VALKYRIE PROFILE ZERO   作:鶴の翁

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第4話

 日は傾き、夜型の生き物たちが活動をし始める夕暮れ時、今日召喚されたかは分からないが、誰かの使い魔であろうフクロウ達がホウホウと鳴き始める。

 そんな中、今日行われた使い魔召喚の儀で一騒動起こし、眠らされていた少女がゆっくりとその意識を覚醒させた。

 

「あれ? ここは……」

 

 見覚えのある天蓋付きのベット、自分が日頃使っている机や椅子、雑多な物は少ない自分自身の部屋。唯一あまり見覚えのないものといえば、昨日用意しておいた、使い魔のための藁束くらいだ。

 まだ重たく感じる体を起こしながらどうしてここにいるのかを思い出す。

 

「えっと、私、使い魔を召喚して、それが平民で、学院長室まで行って、それから――」

 

 使い魔になるはずだった平民に何か言われて、それで怒って、魔法を使おうとして、けどそこからが思い出せない、恐らくコルベール先生か、学院長に魔法で眠らされたんでしょうね……。

 

 『残念じゃが、ミス・ヴァリエールは留年となるのう』

 『そうですか、可愛そうですね。しかし『私には関係ありませんので』』

 

 寝ぼけていた脳が少しずつはっきりとしてくる、そして思い出したのは、そこで聞いた聞きたくもない言葉。

 

「そうだ、私、留年したんだ……」

 

 バフンと音を立てて、倒れこむように起こしていた体を再びベットに沈める。

 『サモン・サーヴァント』は成功したのに、その呼び出した使い魔に否定されて『コントラクト・サーヴァント』は出来なかった。そのせいでの使い魔召喚失敗による、留年……。

 

「母様達が聞いたらなんて言うだろうか」

 

 まず間違いなく怒る、いや、もうすでに昔から魔法が使えない子だと諦められているから呆れられるだけかも。けど、こんな出来損ないがヴァリエール家の子供だと思われたくないだろうから、すぐにでも家から使者が来て実家に連れ戻されて家に軟禁、あとは政略結婚の材料になるだけかしら……。

 

「でも、私には婚約者のあのお方が」

 

 酒の席での約束事とはいえ私にはちゃんとした婚約者がいるから、政略結婚は最悪の場合以外は回避できるはず。

 しかし、それでも留年してしまっては実家に連れ戻されるのは確実、結婚などはまだ早いにしろ、それも時間の問題。わたしはもうこの学院には居られないでしょうね。

 

「どうしてなのかしらね……」

 

 私も他の生徒のように普通に魔法を使って普通に学んで普通に皆と遊んで、なんて普通な学院生活を送りたかっただけなのに、皆と同じように魔法を扱うことが出来ないってだけで全てが駄目だった。

 他の生徒は私を笑い、除け者にした。平民の中にも私を笑うものがいるみたいだし……。

 実技ではいつも最低点、どんな魔法を唱えようとも『失敗』してしまうから当たり前かな。それでも負けたくなかったから座学だけは皆に負けないよう努力したわ。でも魔法が使えなければそんなものないのも同じことよね。

 そしてそんな私だからか、友達を呼べる者はほとんど居ない。楽しいことなんて一つもなかったわ。

 けど、こんな学院生活でも、未練はある。もしかしたら更に先を学ぶうちに魔法が使えるようになるかもしれないし、身内の病気を治す方法だって見つかるかもしれない。

 考えれば考える程いろんな感情が湧き出てくる、そしてその感情はルイズの中で大きな津波となり今まで抑えこんでいた心の壁を決壊させた。

 

「うふっ、うふふふふふふふ、あっは、あははははははははは!」

 

 意味もなく笑いがこみ上げてくる、止まらない。悲しいはずなのに、悔しいはずなのに、涙を流したいはずなのに涙が出ない、声を上げて泣きたいのに鳴き声が出ない。ただただ出てくるのは狂ったような笑い声だけだった。

 

「あはっ! あはははははは! あっーはっは! あはははははははっはっはは!」

 

 夜であるにも関わらず関係ないとでも言うかのように、はしたなくルイズは大声を上げて笑った。

 

「あはははははははは! はっーははははっ! はっー……」

 

