VALKYRIE PROFILE ZERO   作:鶴の翁

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 変更いれました。


第2話

 

「ん?」

 

 ゲートを潜り終わる瞬間、レナスの背に何かと接触するような軽い衝撃があった。

 後方を確認するが通って来たはずのゲートは既に消滅しており、自身の体を確認してもこれといった外傷も魔術的な攻撃を受けた形跡すらなかった。

 先程の衝撃に何の害も無いことを確認したレナスは次に周囲への警戒を始めるが、辺りはレナスの視界を遮るかのように土煙で覆われていた。

 よほど大きな爆発でも起こったのか、全くと言っていいほど周りを肉眼では確認することが出来ないくらいに土煙が立ち込めていた。

 しかし、少し離れた位置ではあるが周りから聞こえてくる咳き込む声と誰かに向かってかの罵詈雑言が聞こえてくる。

 辺りに人が居るのは間違いないようだ、魔力を感じるところから魔術師が大勢いるようだが、こちらに敵意を向けてくる様子など微塵も感じられなかった。人ではない生き物の気配も感じるが彼らからも敵意は感じられない。

 だが突如その大勢の中でも距離的に私に一番近い一つの気配が動いた、それは真っ直ぐにわたしへと向かってきているようだ。

 

「このままの姿ではまずいか」

 

 どのような目的でこちらへ近づいて来ているにしろ、神の身の姿であるこの姿ではいないほうが良いと考えたレナスは自身の体を転換し、町娘の姿へとその身を変えた。

 姿を変え終わると、辺りを覆っていた土煙も晴れてきており近づいて来ていた気配を肉眼で捉えることが出来た。

 小柄で桃色のブロンド、痛みなど知らぬような傷一つ無い柔肌の少女であった。

 その彼女と目が合った。走ってきたのだろうか、少々息を切らしていたが軽く息を整えると私に面と向かって彼女は口を開いた。

 

「あんた誰?」

 

 誰、か。人にものを尋ねるにしてはいささか失礼ではあるが、それは彼女が世間知らずなだけか、位が高い身分の者だろうと当たりを付ける。

 

「どこの平民?」

 

 黙っていると次に問われた質問は身分を問うものだった。

 平民……か、人間が他者に対し勝手に決めた階級制度による差別した言い方だ。だとするとやはり彼女は階級の高い位に位置する身分なのだろう。

 

「……ちょっと、あんた、わたしの話聞いてるの?」

 

 彼女の問いには答えずさらに黙ったままで居ると、さすがに苛ついたのか彼女が詰め寄って来た、が、それと同時に周りが大きな声で騒ぎ出した。

 

「おいルイズ! いくらなんでも『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうすんだよ!」

 

「さすがはゼロのルイズ! 召喚もまともに出来ないなんてな!」

 

「いや、そこの平民、よく見ればとても整った顔立ちをしているではないか、そこの麗しきレディ、もしよろしければ後で僕とお茶でもいかがですか?」

 

などと言った野次が飛んできた。

 

「ちょっと間違っただけよ!」

 

 野次に反応して彼女が澄んだようなよく通る声で周りに怒鳴りつける。

 呼吸を整えたのもつかの間、怒りからか彼女の顔が赤く染まりまた息を荒げ始めた。

 せっかく良い声を持っているのにそれを怒号の声に使うのはなんとも勿体無いと感じてしまう。

 周りの野次から幾つか解ったことがある。

 どうやら、あの私の前に現れたゲートは彼女の『サモン・サーヴァント』と言う呪文によって出現したものであり、私はそのゲートを潜ってしまったことによって彼女に『召喚』されたようだ。

 そして、私を召喚してしまったこの桃色髮の彼女の名前は『ルイズ』と言うらしい。

 そんなルイズは囃し立てる野次の中に向かって叫んだ。

 

「ミスタ・コルベール!」

 

 ルイズの言葉に反応しこちらへ向かってきたのは、この中では一番の年長者であろう、四十代前後の男性であった。

 

「どうしたのですか? ミス・ヴァリエール」

 

「この召喚は間違いです! もう一度お願いします!」

 

 ルイズが頭を下げたが、コルベールと呼ばれた男性は軽く溜息を付きながら首を横に振った。

 

「残念だが、それは出来ません。ミス・ヴァリエール」

 

「何故ですか!?」

 

