から話しかけてみることにしてみる。
「もし、召喚させたのが、私のような平民の女性ではなく、男性だったら、お前はどうしていた?」
「えっ? う~~~ん」
困惑しながらも、少し考えてからルイズは答えを出した。
「そうね、まず主導権は全て私が握るわ、勝手なことはさせない、私に絶対服従、眠るのもそこの藁束ね」
何かしら面白いことでも考えたのかクスクスと笑いながらそう答えた。
その答えに背筋に冷ややかなものを感じた気がしたが気のせいだろうか・・・・・・
しかし、良かったな。もし此処に男性の平民が召喚されなくて、されていたら不憫な扱いを受けていたことだろうと心の底からそう感じた。
「けど、なんでそんなこと聞いたの?」
「別に意味は無い、ただなんとなく聞いてみたくなっただけだ」
「へー、あんたでもそんなこと考えるのね」
ルイズは目を丸くして驚いたようなことを出した。
「……ルイズ、一応聞くが、お前は私をどう見ている?」
「血も涙もない鉄面皮」
間髪入れずに即答された答えがこれとはな……。
「心外だな」
なおもクスクスと笑いながらルイズは続けた。
「だってそうじゃない、学院長室ではどこ吹く風みたいに私の事どうでもいいなんて言っておいて、普通そう言われたら誰だってそう感じるものよ」
「だが、戻ってきただろう?」
「ええ、そうね。それでこれまでの無礼はチャラにしてあげる……、寛大な私の心に感謝しなさい……」
もうすでに眠気がピークに来ているのか、ゆっくりと瞼を閉じながらもルイズは答える。
「そうだ、プラチナ。明日の朝起こして頂戴……、あと洗濯籠をメイドにでも渡しといて……、お願いねプラチナ。おや……す……み……」
最後にお願いと称した命令を言い残すと、そのまままた規則的な寝息を立ててルイズは眠ってしまった。
やれやれと思いながらもルイズが寝入るのを見届けると、レナスは彼女を起こさぬようにベットから起き上がりその部屋を後にした。
そのまま学院を抜け、近くの森に入る。周りに人がいないのを確認してから体を神化させ、空へと浮かび上がる。
「東だったな、明け方までに戻れれば良いが……」
方角を確かめると『ロバ・アル・カリイエ』と呼ばれる東の地へと飛び立った。