魔槍の姫   作:旅のマテリア売り

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15話 買い食い

 

 

「起立、礼」

『ありがとうございましたー』

「おう。いつも言っている事だが、全員気をつけて帰るように。お前たちはこの一年で卒業なんだからな、事故にでもあったら大変だぞ」

 

 色々とあり、予期せぬダメージを咲月が受けた昼休みを過ぎた。午後の授業も恙なく終え、終礼の挨拶も終えたクラスメイト達は教室を出て、ある者は友人と喋りながら、ある者は一人で、それぞれ荷物を持って部活動や下駄箱に向かう。部活動と言っても、三年の彼ら彼女らは少々の練習と次代への引継ぎのために出るだけなのだが。

 咲月も、荷物を鞄に収めて教室を出て下駄箱に向かう。一人暮らしである彼女は特定の部活に所属していない――曰く、帰宅部というものだ――ので、普段は学校が終わるとほぼ同時に帰宅している。例外もあるが、それは偶に友人と一緒に帰るときくらいだ。

 

「咲月、少々良いか?」

 

 廊下を歩いていると背後から声を掛けられた。振り向いてみると、廊下のやや離れた場所に、釣り目気味の目に眼鏡をかけた少女が一人立っていた。昼休みにも話した、咲月の友人の一人である天城美陽だ。

 

「美陽? 別にいいけど、どうしたの」

「なに、久しぶりに一緒に帰らないか、と思ってな。美智佳と夕夏、雪音にも声をかけたが、三人とも部活や委員会で断られてな。その点、お前は帰宅部だ、暇だろう?」

「確かに私は暇だけど、貴女はどうなのよ? まだ時間はあるって言っても、美智佳達みたいに部活の引継ぎの準備とか、夏の大会の練習とか色々あるんじゃないの?」

 

 美陽の言葉に、首を傾げて問い返す。線も細く、理知的な外見の為にそう思われない事も多いが、美陽は女子剣道部の部長であり、同時に主将と言う武闘派でもある。実力もあり、普通に手合せしたら咲月とほぼ互角だと言ってもいい。

 だが、主将であるからこそ引継ぎなどがあり、咲月と違ってあまり暇ではないはずだ。本格的な引継ぎではなくその準備段階だとしても、一般部員ならともかくとして、主将の彼女が自由に動ける時間などないだろう。

 そんな事を思い、視線に込めて美陽を見る。

 

「ああ、確かに引継ぎの準備など色々ある。だが幸い、準備自体はもう6、7割方終了しているのでな。まあ、こう毎日毎日練習しつつ引継ぎの準備では息も詰まると言うのもあるが」

「貴女ね、それ顧問や代々の部長達に言ったら絶対に怒られるわよ。仮にも今の部長なんだから、もっと気を張ってなさいよ」

「仮にもとは随分だな。これでも正式な部長だぞ? まあ、次の部長候補は何人か見繕っているし、彼女らも自発的に色々とやっているから、多少気が緩んでいることは認めるが」

「それのどこが多少なのか、小一時間くらい問い詰めたい気分ね……」

「引き締めるべきところは引き締めているさ、あまり問題はあるまいよ」

 

 廊下を歩き、階段を下りて下駄箱に向かいつつカラカラと笑いながらそう言う美晴に、咲月は溜息こそ吐かないものの、呆れたような眼差しを向けていた。実力はあり、顧問からの信も篤く、おそらく部員たちからも慕われているのだろうとは言え、どうしてこんな性格の美陽が何故部長に抜擢されたのか、中学からの友人に思うことではないが疑問が尽きない。

 

(……そう言えば、中学でも同じような感じだったわね)

 

 自分の記憶を思い起こせば、中学でも美陽は女子剣道部部長だった。あの頃は今よりもっと気が張っていたと思うが……記憶は曖昧なものである。咲月がそう思っているだけで、実際には変化していないかもしれない。

 

「そう。でも、部活はどうするのよ。休みじゃないでしょ」

「それがな、宮迫顧問が今日は休みだと言ったのだ。この時期になぜ急に、とも思ったのだが、何やら異様に慌ただしく理由を聞けなかったのだ。まあ、あの様子だと何らかの急用が入ったのだろうが」

 

 咲月の疑問に、美陽は僅かに首を傾げてそう言う。だがその表情は疑問に思っているそれではなく、どこか面白そうかつ妙に怪しげな微笑みだ。何もしていないと分かってはいるのだが、その表情を見てどうしても「こいつが何かしたのでは」と言う疑惑が浮かぶ。

 宮迫顧問と言うのは、本名を宮迫雄二と言い、剣道五段の実力を持つ女子剣道部顧問である。年齢は49歳で、まるで仁王尊(吽形)かと言うほどに厳つい顔をした男性教師だ。担当科目は数学である。しかし、そんな厳つい顔に似合わず物腰は非常に穏やかで、教師歴もそれなりに長く教え方も上手いので新任教師や新入生には割と慕われている。ちなみに既婚者で、今年で小学5年になる双子の娘がいるとか。

