問題児と悪魔の妹が異世界から来るそうですよ? 作:亡き不死鳥
パシッ
一つの音が十六夜とフランの二人の間に響く。二人の視線の先、自分の手の平は『相手の手の平と重なり合っていた』。詰まる所、
『勝敗結果:引き分け。契約書類は以降、命令権として使用可能です』
「………げ」
「………これは…仕方ないかな?」
お互いの手を掴み合い、空中で契約書類の定めた結果に片方は眉を顰め、片方は苦笑いを浮かべる。勝利条件は相手を手の平で捕まえること。つまり『相手の手の平』を捕まえても勝ちになる。互いが互いの手の平を触れた事でこのゲームはお開きとなった。
「……いやいや、納得いかねえ。おいフラン、もう一回勝負だ。引き分けは気に入らない。これじゃ敗者を決められねえじゃねえかよ」
「あはは…フランは大丈夫だけど…」
「ダメに決まってるじゃないですか!というか……全くもって…全くもって…やり過ぎでございますよぉ!!」
近くに来ていた黒ウサギが腹の底から叫んだ。屋根に戻った二人は先程のゲームで出た影響を省みる。数十箇所の屋根の破損。建物丸ごと一個の損壊。そしてなにより、時計塔の上部壊滅。その瓦礫による出店への影響。
「「………逃げるか(よっか)」」
「このおバカさまぁ!!」
パァンパァン!とどこから出したのか黒ウサギのハリセンが頭に落ちる。しかしそんな空気とは裏腹に、当然ここまでやられて黙っていられない者達がいた。
「そこまでだ貴様ら!」
三人の周りには炎の龍紋を掲げ、蜥蜴の鱗を肌に持つ集団が集まっていた。北側の階層支配者である“サラマンドラ”のコミュニティが、騒ぎを聞きつけてやってきたのだ。黒ウサギは痛烈そうな頭を抱え、降参するしかなかった。
☆☆☆
白夜叉の話と飛鳥の出番をキングクリムゾンして翌日。他のノーネームメンバーが鬼ごっこをしている間に、耀は白夜叉の紹介により参加していたギフトゲーム『造物主達の決闘』の決勝まで登りつめていたらしい。本日はその決勝戦だ。
「…行こっか、フラン」
「頑張ろ、耀」
その決勝ではサポート要因が一人まで許されるらしく、耀とフランは箱庭に来た翌日に約束した『一緒のギフトゲームに参加しよう』という約束を果たすため共にゲームに臨むことにしたのだ。
互いのやる気を確認し合うと、今日の司会進行を任された黒ウサギが舞台の真ん中で迎え入れるように両手を広げた。
「それでは入場していただきましょう!第一ゲームのプレイヤー“ノーネーム”の春日部耀と、“ウィル・オ・ウィプス”のアーシャ=イグニファトゥスです!』
通路から舞台に続く道に出る。その瞬間、二人の眼前を高速で駆ける火の玉が横切った。
『YAッFUFUFUUUUuuu!!』
「わっ…!」
「うわっ!ビックリした」
相手の奇襲に思わず尻もちをつく。頭上を見れば火の玉に腰掛けている人影があった。恐らく対戦相手の“ウィル・オ・ウィプス”のアーシャなんたらだろう。
「あっははははは!見て見て見たぁ?ジャック?ノーネームの女共が無様に尻もちついてる!ふふふ。さぁ、素敵に不適にオモシロオカシク笑ってやろうぜ……ってきゃあ!」
笑おうとしたのも束の間、転んだフランから放たれた弾幕一発が鼻先を掠め、アーシャは乗っていた火の玉から落ちそうになる。
「て、てんめぇぇぇ!舐めたことしやがるじゃねぇか!」
「やられたら、やり返す。常識だよ?」
クイックイッと挑発するように手招きする。奇襲にムカついたのか薄っすらと青筋が額に浮かんでいた。
「オ……オゥェゥウウケェェェイ!とことんバカにしてくれるってんなら、こっちも相応の態度で返すぜ!ジャック!!」
「YAッFUFUFUUUuuu!!」
一触即発。今にも両コミュニティが激突しそうな空気を醸し出した時にようやく黒ウサギの制止が入った。
「りょ、両者正位置に戻りなさい!あとコール前の挑発行為は控えるように!」
まだ舞台に登っていなかった二人はゆっくり舞台に上がる。円状の舞台をぐるりと見回し、最後にバルコニーの十六夜達に小さく手を振った。それが気に入らなかったのか再びアーシャが突っかかってくる。
「大した自信だねーオイ。私とジャックを無視して客とホストに尻尾と愛想ふるってか。何?私達に対する挑発ですかそれ?」
「「うん」」
