十番目になれなかった男、ゼロへ   作:deke

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実はこんな大変なことが起きていたのです。


ep3 名前の無い男

 下草を踏みつけるカサカサという音。

 何かが擦り合わさるようなズリズリという音。

 それが男の聞いた「二人組の足音」

 普通なら知覚できないほどの微小音を感じ取ったのは、超感覚ともいえる男の聴覚によるものだった。若しくは緊張で神経が高ぶっていたのも原因かもしれない。

 

 

 足音の一つは外から聞こえる。そしてゆっくりと確実にこちらに近づいてくる。

 いつのまにか月は雲に隠れ、全てを黒で覆い隠してしまう。目に頼れない以上男は全身で警戒しながら外を睨みつけた。

 最初に感じたのは、気配。

「見られている」というより「観察されている」という感覚を肌で感じる。

 外にいるモノがこちらを見つめているだけで何もしてこない、ただそれだけで嫌悪感を覚えた。

 

 そこで男は気付く。いつの間にかズリズリという音が止んでいることに。「外にいる何か」に警戒するあまり、もう一方への注意を疎かにしていたのだ。

 耳をすましても何も聞こえない。暗闇に息を潜め、完全に気配を絶たれてしまった。

 闇を見渡す。

 ふと、微細な振動が空気を伝う。

 ――上か!

 男はとっさにベッドから転がり落ちた。

 重いものが落ちてきたドサリという落下音。ベッドは軋みを上げる。

 回避したのも束の間、落ちてきた襲撃者は再び男に向かって飛びかかる。

 襲撃者は男を床から力ずくで引き剥がし、仰向けの状態にして組み伏せたのと同時に、男の首を締め上げる。男も体を振り子のように揺らして反動をつけ、ごろごろと床の上を転がり、必死に抵抗した。

 男と襲撃者、上と下が激しく入れ替わった。

 執念深く喉を締め上げてくる。ギリギリと。窒息を待つ気はないのだろう、喉を砕くつもりだ。その証拠に、力がだんだん強くなっていている。

「が、あああ」

 転がりながら、相手を引き離そうと死に物狂いで襲撃者の腕を掴む。そして男が下になった瞬間、互いの体の隙間に足を入れて、襲撃者をおもいきり蹴り飛ばした。

 ぐえっ、という短い悲鳴。

 次いで壁にぶちあたったらしい鈍い音。

 両者とも、荒い息遣いだけが残る。それもやがて静まり沈黙が訪れた。

 互いに相手の出方を見計らう。

 耳が痛いほどの静寂のなか、最初に動いたのは襲撃者の方だった。

 軽い助走の音を聞きつけ、男はいつでも動けるよう低く身構える。

 接触の瞬間、掴みかかろうとする男の手を払いのけ、襲撃者は男の脇を走り抜けた。そしてそのまま、開いていた窓から飛び出してゆく。

「待てっ」

 窓際まで駆け寄り、窓から身を乗り出す。

 いつの間にか、雲の隙間から月が顔を覗かせている。さっきより明るいのはそのためか。

 窓の下は草の生えている地面。向こうの方には巨大な石壁、というよりは城壁のようなものが建っている。

 辺りを見渡して――見つけた。

 城壁のすぐ下、月明かりに照らされて走り去ってゆく人影が二つある。

 ベッド上のシーツを引っ掴み、体に纏う。窓を乗り越え、駆け出した。

 通常このような場合、逃走した相手を追跡することはあまり得策でない。こちらの準備もない上に敵の装備も明らかでない場合は、追いた先で反撃してきたら対処できないのだ。

 そんなリスクを背負いながら男は走る。

 心のどこかで声がするのだ。確証のない、直感じみたものが頭の中で囁く。

 追いかけろ、その正体を確かめろ、と。

 素足が土の感触を覚える。昼間に雨でも降ったのだろうか、草が濡れている。

 人影が不意に姿を消す。どうやらあの角を曲がったらしい。

 男もそれに続いて角を曲がると、広場のような広い空間が現れる。ちょうど広場のようなスペースの、ちょうど反対側。そこに襲撃者は待ち構えていた。

 