 

「そう、じゃあ良いわよ。それで? どこに寄るつもりなのかしら」

「おや、まっすぐに帰るとは思わないのか?」

「貴女と一緒に帰った時に、どこにも寄らない時がただの一度でもあったかしら? 大抵、どこかに寄って帰っていたと思うけど……」

 

 美晴の言葉に、僅かに呆れを含んだ声で咲月は言う。実際、咲月の記憶にある限りでは美陽と一緒に帰宅した時は大抵、文具店や飲食店に寄り道をして帰っている。

 それを聞いて、美陽はクツクツと笑みを漏らした。

 

「確かに、今までよく寄り道をして帰っていたな。公園近くの店のたい焼きは中々美味かった」

「たい焼き、ね。食べ物の話が出てくるって事は、今回も買い食いかしら?」

「部の後輩の話題で、美味いクレープ屋ができたらしくてな。値は少々するようだが、味はそれに十分見合う物らしい。咲月も甘いものは好きだろう?」

「そりゃあ、私も女だしね。甘いものは好きよ。でも、あんまり買い食いとかはしない方がいいんじゃないの? こう言うのはなんだけど、太るわよ」

「まあ、そう言うな。その分動いて消費すればいいさ。動かないとしても、頭を動かせばそれなりに消費する。幸い私は運動部だし、動く分には問題ない。私としては、部活にも委員会にも所属していないのにどれだけ食べても太らない咲月の体質に羨ましいものを感じるが……」

「羨ましいって言われても、そういう体質なんだからどうしようもないわよ。それに、あんまり良い物でもないわよ? 調べてみたけど、病気の可能性もあるってあったし」

 

 美晴の言葉に咲月はそう返すが、別に咲月は病気という訳ではない。職業・女子高生兼神殺しの魔王と言う何とも言えないものではあるが、いたって健康な女子である。

 カンピオーネは異様に高い言語習得能力や梟並みに利く夜目、異常なまでの直観力など、様々な体質を基本として持っている。不老長寿と言っても良く、体の変化は一般人と比べて非常に緩やかだ。咲月の太らない体質というのは両親からの遺伝と言うものもあるが、カンピオーネの体質が元々の彼女の体質と合わさって作用したものの為である。その結果として、咲月は決して太る事のない体になった。

 それ以外にも、カンピオーネは神によって掛けられた権能すら自身の闘争心の高ぶりによって弾く事が出来るほか、自分の体を戦闘に向けて最高のコンディションにするのだ。そもそもとして、権能でもない普通の病気にかかるか非常に疑わしい。仮に病気になったとしても、神との戦闘になったら半ば自動的にかつ強制的に治癒するだろう。

 そんな事を思いながら、咲月は同時に、こんな事を馬鹿正直に言える筈もないと思っていた。正直に言っても、冗談と取られるか頭の痛い子と思われるだろう。

 美陽は人をからかう事が多い。彼女のその性格はここ数年来の付き合いで、自分の身やからかわれている友人達を見て把握している。もし神殺しの事を話そうものなら、これからずっとその事でからかわれる事になるだろう。そのような未来は断固として拒否したい。

 

「だとしても、羨ましいものはあるのだよ。体重を気にする事無く好きな物を食べられると言うのは、女性にとっては永遠の美貌に次いで欲しいものだからな。まあ、これは私の望みもあるから全員がそうとは言わないが……」

「……永遠、ね。そこまで良い物なのかしら……」

 

 自分の望みを交えて言いながら、美陽は咲月を見る。非常に読み取りにくいが、自嘲するかのような表情を咲月は浮かべていた。その表情はすぐに消されたが、印象に残る顔だった

 

「咲月? どうした?」

「……何でもないわ。それより、クレープの美味しい店に行くんでしょ? 私は場所を知らないから、案内してよね」

「あ、ああ。咲月の家からは少し離れることになるが、良いか?」

「偶にはいいでしょ。ついでに買い物もできる場所ならもっと良いんだけど」

 

 そう言いながら、咲月と美陽は靴をはき替え、校門の外へと出て行った。

 

 ●

 

 学校から出て暫く、咲月と美陽は商店街にある店の一つの前に居た。美陽が部の後輩から聞いたと言うクレープの店だ。

 

「お待たせしました、ミックスベリークレープと宇治金時の抹茶クリームクレープ、合計で1180円になります……ありがとうございましたー」

 

 店員の女性が言いながら、その手に持つクレープを差し出して来る。咲月と美陽はそれぞれ自分の注文したクレープを受け取り、代金を払って店から離れていく。

 

「680円って……意外とするわね」

「値は少々すると言ったろう? だが、それに見合う味だと言うのは保障する」

 

 手に持つクレープの値段に驚きを表す咲月にそう言って、美陽は自分のクレープを食べ始めた。ちなみに美陽が買ったのはミックスベリーで、咲月が宇治金時である。ミックスベリーが500円で、宇治金時が680円だ。宇治金時が少々割高なのは、京都の有名な抹茶とあんこを使っているからであるらしい。