 一通り笑って感情が戻ってきたのか、ルイズは笑うのを止めた。が、感情が落ち着きを取り戻したからか、本来出るはずだった感情がすぐに顔を出し始めた。

 

「っう、うっく、うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

 先程の笑い声に引けを取らぬほどの号泣、抑えるようなこともせず、隠すような素振りも見せずに大粒の涙を流しながらルイズは泣いた。

 

「あああぁぁぁぁぁあん! あぁぁぁぁあああ!」

 

 サイレントの魔法なんて使えない、誰かにこの鳴き声を聞かれてるかもしれない、けどそれでも構わない、どうせこの学院から居なくなるわけだし、さっきの笑い声もすでに誰かに聞かれてるかもしれない。だから、今だけは……。

 それから少しの間、ルイズは今まで溜め込んできたものを全て出し切るかのように泣き続けるのだった。

 

 

 

 

 

「うっく、うっー、あっー……」

 

 散々泣き続けてやっと落ち着きを取り戻したのか、はたまたただ単に泣き疲れたのかルイズは泣き止んでいた

 泣き止んだとは言っても未だに嗚咽は出ているし、目には涙が溜まっており時折のその目からは小さく涙をこぼしていた。

 

 「こんなに泣いたのは何時以来かしらね……」

 

 お屋敷に居た時にお母様に怒られて逃げ込んだあの秘密の場所、悲しい事があるとあそこでひっそりと泣いていたっけ、けどこんなに大泣きしたことなんてあったかしらねと、ルイズはふふっと自傷気味に軽く笑ってしまう。

 その時、カチャリと言う音とと共にこの部屋の扉の開く音が聞こえた。

 ルイズは慌てて頭から毛布を被った、入ってきたのが誰であれ今の私の顔を見られたくなかったのだ。

 コツコツと足音がベットの方に近づいてくる、大方先程の大声を咎めに来た誰かだろうが、私の部屋にそんな理由で無遠慮に入り込んでくる人物を私は一人しか知らない。ルイズは部屋に入ってきた侵入者に毛布を被ったままの状態で話しかけた。

 

「……何か用かしら、ツェルプストー? さっきのわめき声でも注意しに来たのかしら? それについては謝るから、早く出て行ってくれない? 今私は誰とも会いたくないのよ」

 

 足早にそう告げると、被っている毛布を更に深く被り、まるでネコのように丸くなるが、ツェルプストーであろう、語りかけた相手は、これ以上近づくこともなにか言葉を発することもなく、ただそこに立っているだけのようであった。

 痺れを切らしたルイズは先程より大きく強めの口調で叫ぶ。

 

「なによ! 用がないなら早く出てってよ! それとも何! こんな私を笑いに来たの!? ほんとゲルマニアの人間は礼儀ってものを知らないのかしら!」

 

 その言葉にやっと反応したのか、侵入者は言葉を発する。しかしそれは聞き慣れた隣人の声ではなく、知らないでも無い、ただつい最近聞き知った声であった。

 

「……そのツェルプストーと言う人間ではないが、お前に用事があってこの場所を尋ねたのは事実だ、ルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」

 

 その声にルイズは思わず毛布を払い除けた。その声の主をルイズは思い出したのだ。そう、私を留年へと追い込んだ忌まわしき平民である事に。

 その考えは当たっていた、ルイズがその目で捉えたのは、白金ブロンド髪をした、あのプラチナとか言う平民であった。ただ昼に見た時よりも、月明かりに照らされ輝くその美しい髪に神秘的なものを感じ見とれてしまい、すぐに言葉を発することがルイズは出来なかった。

 それでも、怒りの方が勝ったのか噛みつかんばかりにルイズは吠えた。

 

「ああああああ、あんたねぇ! よくもノコノコと私の前に姿を見せれたわね! あんたのせいで私は留年! もうこの学院にも居られないのよ!」

 

 言葉だけじゃ収まらないとばかりに杖を取り出そうとするが、何処を探しても杖が見つからなかった。

 

「あれ? 私の杖は!?」

 

 慌てて、立ち上がると叩くように自身の服を探し出す。だが何処を探しても杖が見つかることはなかった。

 

「落ち着けルイズ、杖ならここだ」

 

 そう言うとプラチナは自身の服からルイズの杖を取り出した。それを見てルイズはあっ、と声を漏らす。

 