 

 

 向こうにいるのは、二人。おそらく外にいた奴が指示を出していたのだろう。ところが室内に潜んでいた仲間がしくじったので逃走したが行き止まりにあった、と。

 まずは、問わねばならない。

「なぜ俺を殺そうとした! 理由は何だ!」

 二人組のうち、一人がのっそりと前に出る。

「目的だとお?恍けんじゃねえ、手前ぇが一番よおく分かってんじゃねえのかあ!?もう組織なんて関係ねぇ。裏切り者を抹殺すんのは当然だろうが!!」

 野太く、低い声音だった。広い肩幅に、盛り上がった胸筋。黒尽くめの衣装に身を包んだ大男である。

「……裏切り? 抹殺?」

「けっ、知らねえフリすれば見逃してもらえると思ったのかあ?訳が分かんねえのは手前ぇの方だぜえHOPPER」

「HOPPER……ホッパー?それは俺のことを言ってるのか?俺はホッパーなんて奴は知らない人違いだ! 俺は」

 そうだ。俺はホッパーなんて知らない。そう呼ばれていた人の事も俺は知らない。勘違いで殺されかけるなんて冗談じゃない。

「俺の名前は」

 名前。

「俺の――」

 ――名前。

 どうして言葉が出てこない?

 俺は。

「誰だ。俺は、誰なんだ。俺の、俺の名前っ」

 思い、出せない。変だ。おかしい。なんで。これじゃあの悪夢の通りじゃないか!!

「HOPPER、それが俺の名前なのか?お前は俺を知ってるのか?頼む、教えてくれ俺は、一体誰なんだ!!」

「教えてくれ……って、ぅおい」

 黒い男は急に黙る。頭をぼりぼり掻き、また口を開く。

「こいつあ驚いたあ、本当に記憶喪失ってか。あー、『CROW』の奴が何か言ってたが………めんどくせえ。おい前出ろ、リベンジさせてやるよお」

 黒い男は後ろを振り返り、もう一人に話しかける。男の後ろから、そのもう一人が出てくる。

(何だあれは……!?)

 ホッパー。と呼ばれた男は戦慄する。

 少なくとも、ヒトではない異形。現れたのは人型はしていても、人にはまらない異形だった。

 一対の巨大な複眼、それに連なり二個三個。鼻があるはずの箇所に鼻はなく、代わりにぽっかり空いた穴から呼吸音が漏れている。全身を光沢のある黒いスーツで覆い、男か女かの区別もつかない。

「さあて自己紹介だあ。こいつぁ『SPIDER』ってネームでなあ、命令通りに動くただの木偶だあ。さっき手前ぇの寝込みを襲わせたのもこいつよ。

 昔なら余裕で倒せんだろうが、記憶≪メモリー≫もねえってこたあ変わることもねえ。んな今なら」

 こきっ、と首の関節を鳴らして。

「ここで死んどけ」

 

 

 

 それが合図となった。

 

 

 

「コ、コロ、コロロオオオオオオオオ」

 

 奇声を発し、スパイダーは上体を仰け反らせた、次の瞬間。口(?)から白い『糸』が吐き出された。束になって吐き出された何百という細かな『糸』は、動揺から立ち直れずにいたホッパーに、瞬く間に絡みつく。続いて二度、三度とスパイダーは『糸』を吐きかけてゆく。

