勿論、時間があればです。仕事時間が十八時間を超えそうで怖いです。
あれほどひどい状態だった教室も、ルイズの頑張りもあり、お昼丁度には片付けが終了した。
とは言っても、元々体力がある方ではないルイズは片付けの途中でくたびれてしまい、その後はレナスがほぼ一人で完了させたと言っても過言ではなかった。
「……じゃ、昼食後にね」
そう言い残すとふらふらと一人で食堂へと向かうルイズを目で見送りながら、レナスも食事を取るために厨房へと向かう。
無意味である食事を取る必要など無いと思いつつも、厨房へと向かう足取りは早く、自然と頬が緩んでいることに、レナス自身気付いてはいなかった。
厨房へ辿り着くと、そこは朝と同じ喧騒を繰り広げる使用人達でごった返していた。
「おっ! 来たな!」
レナスが厨房の中へ入ってきたことに指示を飛ばしていたマルトーが此方に気付き、トレーに素早くレナスの食事を用意すると近づいて来た。
「お前さんに言われた通りパンは半分に、そしてこれは俺特性のスープだ!」
ズイッと手渡されたトレーを受け取る、フワリと香料の効いたスープがレナスの鼻孔をくすぐる。
マルトーは、後で感想を聞かせてくれ。とだけ言い残し、足早にまだ終わらぬ仕事へと戻っていった。
そのトレーを持ち今朝食事を取った場所へと向かうと、丁度休憩中だったのか、シエスタが一人食事をとっていた。
「あっ、ミス・プラチナ」
「シエスタか、前失礼するぞ」
シエスタにどうぞと促されたレナスはシエスタの正面の席へと腰を下ろす。
レナスは早速スプーンを手に取り、スープを軽くひとすくいし口へと運ぶ。
今朝食べたシチューと同じ、いやそれ以上の美味しさに、レナスは自然と微笑んだ。
「ふふっ」
それを見ていたシエスタが、口に手を当て可愛らしく笑う。
「どうした?」
「いえ、実はですね――」
何故笑ったのかシエスタが言うには、このスープはマルトーが一人で作った物らしく、この賄い食を作る際に『誰も手伝うんじゃねーぞ! これは俺一人で作る!』と念まで押したらしい。
だが、この一品を作る為だけに何時間もかけており、今そのツケが来ていて忙しいそうだ。
そしてマルトーがこのスープを作るのに没頭した理由はどうやら私にあるんじゃないかと噂になっているのだとか……。
「マルトーさん、ミス・プラチナに美味しいと言われて余程嬉しかったんでしょうね」
私の食事など道楽のような無意味でしか無いのに、それに力を入れるとはな。
だが、噂とは言えど、私の為に身を削ってまでスープを作ってくれたのだ。礼は返さねばならないな。
「シエスタ」
「はい?」
「シエスタの仕事、少しばかり手伝わせてはくれないか?」
「ええっ!? だっ! 駄目ですよ! またミス・プラチナに手伝ってもらっちゃ今度こそ私怒られちゃいますよ!」
ブンブンと手と首を大きく振り、私の申し出を拒否する。
「だが、このスープを作っていてマルトーの指示が遅れ、全体的に仕事に支障が出ているのではないか?」
「た、確かにそれは、そう、ですけど……」
彼女の言葉が尻すぼみになりつつも肯定する。
「ならば、これほどまでに美味いスープを作ってくれたマルトーに礼がしたい。だから私がシエスタの仕事を手伝い、余裕が出来た分シエスタがマルトーの仕事を手伝ってやって欲しい。それでは駄目か?」
シエスタは腕を組み、ううん。と軽く唸り考えると、結論が出たのか、私へと向き直る。
「わかりました。なら、ミス・プラチナにはこの後のデザートの配膳を手伝ってもらいます。宜しいですか?」
「ああ、わかった。」
彼女の言葉にレナスは頷く。
「あっ! それとミス・プラチナが手伝ってくれてるのを誰かに聞かれたらちゃんと説明してくださいね! じゃないとほんとに私怒られちゃいますから!」
誰かに叱咤されることが好きな人間などいないが、余程怒られるのが嫌なのか念を押すようにシエスタが強く言ってきた。
「わかった、そこは私からちゃんと言っておこう。ああ、それと――」
レナスは今朝から言おうと思っていたことをシエスタに伝える。
「私に対して、ミスなど形式張った呼び方はしなくていい。呼び捨てで呼んで貰って構わない。他の者にもそう言っておいてくれ」
「えっ、ですが――」
「私が構わないと言っているのだ、オスマン殿から言われていようと気にする必要はない。私も魔法が使えないのだから此処の言い方で言うシエスタ達と同じ平民でしかないのだからな、気軽に呼んでくれ」
もっとも、マルトーは気にせずに最初から気軽に呼んでいたがな。と付け加えると、確かにと感じたのか、クスリとシエスタが笑った。
「じゃあ、プラチナさんとお呼びしますね」
