VALKYRIE PROFILE ZERO   作:鶴の翁

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 五期ぶりです。


第13話

 早朝の柔らかな日差しから一転して日は高く登り、一気に日差しが強くなる頃、レナス達はトリステインの城下町へと到着していた。

 ここまで乗ってきていた馬は町の門の直ぐ側にある簡易的な厩舎に預け、門をくぐり町の中へと入っていく。

 時刻的にはまだ朝なのだが、もう既に幾つもの店が営業を開始しており、店先では客引きをする店員が大声を張り上げており朝の喧騒を一層際立てていた。

 レナス達はその朝の喧騒の中をはぐれぬようにゆっくりと進んでいた。

 

「人も多い賑やかなところね」

 

 ルイズの後ろにピッタリとくっつくようにして歩きながらも、他の通行人とほとんど接触することなく歩くレナスがそうこぼした。

 その言葉を聞いたレナスの前を行くルイズはまるで自分が褒められたかのようにふふんと軽く笑う。

 

「そうでしょう。ここはトリステインで一番大きな通りでブルドンネ街って言うの。宮殿へ続くメインストリートなんだから賑やかなのは当たり前よ」

 

 なるほど、と受け答えしながら目を道端に出店している露天の品々へと向けた。

 水々しい光沢を持った果物、細工が施された装飾品、その場で作られて売られる軽食。それらが道行く人達を誘惑していた。

 それらをのんびりと見渡しているレナスにルイズが注意を促す。

 

「プラチナ。周りを見るなとは言わないけど、スリには気をつけてよね。人通りも多い分そう言う輩も多いんだから。ちゃんとお財布あるの?」

 

 財布の有無を確認するルイズにレナスは自身が今来ている羽織りものから財布を取り出す。

 ちなみにこの羽織りものは出かける前にルイズと一悶着あり、たまたまそこを通りかかったオスマンの秘書からお借りしたものである。

 

「ここに。しかしルイズ、やはり財布を腰に括りつけてはいけないのか? それなりに重さがあるゆえに、懐にあると少々動きづらいのだが」

 

「駄目よ。出かける前にも言ったでしょ。そんな見える所にぶら下げてたら盗ってくださいなんて言ってるようなものよ。だから何度言っても駄目なものは駄目」

 

 出かける前の一悶着の原因がこれである。

 ルイズが言うには貴族は自分でお金を持たないものであり、付き人である平民に持たせる物であるという。

 それぐらいならと財布を受け取り腰に結ぼうとしたところ、ルイズが激怒。

 財布は何処に持っているかわからないように懐に隠すのが当たり前だと言ってきた。平民がメイジのスリから身を守るための方法であるらしい。

 ついでだが貴族とメイジは分けて言える事が出来るのだとか。

 そういう訳で、どうあっても首を縦に振りそうにないルイズに、そうか。と渋々頷きながら、再度財布を懐へ仕舞おうとするが、その直後に後ろを歩いていた男がレナスを突き飛ばした。

 

「きゃあ?!」

 

 突然のことに反応出来なかったレナスは地面へと倒れこみ、手にしていた財布を手放してしまった。

 

「おっと、ごめんよ」

 

 言うが早いかレナスを突き飛ばした男は逃げるように路地裏へとその身を滑り込ませて行った。

 

「ちょっと!? もう! 何なのよあの男!」

 

 同じくルイズもこの一瞬の出来事に反応出来ずにおり、頭が何が起こったのか理解した時にはもう既に男の姿はなかった。

 逃げた男に文句の一つも言えなかったルイズは男が逃げ込んだ路地裏を睨みながらも倒れてしまったレナスに近付く。

 

「プラチナ。大丈夫?」

 

「ええ。私は大丈夫なのだが……やられたか」

 

「やられたって、何を?」

 

 男がレナスを突き飛ばしただけとしか見て取れなかったルイズはレナスの言葉に首を傾げる。

 

「財布だ。あの男スリだったようだな。スリと言うよりは強盗に近い手口だったがな」

 

