魔槍の姫   作:旅のマテリア売り

9 / 25
8話 梟の女神、魔槍の戦姫

 

「辺り一面、闇一色。光っているのは星と、月だけですか……やれやれ、本当にとんでもないですねえ……」

 

 車の中で、周囲を見た甘粕が誰に言うでもなくそう言う。

 彼が言った様に、町からはありとあらゆる明かりが消え、黒一色……夜の闇に沈んでいた。アテナの呪力による影響だった。

 ゴルゴネイオンを求め、闇の呪力を放出した彼の女神の影響で、街からは人工の明かりが全て消え去った。しかもそれだけでなく、それは電灯だけでなく、電車や自動車と言った交通機関の動力さえも止めてしまった。

 

「光の一切が消えてしまったと言う事は、『闇』の神格を持っている神ですか。それも非常に強力な『闇』ですな。街灯どころか車のエンジンすら止めてしまうとは、流石神様と言うべきですかねえ」

「不謹慎ですよ、甘粕さん。もう少し真面目になさってください」

 

 止まってしまった車内、運転席でのんびりとした口調でそう言う甘粕に、助手席に座っていた祐理が注意する。

 万里谷祐理と甘粕冬馬。この二人が一緒に居る理由は、甘粕が『まつろわぬ神』の存在を確認し、どう言った存在なのか祐理に霊視して貰う為だった。しかし現地に向かう途中で、突如停車。一瞬後には、周辺の一体から全ての明かりが消え失せた。

 周囲には甘粕の車と同じ様に、突如停止してしまった車が大量に存在していた。その周辺には車に乗っていただろう大勢の一般人が、原因不明の停車と暗黒に喚き散らしている。それは恐怖に因るものだ。

 遥か古の時代、一寸先すら見る事の適わない闇夜は冥府の具現ともされ、全ての人々に恐れられた。人間が闇夜を恐れる事が無くなったのは電気をエネルギー源とし、長い時間光を生み出し闇夜を切り裂く電球と言う物が生まれたここ百年前後の事。それが生まれる前にあったのは短時間、しかも狭い範囲しか照らし出さない松明等だけだったのだ。

 冷たく暗い、深淵の闇。古代の人間が心より恐れた、僅かな先さえ見る事の適わぬ闇の再現だ。光が燦然と輝き、暗闇の一切を照らしだす現代の人間にとって、どれほど恐ろしいだろうか。

 

「こうも動かないんじゃ、車は意味を為しませんね。……車を捨てましょう、祐理さん。歩いた方が早い」

 

 そう言って、甘粕は車から出た。どれだけの時間待っても、1mmすら進まないのだ。距離を稼ぐ為なら、エンジンの復活を待つより徒歩の方がいいだろう。

 車を乗り捨てて行く事に祐理はやや躊躇していたが、このままじっとしていても何も出来ず、アテナにゴルゴネイオンを奪い返されるのがオチだと言う事に思い至ったのだろう。逡巡しつつも、甘粕に続いて車を降り、暗黒の中を手探りで七雄神社に向かって進んで行った。ゴルゴネイオンは現在、七雄神社に在るのだ。

 

 数十分後、二人は無事に七雄神社に到着していた。思ったよりも早くにアテナの「闇の領域」を抜ける事が出来たのだ。

 現在、二人は離れている。祐理はゴルゴネイオンを持ち出す為に神社に入り、甘粕は護堂達と電話をしているのだ。車のエンジンは止める癖に、携帯の電源が動くとは良く分からない領域だ。単純に、この神社がまだ領域に入っていないだけなのかもしれないが。

 

「そうですか。分かりました、伝えておきましょう」

『お願いします。それと……』

「ええ、事が済んだ後に調べておきましょう。その、本当の七人目の王の事も」

 

 護堂達との会話を終え、電話の電源を切ると甘粕は溜息を吐いた。

 理由は護堂達から齎された情報である。草薙護堂は八人目の王で、七人目の魔王は別に居ると言う。それが何処に居るのかは分からないが。

 生まれ難い筈の魔王が、そうポンポンと生まれていいのか。内心で甘粕はそう思った。

 草薙護堂が一度死んだと言う事にも驚いたが、復活しているのはそう言う権能があるのだろうと思う事にした。ウルスラグナの権能の中で蘇生に該当しそうなものは、『雄羊』か。