さん付けもいらないとシエスタに言ったが、一応私の方が歳上なのだからと、さん付けだけは譲らなかった。それでも最初の時のような他人行儀な言い方ではなくなった分良しとしよう。
しばらくして、厨房で働いていた使用人と入れ替わりで、私はシエスタと共にデザートの配膳へと向かう。
大きな台車を押し、その上に乗せられた銀のトレーをシエスタとレナスは手に取ると器用に片手で持ち、貴族達に配って歩く。
最初は大きなトレーを私が持ち、シエスタが配るやり方をしようとしたが、それでは効率が悪く思えたので、数回台車に戻る形にはなるが、片手で持てるほどの大きさのトレーを数個用意し、二手に分けれて配るやり方に変えたのだった。
「ちょっと、なにやってんのよ……」
丁度配った席に付いていたのは、一応私の主であるルイズであった。
「見てわからないのか? ケーキの配膳をしている」
「だから、なんであんたがケーキの配膳なんてしてるのよって聞いてるのよ」
ムスリとした顔をしながら、執拗に理由を聞いて来るルイズに簡潔に事の成り行きを説明する。
「ふ~ん」
理由を聞いておきながら興味なさそうに返された返事と、あまりそういうことは控える様に、使い魔であるあんたの行動は私の威厳にも関わると言う私的な理由を押し付けられた。
「ところで、あれは何の騒ぎかしら?」
私がルイズと話しているうちにルイズが私の後方が騒がしいことに気付く。
振り返って見てみると、小さな人垣が出来ており隙間から覗く人垣の中心には金髪の気障な少年の貴族が騒いでいた。その正面、正しくは少年の足元にはシエスタが必死に頭を下げて許しを請う姿が見える。
「ルイズ、ちょっと行ってくるぞ」
「あっ、ちょっと!」
私は足早に人垣へと近づく、その後を小走りにルイズも着いて来た。
共に人垣に辿り着くと、ルイズは近くにいた生徒に尋ねる
「ねぇ、なにがあったの?」
「あら、ルイズ。どうもね、ギーシュが落とした香水をあのメイドが拾って渡したんだけど、それがどうもギーシュと付き合ってると噂されてるモンモランシーから貰ったものらしくてね。ギーシュがアプローチをかけていた一年の女の子にバレちゃって、更にそれがモンモランシーにバレて、この騒ぎよ。全く自業自得の癖に使用人に八つ当たりするなんて、最低よね」
どうやら、全ての非はあのギーシュとか言う気障な少年にあるようだが、自分の非を認められず、シエスタがあの香水を拾わなければと言う、責任転嫁をシエスタに押し付けているようだ。
「どうやら、君にはお仕置きが必要みたいだね……」
悪くもないのに謝り続けるシエスタに、腹の虫が治まらないのか、懐から薔薇を象った杖を取り出した。
「ひっ!」
一番恐れていたことを目の当たりにしたシエスタは、立ち上がることも出来ずに両手両足を使ってギーシュから少しでも離れようと後方へと這いずる。
「ちょっと、流石にやり過ぎよ……」
いくら階級制度があるとはいえ、これでは一方的な私刑に等しい、だが周りの生徒は誰も助けようとはしなかった。
それほどまでに貴族と平民とは差がはっきりしており、誰一人としてこの状況下でシエスタを助けようとするものはいなかった。
それどころか、暇な学院生活で刺激を欲していた生徒達が、煽るように野次を飛ばす。
そして、ギーシュは呪文を完成させたのか、その造花の杖を大きく振り上げ、シエスタに向けようとする。
だが、その杖は振り下ろされること無く、そのまま静止する。
ギーシュが途中で気が変わり止めたのかと生徒達は思ったが、違った。
天に向けられたその腕を、レナスが片手で抑えていた。
「それぐらいにしておけ、少年」
凛々しく周りに響く声はシエスタの耳にも届き、飛んでくる魔法を恐れて塞いでいた顔を上げる。
「プ、プラチナさん!」
突然の助けに安堵しながらも、別の恐怖からかシエスタの顔が更に青くなる。
「だっ! 駄目ですプラチナさん! 私が罰を受ければそれで済むことなんです! そんなことをしたら貴方までひどい目にあってしまいます!」
シエスタの悲痛な声にレナスは構わないと言うかのように首を横に振る。
「罰を受ける必要がない者に、罰を受けさせるつもりはない」
その言葉にギーシュはピクリと反応し、レナスの手を振り払いレナスへと顔を向ける。
「罰を受ける必要がないだって? いいや彼女は罰を受けなければならない。彼女の軽率な行動によって、二人の女性の名誉が傷付いたのだよ? それを――」
「軽率な行動を取っているのは貴様だということがわからんのか、小僧」
言葉を遮られ、更に女性が言うとは思えない言葉にギーシュは大きく目を見開いた。