「えぇ!? ちょっと! アレだけ注意してって言ってたのに盗られちゃったの!?」

 

 やっと一連の出来事の全てを理解できたルイズは更に騒ぎ立てる。

 

「あれには私のお小遣い全部入ってるのよ! あんたの剣の代金だって今日の買い物分だって全部あれに入ってるのよ! どうすんのよ!?」

 

 鼓膜が破けるほどルイズが騒ぎ立てる。

 その騒ぎに何事かと道行く人々も足を止め我々を見るも、ルイズがマントを付けているのを見ると全員がその場をそそくさと足早に立ち去っていった。

 平民である以上、無闇矢鱈と貴族に関わるものではないと思ったのであろう。

 レナスはそんな周りの人々を横目にルイズに対し貴族が往来の多い道のど真ん中で大声を上げるものではないとなだめた後、男が逃げていった路地裏へと目を向ける。

 

「で、どうするのよ?」

 

 まだ怒りが完全に収まったわけではないようで、声は抑えられているものの明らかに怒気の混じった声でルイズが言う。

 

「盗られてしまった事実はどうしようもない。が、ただそれだけだ。盗られたのならば取り返せばいい」

 

「取り返すって……、あんたねぇ! もうあれだけ足が速ければ今から追いかけたところで追いつかないわよ! それに路地裏はかなり入り組んでいるのよ! 私でさえ迷うのに今日初めて来たばかりのあんたに道がわかるはずないでしょ! 迷子になってそれでおしまいよ! 今から追いかけるよりさっさと衛兵にでも通報したほうがまだ財布が戻ってくる可能性があるわよ!」

 

 レナスの答えに再度火が付いたように怒りだしたルイズ。

 だが、確かにルイズの言う通り、此処に来たのは今日が初めてだ。それに一連の流れから奴もかなりの手練なのだろう。

 入り組んでいると言われる路地裏も奴や衛兵の方が詳しいはずだ。

 ――だが、それだけだ。

 

「そうか、ならルイズは衛兵所に行っててくれ。私も後でそこへ向かう」

 

「あっ!! プラチナ!? 待ちなさい!」

 

 ルイズの呼び止めを背中で聞きながら、レナスは路地裏に駆け込むと同時にあるものを取り出した。

 

 

 

 

 

 

 同時刻、狭く薄暗い路地裏をとある一人の男が走っており、手にはずっしりと重そうな財布が握られていた。

 木箱や樽、瓶や汚物などが転がる障害物が多い路地裏を男は細い溝に流れる水の様な速さと正確さでスイスイと駆け抜けて行く。

 

「へっ、おこちゃまの貴族だったが、案外持っているようだな」

 

 男は上機嫌で手にした財布を振る。

 財布からは中の硬貨がお互いを打ち鳴らしジャラジャラと決して小さくない音を鳴らした。

 その音を聞き、男は更に頬を釣り上げて笑う。

 

「こりゃあ、今日の仕事はこれで終わりにしてもいいかもしれないな! こんだけありゃあ暫く遊んでられるぜ!」

 

 財布にたんまりと詰まっている硬貨に胸を高鳴らせると、それを懐へとしまいながら男は先程財布を奪ったあの女性の事を口にした。

 

「それにしてもありゃー随分な美人さんだったな。平民とはいえあれだけ顔が整ってたら言い寄って来る奴も多いだろうな。だが、貴族様のお付きの者としてこんなヘマしちまったら、良くてクビか娼館送り、悪けりゃ死刑ってところだな。数日したら娼館でも見て回るか! もし見つけたら買ってやるか! お前から奪った金でだがな!」

 

 ギャハハと下卑た笑い声を上げる。

 だが、男の前方には大きな壁が行く手を塞いでおり、両端に道はなかった。

 どう見ても袋小路に追い込まれた様に見える男だったが、もうこんなところまで来てたのか。と言うと、メイジの証である杖を取り出した。

 