 

「お待たせしました、甘粕さん」

 

 そんな事を考えていると、祐理が社務所から出て来た。その手には布で包まれた何か――ゴルゴネイオンがある。

 

「いえいえ、それほど待ってはいませんよ。ああ、草薙さんから伝言があります」

「伝言……ですか?」

「ええ。『危険になったら名前を呼んでくれ』だそうです。いやはや、お二人はもうそこまで仲がよろしくなったんですねえ」

「そ、そんな事はありません! 確かに、あの人と話すと不思議と心が解れる感じはしますが、甘粕さんが思っている様な関係には……って、何を言わせるんですか!」

「まあまあ、落ちついて下さい」

 

 からかうような甘粕の言葉に、祐理が混乱した様な口調でそう返す。必死に否定しているが、余りに必死なその様子は逆に肯定している様な物である。

 そんな祐理を甘粕は落ち着かせる。自分で混乱させておきながら、中々良い性格をしているようだ。

 

「しかし、名前を呼べとは、一体どう言う事なんでしょうか?」

「まあ、おそらく草薙さんの権能の一つなのでしょう。ウルスラグナ第一の化身『強風』、ですかね? 彼の軍神の力で、移動に関するのはそれと鳥くらいしか思いつかないんですが……それが、件の神具で?」

「……はい」

 

 甘粕の問いに、祐理は布を僅かに開く。艶やかな漆黒の、蛇の図柄を持ったメダルが目に入る。

 それからは、非常に濃厚な闇と大地の呪力を感じた……アテナとの距離が縮まり、その存在感が強まっているのだ。微かだったはずのその気配も、強いものになっている。

 

「蛇の神具ですか、また厄介そうな代物ですねえ。しかも、感じるこの呪力……」

「はい、もう時間が……っ!?」

 

 アテナが来るまで、もう時間が無い。祐理がそう言いかけた途端、神社全域が闇に閉ざされ、凄まじい悪寒が二人の背筋を駆け抜けた。

 それは言うなれば、獅子に睨まれた兎の心境か。蛇に睨まれた蛙の心境か。絶対的な力の差、逃れる事の出来ない状況にあって初めて感じるだろうその感覚。

 濃厚な呪力と、強大な存在感。視線を感じ、二人は神社の入口へと顔を向けた。

 

「古の蛇……ようやく見つけた」

 

 暗黒の中、薄らと浮かび上がっている鳥居の下。そこに銀の髪を持つ、幼き容姿の女神が立っていた。その視線は、祐理の持つ布の中――ゴルゴネイオンを真直ぐに捉えている。

 女神アテナ。闘神にして叡智の神、そして最強の地母神たる存在がそこに居た。

 

「まずは非礼を侘びておこうか、名も知らぬ、異邦の神に仕える巫女よ。そなたの持つ『蛇』の証、妾に渡してもらいたい」

 

 その声は、月の光の様に静かな声音だった。神聖かつ涼やかな、真実鈴が鳴る様に美しい声音。

 しかし、さくらんぼの様に可憐な唇から放たれたその言葉には、拒否を許さない意思が強く込められていた。その言葉を聞き、祐理も甘粕も、思わず跪いてしまいそうになる。

 アテナは、ギリシアはおろか全世界で知らぬ者は居ない、非常に有名な神だ。数多の英雄達に庇護を与えた強大な神だと思ってはいたが、まさかこれ程とは思わなかった。

 見られただけで、心がへし折られそうになる。

 声を聞くだけで、跪き、許しを請おうとしてしまう。

 それを必死の意志で何とか堪え、隣を見ると、甘粕も祐理と同じ様な状態になっていた。どうにか堪えている様だが、行動を起こす事は不可能に近いだろう。

 そんな二人の様子など気にも留めず、無造作に、アテナは右手を祐理へと伸ばした。瞬間、祐理の手にあったゴルゴネイオンが彼女の手から飛び出し、アテナに向かって一直線に飛んで行った。止めようとしても、動けないので止める事は出来ない。

 パシリと、渇いた音が一つ。アテナの手に、女神の神具が収まった。

 

「古の蛇……やっと手に入れた」

 

