「……ジュエルシードは?」
開口一番、プレシアはそう言った。
それ以外のことは、どうでもいいという態度。
しかも、心底そう思っているのが伝わってくる。
斜め後ろには、フェイトとその使い魔が居心地悪そうにしている。
奇妙な感覚だった。
初めて相対するはずの相手だが、どこかで見たような。
いや、ずっと一緒にいたような気持ちさえるする。
そのくせ懐かしいという感じはなく、他人以上に他人に感じるのだ。
プレシア・テシタロッサ。
美しい顔だが、その死人のような肌色は彼女の命が長くないことを示している。
「私は──」
名乗るべき名前に関して、少女は躊躇してしまう。
九頭竜隼人という名前にもはや実感はない。
十年生きてきた生きてきた時間すら希薄で、はるか昔どころか他人事だ。
「ジュエルシードを見せなさい」
プレシアの言葉に、少女は肩をすくめた。
本当にこちらの正体など、どうでもいいらしい。
しかし、このままでは話が進みそうもないので、
「それなら、ここよ」
保管していた二十一の青い宝石を宙に浮遊させた。
途端に黒い魔導師の表情が変わるが、それを少女を見逃さない。
プレシアが動く前に、ジュエルシードを
「こんなものいつ渡してもいいけれど──その前に聞きたいことがあるの」
「……なにかしら」
一瞬鬼のような形相をしたプレシアだが、ゆっくりと手を下ろす。
「まず。こいつは、本当にあなたの娘なのかしら」
後ろのフェイトを指して、少女は問うた。
身を硬くするフェイトと、瞳を冷たくするプレシア。
「私の記憶──情報では、あなたの娘はアリシア・テスタロッサ……のはず」
「……!」
少女の言葉に一番動揺を見せたのはフェイト、ではなく
「何が言いたいのかしら」
プレシアだった。
外見はほぼ無表情だが、その内心が大きく揺らいでいるのを少女は確信する。
こいつは、やはり自分の過去に重要な関係があると。
「私はただ自分の知っていることを言っただけ」
しれっと、少女は言い放つ。
当然ながら、プレシアのほうは納得した様子ではない。
それどころか、いつ攻撃魔法を撃ち込んでくるわからない雰囲気だった。
ズキリ──と。
蒼白な女の顔を見ているうちに、少女の頭が微かに痛む。
痛覚に訴えるというよりは、頭の奥へノイズが走るという感じだ。
「****……」
いつの間にか、自分でも意図しない言葉が漏れた。
その途端、プレシアが今度こそ明確な動揺を見せる。
手にした長杖──自身のデバイスを取り落としかねないほどに。
「母さん……?」
フェイトが気遣うように近寄ろうとする。
しかし、それは両者の間に展開した魔法障壁に阻まれた。
それはまるで、フェイトを拒絶するプレシアの心を具現化したのように。
「何故、それを──」
ゾッとするような声で、プレシアは少女に問う。
「さあ、どうしてかしら? 自分でもよくわからない……」
少女は首を振った後、少しだけ目を閉じる。
「……私は、どこかの研究施設で造られた。こんな記憶はありえないはずなのに」
「つく、られた?」
フェイトが驚いて少女を見る。
プレシアも同じように驚いているようだが。
その瞳に映る意思は、別のものを宿していた。
「あの時のことは、よくおぼえていない。ただ……私の製作者は──」
こんなような男だった、と。
少女は記憶している創造者の情報を、語って聞かせた。
「ジェイル・スカリエッティ……」
苦しげな息の下で、プレシアはその名前を口に出す。
「どうやら、知っているようね」
「……ええ」
いつしか、プレシアは先ほどまでの殺気や悪意を消していた。
「二人きりで話さない? Dr.テスタロッサ」
チラリと後ろのフェイトたちに注意を払いながら、少女は提案する。
「そうね──」
応えながらも、プレシアはフェイトに視線を向けようとはしなかった。
「フェイト。下がっていなさい」
ただ、冷徹に命令をくだしただけ。
フェイトはわずかに逡巡したようだが、すぐに
「素直ないい子ね」
「──」
少女の言葉に、プレシアは何も返さない。
しかし、少女のほうは気にせず、自分のことを語り出す。
「まず率直に言うと、この姿は元々の私の姿じゃない。最近、急にこうなったの」
「変身魔法、というわけでもないのね」
「ええ。細胞レベルどころか、遺伝子レベルで別人になってしまった。これが少し前の私の、
と言うのも抵抗うがあるけど……そのデータよ」
少女は自分のデバイスから、完璧ではないが大よそのデータをプレシアに提示した。
「男……?」
「ええ。そればかりか、見てのとおり容姿も声も全て別物」
少女は肩をすくめて、冷笑気味に唇を歪める。
自分自身という自覚さえ薄れつつある、九頭竜隼人に対して。
