今回グダグダです
ホッパーは酒を飲んでいた。
と、言っても食前に添えられたぶどう酒のカップ一杯ごときでは、酔いはこれっぽっちも回ってこない。酔うのが目的ではなく、ホッパーは食事をしていた。
奥の竈では、コック長のマルトーをはじめ数人の料理人が大きなスープ鍋を掻きまわしている。ちょうど昼も過ぎ、時刻は二時をまわっているころにはじまる晩餐の仕込みは、いつも少人数で行っている。
―――今日も、忙しそうだな。
ホッパーは、忙しそうに働く料理人たちをじっと見つめた。厨房では暗黙のうちに序列が決まっているらしく、調理にかかる担当は決まっている。例えば前菜の串焼きなどは年若いコックが務めることが多いし、主菜やスープの仕込みなどは年長の者がやっていた。料理の腕や経験によりする仕事が決まっているのだろう、とホッパーは思った。
食事をしているのはホッパー一人だった。目の前にことり、と湯気の立つ皿が置かれる。
「今日の賄いです。私もお相伴しますから」
と、シエスタは言った。そのままホッパーの正面に腰を落ち着ける構えらしく、自分の分の皿も手にしていた。
「……いつも。スマンな」
ホッパーが厨房に来るようになってから、今日でちょうど七日経った。
ルイズがおこした爆発で教室がめちゃくちゃになったあと、授業どころではなくなり、その日の午後は休講になった。爆心地にいて、気絶していたシュブルーズは程なくして息を吹き返したが、ルイズの“錬金”が心象に深刻なダメージを及ぼしたらしく、シュブルーズは一日の講義そのものを放棄したのだった。
当然のことながらルイズは罰をくらい、教室のあと片付けを任された。そしてルイズの言うところによれば、使い魔は主人の受けた重責を肩代わりする義務があるとのことで、率先してホッパーにやらせようとした。要は壊れた机を外に出し新しい机を搬入するという簡単で単調で肉体的に負荷のかかる労働を強いたのだが、ホッパーはなんなくやってのけた。人は見た目によらないとよく言われるが、長身の細見に似合わず、ホッパーは怪力だったのだ。疲れた素振りも見せず黙々と物資を運搬するホッパーを目の当たりにして、ルイズは瞠目するのと同時に、ドア破壊の件についてある程度納得がいった。
作業が見込みよりも早く終わったことに機嫌をよくしたルイズは、意外な才能を発揮して主人に奉仕した使い魔に褒美をやることにした。ちゃんとした食事がとれる場所はないか、とたまたま近くを通りかかったそばかすが印象的なメイドに尋ねたところ、この厨房の存在を知らされた。結果として、ホッパーは一日の三食を得ることに成功したのだった。
以来、ルイズの食事に付き添った後に厨房に足を運ぶのが、ホッパーの数少ない日課となっている。
「今日はシチューです………あ、熱いので気をつけてくださいね」
「…………」
「熱くないんですか?」
「……ああ」
ホッパーはシチューを口に運んだ。相変わらず空腹を覚えないが、まずは喰わねば。
「ホッパーさんて…その、いろいろすごいですよね」
会話の糸口に迷ったらしいシエスタは言った。いろいろ色物の間違いだろう、とホッパーは思った。
つい昨日の夜のことだ。コック長のマルトーと数人のコックがホッパーをささやかな酒席へ招待した。新入りの歓迎が名目だったが、ホッパーにコックの仲間入りをした覚えはない。酒好きの彼らにとって、飲む口実はなんでもよかったのだろう。
だか、いくら飲もうともホッパーはけろっとしていた。それどころか、頬に赤味すら差さなかったのである。
杯を重ねようとも顔色一つ変えないホッパーを前にして、酒豪を自負するコックたちにある悪戯心が起き上った。酔い潰してからかおうとしたのである。一向に酔いを迎えないホッパーに業を煮やしたコックたちは、葡萄酒だけでなくブランデーだのなんだのと持ち出してホッパーに飲ませたが、結局ホッパーの調子は変わらなかった。同席した誰かが、底の抜けた桶に注いでいるようだと言ったのを覚えている。