 コルベールの答えに顔を上げたルイズが食って掛かる。

 

「決まりだからだよ、二年生に進級する為のこの春の使い魔召喚の儀式はとても神聖なものだ。個々人の好き好みで選ぶ訳にはいかないのだよ」

 

「しかし、彼女は平民で――」

 

「それに……」

 

 ルイズの言葉に被せるようにコルベールが言う。

 

「それに、なんですか?」

 

 言葉を遮られ自身のお願いを聞き入れてもらえない為かむくれた表情のルイズが聞き返す。

 

「それに、約束だからね。ミス・ヴァリエール。先程君は私にもう一度だけとお願いし、私は次で最後だからねと言ったはずです」

 

 彼の言葉に、ハッとなった彼女だったが、それでも、と食い下がった。

 

「で、ですが、彼女は……」

 

 だが次の反論の句を見つけられずにルイズがしどろもどろしていると、それに追い討ちをかけるようにコルベールはつなげた。

 

「ミス・ヴァリエール、確かに彼女は平民……かもしれませんし、私もこれまで一度も人を使い魔にしたなんて聞いたことがありませんが、この儀式の伝統とルールに従い彼女を使い魔にするしか無いのです」

 

「そ、そんな……」

 

 ルイズの肩ががくりと落ち落胆の色が見て取れた。

 

「さ、彼女と契約をしなさい」

 

 コルベールに押されるルイズは彼と私を交互に見ていたが、諦めたのか軽くため息をつくと私の方へと戻ってきた。そして私の目の前に立つと杖を構え、呪文を唱えだす。

 

「我が名は『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔となせ」

 

 ルイズはそう唱えると私の額に軽く杖を当て、足りない分の身長を補うようにつま先で立つと、私と唇を重ねようとしてきた。

 この突発的なまでの行動に少々驚いたが、先程彼女が唱えた呪文の発動条件が口付けを交わすことなのだろう。この呪文がどのようなものにしろ、黙って受けるわけにはいかない。

 レナスはルイズの口の前に手をかざし彼女からの口付けを妨害した。

 

「……ちょっと、何するのよ」

 

 自身の呪文を妨害されたルイズから苛立ちが見て取れた。

 

「その呪文がどのようなものであれ、軽々しく受けるつもりはない」

 

 ルイズの肩に手をかけ伸びの状態から姿勢を戻してやると、近くにいる先程の男性にも聞こえるように言葉をつなげる。

 

「私が現状どのような状況下にあるのかもわからないうえに、本人の承諾もなく呪文を行使しようとする程ここにいる人間は無礼なのか?」

 

 私がそう言うと、ルイズの顔が怒りからかまた紅潮し、肩に乗せていた私の手を払いのけて食って掛かって来た。

 

「へ、平民が貴族に向かって無礼!? ななななななんてこと言うの!」

 

 ルイズは手にしていた杖を私に向けて呪文を唱えようとするが、それを今度はコルベールが彼女の方に手を置き呪文を中断させた。

 

「ミス・ヴァリエール、止めなさい!」

 

「ミスタ・コルベール!? ですが彼女が!」

 

「いいから止めなさい!」

 

「……はい」

 

 きつめにではあるが、コルベールがルイズを静止させ、彼の後ろへと彼女を移動させると、彼は私へと視線を変えた。

 

「先程の無礼、誠に申し訳ございません。私あそこに見える学園で教師をしているジャン・コルベールと申します。ミス、宜しければお名前を伺ってもよろしいですか?」

 

 教師を名乗るコルベールと言う男性がルイズに変わって私の対応をしてくれるようだ。

 つい選定者としての癖からか、彼を観察してしまう。

 歳こそ若くは無いが恐らくかなりの場数を踏んでいるようだ。何気なくルイズを自身の背後へと移動させていたが、もし私が危険な者と分かった時に彼女を守る事が出来るよう後ろへ隠したのだろう。それに彼女を移動させる際、自然に見えるよう彼自身も太陽がなるべく背後に来る位置へと移動している。

 魔力も強い、身のこなしから魔術だけに長けているわけでは無いようだ。武器を使用しないにしろ剣士と対等に立ち会えるだろう。

 エインフェリアとしては欲しい人材である。

 ……こう考えてしまうのは一種の職業病だろうか、そう思うと自嘲からか思わず苦笑いが顔に出てしまっていた。

 