「――っ」

 

 小さく詠唱すると、男の体がフワリと浮かび上がる。

 

「後は、この壁を越えてしまえば、誰も追ってなんて来れないって寸法よ。衛兵になんて頼ったって無駄無駄。俺様に会った事を運が悪かったって泣くんだな」

 

 そう言いながら、男は壁を乗り越える。

 壁を乗り越えた先は、小さな空き地となっていた。

 四方が壁に囲まれているも、そのそれぞれに細く伸びる裏路地があるが、そのどれもにここへ入ることを拒むかのように木箱が積み上げられていた。

 一般人がここへ入り込まないようにわざわざ男が積み上げた木箱である。

 男は盗みを行う度に此処へ入り、盗品を改めて確認しながら、騒ぎが収まるのを待つのであった。

 今日もいつも通りに事が進むと男は思っていた。

 が、男が壁を乗り越えた瞬間笑っていた男の顔からその笑みが消え、驚愕の表情へと変わった。

 それもそのはず、乗り越えたその壁の先には、先程財布を奪ったあの女性、レナスの姿があり、その手には剣を握られていたからだ。

 

「なんっ……! くっ!」

 

 男はフライの呪文を解除し、地面に降りるとレナスに向けて杖を構える。

 そのまま飛んで逃げてもよかったのだが、今城下町を飛んで逃げるのは色々とリスクがあると判断したのだ。

 

 「貴様どうして此処に!? それ以前にどうやって俺よりも早く!? 剣など持っていなかったはずだ!?」

 

 などと喚きながら男は混乱するも、剣を持っていると言うことは所詮平民だと結論付け男は落ち着きを取り戻す。

 

「奪った財布を返して貰おうか」

 

 怖がる素振りもなく、ただ淡々と告げるレナスの言葉に男は背筋に薄ら寒いものを感じながらも、それを払拭するかのように怒鳴り返す。

 

「誰が返すか! 平民なんかが俺に勝てると思うな! 俺は風のトライアングルだ! 俺の魔法が見えるはずも躱せるはずもねぇ!」

 

「……そうか、ならば仕方がない」

 

 レナスは剣を下方に構え、ゆっくりとしたスピードで男へと迫る。

 

 それと同時に男は杖を構えなおし、レナスへと狙いを定める。

 十分に詠唱出来るだけの距離はある。放ってしまえば負けることはないはずだと男は結論付けた。

 

「殺すには勿体無いほどの美人さんだが、向かってこられたんなら殺すしかないな! 流石の俺も死体に興奮するほど変態ではない。が、死んだ後のお前さんの体は有効活用してやるよ! なぁに世の中にはそんな変態も居るって話だ。あぁ、安心しろ。高く売ってやるからさ!」

 

 言葉の最後に間髪入れずに呪文を唱える。

 

「デル・ウィンデ!」

 

 直ぐに向かってくる奴の頭と体が泣き別れるはずだと男はほくそ笑んだ。

 しかし、レナスの動きは男の予想を大きく覆した。

 直立に近いような姿勢で剣を下に構えてゆっくりと走るレナスであったが、当たるであろうその瞬間にまるで見えているかのようにレナスは姿勢を低くし、一気にスピードを上げた。

 その直後に後ろの壁がゴシャリという音と共にえぐられた。

 

「は……?」

 

 男は唖然とした。

 魔法が外れた。いや、回避されたのだ。

 ありえない! 男はそう思いながらも次の攻撃をせねばと詠唱しようとするも、もう既にレナスは男の目と鼻の先へと迫っていた。

 

「はやっ――」

 

 この時男はやっと理解した。あの変な構え方もゆっくりとした走りも全ては自分の魔法を回避するためのものだったのだと、そして回避と同時にスピードを出す事が出来るように身を低くする躱し方をしたのだと。

 そう理解出来た時にはレナスに杖を切られており、男の喉元にはピタリと剣先が向けられていた。

 

「大人しくしろ」

 