「聞けば、貴様がその二人の女性を口説いた事がまず軽率なことだろう。男なら好きな異性がいれば一人を愛し続けろ。それが出来ぬほどに貴様の知性は低いのか? いや低いからこそ、このような赤子のように幼稚な事しか出来ぬのだな」
途中からはほとんど暴言と言えるようなレナスの物言いに、ギーシュの怒りはもう既にシエスタではなく、レナスへと向きを変える。
「き、貴様!」
怒りを向ける相手をしっかりと見た、ギーシュは此処で思い出した。
この目の前にいる女性が誰の使い魔だったのかを。
「あぁ! そうか! 思い出したよ! 君はあの『ゼロのルイズ』の使い魔だったね! そうかそうか、ならばこれほどまでの貴族に暴言を吐ける教養の無さに頷ける! 主が無能であれば使い魔も同様か!」
レナスを煽るように主であるルイズをも罵倒し始めるギーシュ。
「言葉に気をつけろ、小僧。お前は自分で自分の首を締めているのに気付かないのか? どちらが教養の無い無能か、よく考えることだ」
煽り文句を更に返されたギーシュはもう怒りで我を忘れていた。
自分が一体に何に向かって暴言を吐いているのか冷静であっても気付くことはないが、喧嘩を売ってはいけない相手に一番言ってはならないことをギーシュは口にした。
「決闘だ!」
造花の杖をレナスに向けると、この場にいる全員に聞こえるように大声で叫ぶ。
「いいだろう、その申し出受けて立とう」
「ふん! 後で謝ったとしてももう遅いからな! ヴェストリの広場で待つ! 神にでもお祈りを済ませて来ることだな!」
神であるレナスに皮肉とも取れない言葉を言い放つと、ギーシュは仲間を引き連れこの場を去っていった。その際、そのうちの一人だけがギーシュと話した後に、この場に残った。どうやら監視のためであろう。
監視役を無視し、レナスはシエスタへと近づく。
「シエスタ、怪我は無いか?」
「わ、私は大丈夫です……。けど、プラチナさんが!」
顔を青くしたり赤くしたりと、シエスタは涙を流しながらレナスの腕を握りしめる。
「私は大丈夫だ。すまないな、ケーキの配膳これ以上手伝ってやれない」
「そんなことどうだっていいです! プラチナさん! 貴族様に謝りましょう! 私だけが罰を受ければこんなことには――」
「シエスタ」
名前を呼ばれレナスに肩を叩かれる。ビクリと体を震わせるものの、シエスタはレナスと目を合わせた。
「言っただろう? 罰を受ける必要の無い者が、むやみに罰を受ける必要はない。受ける必要が無いものを我慢して受けることはない」
「で、ですが――」
「ちょっと! プラチナ!」
未だレナスを引き留めようとするシエスタの言葉を駆け寄ってきたルイズの言葉が遮った。
レナスの正面へと回り込んだルイズは息を荒らげてレナスに言う。
「プラチナ! そのメイドの言う通りよ! あんたギーシュに謝んなさい!」
「ルイズ。お前まで何を言って――」
「いい!? いくらあんたが旅をしてきて腕が立つとしても、平民は貴族に決して勝てないのよ! 無駄にあんたが怪我する必要なんて無いんだから! だから――」
「優しいな、ルイズは」
止めなさいと言う言葉の前にレナスの言葉にルイズは言葉を詰まらせる。
「なっ、何を言ってるのよ! 私はせっかく召喚した使い魔をここで失いたくないだけよ!」
顔を赤くし、ルイズはそっぽを向く。
「そうか、ならそういう事にしておこう。だが――」
レナスはルイズの目をしっかりと見つめ、シエスタにも聞こえるようにはっきりと伝える。
「私があの程度の魔法使いにやられると思われる方が心外だな。私を心配してくれるのであれば、同時に私を信じ、この決闘見守ってはくれないか?」
レナスの強い言葉に、ルイズもシエスタも黙ってしまった。だが、ほぼ同時に二人は顔を上げるとレナスに向かって頷いた。
「わかったわ、使い魔を信じるのも主の立派な務めよね。ただし、信用してあげる以上、勝ちなさい」
「私もプラチナさんを信じます。だからどうか怪我だけはしないでください」
二人は共に迷いが無くなったのか、しっかりとレナスの目を見ていた。
レナスは軽く微笑むと、残っていたギーシュの仲間と思しき、生徒へと近付き声をかける。
「監視人」
「なんだ? もういいのか?」
「あぁ、ギーシュの待つヴェストリの広場とやらに案内してもらおうか」
「こっちだ、平民」
それだけ言うと少年はレナスに背を向け先導して歩く。
それの後をレナスは付いて歩き、その更に後ろをルイズとシエスタが共にレナスの後を追った。
次回、やっとギーシュ戦。
どのゼロの使い魔の二次創作もそのお話が序盤での一番の盛り上がりだと思います。
戦闘描写は初めて書きますが、どうかまたお付き合いください。
投稿いつになるかわかりませんがね。