「あの? ミス、どうかなされましたか?」

 

「ん? あぁ、すまない。名前、か……」

 

 私の苦笑いを見てからか、心配そうに問いかけてきた彼の言葉で我に返った。

 しかし、名前か。さすがにレナス・ヴァルキュリアの名を使うのは止めておいたほうが良いだろう。色々と騒ぎになりかねない。

 だが、名前が無い、や、言えない、では更に怪しまれるかもしれないな……、少々抵抗があるが生前の名前を使うとしよう。

 

「……私の名前はプラチナだ」

 

「そうですか、ではミス・プラチナ。どこからご説明すればよいでしょうか?」

 

「そうだな……、まず、ここが『どこなのか』から教えてもらえるか?」

 

 実はある程度レナスは当たりは付けていた、恐らくフレンスブルグに属する魔法学院の一つなのだろうと、しかし、あの国にこれほど大きな草原とその中にあるあれほど大きな建物があっただろうかと疑問に思いながらも、彼の言葉を待っていた。

 が、その考えはかすりもしなかった。

 

「ここは、トリステイン王国にある、トリステイン魔法学院です。先程も申しましたがあそこに見えるのが本校ですよ」

 

 トリステイン王国? 馬鹿な……、ミッドガルドにはそのような名前の国は存在しないはずだ。

 

「トリステイン王国? すまないがそう言う都市の名前か? ここはフレンスブルグでは無いのか?」

 

 復唱するかように彼に問いかけた。

 

「フレンスブルグ? 聞いたことありませんな、この国は今も昔もずっとトリステイン王国ですよ?」

 

 だが、帰ってきたのは同じ答えであった。

 フレンスブルグではない? また時間を超えてしまったのか? いや、先程彼は『今も昔も』と言っていた、この可能性は無いはずだ。

 

「どういうことだ……」

 

 彼が嘘を付いているようにも見えないし、独自の国家を主張しているわけでもないだろう。

 コルベールの言葉を信用していないわけではないのだが、飛んで世界を見れば此処が何処だが分かるだろうと、レナスは何気なく空を見上げた。

 だが、レナスは自身が見たものに驚愕し、目を見開いた。

 彼女がその目に捉えたものは空に浮かぶ大きな二つの月であった。

 

「あの? ミス・プラチナ?」

 

 空を見上げたまま固まってしまったレナスに近づきながらコルベールが話しかける。

 

「月が……二つ……」

 

 レナスの言葉が聞こえたのか、コルベールも空を見上げる。

 

「一体どうしたのですか? ミス・プラチナ。月が二つあるのは当たり前でしょう?」

 

 彼の言葉にも驚いたが、ここで怪しまれても何の得にもならない、そうだったな、と相槌を打ち話を元に戻す。

 恐らく『この世界』ではそれが常識なのだろう。

 

「ミス、もしかして体調が優れないのですか?」

 

 様子がおかしいと言ってこないのは彼なりの優しさか、それともまだ警戒しているからだろうか、どちらにせよ今の私を怪しんでいるのには間違いないだろう。

 このまま怪しまれるより彼の言葉に乗ってしまったほうが良い気がする。

 

「すまない、様々なことを経験してきたが、このような経験は初めてだ。混乱からか少々頭が追いついていないようだ」

 

 もっともらしい言葉を口にして、額に手を軽く置き疲れているような仕草を取る。

 

「やはりそうでしたか、まぁ無理もありません。宜しければ、お話も長くなりそうなのでここで立ち話をするより、学院の方で、そちらのミス・ヴァリエールと学院に居られる学院長を加えてお話をお伺いしても宜しいでしょうか? 生徒達もいつまでも此処に拘束しているわけにもいきませんから帰しておきたいのです」

 

 もちろんお茶はお出ししますので、と付け加えたコルベールは生徒達の方を向くと彼らに近寄りながら手をたたき生徒達に学院に戻るよう伝えた。すると彼らはふわりと体を浮き上がらせるとそのままあの建物の方まで飛んでいった。

 私の知っている魔法とは異なる魔法を彼らは使っていた、やはりここは……。

 

「では、私達も参りましょう」

 

 生徒達を見送ったコルベールが戻って来ると、私とルイズは彼の後に続くようにして歩いて学院まで行くこととなった。

 


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