問題児と悪魔の妹が異世界から来るそうですよ? 作:亡き不死鳥
ギリギリ二週間を守れた。
サウザンドアイズの支店から一転、黒ウサギに案内をされノーネームの居住区画の門前まで辿り着いた。その門をくぐり抜けると、門の向こうから乾ききった風が吹き抜けた。そこには視界いっぱいの廃墟が広がっていた。木は腐り落ち、金属は錆果て折れ曲がっていた。
「おい、黒ウサギ。魔王のギフトゲームがあったのは今から何百年前だ?」
「僅か三年前でございます」
「ハッ、そりゃ面白いな。この風化しきった街並みが三年前だと?……断言するぜ。どんな力がぶつかってもこんな壊れ方はありえない。この木造の崩れ方なんて膨大な時間をかけて自然崩壊したようにしか思えない」
十六夜はあり得ないと思いつつ、魔王という存在に対して心地良い冷や汗を流した。飛鳥と耀とフランも廃屋を見て複雑そうに感想をのべた
「ベランダのテーブルにティーセットがそのまま出ているわ。これじゃまるで生活していた人間がふっと消えたみたいじゃない」
「……生き物の気配も全くない。整備されなくなった人家なのに獣がよってこないなんて」
「……どれにも『目』が見えない。形がそのままなのに破壊された物なんて初めて見た」
「……魔王とのゲームはそれほどの未知の戦いだったのでございます。彼らがこの土地を取り上げなかったのは魔王としての力の誇示と、一種の見せしめでしょう。彼らは力を持つ人間が現れると遊ぶ心でゲームを挑み、二度と逆らえないよう屈服させます。僅かに残った仲間達もみんな心を折られ……コミュニティから、箱庭から去って行きました」
黒ウサギは感情を殺した瞳で風化した街を進んでいく。あまりに痛々しい姿に問題児達は何も言うことができなかった
☆☆☆
今日は十六夜の月だった。満月が僅かに欠け、月光が身に降り注ぐたびに目が、耳が、鼻が、そして頭が覚醒してくるのが感じられる。
場所はノーネーム本拠の屋敷の屋根の上。そこに寝転がりフランは体中の力を抜き切ったようなポーズで月を眺めていた
「今日は……色々あったなぁ」
異世界に呼び出され、友達ができ、不思議な道具を貰い、友達の闇と望みを知った。フランにとって非日常であることは間違いない。…だからこそ普段の存在が気になった。夜は昼間より頭が冴える。昼間考えなかった事を考えてしまう
「……お姉様」
白夜叉がゲーム板を出した時の姿がお姉様に重なり、そこからは思考の渦に呑まれた。黒ウサギのコミュニティは魔王に大事な人達を奪われた。ならお姉様達はどうだろう?私を、フランを誰に言うでもなく異世界に連れ去った黒ウサギをどう思うだろう?……居なくなったフランをどう思うだろう?
黒ウサギ達を助けたい。お姉様達に心配かけたくない。お姉様達を悲しませたくない。黒ウサギ達を見捨てたくない
「……どうしよう」
月に問いかけるように呟いた。異世界のお姉様達を。下にいる黒ウサギ達を。私はどうすればいいんだろう?
