十番目になれなかった男、ゼロへ   作:deke

6 / 14
ep5 ふりむけばアクユウ

 建物から出、寮棟に入り、階段を上がる。一度通った道筋なので特に迷うこともせずルイズの自室前に至る。

 さて、一度声をかけてみる。ひょっとしたら目を覚ましているかもしれない。

「ルイズ、起きているか。朝だ、起こしに来た」

 しかして返事は無し。

 ドア(破)を開け、入室する。

 ベッドに近づけば睡眠休養中の主の姿。毛布にしっかり包まっている。くっくべりいがどうとか寝言をむにゃむにゃ。

「…………」

 人を眠りから覚醒させる効果的な方法は何か。答えは簡単、日光を当ててやればよい。

 ベッドの反対側に回り、カーテンを開ける。途端に薄暗かった部屋がぱっと明るくなる。次いで窓を全開にすれば、新鮮な朝の空気が夜のうちに溜まった不快な熱を排出してくれる。

 ここまでやればどんなに目覚めが悪くても――

「すうすう」

 ……あまり使いたくなかったが。

 人を眠りから覚醒させるもっとも効果的な方法。

 実に明解。

 安眠を保障する毛布を取っ払え、それに続くアクションがあれば猶良し。

 つかつかと、ホッパーはベッドに歩み寄る。そして無言のまま、毛布に手を掛け思いっきり引っ張った。毛布にくるまっていたルイズは、さながら独楽のようにきりきり空中で舞ったのち、ベッド上に落下する。うにゃーなんて悲鳴が聞こえたが気にしない。

「おこしに来た。起きろ。朝だ」

 むくっと起き上がって、寝惚け眼で辺りを見渡すルイズ(軽度涙目)。

「ほえ?なに?何事? あんた誰?」

「おこしに来た。起きろ。朝だ」カタコトになるホッパー。

 傍らに立つホッパーを見、ルイズはうーともあーともつかない生返事をした。睡眠から強制的に覚醒させられたのが原因か、目つきが相当凶悪なことになっている。目線こそホッパーに向けているが、焦点がまるで定まっていない。機嫌が悪いのではなく、ただ目覚めが悪いだけなのだとホッパーは気づいた。

「もう一回、グルグルするか?」

 手にした毛布を、闘牛士の如く掲げるホッパー。それを見て、ルイズの顔が引きつった。どうやら危険を予測する程度には、意識が覚醒したようだ。

「いい。もういい、やめて」

「ム、そうか」

「次からは普通に起こしなさいよ」

「…………」

「主の寝所へ入ることを、あんたは許されているのよ。もう少し私を敬いなさいな……服、とって」

 ホッパーに着替えを手伝わせながら、ルイズは言った。

「次、下着………こっち見ないで」

「…………」

「スカート……ブラウスは、そう、その引き出しに入ってるから」

 脱いだ寝具をベッドの上に放り、クローゼットからブラウスを取り出させ、袖を通す。パリッとのりのきいた服は、着ていて心地よかった。

「マントも」

「…………」

 まただんまりか、とルイズは思った。

 ホッパーは騒いだり、逆らったりしないだけこちらも楽なので、つい色々言いつけてしまうが、主の呼びかけに返事をしないのとではわけが違う。この使い魔は、言われたことはきちんとこなすが、本当にただそれだけなのだ。

 洗濯物を出しおけ、朝起こしに来いという命令は確実にこなしている。気になるのはその後の報告や、承認を求めるような行動が一切ないことである。それがことのほか不気味だった。

 ただの平民にしては、愚につきすぎているのではないだろうか。それとも無口なのは元来の性格で、貴族の命令に唯唯諾諾としたがうのは平民として育った愚直さが為せることなのか。

「そうね。次なにか私に無礼を働いたら…」

 着替えを終えてからルイズは言った。思案する振りをして、少々わざとらしく腕を組んでみせる。その時ちらりとホッパーの顔色を窺ったが、ホッパーは相変わらずの無表情だった。

 と同時に、心のどこかで嗜虐心のような感覚が沸き起こる。脅かしてみればこの使い魔の、なにか感情を見せるかもしれないといった、半ば稚気じみた嗜虐心がそうさせた。

「食事抜きの罰を与えるわ。胆に銘じておきなさい」

「…………」

「返事は?」

「……ムウ」

「『ムウ』じゃないでしょう。返事は『はい』、もしくは『わかりました』よ」

「………『はい』。『わかりました』」

「本当にわかってるんでしょうね…」

 返事が妙にカタコトのように聞こえたが、気にしないことにした。

 どうやらこれではっきりした。平民は平民、結局は自分の頭で考えることをしない。この使い魔もそれに当てはまるのだという予測は、この後、過ちであったことをルイズは知ることになる。

 

「で、このドアは何?」

「ああ…………………開けたら壊れた」

「ふぅん。他に言うことがあるんじゃないかしら」

「木材が腐っている。取り替えるか、早く修理したほうがいい」

「もういいわ。ドアを壊したご褒美よ………罰として食事抜き!」

「いや待て。褒美と罰では意味が違」

「うっさい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようルイズ。朝から賑やかね。廊下にまで響いてたわ」

