VALKYRIE PROFILE ZERO   作:鶴の翁

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第3話

 城のような大きな建物についた私達はそのまま学院長が居る最上階のとある一室の前まで案内されていた。

 

「ここです」

 

 コルベールが扉の前に立つと四回ノックをして声をかける。

 

「失礼します、オールド・オスマン。コルベールです」

 

 その言葉に、入りなさいと言う年季の入った声が返ってきた。

 扉を開けて入っていくコルベールに続くようにして私もルイズも中に入っていった。

 中にいたのは真っ白な頭髪と口髭を蓄えた老齢な男性と、秘書であろう知性的で凛とした顔付きの女性が立っていた。

 

「どうかしたのかね?」

 

 老齢な男性が口髭を撫でながら問いかけてくる。

 

「はい、実は今回の使い魔召喚の儀式で不測の事態が起こったので報告と相談に参りました」

 

「ほう……、してその出来事とは?」

 

「はい、二人共こちらへ」

 

 コルベールに呼ばれ私とルイズは彼の隣に並ぶように前に出てきた。

 前に出てきた私達を学院長の男が見渡す。

 

「彼女達は?」

 

「ええ、そこも含めて説明いたします。まず彼女から、本学院に在学する、ミス・ヴァリエール。そしてその隣が今回の召喚の儀で彼女に召喚されたミス・プラチナです」

 

「ほう……」

 

 私達を見渡していた学院長の目が細くなる。

 

「少しばかり長くなりそうな話のようじゃな。とりあえずこっちに掛けなさい」

 

 学院長の男に促された私達は、テーブルを挟んで私と学院長、ルイズとコルベールが向かい合うようにして会談用の席へと腰を下ろした。

 秘書の女性によって4人分の飲み物が用意され各々の目の前に並べられる。

 

「さて、まずは自己紹介をしようかね。わしはこのトリステイン魔法学院で学院長を任されておるオスマンじゃ。人からはオールド・オスマンなどと呼ばれておるよ」

 

「先程も言いましたが、私も改めて紹介をしましょう。この学院で教師をしております。ジャン・コルベールと申します」

 

「プラチナと申します」

 

「……ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです」

 

 間があったものの、それぞれが順序良く互いに簡単に挨拶を交わしていった。

 

「では、コルベール君、詳しく話をしてくれるかね?」

 

「はい、オールド・オスマン。では――」

 

 これまでの出来事をコルベールが簡潔にまとめ皆の前で確認するかのように話していく。

 コルベールの説明が終わるとオスマンは理解できたのか、何度も頷きながら、なるほどのうと呟いた。

 

 「確かに、今まで極稀に獣人や翼人が召喚されたというのは聞いたことがあるが、人間が召喚されたのは今回が初めてじゃな」

 

 先程から撫で続けている口髭をいじりながらオスマンは、ほっほと笑った。

 

「まずは彼女の疑問を解決してから話を進めるのが良いじゃろうな」

 

 口髭を撫でるのを止め、背もたれに深く座り直したオスマンは両の手をお腹の前で組むと此方に視線を向けてきた。

 質問に答えるから質問してこいと言う意味だろう。

 人間とはいえ、仮にもこの学院を治める者と話すのだ。オスマンは温厚そうな人間ではあるが先程のようなルイズやコルベールと話した時のような物言いではこちらが無礼になるだろう。些か抵抗があるが差し障りのない言葉遣いで話すとしよう。

 

「では失礼して。先程彼にも聞きましたが『ここがどこか』を教えてもらえないでしょうか?」

 

 言葉を直し、なるべく丁寧な言葉で話しかける。その際ルイズの目がピクリと睨むように動いたが、気にせずに続ける。

 コルベールに聞いたことを確認するかのように同じ問い掛けをオスマンに投げかける。

 

「ここはハルケギニア大陸に属する国家の一つトリステイン王国じゃ。そして、この学院はその国家の中にあるメイジ養成の学院、トリステイン魔法学院じゃ」

 

 そして返ってきた答えはコルベールが返した答えと全く同じであった。

 やはり知らない大陸と国家である。

 つい手を口元に持って行き考えこんでしまう。

 

「どうかしたかね? ミス・プラチナ」

 

「いえ、申し訳ありません。どちらも私が聞いたことのない言葉だったもので……」

 

 嘘はつかず、自分の答えをそのまま伝えるとオスマンはまた目を細めた。

 

「ふむ、聞いたことがないと? ではミス・プラチナがいた国の名前を教えてくれるかね?」

 

 言ったところで結果は見えているようだが、何も言わないよりかはマシかとミッドガルドの都市をひとつ答えた。

 

「ヴィルノアと呼ばれる軍事国家にいました。正確にはヴィルノアの更に北部にあるコリアンドルと呼ばれる小さな山村にいました」

 

 生前、プラチナとして暮らしていたことがある村の名前を告げる。

 しかし、反応は皆同じもので誰もがそれらの名前を知らぬと言うように首をかしげる。

 