思考を放棄するかのように目を瞑る。
「どうしたの?」
視界を閉じてすぐに頭の方から声をかけられた
「……耀」
そこには今日会ったばかりの友達、春日部耀が居た。薄っすらと湯気が身体から出ているところをみるとお風呂に入っていたのだろう。服装もちょっと変わっていた
「こんな所に居たんだ。探しても居ないし三毛猫に探させても見つからなかったから先にお風呂に入っちゃったよ?」
「…うん。大丈夫」
小さく笑いそう言った。ジッとこちらを見ていた耀はストンと腰を下ろしフランの隣に体育座りで座り込んだ。
「……あっちの家族が心配?」
「……聴こえてたんだ」
「耳は良いから」
「……そう」
上半身を起こし耀と同じ様に座り直す。チラッと耀を見た後再び月に視線を戻す。耀も夜空の月を見上げた
「……お姉様があっちにいるんだ。咲夜にパチェ、美鈴に小悪魔も。誰にも言わずにこっちに来ちゃったから凄く心配してると思う。お姉様も皆もとっても優しいから」
「…そうなんだ。……私は友達が向こうに居る。と言っても人間じゃないけど」
「へぇー。魔法使いとか妖精とか?」
「そ、そんな凄いモノじゃない。犬とか鷹とか…あ、ペンギンとかもいる」
「ペンギン!凄いね耀!…友達沢山いるんだね。私は向こうに友達は少なかったな〜。咲夜達は家族って感じだし、いつも地下室にいたから。魔理沙と霊夢くらいかな」
「……地下室?」
「あ、私の部屋地下にあるんだ。上にあると危ないから」
「危ない?」
「うん。だからこっちでは沢山友達作りたいな〜って思ってるんだ。………だけどやっぱりお姉様達が心配だし、でも黒ウサギも助けたいし……う〜」
ギュッと膝を抱えこむ。また問題が振り出しに戻った。五百年もの時の殆どを地下で暮らしていたフランには圧倒的に経験が足りなかった。咄嗟の時にどうすれば良いかが分からない。頭まで抱え始めたフランに耀が独り言のように呟いた
「…私はこの世界に友達を作りに来たの」
「…友達を?」
「うん。向こうの世界で未練?はあまり無かったから。それに動物と話せるからか気味悪がられてね。さっきも言ったとおり人間の友達が出来なかったんだ。でもこっちに来て直ぐに友達が出来たよ。皆今まで会って来た人達と全然違った」
「……私は人間じゃないけどね」
「それでもだよ。フランは私の友達。吸血鬼の友達なんて初めてだよ?だからフランと会えたのも飛鳥や黒ウサギ達と会えた事と同じくらい嬉しい」
「……私も耀達と会えて嬉しいよ。今までお姉様の知らない友達なんて作れた事ないもん。今すぐにでもお姉様に自慢したいくらい…………自慢?」
「?」
急にフランは会話を途切ってブツブツ言い始めた。耀がフランの顔を覗き込むと、その顔は喜色満面の笑みに染められていた
「そうだよ!お姉様に自慢すれば良いんだ!心配かけたお詫びに私の友達を紹介する。その後この世界であった事を話して、それで最後に謝る。うん、これだ!」
フランの頭には始めこそ怒っているものの、最後には苦笑交じりに許してくれる姉が浮かんでいた。なんだかんだでずっと姉妹をやっているんだ。妹が悪い事をすれば叱り、謝れば許す。しっかり謝ればお姉様はきっと許してくれるはずだ。今までだって何度もしてきた。それにパチェがついてるならそのうち私のことを見つけてくれる。うん、問題ない!
「耀ありがと!耀のおかげで解決方法が見つかったよ!」
「?えーと、どういたしまして?」
耀の返事に満足したのかフランは勢いよく手足を伸ばして大の字に寝転がった
「痛っ」
「!どうしたのフラン!?」
声をあげたフランを見ると手の甲から薄っすらと血が垂れていた。屋根に小さく釘が伸びている所をみるとどうやらそれで切ったらしい
「黒ウサギ呼んでくるから待ってて」
「え?大丈夫だよ?」
「傷からバイキンがはいる」
「いや、そうじゃなくて……」
怪我をした手を耀に見えるように差し出す。それにはやはり浅いとは言いづらい傷があった
「!」
しかし次の光景に耀は目を疑った。流れだした血がまるで霧のように霧散して行き、最後には傷さえ霧になったかのように消えていったのだ。傷が消えると元の綺麗なフランの手が残っていた
「………凄い」
「驚いた?」
「うん、とっても。フランの家族にもこういう事が出来る人達がいるの?」
「うん。でもあれくらいの傷なら他の妖怪でも簡単に治せると思うよ?再生速度は吸血鬼が速いらしいけど」
「…フランの家族のこと、聞いてもいい?」
「もっちろん!あのね門番の美鈴のことなんだけど…」
「門番まで居るんだ」
こうしてゆっくりと夜が更けていった
☆☆☆
「じゃあおやすみ、フラン」