 

「ん……成程、確かに言うだけの事はあるわね。苦みがちょっと強いけど、甘みがちょうど良いぐらいにそれを抑えてる。こういうのは混ぜると大抵くどくなるものだけど、これはくどくなくていいわね。私好みの味だわ」

「だろう? しかし、抹茶のを買うとはな」

「あら、意外かしら?」

「いや、むしろ納得だ。甘いのが好きでも、ただ甘いだけのものや濃い味のものはあまり好んでいないからな、咲月は。……まあだからと言って、カレーやチーズ入りのたい焼きを選んだ時は正気かと思ったものだが。それから見れば、今回のは普通だな、うん」

「人を味覚異常者みたいに言うのはやめてほしいわね。意外と合うのよ? カレーとチーズ。美味しかったわ」

「私にとってはなんとも微妙な味だったが……これも人の好みと言うものか」

 

 ホイップクリームと華々しい色合いの果物が入ったクレープを美陽が、栗とあんこが入り、やや濃い緑色と白いクリームが混じり入ったクレープを咲月が食べながら、以前に食べたと言うたい焼きの事を思い出す。

 公園近くに存在するたい焼き店は、雑誌でも紹介されたことがある名店である。値段もそれなりに安く、味も良いと言う事で近所の奥様方や咲月達のような学生に人気の店だ。品揃えも伝統的かつ王道の粒あんに始まり、こしあん、白あん、チョコレート、カスタードクリーム、抹茶、紫芋など多く、珍しい物もあって人気だ。

 その中で人気があまりないのがカレーとチーズと言う二種類なのだが、何故か咲月は王道の粒あんと同じくらいにこの二つを好んでいた。何でも、生地の甘さに辛みなどが良い具合に絡んでちょうど良いらしい。

 ちなみに当時に咲月達が買ったものは、美陽が粒あんと白あん、美智佳がこしあんとカスタードクリーム、雪音がチョコレートとカスタードクリーム、夕夏が粒あんと興味で紫芋、咲月がカレーとチーズ、そして抹茶だ。しかもカレーの辛さは、何故か激辛で。

 咲月はそれらのどれも気に入った様だったが、カレーとチーズの二種類は、友人四人は一口食べて非常に微妙な顔をしていた。どうも不評であったらしい。

 

「なんと言うか、あの時はそれぞれの好みが良く分かる選択だったな。美智佳達が選んだものは大体予想通りだったが、料理が上手い咲月がああ言った変わったものを選ぶとは、当時としては思いもしなかったが」

「別に何を選んでもいいでしょ? 料理の腕が味の好みに関係することは……まあ、ないとは言わないけど。美陽達には不評だったけど、私にとっては良かったんだもの。要は好みに合うかどうかよ」

「それはそうだがな……」

 

 クレープを食べ歩きながらそう言う咲月に、同じように食べ歩きながら美陽は苦笑を漏らす。自分たちの中でも変わった好みをしている咲月に何とも言えないのだろう。

 雑談をしつつ、二人は食べ歩きながら商店街の店を見て回る。手に食べ物を持っているので流石に店内には入らないが、ウィンドウショッピングでも十分楽しむことはできるのだ。二人とも美人と言って良い容姿で、咲月はさらに髪の色などでも目立つがナンパもなく、穏やかな時間が過ぎる。

 

「さて、と。クレープも食べ終わったし、そろそろ私は帰るわ。高かったけど、中々美味しかったわよ」

「気に入った様で何よりだ。流石に毎週とか毎日行く事はできないだろうが、月に一度くらいは行っても良いところだろう?」

「そうね。まあ、次に行くときは美智佳達も一緒の方がいいでしょうけど」

「確かに」

 

 やけに食欲旺盛な友人の一人を思い浮かべ、二人して小さく笑う。話題に出せば「なんで部活が終わるまで私を待ってくれなかったのさー!」と理不尽に文句を言ってくるだろう。そして美陽に部活の事などで言いくるめられるのだ。その姿が容易に想像できる。

 

「じゃあ、また明日」

「ああ。また明日、学校で会おう。リクエストは頼んだぞ?」

「わかってるわよ。まったく、貴女もそういう点では美智佳と似てるわね」

「失敬だな、私がこんな事を言うのは、偏に咲月の料理が美味いからだ。他の人に言う事はせんよ」

「褒められてるんでしょうけれど、喜べばいいのか悲しめばいいのか、すごく微妙ね……」

 

 美晴の言葉に、咲月は笑みを浮かべながら小さく肩をすくめる。それでも友人のリクエストを聞くあたり、それなりに人が良いのだろう。まあ、その姿や性格を見せるのは友人や親戚など、近しい相手の前限定だろうが。

 少し雑談した後、二人はそれぞれの家の方へと別れていった。途中、咲月はスーパーマーケットで夕食と、明日の弁当用の食材を買って帰って行った。

 


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