 手に収まった、石の様で、しかし石ではない物で作られた神具を見て、蕾が花開く様にアテナは顔をほころばせた。

 心の底より望んでいた、己の半身との再会。それを成し遂げ、アテナの顔に浮かぶ笑顔は花の様に可憐だった。これでようやく、己は本来の自分、完全なる『まつろわぬアテナ』に立ち戻れる。力の全てを、十全に行使できる。

 しかしそれは同時に、祐理達にとって最悪の状況になる事を示していた。不完全な状態でも東京一帯を闇に鎮める程の力があると言うのに、さらに強大になってしまうのだ。

 『まつろわぬ神』は、存在するだけでその場所一体に影響を与える。火の神が降臨すれば周辺一帯が業火に包まれ、水の神が顕現すれば川や海の水位が上がり水没し、風の神なら暴風が吹き荒ぶ。

 抑える事の出来ない、自然災害とも言える者。それこそが『まつろわぬ神』だ。地震や山火事、台風を人間に抑える事など、出来よう筈もない。

 

「巫女よ、人間よ、その血が絶えるまで語り継ぐといい。この世に再び、古の太母が甦った事を。そして誇るがいい。三位一体を取り戻し、至高の女王が再臨した一幕に立ち会えた事を!」

 

言って、アテナはゴルゴネイオンを掲げ、詠いだした。天地へと響かせるように、朗々と。

 

「妾は謡う。女神の歌、輪廻の叡智、天地と闇夜をしろしめした大いなる女王の歌を。裂かれた女神、慈母の凌辱、忌まわしき蛇として討たれた女王の嘆きを。

 妾はアテナ! オリュンポス十二神が一柱にして、アテナイの守護者たる永遠の処女。ゼウスが娘。

 されどかつては、天地を、そして冥府を統べた女王なり! 叡智を誇り、大地を統べた太母たる身なり!

 妾はここに誓言する! ここに妾は、旧き古のアテナへと立ち戻らん!」

 

 小さな口より紡ぎ出されるその歌は、讃歌であり、嘆きであり、祈りであり、そして同時に屈辱であった。

 言霊に応えるように、アテナの体から、そしてゴルゴネイオンから呪力が噴き上がり、迸る。それらは互いに、まるで蛇の様に絡み合い、睦み合い、溶け、一つになった。

 同時に、アテナの姿が変わる。手足はすらりと伸び、身体もふくよかに成長し、幼い少女の姿は美貌の乙女へと変わった。肩までだった月銀の髪は背の全てを覆う程に伸びた。衣装も現代の服から、古のギリシアを思わせる簡素な白い長衣へと変わり、その頭には植物の――オリーブの葉で編まれた冠が現れた。

 人間の年齢で言えば、二十歳前後と言ったところか。絶世の美貌を誇る妙齢の太母神が、ここに復活した。

 同時に、呪力が弾け、風となって祐理と甘粕、二人の体を撫でる。冷たい、氷の様に冷たい風だ。その風を浴びた直後、二人はほぼ同時に膝を着いた。

 

「こ、これは……」

 

 寒さに震え、喘ぐように声を絞り出す。身体の震えは恐怖だけではない、極寒の冷気を浴びての震えかと思ったが、違う。この震えは唯の寒さではなく、アテナの呪力……冥府を思わせる闇の呪力による影響だ。その呪力に含まれた死の力が、二人の体を蝕んでいる。

 このままアテナの側に入れば、遠からぬうちに二人は命を落とすだろう。

 

「む、済まぬな、巫女よ。そなたたちが今浴びたのは、妾の『死』を孕んだ冥府の風。旧き力を取り戻したは良いが、どうやらまだ上手く御せぬらしい」

 

 死の風を受け苦しむ二人に、アテナは余り感情の籠っていない声で謝罪の意を述べる。当然だろう。神たるアテナにとって、人間等取るに足らない者。死のうが生きようが、どうでも良い存在なのだから。

 

「お、お戯れはおやめ下さい、アテナ! まだ御身には、戦うべき相手が居られる筈です!」

 

 そんなアテナに、咳き込みながら祐理は言う。彼女の思考に浮かぶのは、一人の少年の姿だった。

 草薙護堂。勝利の軍神を弑し、化身の権能を簒奪した最も若い神殺し。不思議と相性がいい様に感じる、どこか頼りなさ気な少年の姿。

 

「ああ、忘れる所であった。草薙護堂の他にもう一人、この国には神殺しが居たのだったな」

 

 しかしアテナの言葉に、祐理は一瞬全てを忘れた。

 もう一人? この神は護堂の他に、この国にもう一人神殺しが居ると言ったか?