シエスタの話によると、料理人の多くが二日酔いで苦しんでいるらしい。厨房に日頃の活気がないのはそのせいか。湯気のむこうに見え隠れるマルトーの顔色が青いのも頷ける。
「もう……大酒は、飲まん」
無論、酒精の香を漂わせて帰宅した使い魔に、主人の怒りが爆発したのは言うまでもない。昨夜は乗馬用の鞭を振りかざすルイズと小一時間ほど追いかけっこするはめになった。酒席に記憶≪メモリー≫を求めるのは過ちだった。
「ルイズに…ひどく、怒られた。もう、懲りた」
シエスタは口に手を当ててくすくす笑った。
「ホッパーさんは少し変わりましたね。前はこう、少し暗い感じでしたけど、みんなとだんだん打ち解けてきたみたいで。物静かなのは相変わらずですけど、それでもちゃんとお話してくれますし」
「………そうか?」
「いいことですよ」
「……ムウ」
記憶喪失の件はごく少数の人物以外にはまだ話してはいない。昔のことを聞かれても答えようがないので会話は長く続かないが、最低受け答えはきちんとするようにしていた。
「しかし。わからないことがある」
「はい?」
「シエスタ、君の考えていることだ」
とホッパーが言った。
ホッパーたちがいるテーブルは、厨房の入り口あたりに置かれている。厨房に出入りする人数はそれなりに多いが、大概は奥の調理場に用があるので、そのままテーブルの脇を通り過ぎてゆく。昼の忙しい時間帯を過ぎているので静かなものだ。テーブルに腰を落ち着けているのはシエスタとホッパーの二人だけだった。
「どうしたんですか?」
ホッパーに丸パンを勧めてから、シエスタは言った。
「私、なにかしたのかしら」
「その、『してくれていること』が。疑問……なんだ」
きょとんとした表情のシエスタを見て、ホッパーは続きを話した。
「第一に、シエスタは親切だ。誰に対しても……表裏無く、接している」
「そんな、普通ですよ」
「そんな君が、だ。昨日までに三分の二以上の確率で……俺の食事に同席している。他にも、ルイズの身のまわりの世話をする俺を手伝ってもいる。結果、本来の業務に一定の遅滞が生じていると、推測した。それは、学院に『メイドとして働かせて頂いて』いるシエスタにとって、避けるべき事態の、はず」
「…………」
「“誰に対しても”“表裏無く”“親切”にしては………少々、らしくない。そう思った」
「………ホッパーさん」
「ム」
「そんなに長く喋れたんですね」
「……ムウ」
シエスタはくすりと笑った。
「冗談ですよ。冗談……でも、ホッパーさんの仰るとおり、私は、私らしくなかったかもしれませんね」
「………それは。どういう」
「似ていたからだと思います」
「似ていた?」
「黒髪とか…瞳の色とか。いえ、それだけじゃありませんね」
はにかんだ表情から一転して、シエスタはさっと顔をそむけた。
「……きっと、この学院に奉公にきてまだ右も左もわからなかった頃の自分と、ホッパーさんの今の境遇を重ねていたのかもしれません。だから放っておけなくて、お世話したくなって………不審に思われるのも当然ですわ」
「いや」
ホッパーは首を横にふった。
「そんな、ことは、ない」
相変わらず抑揚に乏しい声音ではあるが、ホッパーにしては珍しくきっぱりと言った。シエスタに、日頃世話になっている義理を感じないでもないのだ。俺は、助けられてばかりいる。
「不審もなにも。不思議に思った程度で………その、あまり落ち込まれると…………こまる」
言われて、シエスタは顔を上げた。ひどく悲しそうな笑みを浮かべていた。
ちなみに扉の破壊云々は仮面ライダーV3第49話「銃弾一発!風見志郎倒る!!」が元ネタだったりします。
うっかり物を壊すなんてのは、いまの仮面ライダーには見られなくなった描写ですね