「ちょっ、ちょっと! なんであんたが私の杖を持ってるのよ! 早く返しなさい!」

 

 すぐに取り返そうと、近づこうとするがプラチナがそれを静止させる。

 

「落ち着け、用が済んだらすぐに返す。とりあえず私の話を聞け」

 

「……本当でしょうね?」

 

 杖がない以上、魔法は使えない。それにプラチナは旅をしていたと言っていたし、私が食って掛かっても適当にあしらわれそうね。ここは大人しく話を聞いておいて、杖を取り返したら……今に見てなさい――。

 心の中で仕返しをする算段を考えながら、ルイズはとりあえず、そのままベットに腰を降ろした。

 

「で? 話って何よ? 何? あんたもあんたのせいで留年してしまった私を笑いに来たのかしら?」

 

 最大限の皮肉をとばかりに言葉に刺を付けてルイズは聞いた。しかしプラチナはどこ吹く風とばかりに顔色一つ変えずに淡々と答える。

 

「そうだな、まずオスマン殿から預かったものがある」

 

「学院長から?」

 

 プラチナは懐から手紙を取り出すとそのままルイズへと手渡した。

 受け取ったルイズはこれが何なのかと疑問に思ってしまったが、すぐにどういう要件か思い当たった。大方留年の件が確定したとかの通達でしょうね、とルイズは考えて手紙を開けたが、その手紙に書かれていたものは予想とは逆のものであった。

 

『進級おめでとう、ミス・ヴァリエール。ちぃとばかり特殊な事例じゃが、君の進級を許可しよう。わしが言えることはここまでじゃ。後はこの手紙を渡すであろう君のパートナーから色々聞いておきなさい。では頑張りなさいよ。ほっほっほっ』

 

 手紙とは思えない話し言葉のような文章にルイズは混乱してしまった。

 えっ、進級? 留年じゃなくて? それにパートナー? いったいどういうことなの?

 

 「――イズ。ルイズ、どうした?」

 

 プラチナの言葉にハッと我に返ったルイズは、まだ整理しきれてない頭でなんとか答える。

 

「ええ、大丈夫よ。ちょっと混乱しただけよ……」

 

「そうか、ならば私に聞きたいことがあるのではないか?」

 

 逆に聞きたいことが多すぎて何から聞けばいいのかルイズは更に混乱してしまった。

 

「ええっと、じゃあ『なんであんたがここに居るのか』聞いていいかしら?」

 

 とりあえず、頭に浮かんだ疑問から出していこうとルイズは深く考えないようにした。

 

「それは私がお前のパートナーとしてここに残ることにしたからだ」

 

 あまりにも簡潔で説明が説明になっていない言葉でプラチナは返した。

 

「ええっと、どうして?」

 

「お前に呼び出されたからだ」

 

「ちょっと待ってよ! あんた私が呼び出した時も学院長室で交渉した時も、これでもかってくらいに拒否したじゃない! あんた自分が居た場所に帰りたがってたじゃない! それが何! どういう心境の変化よ!」

 

 また大声で叫んだせいでゼィゼィと肩で息をするルイズ。それに対し小さく、あぁ、と理解したかのようにプラチナが答えた。

 

「お前に興味が出たからだ、とでも言っておこうか」

 

「何よそれ、どういう――」

 

「ルイズ、お前は他の奴等のように魔法が使えないんじゃないか?」

 

 その言葉にルイズは固まってしまった。

 まだ一度たりともプラチナの前で魔法を使っていないはず……。いや、使おうとして止められたのもあったがただそれだけでプラチナはそれを言い当てたのだ。

 

「なんで、あんたに、そんなのが、分かるのよ……」

 

 継ぎ接ぎながらも必死に問いかける、それに対しても淡々とした物言いでプラチナは返す。

 

「旅をしてきた、とは言ったな。そのおかげで感覚が鋭くなった。だからある程度の魔力の違いなどはわかる」

 

 もっともらしい言葉だが、それでも疑問に思う所は幾つも出てくる、しかし今はそれを言い当てられてしまった以上、言い返す言葉が出なかった。

 

「話を戻そう、ルイズ、その魔力は特殊な者だけが持つものだ。故にその魔力を持つお前に興味が出たのだ」

 

 だから、お前の側に居ることにした。そう最後に付け加えるとプラチナは小さく微笑んだようにルイズには見えた。


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