 二重三重に『糸』が絡みついてゆく様子は、蜘蛛が獲物を緊縛してゆく過程によく似ていた。獲物は『糸』に捉えられ、人型の白い繭玉が完成してゆく。

 振り解こうとホッパーと呼ばれた男は必死でもがく。が、なかなか断ち切ることができない。

 それどころか、この糸。

「!? 締まる!」

 ギリギリと。足掻けば足掻くほど、より強固に頑丈に。身体の各所から何かが軋む音が聞こえる。耳に届く鈍い破裂音は、骨が砕ける破壊音だ。

「グ……!!グアアアアアア!!」

「やれえ」

 黒い男の端的な指示を受け、スパイダーは一度口蓋から『糸』を断ち切る。何重にも織り掛けられた『糸』は、作業を繰り返すうちに『綱』と言うべき太さにまで完成していた。

 その『綱』をスパイダーは両腕で抱え込むと、さっと身を翻した。『綱』は肩に背負う形になっている。間を置かず、スパイダーは『綱』を満身の力を込めて、背負い投げのように振り回す。

『綱』の先に捉えられているホッパーは宙高く舞い上がり、弧を描いて。

 

 ッドオオオン

 

 城壁に叩きつけられた。

「まだだあ。休ませんな。」

 再び宙高く放り上げ、今度は反対側の城壁に叩きつける。何かが潰れる音がして、衝撃の毎に人型の繭から、赤い液体が飛び散った。

「コオッ、コアッ、ッカア!」

「おぅ。もう充分だろうぜ」

 叩きつけが幾度も繰り返された後、ようやく黒い男は処刑の終止を宣言した。残虐な処刑の様子を終止薄笑いを浮かべながら黒い男は眺めていた。頃合いを見図ったのではない。飽きたのだ。

 スパイダーの手から『綱』を受け取り、手繰り寄せる。手繰り寄せてから、『綱』の先に絡んでいたモノを見て、大男はほうとため息をもらした。

 幾多の衝撃を受けたために繭は破れ、その隙間からホッパーの血みどろの頭だけが飛び出ていた。頸から下は繭玉に隠れているために胴体がどうなっているのかは判別つかない。が、二度と立ち上がれないボディになったのは確かだ。その証拠に、繭全体が赤く染まっている。

 大男はホッパーの耳元に口を寄せ、囁く。

「さっきの質問に答えてやんよお。今の手前ぇは『HOPPER』なんて名前ですらねえ、ただのカスだあ……………なんか言えよぉ。あぁん」

 立ち上がり、ホッパーの頭を踏みつけ、踵で詰りながら唾を吐きかける。もう、うんともすんとも言わない。

「死んだか…………おおぅ、のこ様子じゃあボディは使いものにならねぇな。こいつの頭だけ回収しとけ。帰ってCROWに報告だあ。HOPPERなんてもんじゃなくて、いたのはただのカスでしたってなあ」

 ぺっ、とまた唾を吐く。胸に憤懣が溜まっていた。

 鬱屈とした気持ちで、ホッパーに背を向けた。スパイダーもそれに続く。

 黒い男は、ホッパーがスパイダーの糸につかまった時点でホッパーを見限っていた。昔の奴ならそんな隙を見せずに対峙した相手を瞬殺していただろう。やはり記憶≪メモリー≫を失くし、変わることの出来ない奴はただのゴミカスに等しいのだ。がっかりだ。

 スパイダーはスパイダーでさっきの殺しの感触を思い出していた。無抵抗をいいことに一方的に壊した命。いままで指令に従って実行してきた殺しでも、とりわけ新鮮な感覚を。

 そこにスパイダーにだけ聞こえた、殺したはずの男の声。

 

 

 

 

 

「まだ、だ」

 ありえない。さっきちゃんと殺した。

「まだ、終わってない」

 また聞こえた。スパイダーは瞠目する。

 そこで見た光景は、立ち上がろうとしているホッパーの姿。

 ぶちぶちと、縛めを引きちぎりながら。

 眼光だけは相手を睨みつけたまま、昔のままに変わらないまま、肩についた最後の拘束をふり払い、完全に立ち上がる。

 腹部に現れたベルトが、赤く発光していた。

 

 

 何人も何人も何人も、スパイダーは指令に従ってターゲットを完璧に始末してきた。拘束を破った者など誰一人としておらず、ましてあの叩きつけをくらって生き残った者などこれまでにいなかった。

 なぜ、生きている?

