十番目になれなかった男、ゼロへ   作:deke

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今回すこし短めです


ep6 アルヴィーズで朝食を

 タバサを見つけたからここで失礼、と言ってキュルケは先に食堂に入って行った。その後ろ姿が人の群のなかに消えたのを見届けてから、ルイズは大扉をくぐった。

「なによ…なんなのよあの女」

 建物の中は大広間になっており、縦に長い大テーブルが三つ並んで配置されている。ルイズと同世代らしき少年少女らで席の大半は埋まっていた。テーブルごとに、纏うマントの色だけが違う。それぞれのおしゃべりで大広間は賑やかだった。

 どこに座るかは決まってあるらしく、中央の長テーブルの真ん中あたりにルイズは向かおうとしている。

「キュルケ、といったか」

 それまで沈黙をつらぬいていたホッパーが口を開いた。

「仲が悪い……のか」

「別に仲が悪いとか、嫌いってわけじゃないわ。会うといつもあんな感じになるのよ………どうかした?」

「いや…」

 それだけ言って、ホッパーは黙り込んでしまった。主従互いに目線を合わせることの無い、短い会話だった。

 言いたいことはそれだけか、とルイズは呆れてしまう。人だかりの中にいても、いまこうしてルイズが気分を損ねていても、なんの関心も示さない。寡黙をとおりこして不愛想ともいえるホッパーが、何を考えているのかいよいよ分からなくなってくる。

 そんなルイズの思惑など知る由もないホッパーは、周囲の観察を続けていた。空間の広さ、物の配置、壁際の群像。テーブルの上の料理、人の数、しぐさ、服装、会話。次々と観察の対象を変えてながら、周囲を見渡してゆく。知らず知らずのうちにホッパーは記憶≪メモリー≫の手掛かりを群集の中に求めていたようである。そうするうちテーブルのむこうの反対側に坐っているキュルケと目があった。手を振ってよこしたが、ホッパーは無視した。

 この群衆の中に心惹かれるものは無かったのだ。

「トリスティン魔法学院で教えるのは、魔法だけじゃないわ」

 まるで挙動不審なホッパーの様子を、食堂の豪華さに驚いているのだと勘違いしたルイズが得意げに言った。

「メイジのほとんどが貴族なの――『貴族は魔法をもってしてその精神となす』。そのモットーのもと、貴族たるべき教育を受けるのよ。だから食卓も、貴族に相応しい食卓でなければならないのよ」

「…………」

 貴族に相応しいマナーを教育されるのか、それとも身分に合わせた豪奢な支度のことなのか。

 どころで。メイジとはなんだろうか? ルイズの話から察するに“メイジ”とは貴族と同義に扱われているようである。社会的な位階を現す単語なのだろうか。

 そのうち主から、椅子を引いてとの声がかかる。ホッパーは言われた通りにした。今朝起こしたドア破壊の前科があるので動作は慎重である。傍からみれば、もったいぶったしぐさに見えた。

「邪魔よ。ぼけっと突っ立ってないで坐りなさい」

 言われて、腰かけようと椅子に手をかけたところで物凄い目つきで主に睨まれた。主の右手が、下方を指し示す。成程、床に坐れということらしい。

「ほんとは使い魔は外。あんたは特別に、床」

 ならば俺は外でいいではないのかと。

 ルイズが席についてからしばらくして、大広間のあちこちでお祈りの声が唱和された。ルイズもそれに加わった。そしてわずかな静寂の後、賑やかに食事が始まる。

 どれもこれもが食欲をそそるもののようで、食事を摂る彼らの手が休まることは無い。こんがりと焼き目のついた分厚い肉。グラスに満たされた食前酒の芳醇な香り。甘酸っぱい香りの果実ののった菓子。琥珀色に澄み切ったスープに溶け込んだ肉脂、野菜、香辛料の香り―――

 ――こんなに香るものなんだな。

 と、すこし驚いた。

 ルイズはルイズで食事を続けながら、傍らに坐る使い魔の、テーブルの上の料理に注がれている視線に気がついていた。

 無口で無表情で不愛想という“三無主義”の使い魔でも、流石に食事抜きは堪えるとみえて、テーブルの上の食べ物に熱烈な視線を送っている。少し可哀そうな気もしたが、食事抜きは物を壊した当然の罰なのだ、と自分に言い聞かせたところで、気づいた。

 ――あれ?