 

「ふむ、草薙護堂も斃し、まだ上手く御しきれぬが、こうして妾は本来の力を取り戻した。であれば、あやつとの約定を果たしに往くとしようか」

 

 茫然としていた祐理だが、次いで放たれた言葉に衝撃を受けた。護堂を斃したとはどう言う事か。先程、甘粕はあの少年と話していて自分に「危険になったら呼べ」と言伝したのではないのか。

 一方、甘粕は護堂から聞いた情報が正しかったのだと確信し、表情には出していないが愕然としていた。

 非常に生まれ難く、『まつろわぬ神』と同等の災害だと言える神殺し、カンピオーネ。だが、呪術師ならそうなっても仕方は無いとも思う。そんな存在が、この狭い島国に二人も居ると言うのだから。

 

「おお、待ちかねているな。感じるぞ、忌々しくも猛々しい、『鋼』と『闇』、そして『大地』の力を。あの女、ここより南で妾を待ち構えているな」

 

 祐理達から視線を外し、アテナは南の方へと向く。闇の中に浮かぶ建築物以外何も見えないが、アテナはその遥か向こう、海の側に『鋼』の気配を感じていた。

 闇と鋼が混ざった様な、禍々しい呪力の気配。大地母神でもある彼女にとって、忌々しい鋼の気配。

 獰猛な笑みをその顔に浮かべ、アテナは翼を背に開き、空を飛んでその気配の待ち受ける場所へと文字通り飛んで行った。

 

 アテナが去った後、祐理と甘粕は呼吸を落ちつけていた。二人とも身体は氷の様に冷たく、呼吸は荒い。アテナが真の姿を取り戻した時に放たれた死の風による影響だ。

 幸いにして、その呪力は上澄みの様な物だったらしく、そこまで濃い『死』の力を孕んでいなかった。アテナが去った事でその影響力は弱まったが、それでも非常に強い呪力だ。死ぬ可能性は低くなったかもしれないが、酷く衰弱してしまっている。まともに動く事は、暫く難しいだろう。

 

「そんな……草薙さん。もう倒されて……?」

「落ち着いてください、祐理さん。アテナは先程ああ言いましたが、草薙さんは生きていますよ。先程言伝を伝えたじゃないですか……まあ、一度やられてしまったのは確かでしょうけど。それより、気にかかるのはアテナの言ったもう一人の王です。あの神様が向かった先に、どうも居るみたいですねえ」

 

 茫然としている祐理に、甘粕がそう言う。彼にとっては、無事が確認されている護堂の事よりも、正体の分からないもう一人の魔王の方が重要なのだ。

 勿論、護堂の事がどうでもいいと言う訳ではない。彼の怒りを買えば、どんな被害を受けるか分かった物ではないからだ。最悪、イタリアのコロッセオの様な事になってしまうだろう。……それは、もう一人の方も同じかもしれないが。

 

「そう言えば……で、でも、カンピオーネが草薙さん以外にこの国に居るなんて、聞いた事無いですよ!?」

「それは私達も同じですよ。だからこそ、どう言う御方か調べなければいけないんです。まあ、ちょっと、今の状態じゃ難しいでしょうけれど」

 

 そう言うが、まだ力が入り切らない祐理と違い、甘粕はもう歩ける程度には回復している様だ。呪力を体に巡らせ、アテナの呪力を何とか抑えているのだろう。そう長い事抑える事は出来ないだろうが、アテナに近付かなければ、少なくとも数時間は持つだろう。

 その後、護堂や自分の上司に電話をかけ、少し休んだ後に甘粕と祐理は護堂達と合流し、アテナを追う為に動きだした。

 

 ●

 

 ザ……ザザ……ザ、ザ……。

 生命の揺籠たる海より、波の音が咲月の耳を打つ。岸壁にぶつかり、水が弾ける。何処か懐かしいその波音を、咲月は目を閉じ、聴覚を研ぎ澄ませて聞いていた。

 薄ぼんやりとした月と星が輝く闇の中、とある港の一角に腰を下ろして波音に耳を傾ける彼女の側には、白灰色の毛並みを持つ動物――マーナがちょこんと座っていた。月光に照らされたその毛並みは、銀灰色へと変化し、輝いている様に見える。咲月の髪も、薄亜麻色に月光が加わり薄い金色に輝いて見える。