「おやすみ!」
結局あのまま日を跨ぐまで話し込み、流石に眠くなったと耀が言い出したのでもう少しここに居ると伝え、別れた。丁度先程から気になっていたことがあったフランには都合が良い。耀が部屋に戻ったのを確認すると、立ち上がり屋根を足場に思い切り跳躍した
風切り音がする程の速度で上へ、上へと上がって行く。遂には雲を突き抜け、空には星と月以外何も見えない場所まで来た。しかし、そこには既に先客がいた
「ふむ、気づかれていたか。まずは観察を、と思ったがそう簡単にはいかないらしい」
顎に手を当て感心したようにフランを見つめるのは、フランと同じ金髪、フランと同じくらいの背丈、そして…
「まあ吸血鬼同士、こうなるのも何かの縁か」
フランと同じ吸血鬼。月を背に黒翼を羽ばたかせる姿はフランの知る吸血鬼と合致していた。フワリと靡く髪に整った顔立ちに力強い翼、顔の造形は違えども彼女もまた姉と共通した点を持っていた
「それで、何か用?」
「ああ。とある方に頼まれてね、お前達を見に来たんだ。なんでも『旗と名を奪われたコミュニティの復興』、なんて茨の道ではすまない行いを為そうと言うじゃないか。それはノーネームの
「元……メンバー?黒ウサギの仲間ってこと?」
「だった、というのが正しい。今はそこいらのモノと同価値しかないがな。モノを仲間と言わせてしまえば箱庭の貴族に失礼だからな」
目の前の少女は苦笑を浮かべとんでもないことを言い放つ。自らをあっさりモノと認めてしまっているが、黒ウサギを気遣う態度も見せる。何を考えているのかわからない相手にフランは訝しげな表情を浮かべる。それに気づいたのか再び少女は苦笑を浮かべた
「すまない。まだ自己紹介すらしていなかったな。私の名はレティシア=ドラクレア。よろしく」
「あ、えと、フランドール・スカーレット……です」
「ん?どうした?そんなに畏まらなくてもいいぞ。先程言ったとおり私は他人に所有されるモノだ。それに私は黒ウサギにコミュニティの復興を辞めるよう進言しに来たのだからな。どちらかと言うと敵として扱われる方が正しい」
「う、うーん?」
敵意を微塵も感じさせず、むしろ友好的にしか見えない態度に首を傾げる。黒ウサギの仲間だと言い、敵だとも言う。挙げ句の果てに自分はモノだと言う
「えーと、結局レティシアはノーネームの邪魔をしに来たの?」
「……結果的にそういうことになってしまうな。箱庭に来たばかりのお前達には分かりづらいかも知れないが、旗と名を奪われたコミュニティの復興を成し遂げた者達など数える程、それも奪われた相手が魔王であり、さらにコミュニティでギフトゲームに出られるのはお前も含めて六人。これを無謀と呼ばずになんと呼ぶ?」
「……レティシアは私達の強さを知らないでしょ?私達は凄く強いよ?」
「知らないからこそ、だ。まずはノーネームの戦力を見ようと思ってな。明日のゲームで確かめようと思ったのだが……好都合だ。ノーネームの中で最も注目していたお前が出て来てくれたのだからな。どれ、少しばかり腕試しをされる気はないか?」
「……結局よく分からなかったけど、取り敢えず私が強いってことを証明出来ればいいんだね?」
「その通りだ。神格持ちを倒し、あの方にも警戒されるギフトの力を、多少なりとも見せてくれ」
懐からギフトカードを取り出し、さらにそこから一本の槍を取り出し構えた。それに答えるようにフランも懐からスペルカードを取り出した。すると手元に先端がトランプのスペードのような形をし、グニャリと曲がった棒が現れる。見たことがない武器にレティシアは怪訝な表情を浮かべるが、次の瞬間にフランの手元からボッと火が吹き出た。やがてそれは顕現した武器を覆い尽くし、一つの炎の剣となった
「禁忌『レーヴァテイン』」
荒々しく燃え上がる炎剣の切っ先をレティシアに向ける。それを向けられたレティシアは離れてなお感じる熱気に冷や汗が流れるのを感じた
「取り敢えず私の力を見せてあげる。……あはは♪さっきまで悩んでたのが嘘みたいに気分がいいや。これで満月だったら最高なんだけど……まあいっか。それじゃあレティシア…」
子供らしさを残しながらも戦る気満々のフランがレティシアに笑いかけて言い放った
「こんなにも月が綺麗だから……楽しい夜になりそうだね♪」
そんなフランの発言にキョトンとしたレティシアだったが、その姿を見て笑いをこぼした
「ク、クク。黒ウサギも良い仲間を持ったものだ。全く……こんなにも月が綺麗だというのに、永い夜になりそうだ」
月明かりに照らされた上空で、二つの力が激突した
決着まで行きたかったけど仕方ない。これからの二人の展開に作者も期待