 心に何かが引っかかる。

 ちょっと待て。食事?

 よく考えみると、あの使い魔が最後に食事を摂ったのは何時だっけ?

 

 というか、こいつは、何時から食べていない?

 

 ステーキに切り込みを入れようとしていた手を休めて、暫し思考。

 昨日は深夜を過ぎたくらいに部屋に戻った。私はそのあと寝たしあのときこいつは医務室を抜け出して中庭にいた。いやでもそれまでは医務室のベッドの上で三日三晩眠り続けていたんだからそうなるともちろんその状態で意識不明の人間がものを食べるなんて無理なことのはず。

「ねえ」

「なんだ。ルイズ」

 主人をさらりと呼び捨てたホッパー。本来なら呼び捨てにしないでと怒るところだが、そうすると話が脱線しかねないのでぐっとこらえて我慢した。

「夕べ何か食べた? たとえばパンの欠片スープの一滴でもいいから、ちゃんと食べた?」

「いや。何も口にしていないが」

「ほんとに」

「本当だ」

 ということは。

 え。じゃあひょっとして召喚したあの時からずっと――

「…………」

「…………」

「手が、止まっているぞ。どうした、気分が、悪いのか?」

 ルイズはそれには答えず、バケットからパンを手に取ると、香ばしい香りを放つそれをホッパーの鼻先に突きつけた。

「なんだこれは」

「パンよ」

「それは……見ればわかる。俺が言」

「お腹を空かせたあんたがあまりにも可哀そうだから、あなたの主人であるこの私が、始祖ブリミルの恵みを特別に分けてあげるわ。感謝しなさい」

「…何か無理をしていないか? それに俺は、腹は減っ」

「食べなさい」

「…………」

「た、べ、な、さ、い」

「………ムウ」

 この主人はときどき話を聞かない。おそらく無駄と知りつつもホッパーは口を塞いで一応抵抗したが、結局、口にパンを捻じ込まれる結果と相成った。

「四日も飲まず食わずで平然としてるなんて信じられない! あんた、鈍いにもほどがあるでしょう!?」

「…………」

「あんまり普通にしてるものだから、あんたが病人だった、ってことすっかり忘れてたわ。あんたが倒れて、その原因が空腹だって誰かに知られでもしたらわたしが困ることになるの。わかる!?」

「…………」

「もしそんなことになったら、わたしは使い魔の管理もろくにできない、ってことになるでしょうが。そのくらい自己管理しなさいよね」

「…………」

 大分理不尽なことを言われている気もしたが、ホッパーは黙って聞いていた。なんてことはない。口いっぱいに突っ込まれたパンの咀嚼を続けていたからだ。まるでスポンジの食感のようなそれを、ようやく嚥下する。

「ルイズ」

「何よ」

「スマンな。心配をかけた」

 ルイズと出会ってから、わずか一晩。一昼夜も経っていない。共有した時間はとても短いけれど、主に関して分かったことが一つ。たった今、確信した。

「これからは、気をつける」

 なんだかんだいってこの少女は、どうしようもなく優しいのだ。少なくとも、身近な誰かの体調を気遣う程度には。

 

 

 

 さて。

 

 

 

『自己管理』を実現すべくホッパーがテーブルの上に手を伸ばした。

 しかしその手がバケットまで届くことは無かった。主によって無情にも撃墜されたのである。叩かれたのだ。

 手を引っ込めて、ホッパーはルイズを見上げた。

「何故……」

「言ったでしょ“特別”だって。それに食事抜きの罰を解いたつもりはないわ」

 いつもは見上げているホッパーを座上から見おろしながら、ルイズは言った。

「それにくせになるからダメ」

 それだけ言って、ルイズは食事に戻った。ホッパーの間の前で、皿の上の料理を美味そうに頬張る。

「…………」

 テーブルに身をもたせ掛ける姿勢でホッパーは思った。

 よほど事でなければ主の決心は揺るがないのだと。そしてホッパーの絶食に関しては主の基準により「よほどの事」に分類されないのだと。

 主の面目をつぶさないためにも次回から自分で食糧を調達しよう。と、ホッパーはそう思ったのだった。

 




お預けをくった子犬の心境でしょうねきっと。なんとなく切なくなります。



5/19  更新少し遅れそうです。

5/31  6/2(月)19:00に『ep7 ロールモデル・ジャッジメント』を投稿します。

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