 彼女は待っていた。神を、自分達神殺しの永遠の仇敵、この国に来た女神を、じっと……。

 暫く待っていると、側に座っていたマーナが唸り声を上げ始めた。ザワザワと、毛並みが逆立つ様に波打つ。ほぼ同時に、自分の体に活力が漲る。呪力が最大限に高まる。敵が近くに来たのだ。

 バサリと、背後で羽ばたくような音がした。とても強い、闇と大地の呪力を感じる。

 

「……やっと来たのね。待ちくたびれたわ」

 

 言って、咲月は立ち上がり、振り返ってアテナを見る。彼女の姿は最初に会った時とは、明らかに変わっていた。可愛らしいと思えた幼い少女の姿は、「絶世の」とハッキリ言える美貌の乙女の姿に変じていた。感じる呪力の強さも、最初に会った時とは見違えるほどに違う。

 

「それが、貴女の本来の姿……って事でいいのかしら?」

「然り。この姿こそ太母の神格を取り戻した妾の姿なれば……先に交わしたあなたとの約定、果たしに来たぞ、名も知らぬ神殺しよ」

 

 咲月の言葉に、アテナはそう答える。成る程、神具を取り戻し、確かに神格が引き上げられているのだろう。まさしく太母神と呼ぶに相応しい力と存在感を感じる。

 アテナの言った約定。それは神具を取り戻したら、もう一人の神殺しを降し、その後咲月も斃す為にやって来ると言う戦闘の約束だ。止まることなく、一直線に七雄神社方面に向かっていた事から、アテナがもう一人を既に倒し、あっさりと神具を入手したのだろうと言う事は大体察していた。

 

「約に従い、今一度名乗ろう。妾はアテナ。遥か古の時代、闇と天地、そして冥府の三界を統べた太母たる者なり。今こそあなたの名を問おう、神殺しよ」

「約に従い、名乗るわ。和泉咲月よ。生憎、貴女の様に仰々しい名は持ってないわ。そしてこの子はマーナ、私の相棒の様な子よ」

 

 アテナの名乗りに、同じ様に名乗り返す。その際に槍を呼び出し、その穂先をアテナに向ける。禍々しい、2mはあろう紅い槍だ。向けられたアテナは目を細める。

 

「その槍……それがあなたの『鋼』か。妾と近しい、冥府の気配を感じるな。そしてその狼、神獣か」

「ええ。そして、ついでに教えておいてあげる……その力の本来を出す事を許可するわ、マーナ……いえ、『マーナガルム』」

 

 咲月がそう言った直後、マーナから呪力が噴き上がった。同時に目が煌々と輝き、徐々にその体が大きくなっていく。マーナガルムと呼ばれたその狼の体はどんどんと大きくなり……おおよそ、15m程の大きさになった所でその変化は止まった。

 

 ゥウルルルウウゥゥゥォォオオオーン……!

 

 久方ぶりの完全開放に、マーナ……否、マーナガルムは歓喜の遠吠えを上げる。直後、深かった闇が、より一層濃くなった気がした。

 マーナガルム。北欧神話に登場する、「月の犬」を意味する名を持つ狼である。人間が住む世界であるミッドガルドの東に存在する森、イアールンヴィズに住む女巨人が産み出した狼の一族――フェンリルの子等の一体であり、同時に一族中最強の狼でもあった。

 同じ一族の出である月を追う狼ハティとしばしば同一視されるこの狼は、死者の肉を腹に満たし、月を捕え、天空を血で汚し、そして太陽の光を陰らせると言う伝承を持っている。死と月光、そして陽光に対して優位性を持つ、闇と大地の魔狼である。

 その魔狼を横に侍らせて、咲月は高らかに宣言する。

 

「さぁ、戦いを始めましょう、アテナ。七人目の神殺しの力、存分に魅せてあげるわ!」

「ふ……善き哉! それでこそ神殺しの魔王よ! これより先に言葉は不要! 互いに滅し合うが我等が逆縁なれば、己が武でこそ語り合おうぞ!」

 

 咲月の言葉に応えるように、アテナは梟を召喚し、大蛇を産み出し、大鎌を手に取り構える。咲月も槍を構え……互いに真直ぐに、ぶつかり合った。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。