カチン!と来たようだ。二人とも普段は大人しい(?)が、負けず嫌いなところは一流だ。バチバチと目に見えぬ火花を散らす。
睨み合い威嚇し合いを続けているとパンッと、会場中から柏手が起こりーーー世界が一変した。
虚無の彼方に呑み込まれたかのような感覚が起こり、闇に吸い込まれていく。数瞬の浮遊感が消えると、バフンと意外な着地音が鳴る。周りを見回すと巨大な樹の根に囲まれていた。
「この樹……ここは樹の根に囲まれた地面の中?」
耀の過敏な嗅覚が土の匂いを捉える。その独り言を聞いていたアーシャが小馬鹿にしたように耀を笑う。
「あらあらそりゃどうも教えてくれてありがとよ。そっか、ここは根の中なのねー」
「ねえ耀、このゲームってまだ始まってないの?」
「たぶん。勝利条件も敗北条件も提示されてないから。これじゃゲームとして成り立たない」
「無視すんじゃねぇ!!」
対戦相手の自分をまるでいない者のように扱うノーネームに苛立ちを募らせる。また文句を言ってやろうとすると、突如両コミュニティの間の空間に亀裂が走る。そこから現れたのは輝く契約書類を持った黒ウサギだった。それを降りかざし黒ウサギは淡々と読み上げる。
『ギフトゲーム名“アンダーウッドの迷路”
・勝利条件
一、プレイヤーが大樹の根の迷路より野外にでる。
二、対戦プレイヤーのギフトを破壊。
三、対戦プレイヤーが勝利条件を満たせなくなった場合(降参含む)
・敗北条件
一、対戦プレイヤーが勝利条件を一つ満たした場合。
二、上記の勝利条件を満たせなくなった場合。』
「審判権限の名において。以上が両者不可侵であることを、御旗の下に契ります。御二人とも、どうか誇りある戦いを。此処に、ゲームの開始を宣言します。
ゲーム開始と同時に距離を取る。フランは耀の出方を、ジャックはアーシャの出方を待っている。僅かな空白の後、耀はアーシャに質問を投げかけた。
「貴女は…“ウィル・オ・ウィプス”のリーダー?」
「え?あ、そう見える?」
「見えない」
リーダーと間違われたのが嬉しかったのか、満面の笑みで答えようとするがフランの横槍でその笑顔が完全に固まる。壊れかけのロボットのようにカタカタと震え出した。一変、目と口を釣り上げ憤怒の表情を表した。
「オゥェゥウウケェェェイ!オウケイオウケイ!何処までも果てまでも舐めくさってくれるってことでオーケイねぇ!?そっちがその気なら加減しねぇ!行くぞジャック!樹の根の迷路で名無し狩りだ!」
「YAFUFUFUuuuu!!!」
アーシャは左手を翳し、ジャックは右手を構える。
「地の利は私達にある!焼き払えジャック!」
「YAッFUUUUuuuu!!」
ジャックの右手に下げられたランタンとカボチャ頭から溢れた悪魔の業火が瞬く間に樹の根を焼き払い、耀とフランを襲う。
「耀、あの二人の相手は任せて先行って。あれくらいなら、私がやれる」
「ありがと。よろしくね」
それは信頼と呼ぶ物か、躊躇一つせず耀は後ろの通路と思われる根の隙間に飛び、フランは真っ正面から業火に向かって行った。
「舐めんじゃねえぞ!私達の炎がお前なんかに止められるか!」
勢いを衰えさせる事なく炎はフランの元へ突き進む。それを迎え撃とうとフランはスペルカードを取り出し、宣言する。
「禁忌『レーヴァテイン』!」
現れた悪魔の尻尾のような物を構え上から下に、全力で振り下ろす。見た感じ熱量はフランの方が上だ。これに打ち負ける事はない。そう確信を持ちフランは炎を灯した。
気のせいか、炎を灯した時にアーシャが笑った気がした。そう思った時、フランの周りから爆発が起こった。
「ーーーッ!?」
「ハッハァ!なんだ自滅か!?よっしゃ、まだまだ行くぜ!」
再度ジャックから炎が放たれる。そこまでダメージを受けていないフランはすぐさま立ち上がりレーヴァテインを構える。
「なんだよ、また自滅してくれんのか?」
「そんなことしないよ?」
ボッとレーヴァテインの先端のみに炎を灯す。するとそこから炎がフランの方にではなく、アーシャの方に飛んで行った。
「んな!?」
これによりフランは完全に相手の正体を見破った。ジンが試合前に話してくれた“ウィル・オ・ウィプス”のお話通りだ。『本物の』ジャック・オー・ランタンなら炎を灯した時に爆発は起こらない。ならばウィル・オ・ウィプスの伝承の正体とされている可燃性のガスや燐を撒き散らしているならば、先程の爆発も説明がつく。種が分かれば対処は簡単だ。ガスや燐が届く前に燃やしてしまえばいい。レーヴァテインに小さな炎を灯すだけで相手を封殺できる。