 ホッパーがルイズと連れだって廊下に出たところに、後ろから声をかけられた。女の声である。途端にルイズが露骨に顔をしかめたのを、ホッパーは見逃さなかった。

 そのままルイズは歩き出す。やや早足だった。一刻も早くこの場を立去りたいという意図が見て取れる。

「ちょっと、無視しないでよ」

 と、声をかけてきた人物はそう言った。同時に駆け足の音がしたとホッパーが思った時には、その人物はホッパーを追い越し、素早い動きでルイズの前に割り込んでいた。

 赤髪に、褐色の肌をもつ少女だった。やや目元を細め、口元に笑みをうかべている。大胆にシャツの前を肌蹴させ、豊満な胸を惜しげも無く晒している。

 その少女が今、ルイズの正面に腕を組んで立ちはだかっていた。

「お、は、よ、う。ルイズ?」

「わざわざ言い直さなくてもきこえてるわよ、キュルケ」

「そう?ならよかった」

 そう言うと、笑みを浮かべた唇の端がぴくりと動いた。してやったり、といった満足の笑みだとホッパーは思った。ルイズがキュルケと呼んだこの少女は、こうして時々ルイズを冷かしているのだろうか。

 そんなキュルケをルイズは、付き合ってられないといったふうに押しのける。そしてまた歩き出す。

「つれないわね。私といるのがそんなに嫌?」

 邪険な対応をされても、キュルケは余裕の態度を崩さなかった。やれやれと肩を竦めた後、ルイズの隣に並ぶ。ホッパーはその後ろについた。

「ついてこないでよ」

「行先が一緒なだけ。ついでに暇つぶしを兼ねて連れが欲しかっただけ。恨むのなら、私をおいて朝食に出かけたタバサを恨みなさい……で、今度はなにをやらかしたの?」

「別に何も」

 憮然とした口調でルイズは答える。

「嘘。壊したとか罰とか、ちゃんと聞こえてたんだから」

「……私の部屋のドアが壊れただけよ」

「やっぱり、またなにか壊したんだ。魔法の練習をするにしても場所を選びなさいな」

「私じゃないわ」

 身体は前を向いたまま、ルイズは肩越しに後ろを見遣った。

「こいつよ」

 キュルケも振り返りホッパーを見上げたが、すぐに視線をルイズに向けた。

「こいつ、って…彼、あなたの召使いだっけ」

「使い魔よ。召使いじゃないわ」

「まさか」

「その“まさか“。板が腐ってたみたい」

「ふーん」

 なんだつまらないといった表情が顔を覆ったが、それも寸の間、また唇がにやりと横に広がる。

「てっきり“ゼロのルイズ”が魔法で吹っ飛ばしたのかと思った」

「アンタもその減らず口ごとふっ飛ばしてあげましょうか」

「おちびちゃんも言うようになったわね…」

 その後も、主とその友人の会話は続いた。ただし、一方的にルイズをキュルケが冷かしている点においては、仲の良い友人同士の和やかな会話というよりは、悪友が交わす悪態混じりの冗句といった感である。それでも険悪な空気にならないのは、それなりにルイズが応戦しているせいか、はたまたキュルケが一線超えないよう気を遣っているのか。

「それで、あなたの召使いのことなんだけど」

 キュルケがそう話を切り出したのは、寮を出てからしばらくのころだった。さっきルイズが訂正したにも関わらず、キュルケはホッパーを召使いと呼んだ。

 三人の行く手には、背の高い大きな塔が見え、そこの大扉にルイズと似た格好をした少女や少年らが出入りしているのが見える。主とその友人は、あそこで朝食をとるのだろう、とホッパーは思った。会話の内容には興味がなかった。ただし主の動向にのみ心を配る。

「その“使い魔”っていうのは本当?」

「それどういう意味よ」

 ルイズは険のこもった目でキュルケを見る。キュルケは前を向いたままだ。

「『魔法の使えない“ゼロのルイズ”は考えました。そうだ。そこらへんを歩いていた平民を捕まえて使い魔に仕立てよう』『当日上手く爆発で誤魔化したルイズは、見事平民の使い魔を手に入れたのでした。めでたしめでたし』」

 芝居がかった軽い口調でキュルケは言った。

「っていう噂よ。結局のところはどうなの?」

 ルイズは足を止め、キュルケの顔を見た。キュルケは笑っていなかった。改めてみると、むしろ真剣な表情をしている。

「私はちゃんと召喚したわ。なのに、こいつが来ちゃったのよ」

「ふーん」

「何よ……言いたいことがあるなら言いなさいよ」

 ルイズが低い声を出した。

 いつの間にか、三人の周囲に人だかりが出来ていた。人通りの多い中で急に立ち止まれば単に邪魔扱いされて終わるだろうが、今のルイズの発言により、二人の間の空気が一触即発の気を帯びた。それに気がついて足を止めた者が一人また一人と数を増やし、結果大勢の野次馬が集まってきたのである。なぜか男子ばかりだか。

 険悪な雰囲気のなか、睨み合いから視線を外したのは、何を思ったのかキュルケが先だった。

 無粋な聴衆をちらと一瞥した後、やれやれといった感で肩を竦める。

「変に目立つのはご勘弁願いたいところね。この話は、また今度にしましょう………はーい、解散解散!!」

 キュルケが手を叩いて野次馬を散らしにかかる。群衆の扱いには慣れた感があり、周りに人がいなくなるまでそう長くはかからなかった。

 そしてまたルイズの方に向き直り。

「さっきの話、しっかり覚えておきなさいな。その時になってからの逃亡は許可しないわ」

「誰も逃げたりしないわよ! 何様のつもり!?」

 ルイズが噛みついてくるのも織り込み済みだったらしく、キュルケは唇の端をわずかに歪めただけだった。

 




キュルケは何がしたかったんでしょうね。




投稿のお知らせ  5/12(月) 19:00「ep6 アルヴィーズで朝食を」を投稿します

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。