 その言葉に男は両の手を上げる他になかった。

 

「ま、参った。財布は返すよ。だから殺さないでくれ」

 

 涙混じりにそう応える男は懐から盗んだ財布を取り出すとレナスの少し後ろへ投げた。

 

「ほ、ほら。財布なら返した。だ、だから命ばかりは……」

 

 そう懇願する男からレナスも剣を引く。

 

「もとより命を奪うつもりはない、これに懲りたのならば自首することだ」

 

 レナスは男に背を剣を鞘へしまうと、向け投げられた財布を拾いに向かった。

 

「あぁ、そうするよ――」

 

 そう言いながらも男の口は笑いを堪えるようにヒクリと動いていた。

 それと同時に背中に手を回し、隠し持っていたナイフを取り出すと、レナスが財布を拾おうと身を屈めた瞬間に飛びかかった。

 

「死ねぇ!!」

 

 飛びかかる男に対し、レナスは自身の体を少しずらし左足を軸に右足で小さく半円を書くように抜刀しながら、そのまま剣の柄頭を男の鳩尾へと叩きこんだ。

 

「ぁうごっ――」

 

 短い呻き声と共に地面へと倒れ伏す男を確認すると、再び剣をしまいながらレナスは立ち上がった。

 財布を拾う際に服に付いた土を軽く払うと、男を見下ろしながら溜め息をついた。

 

「全く、油断も隙も無い」

 

 そう言葉を漏らすと、レナスは先程使用したあるものを補充するために胸元へと手を当てる。胸元に当てた手を手前へと引くように手首から先を動かす。淡く光る直径十五センチ程の光の玉がレナスの手の上へと浮遊する。

 レナスは、それを落とさぬようにその手を受け皿のように添え、マテリアライズをかけて物質化させる。

 光の玉が収縮し、ポトリとレナスの手の上へと落ちる。

 それは片手に収まるほどの小さな球体であった。

 

「天空の瞳……。このような場所でも使えるのだな」

 

 念の為にと幾つか使用できそうな道具をマテリアライズし、服へ仕舞っていたのだが、それが功を奏した。

 何故物質化して持っていたかというと、咄嗟の時に取り出しづらく、光を発するため人前では使えないなどと言った理由でストックしておいたのだ。

 男を追って路地裏に滑り込んだレナスはこれを使用し、このトリステイン城下町全体のマップを調べた後、この男が逃げ込みそうな場所へ先回りしたのだ。

 この路地裏は曲がりくねってはいるものの、ほぼ一本道であったため、先回りするのはレナスには容易であったと言うわけである。

 勿論先回りする際には姿を消し、飛んで移動したということを付け加えておこう。

 レナスは天空の瞳と財布を仕舞うと、男を担いだ状態で木箱を乗り越えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、ここはトリステインの衛兵所。

 雑多で掃除も行き届いていないような場所に不釣合いな桃色ブロンドな少女、ルイズと、これまた男臭いはずの衛兵所に居るはずもない女性の兵士が、ルイズから話を聞いていた。

 

「なるほど、その男から財布を強奪され、今お連れの方が追っていると言うことですね?」

 

「そうよ。プラチナの強さは信用しているけど、土地勘もない彼女に捕まえられるとは思いにくいわ」

 

 未だに機嫌が悪いのか、少々膨れっ面で受け答えるルイズ。

 

「わかりました。直ぐにでも奴の行方を追うように指示します」

 

 そう言うと兵士の女性は後ろにいた、これまた女性の兵士達に指示を出す。

 命令を受けた兵士達は、ガチャガチャと武具を鳴らしながら、町へと散開していった。

 

「では、申し訳ありませんが報告があるまで、此方で待機頂けますか?」

 

 コクリと頷くルイズに、女性兵士はお茶を用意する。

 

「小汚い場所かもございませんが、お茶をどうぞ」

 

 差し出されたお茶を、ルイズは膨れっ面のまま軽くすする。

 しかし、思いの外に出されたお茶が美味しかったのか、膨れっ面だった顔を元に戻した。

 