「…………」
が、プレシアはそんな少女の態度を見ている様子はない。
ただ食い入るように、九頭竜隼人のデータを睨み続けている。
「……やっぱり、そうなのね」
やがて、ため息と共にプレシアは顔を上げた。
「あなたは、スカリエッティの試作品の一つ。プロジェクトF.A.T.Eのプロトタイプ」
「……使い魔を超える人造生命の作成と死者蘇生の研究、でいいのかしら?」
少女は頭をかきながら、記憶を整理するように返す。
プロジェクトF.A.T.E。
その名称を聞いた途端、何故かするするとそれに関する情報が沸いてくる。
「正確には、それから分派した研究の……というべきでしょうね」
「と、いうと?」
「どう言うべきかしら──」
プレシアは長い黒髪をかきあげながら、ふうと息を吐いた。
「認めたくはなかったのだけど……。いえ、まだ確証はないわね。できれば、あなたの髪の毛
でも何でもいいから、サンプルになるものをちょうだいな」
少女は髪の毛を一筋抜くと、そのままプレシアのもとに送る。
受け取ったプレシアは、手際の良い動きで髪の毛を分析にかけ始めていった。
いくつものグラフや数値が浮かび上がる中、プレシアは深いため息を吐き。
そして、どこか疲れたような顔をして少女を振り返る。
「まさかねえ……いえ、その顔を見た時から気づくべきだったのかしら?」
言い終えてから、プレシアは悪夢でも振り払うように首を振った。
「──で? 余計なことはいいから結論をお聞かせねがいたいわね」
少女の淡々とした声に、プレシアは一瞬妙な笑みを浮かべたようだった。
「可愛げのないこと……でも、それも仕方ないわねえ」
プレシアは手を振り、少女の前にあるデータの映像を展開させる。
それを読み取るうちに、少女の脳裏に様々な記憶が浮かび、形になろうとしていた。
データは、現在の少女のデータと、ある人物のそれを比較したものだが\。
「見てのとおり。私とあなたの遺伝子情報はほぼ同じものよ」
言われて、少女は思わず自分の顔に手をやる。
どこか記憶にある、自分の新しい姿──それは、目の前の人物に酷似している。
「あなたは、私の遺伝子情報をコピーしているというべきかしら」
プレシアは、少女を見ながら低い声で告げた。
「遺伝子ばかりじゃない。私の記憶や知識すら受け継いでいる。完全かはわからないけど」
「……なるほど」
少女には、特に否定する気持ちはわかなかった。
むしろ今まで不明瞭だったものが、急速に晴れやかになり爽快ですらある。
この姿は、年齢を別とすればプレシア・テスタロッサそのものなのだ。
「急に沸いてきたこのおかしな記憶や知識は、あなたのものというわけね」
「
プレシアの言った単語に、少女は反応する。
「それは何? ……残念だけど私の記憶にはない」
「あなたの作成者は、犯罪者として終われる身の上だった。危険も多い。だから、万一のため
保険を考えていた。例えば、何らかのトラブルで自分が死んだ時のね……」
「つまり?」
「ここは科学者として、大いに語りたいところだけど。時間が惜しいから要点のみ言うわ」
プレシアはその瞳で少女を見据え、指を突きつける。
「あなたに投与された
理論上はね、とプレシアは底で言葉を切り、大きく咳き込んだ。
押さえた手の平から、赤黒い液体がしたたっていく。
「……私の場合は、あなた──プレシア・テスタロッサというわけね」
少女は自分の手を見ながら、ため息をついた。
プレシアの容態など、気にもかけない。
「だけど、完全じゃない。所詮は劣化コピーよ。記憶は知識はあるかもしれない。仮に完全な
記憶と姿を持っているとしても……」
「ただそれだけ。オリジナル本人とはなりえない、ということね」
「……理解が早くて助かるわ」
口元をぬぐいながら、プレシアは若干つまらなそうに言った。
少女のが態度が、あまりにも冷静なものだったからであろう。
そんな大魔導師の前に、黄金の渦が小さく輝いた。
一瞬警戒するプレシアだったが、その手に収まった薬瓶を訝しそうに睨む。
「これは……」
「肉体を健康体に戻せる薬よ。使いたければ、使いなさい」
少女は薄く笑って、立ち上がった。
「プレシア・テスタロッサとしては不完全なコピーだけど……。しかし、劣化ではないわよ」
「……」
「私は魔力でも、戦闘能力でもあなたをはるかに超えている。あなたが病み衰えていなくても
負けはしない。そういう意味では、オリジナルを超えたコピーよ」
言い残すと少女は転移魔法を展開して、消えた。
そして、
コロン。
呆然としているプレシアの前に、21個の青い宝石が無造作に転がった。
「確かに……約束は守ったわけね」
プレシアは、微かに笑ったようだった。