「ふむ、わしらの知らぬ国家や村か……」

 

「オールド・オスマン、もしかしたら彼女は東の世界――『ロバ・アル・カリイエ』から来たのではないでしょうか?」

 

「なるほど、東方からか、確かにそれならばわしらが知らぬとて話が通じる」

 

『ロバ・アル・カリイエ』などと言うのも聞いたことがないが、ここで違うと言ってしまっては話がまたこじれるだろうから、黙って頷きそういう事にしておいた。

 

「しかし東方の者か、困ったのう」

 

 オスマンは軽く唸りながら目を閉じてしまった。

 困った? 東方の人間であるということに何か問題があるのだろうか?

 

「すまぬ、ミス・プラチナ、おぬしが東方の者だとするとおぬしがいた場所に帰すのはとても難しいと言えるのじゃ」

 

「それはどういった理由でですか?」

 

「それについては私からお教えしましょう」

 

オスマンに代わりコルベールが質問に答える

 

「現在我々には東の世界に行く方法がないのです、いえ、『彼等』が通してはくれないのです」

 

「『彼等』とは?」

 

「エルフですよ、東の世界では彼らと関わりがないのですか?」

 

 エルフ、か。一応神族である彼らとは馴染みがあるが、それは私の知るミッドガルドでの話だ、彼らの言うエルフと話が出来るかは今のところ解らない以上なんとも言えないところである。

 

「ええ、エルフとは関わらないように生活してましたので」

 

「やはりそうでしたか、東の世界でもエルフとは関わらないように生きているのですね……」

 

 少々期待していたように見えたが、私の答えにコルベールは俯いてしまった。

 

「じゃが、これではっきりしたのう。ミス・プラチナ、申し訳ないがおぬしを送り返すことが出来ぬ、すまぬのう」

 

 オスマンが頭を深々と下げてきた。

 

「が、学院長! ただの平民に頭をあげる必要ありません!」

 

 今まで黙っていたルイズが声を上げる。

 

「ミス・ヴァリエール、彼女が平民であろうと貴族であろうと謝らねばならぬ」

 

「何故です!」

 

「わしらが事故とはいえやってしまったものは、拉致や誘拐と同じじゃ、彼女にも家族や友人がおるじゃろうて、それをわしらは引き離してしまった、おぬしはそれでも彼女に謝罪の言葉は不要と言うのかね?」

 

「っ!!」

 

 オスマンの言葉にルイズがまた黙って俯いてしまった。

 

「でじゃ、ものは相談なんじゃが、ミス・プラチナ。すまぬが彼女の使い魔にはなってくれぬか?」

 

「学院長! それは!」

 

 ルイズの言葉をオスマンは彼女に手をかざし黙らせる。

 

「現状ミス・プラチナを帰す手段もない、ミス・ヴァリエールの使い魔の儀式もミス・プラチナを呼んでしまった以上、再召喚も出来ぬ、ならばわしらが彼女を送り返す手段を探す間だけでも彼女と契約をして使い魔をやって欲しいのじゃ、無論帰す手段が見つかり次第彼女を帰すことにしよう、契約を解く方法も同時に探しておく。勝手なことを言っているとは思うがこの申し出受けてはくれぬか? ミス・プラチナ」

 

「その申し出、拒否をすれば?」

 

「君は見ず知らずの土地で露頭に迷うじゃろうし、ミス・ヴァリエールは儀式の失敗として留年ということになる、どちらも得がないと言えるのう」

 

 確かに今人間として振舞っている以上はこの世界の情報もなく動くのは得策では無いかもしれない。

 それに私がここを離れたとして彼女が困るのであれば、少々心が痛む。

 更に言えば、ここの魔法は私が見てきたものと違うものに見える、それについて詳しい彼らが方法を探してくれると言うのだ、自分から動く必要もないだろう。

 

 が……。

 

 それは人間として私が振る舞い続ける場合によるものだ。

 

「分かりました、その申し出――」

 

「おお、受けてくれるかね? ミス・プラチナ」

 

 私の答えを待たずに承諾と得たオスマンは微笑んだ。

 

「――お断りさせていただきます」

 

 しかし、私が出した決断は、拒否。

 その答えにその場に居る全ての人間の動きが止まった。

 

「ふむ、ミス……断る理由を聞いても良いかね?」

 

 オスマンの微笑んでいた顔が少々険しい顔つきへと変わった。

 

「はい、まず私へのメリットが少なすぎます。言っておりませんでしたが私はこれでも冒険者です。見ず知らずの土地での動き方も知っております。それにあなた方が言っている東方から私が来たと分かればここに留まる必要もありません。そちらを目指して旅をするだけです」

 

「しかし、通るにはエルフと対峙することに!」

 

 コルベールが息を荒らげてテーブルに手をついた、立ち上がりそうになるほどの衝動をなんとか抑えたのだろう。

 