「そういえば、焦っていて気付かなかったけど、ここにあんた達みたいな女の兵士が居るわけ?」

 

「我々のことですか?」

 

 ルイズから聞いたことを調書をまとめていた女性兵士の手が止まる。

 

「そ、なんでなの? 女性の兵士隊なんて聞いたことなかったけど?」

 

 その言葉に、まだ我々も知られきっては居ないのかと、小さく呟くと姿勢を正しよく通るような鮮明な声で告げる。

 

「我々は最近出来た銃士隊であります。その構成のほとんどが女性であり、いつもは宮殿内または付近の警備にあたっております。しかし、今現在盗賊騒ぎで人手を必要とされているため我々も、この場を拠点に住宅街付近の警備にあたらせてもらっております!」

 

 周りの兵たちも突然のことに何事かとそちらを見るも、あぁ、またか。などと呟きながら自身の仕事へと戻っていた。

 真正面にいたルイズも、突然の事に面食らいながらなるほどと頷くしかなかった。

 

「それにしても盗賊騒ぎって?」

 

 ルイズの問いに先程よりは声のトーンを落として女性兵士は答える。

 

「土くれのフーケと言う盗賊がこの辺りに出没しているらしく、それに感化されたのか、貴殿を襲った様な輩も増えているのです」

 

「なによそれ! 迷惑な話ね!」

 

「えぇ、全くであります!」

 

 二人はうんうんと頷きあった。

 

「ですが、兵達の頑張りもあって今はそのフーケと残り一人以外は捕えることが出来ました」

 

「そこまで来たんなら、そのフーケとか言う奴も、その残った一人も捕まえなさいよ」

 

 ルイズの言葉に少し顔を歪めながらも、申し訳ない。と軽く頭を下げる女性兵士。

 

「ごもっともではありますが、奴等一筋縄ではいかないのです。土くれのフーケは土のトライアングル以上、残りの一人は風のトライアングル以上ではないかと報告に上がっておりまして、我等の隊長でも捕らえられるかどうか……、といったところなのです」

 

「え? あんたが隊長じゃないの?」

 

 その言葉に手と首をブンブンと振りながら、女性兵士は全力で否定する。

 

「とんでもない! 私は隊長が居ない間のまとめ役ではありますが、実力で言うと、隊長とは天と地ほど差がありますよ! 隊長は我々の誇りであり目標であります!」

 

 何やら振れてはいけない所を振れてしまったのか、女性兵士は少々暴走気味に言葉を続ける。

 そんな彼女にストップと言えるわけもなく、顔を軽く引きつらせるルイズであった。

 

「隊長はメイジ殺しと言われるほどの腕前であり、与えられた使命を確実に達成してきました。そんな隊長のお仕事の妨げにならぬよう我々が常日頃隊長の書類仕事を――」

 

「おう! ちょいとお邪魔するぜ!」

 

 止まることなく話したてる女性兵士の言葉を野太い男の声が遮った。

 助かったと心の中でルイズは安堵しながら、声の方を振り向くと次は別の意味で息が止まりそうになる。

 おそらく声を出したであろう人物がいかにも犯罪者的な強面の筋骨隆々な大男であり、その肩には気絶しているか死んでいるのかわからないが、ピクリとも動かない男が担がれていた。

 

「おや? 花屋の御主人、如何なされたか?」

 

 花屋? どう見ても違うだろう。と、言いそうになるもなんとか飲み込みつつ、彼等の会話にルイズは耳を傾ける。

 

「おぉ、嬢ちゃん! また良い生花が入ったから見に来なよ! 安くしとくから!」

 

「ありがとうございます。それは是非。それで、ここに来た要件は?」

 

「おう! そうだった。こいつだよこいつ!」

 

 花屋の主人は肩に乗せていた男をドサリと床に転がす。ルイズがその転がされた男の顔を覗き込むと、思わず声を上げた。

 