「どうしたぁSPIDER? 頭ぁ捥ぎとんのがそんなに手間かぁ?」

 立ち止まった部下の異変に気付き、黒い男は後ろを振り返る。そこでスパイダーの肩越しに、立ち上がったホッパーの姿を見つける。

 ホッパーとの対決を、心待ちにしていた黒い男ではあったが、期待を裏切られた今では、見苦しく無様なものにしか見えない。

「そのままくたばってりゃいいのによお、中途半端に起動しやがってこの死に損ないが。

 やれSPIDER。今度こそ確実に殺せ」

 

「コロロオオオオオオオオ」

 

 指令を受けてスパイダーは奇声を発し、再び糸を発射する。だがそれよりも早くホッパーは動いていた。

 

「二度も」

 横っ飛びに転がり、糸の直撃を避ける。

 

 回避されたことに驚愕するスパイダー。

 掠め飛んでいく拘束糸を捉え、両足に力を込めて、ホッパーは力任せに引っ張る。

「同じ手が通用するかぁぁあああ!!」

 一本釣りの要領で、急激に引き抜かれたスパイダー。『糸』を切り離す余裕も無く、うなりを上げて外壁に激突した。

「コオッ!!」

 弧を描かぬ直線軌道で全身を打ち付けられ、スパイダーの全身が麻痺する。幾多の敵を葬り去ってきた同じ方法で今度は自分が追い詰められていた。

 完全に腑抜けたスパイダー。

 その隙を見逃さず、ホッパーは距離を詰め、スパイダーの頭部を掴んでもう一度。

 

「ッらアッッッ!!」

 

 さっきのお返しとばかりに、壁に叩きつけた。

 頭部に衝撃がはしり、スパイダーの視界が揺れる。膝の力が抜け、倒れんとするところに。

 拳を振り上げたホッパーは。

 殴る。殴る。殴る。殴って、殴って、殴りつけた。

 ジャブ、ジャブ、ストレート。バッティング、ローブローフックパンチ、アッパーカット。

 反撃を許さない超連続の猛攻打。

 スパイダーの複眼は潰れ、顎(?)は裂け、顔のあちこちが変形し、どす黒い体液があふれ出す。猛攻を前にして、スパイダーの反撃の余地は皆無だった。

 ホッパー自身も、自分が何をしているのか理解が追いつかない。傷が回復したことや腰にベルトが出現したことにも気づかない。なぜこんな力があるのかと疑問を持つ思考など無く、凶暴性だけで拳を振るう。

 そして右拳を固めて振りかぶり、渾身の一撃を。

 総身の力を込め、撃ちだした。

 殴!!

 最後に振り上げた右ストレートはスパイダーの顔下半分を、派手な音を立てて粉砕した。

 

 

 そこでようやくホッパーは止まった。

 

「ハッハッハッハッハッ」

 

 ゆっくりと、相手の顔面にめり込んだ右拳引き抜く。支えを失い、ずるずるとスパイダーは崩れ落ちる。壁に寄りかかったまま動きを止めたスパイダーの正面に立ち尽くし、荒い呼吸を繰り返す。

 

 

「ハァハァハァハァハァ」

 

 

 

 そしてふと、自分の手を眺めた。敵の血に染まった、両の拳。

 

 それを見て、頭の中に沸き立つもの。

 

 赤黒く染まった己の手。

 

 その手で砕いてきたソレは飽き果てるまで狩り尽くした。

 

 何度も何度も。この脳に馴染むまで繰り返した感覚。

 

 

 

 

 立ち昇る黒煙。

 燃えさかる朱の炎。

 甘酸っぱい血の匂い。

 引き裂かれた肉の残骸。

 幾多の死骸を築き上げ、戦場を闊歩するその者の名は―――

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 

 

 

 

 これが俺の記憶≪メモリー≫なのか?