「ええ、エルフと会うことになるでしょうが、私は彼らと戦うために向かうのではありません、ただ帰るために通してくれとお願いするだけです。彼らにも言葉は通じるでしょうし、何も一個師団通してくれなんて言うわけではありません。私一人が向こうに渡れればそれで良いですし、信用ならないとでも言われれば、その間監視でも何でも付けてくれれば良いと言うつもりです。それにこちらの人間の勝手な魔法による拉致で此方に来てしまったとでも付け加えれば、彼らも少しくらいは話を聞いてくれるでしょう」

 

 彼らには刺のあるような言い方だが私は東方を渡れるであろう方法を彼らに伝えた。

 むろんこれは人間としての行動である、私であれば空を飛んでこの世界を見て回れるうえに、この世界のエルフ達に会う必要もない。だが、エルフ達も神族の一員だ、世界は違えど、何かしら知っていることはあるであろうから、会ってみるのも得策だろう。

 

「ふむ、しかし断るとなれば今から君は学園とは無関係者じゃ、わしらから君に貸し与えるものは何一つなくなるのう、無論馬もじゃ。と、ここからは独り言じゃが、この学院から一番近くの街まで歩き通しでも丸一日くらいはかかるのう、それに道中はあまり治安がよろしくないと聞くのう」

 

 独り言となど言っているが恐らく今の言葉で考えなおせとでも言いたいようだ、目を閉じて考えこむように口髭を撫でてはいるが、時折片目だけちらりと薄目を開けて此方を確認している。

 

「ご心配は無用です、先程も言いましたが私はこれでも冒険者です。歩き通すことも野宿も慣れております。悪漢への対処の仕方も心得ているつもりです。」

 

 考えを変えるつもりはないと最後に付け加えると、オスマンは降参したかのように溜息を付いた。

 

「……さようか、まぁ、仕方あるまいて、残念じゃが、ミス・ヴァリエールは留年となるのう」

 

「そうですか、可愛そうですね。しかし『私には関係ありませんので』」

 

 その言葉に今までの我慢が限界に達したのか、最初の挨拶以降一言も話さなかったルイズが弾けるように立ち上がると私に杖を向けてきた。

 

「ミス・ヴァリエール!!」

 

 コルベールも立ち上がりルイズを止めようとするが、ルイズの口からは怒気を含んだ言葉がぽつりぽつりと放たれた。

 

「なんでよ! なんでこんな平民にまで馬鹿にされなきゃいけないのよ! あんたは私が召喚したのよ! あんたは黙って私の使い魔になればいいじゃない! 平民が貴族に逆らえばどうなるか教えてあげるわ!」

 

 なんの呪文かは分からないがルイズは呪文を唱え始めた。

 そしてここで私は彼女に感じていた違和感にやっと気づいたのだった。

 彼女が今杖に込めている魔力、いやこれは――! それにこの大きさは――!

 普通ならここで回避行動でも取るのだが私はそのまま動かず彼女を観察した。

 いや、動く必要がなかったので観察に集中していた。

 

「うわあああぁぁぁああぁああぁぁぁ!」

 

 ルイズが勢い良く杖を振りかぶる、その瞬間、彼女の顔の周りに霧に似た煙が彼女を覆った。

 すると、今まで怒りに燃えていた瞳から光が消えていき、糸の切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ちた。

 その後彼女からスゥスゥと言う規則的な寝息が聞こえてきた。

 

「すまなかったのう、ミス」

 

 杖を懐にしまいながらオスマンが謝ってきた。

 彼がルイズに魔法を眠らせる魔法をかけたのだろう。

 立ち上がった割に何も出来ずにいたコルベールも座り直し謝罪してきた。

 

「さて、ミス、さっきは意地悪言ってすまなかったのう。君の旅に必要な物は揃えさせるので彼女が起きる前に学院を出たほうが良いじゃろ。もちろん馬も渡そう」

 

 オスマンは秘書であろう女性を呼ぶと私の準備をしてくれるよう伝えていた。

 先程までの私なら不必要ではあるのだがそのままその準備をしてもらってさっさと出て行くところだろうが、今の私の考えは違っていた。

 

「オスマン殿」

 

「ん? なにかね、ミス・プラチナ」

 

 秘書との会話を止め、こちらへとオスマンは向き直す。

 

「……少々、お話があります」

 

「旅の準備に関してかな? 心配はいらんよ、彼女は優秀じゃから旅に必要な物は全て集めてくれるじゃろうて、女性特有の物もじゃ」

 

「いえ、そのお話ではありません。もしかするとその準備は不要な物となるやもしれません」

 

 その言葉に反応したオスマンは再度秘書を下がらせ、真剣な目で私と向き合った。

 

「話を聞こうかね」

 

「ええ、では――」

 

 その会話はそこまでの時間を必要とはせず、すんなりと終わることとなった。


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