「あぁ! こいつよこいつ! 私から財布を盗ったのは!」

 

「何だ、貴族のお嬢ちゃんもこいつにやられてたのか! 捕まってよかったな!」

 

 ガハハと豪快に笑う花屋の主人に女性兵士が尋ねる。

 

「まさか、御主人が捕まえたのですか?」

 

「いんや、俺じゃねぇよ、こっちの嬢ちゃんだ」

 

 そう言うと、その巨体を動かして隅へと移動する花屋の主人。その後ろには、現在の名の通りプラチナブロンドが映えるレナスが立っていた。

 

「プ、プラチナ! あんたまさか……!」

 

 レナスは懐からルイズの財布を取り出すと、ルイズへと手渡した。

 

「中身は見ていなから確認しておけ」

 

 レナスから財布を受け取ると、ルイズは財布の口を開けて中身を確認しだした。

 

「いやぁ、びっくりしたよ! 盗人を捕まえたから運ぶのを手伝ってくれなんていきなり言われたからな! 半信半疑に見に行ったら男が路地裏でのびてるもんだから更に驚いたもんだ!」

 

 花屋の主人の言葉を余所に、女性兵士はレナスへと近寄り感謝の言葉をかける。

 

「賊の捕縛、誠に感謝いたします。奴を捕らえるのに我々も手を焼いていたのですが、これほどあっさりと捕まえることが出来るとは、さぞ高名な騎士だとお見受けしますが、名前を伺っても宜しいでしょうか?」

 

 まるでマニュアルのような褒め方ではあるが、レナスは嫌な顔一つせず、今の自身の名前を口にする。

 

「プラチナだ」

 

 女性兵士が名前に聞き覚えがなかったのか、プラチナ……。と小さく復唱するも、直ぐに手を差し出し握手を求めてきた。

 

「プラチナ殿ですね、改めてご協力感謝いたします」

 

 感謝の証として握手を求めるものなのかと考えながらも、無下にするわけにもいかず、レナスはその手を握り握手を交わした。

 

「構わないさ。それと御主人、小間使いのような扱いをさせて悪かったな。協力感謝する」

 

 レナスの言葉に隅に居た花屋の主人はまたも豪快に笑う。

 

「良いってことよ! だが次は客として来てくれ! 安くするぜ!」

 

 そう言いながら、邪魔になるし店に戻る。と、言い残し花屋の主人は衛兵所を去っていった。

 

「では、私達も失礼する。ルイズ。行くぞ」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

 ずっと財布の中身を確認していたのか、わたわたと財布を仕舞いながら、出て行こうとするレナスの後を追う。

 

「あぁ! プラチナ殿少々お待ち下さい!」

 

 ルイズの呼び止めには止まらなかったものの、女性兵士の呼び止めにはピタリと足を止め静止する。

 そしていきなり立ち止まったレナスの背にボフリとルイズが顔をうずめるようにぶつかった。

 女性兵士はバタバタと裏手の方へへ行っていくと、直ぐに少々膨らんだ革袋を手に戻ってきた。

 

「これを、奴にかけられていた懸賞金です。被害にあった者達から寄せ集められたものなのでいくら入っているかわかりませんが、どうぞお受取りください」

 

 そう言われて女性兵士から革袋を受け取ったレナスは、感謝の言葉を口にすると、背中を小突き続けるルイズと共に衛兵所を出て行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 数刻後、出払って行った兵達もあらかた戻り始めた頃、マントを羽織った、とある一人の女性騎士が衛兵所へと顔を出した。

 

「今戻った。盗賊騒ぎの方は何か進展はあったか?」

 

「あぁ、隊長! おかえりなさい! 実はですね――」

 

 この後、とある一人の女性騎士にプラチナと言う名前が深く刻まれることとなった。




 デルフ出すまでいけませんでした。
 まさか、これだけで八千文字越えるとは、今までで一番長くなった気がします。
 また雲隠れするかもしれませんが、忘れた頃に顔を出しますね。

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