 この血まみれの手を、俺は知っている。いままでの戦闘も、その技術も全て理解している。

 記憶≪メモリー≫を失くす前、俺は何を……?

 

 

 

 

「止めさした相手の弔いのつもりかあ?にしても背中を晒すたあ余裕じゃあねえか、ああHOPPER?」

 後ろから浴びせられた嘲りによって、ふと我に返る。

 そうだ、まだ終わってない。敵はもう一人いる。

 振り返り、黒い男を睨みつけた。

「まさか半端な起動でSPIDERを倒すたあなあ。しかも短時間で、あれだけの速度で自己修復できりゃあたいしたもんよ……状況が変わったってCROWに報告だなあ」

 部下が倒されたにも関わらず、どこで嬉しんでいるのような口ぶりだった。

 次の瞬間、黒い男はぐっと身を屈め跳躍した。人間離れした脚力で城壁の高さを跳び越えて、黒い男はその向こうへ。

「待て、逃げるな!」

 追いかけようと駆け出すも。

「今夜はお開きだあHOPPER!!さっきも言ったろお状況が変わったってなあ。

 ああそうだあ、めんどくせえが手前ぇを殺すのはこの『BEAR』様だあ、首洗って待っとけえ!!」

 逃がすつもりはない。左右に眼を配る。が壁の向こうに通じるような出口は見当たらなかった。焦りが思考を追い立てるうちに、敵の気配もやがて消えた。

 

 

 

 

 

 

 易々と取り逃がしてしまった、その悔しさに思わず歯噛みする。ベアーと名乗った黒い男は、自分をホッパーと呼んだ。明らかに俺について何か知っていた。捕まえて吐かせれば何かしらの情報は得たはずなのに。

「……くそっ」

 スパイダーから情報を聞き出そうとしたが、ベアーの逃走に気を取られ、後ろを振り返った時には、大量の血痕だけを残してスパイダーはいなくなっていた。どうやら回復速度は大したものらしい。

 その血痕も、『糸』も自分の拳に付着した分も含めて、白い蒸気を吹きだして消えてなくなってゆく。ホッパーは気付いていないが、いつのまにかベルトも消えていた。

 改めて辺りを見回せば、思った以上に被害が少ないことに気付く。あれだけ大暴れしたというのに誰一人として駆けつけてこない。目撃されるより遥かにその方がありがたかったかもしれないが。

 結局、自分の過去についても敵の正体についても何もわからずじまいだった。思い出したことと無理やり定義づけるならば、「HOPPER」の名と血に染まった拳を目にした時のあの感覚。あれが俺の過去の記憶だとするなら俺は、一体何者であったのだろう。

 手がかりは、無い。

 だがベアーは言っていた、「待っていろ」と。あの言が真実ならば、そう遠くないうちに、また会うことになる。その時俺は、記憶≪メモリー≫を取り戻すことが出来るのだろうか。己が何者であるか、知ることが出来るだろうか。

 思考の海に沈むうち、何時と言うことも無く月が浮かぶ夜空を見上げていた。

 そうすること暫く。

「ようやく見つけたわ。ここにいたのね」

 月下に響く少女の声。

 

 

 

 

 ゆっくり、振り返る。この声、どこかで聞いた気がした。

 月明かりを浴びて、一人の少女がそこに立っていた。桃色髪に白い肌色。そして随分、背丈が小さい。必然的にこちらが見下ろす側になる。

「どうして逃げ出したの?」

 若干呼吸が乱れている。平然とした様子でいるが、額に汗が光っていることからまるで全力疾走でもしてきたかのように思われた。

 それにしても「逃げ出した」とは何のことだ?ベッドに寝かされていたあの部屋から断りも無く出て行くとは何事だ、と言ってるのだろうか。

「これから契約よ。そこに跪きなさい」

 契約?それもいきなり「跪け」とは一体なんのつもりだ?