アーシャは種を見破られた事を理解し歯噛みする。既に耀は迷路を攻略中だ。さらに言えば耀は優れた五感で正しい道を把握している。直ぐにここを突破しなければ耀に追いつく事すら出来ずに終わるだろう。
「………はぁ」
アーシャは目の前に立ちはだかる吸血鬼を見つめ、諦めたように溜息をついた。
「…くそったれ。悔しいがあいつはあんたに任せるよ。先に行った奴も。本気でやっちゃって、『ジャックさん』」
「『分かりました』」
フッとフランの視界に影がさす。反射的に、直感的に、レーヴァテインを身体の横に構えた。その構えた剣から真っ白な手が、強烈な音と共にフランを薙ぎ払った。
「……嘘」
「嘘じゃありません。失礼、お嬢さん」
そこに居たのはアーシャに仕えて居た筈のカボチャのジャックがいた。
「…本物?」
「はい。私は生と死の境界に顕現せし大悪魔!ウィラ=ザ=イグニファトゥス製作の大傑作!それが私、世界最古のカボチャお化け……ジャック・オー・ランタンでございます♪」
ヤホホ〜♪と笑うジャックだが、カボチャの奥には明確な意思と魂、そして威圧感。大妖怪を前にするような力の塊だった。そんなジャックの後ろをアーシャが駆けていく。
「さ、早く行きなさいアーシャ。このお嬢さんの後は先にいるお嬢さんもいるのですから」
「悪いねジャックさん。本当は私の力で優勝したかったんだけど……」
「それは貴女の怠慢と油断が原因です。猛省し、このお嬢さん達のゲームメイクを少しは見習いなさい」
「う〜……了解しました」
アーシャは返事をした後、フランを一瞥もせず走り抜ける。慌ててその背を捕まえようとするフラン。
「待っ」
「待ちません。貴女は此処でゲームオーバーです」
アーシャとフランの間にジャックが立ちはだかる。その余裕綽々な態度が癇に障る。ギュッとレーヴァテインを握りしめ、先端を地面に叩き込んだ。
「待てって……言ってんじゃん!!
禁忌『カゴメカゴメ』!!」
「「!?」」
アーシャの行き先やフランとジャックの周りに緑の弾幕の壁が立ち塞がる。それに驚き足を止めるがそれも一瞬だ。
「ジャックさん!」
「任せなさい。ヤホホ〜!」
ジャックから放たれる炎が弾幕の壁をアーシャが通れるように打ち破る。
「サンキュージャックさん」
「だぁぁかぁぁらぁぁ!!待てって言ってんの!」
燃えていない弾幕の壁に向けてフランは三つの大玉弾を放つ。その大玉が通り過ぎた所の弾幕が少しずつまるでバランスを崩すかのようにフラフラと動き始めた。そのうちの幾つかがアーシャを呑み込まんと落ちてくる。
「ちょちょちょ!!じゃ、ジャックさぁぁぁん!」
「………全くしょうがない子ですね」
何事もないような手つきでフランの弾幕をその炎で消し去っていく。ついにはアーシャは通路に入り見えなくなってしまった。
「ヤホホ〜♪ようやく逃げ切れたようですね。では、私もこれで」
「いや、さすがに貴方は逃がさないよ?」
「……?」
焦っていたように見えた姿は何処へやら。落ち着いた様子で服についた土を払っていた。
「いえいえ、ここは行かせてもらいます。あの子一人では荷が重いですからね」
「だからこそ、貴方は止めるよ」
「ふむ……。確かに、再び張られたこの弾の壁。これは素晴らしいですが、私の炎を止める程ではないのでは?」
「…フフッ。ならもう一回やってみたら?」
「では」
さっきと同じように炎を出し弾幕を焼き尽くそうとするジャック。しかしジャックの予想と外れ、今度は炎が焼き尽くすことなくジャックの炎が消えてしまった
「………おやおやこれは。ヤホホ〜。不思議な事もあるもんですねぇ」
「アッハハ!ねぇジャック。私ね、あなたに会ったらどうしても試したい事があったんだぁ」
「ほほう。それはいったい?」
ニヤリと口を歪め、
「不死の貴方は、私が壊しても生きてられるのか……てね」
ケラケラ笑うフランの懐では、ギフトカードの一覧の一つ、『破壊の申し子』の欄が薄っすらと輝いていた。
次回:紅い悪魔とカボチャの悪魔
もう訓練と思って戦闘描写ひたすら頑張ります!