 …………

 ………

 ……

 …

 ああ。

 思い出した。

 この少女。「一人にしないで」と夢で聞こえた、あの。

「……声」

「は?」

「夢の中で俺を呼ぶ声が聞こえた。何となく、お前に似ている気がする。あれは、お前だったのか?」

「……何よそれ」

「答えろ。俺を呼んだのは、お前なのか?」

 少女は少し黙り。

「ええそうよ。何のことを言っているのかわからないけどあなたは私が喚んだもの。貴族である私が、わざわざあんたなんかを召喚してやったんだから感謝くらいしなさいよね」

 召喚?呼んだではなく喚んだと。

 ならば。一人にしないで、と俺に告げたのはこの少女ではなかったのか。

「そう、か」

 ………俺は結局、何も求められなかったのか。

 …………

 ………

 ……

 …求められなくとも、この空っぽな心を埋める何かを問うことはできる。

「空っぽなんだ。俺は」

「はあ?空っぽ、って何それ?」

「召喚された、というからには、きっと俺はどこからか呼び出されたのだろう。けれど、何も思い出せない。俺の名前、どこに住んでいたのか、誰と一緒にいたのかさえわからない。記憶≪メモリー≫すらも。俺は……俺の”中身”は………『ゼロ』なんだ。」

 何やら視界の下で喚いているがいっこう構わない。問うたところで何も返ってこないと、この少女もさっきの連中とほとんど変わらないというのに、俺は一体何を期待していたのだ。分かっている結果なのになぜ、俺はこうも空しさを覚える?

 そんな中聞き流していた罵詈雑言の、ふと耳に届いた言の葉。

「記憶≪メモリー≫でもなんでも、私の使い魔になればくれてやるわよ!!」

 今なんと?使い魔になれば?

 思わず目を見開く。

 俺のこの空っぽの記憶≪メモリー≫を埋めるものを、俺を召喚したというこの少女は持っているというのか。

 向き直り、改めて観察した少女の容貌。

 矮躯に、桃色髪に、鳶色の瞳。その表情に、恐れの気色の一変も無し。

「本当に……くれるのか?」

「ええ確かに言ったわ、だからさっさと跪きなさい」

 使い魔。おそらくは僕の事。僕として仕えることが条件と言うのか……ならば迷わない。取るべき道は定まった。

 膝を折ったその姿勢は、主人に仕えることの意志表明。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。

 この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 呪文のようのものを唱えた後、両頬に手をあてがわれ、顔を上げさせられる。

 何をするつもりだ?

「いいからじっとしてなさい」

 顔と顔が近づき、息がかかるくらいの距離になり。

 ――唇が触れた。そしてすぐに離れる。

「これで契約は完了したわ。光栄に思いなさい。あんたはたった今から私の使い魔よ」

 使い魔、か。顔を背けながら言われても実感が湧かないが……それもいい。どうせ行く当てもない身だ。

 ここにいる意味があるならば俺はオマエの望みを叶えてやろう。この血肉、必要とあらば幾らでも捧げよう。

 

 

「なんだって……やってやるさ。俺に記憶≪メモリー≫をくれるのならばな」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたの名前聞いてないんだけど、本当にそれも忘れちゃった?」

「いや覚えている。こう呼ばれていた。『HOPPER』、と」

 




いまさらですが彼はZXではないです。タイトルどおり十番目に「なれなかった男」ですので筆者オリジナルとなります。一応「仮面ライダーらしさ」を意識して作ってはおりますが、やはり無理やりな感じは否めません。dekeの力不足です。


さて、dekeが描く「HOPPER」の人物像を思索するにあたっては明確にこれといったモデルは存在しません。強いて挙げるとすればdekeが思う「苦悩する人間のイメージ」が元になっています。他は様々な資料や作品からパ……参考にさせていただきました。






4/23追記 明日19:00に「ep4 ワンダフル・モーニング」を投稿します。



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