青い空、小鳥たちが雲の合間をわたり、優しいそよ風が若草を撫でてゆく。
ここはトリスティン王立魔法学院。城壁の外の草原に少年少女が集まり、毎年恒例となっている行事「使い魔召喚」の儀式を執り行っていた。
既に多くの生徒が召喚に成功し一生を共にするパートナーと対面を果たす中、ひとつ異質な爆発音が鳴り響く。
「早く召喚しろよ『ゼロのルイズ』―!!」
「やめとけってどうせ無理なんだから」
「なんせ成功率『ゼロ』、だもんな!」
この「使い魔召喚」の儀式は2年生となる生徒たち全員に課される、いわば昇級試験のようなものだった。術式としてはそう難しい方ではないのだが、これができなければ一人前のメイジとして認められないとさえいわれている重要な儀式だった。
この儀式に、これで何度目であろうか、爆発を引き起こした少女に野次が飛ぶ。緊張のあまり2、3回失敗する生徒は毎年いるが、20回以上も失敗した事例は学院史上、初のことである。
ルイズと呼ばれた桃色髪の少女。悔しさに身を震わせ零れ落ちそうな涙を必死に抑えていた。泣き出さずにいたのは彼女のプライドの高さゆえだろうか。
そんなルイズに、一人の教師が気まずそうに声をかけた。
「あー、ミス・ヴァリエール? 貴女はよく頑張りました。ですがこれ以上は……」
「お願いです!ミスタ・コルベール! あと一回、あと一回だけチャンスを下さい!」
ルイズは、コルベールと呼ばれた禿げ頭の中年教師に詰め寄って嘆願する。
コルベールはルイズの努力家な一面を知っていた。魔法の関係しない学問ならば彼女の成績はトップクラスであり、教師としてできるならこの努力家な生徒の願いをかなえてやりたい。彼女に後がないことも分かっている。
だがいい加減精神力も魔力も限界だろう。教師として、これ以上生徒に無理をさせることはできない。
「わかりました。本当に最後ですぞ」
少し思案した後、はぁとため息をついて最大限の譲歩をする。それを聞いてルイズは切羽詰まった表情からぱっと明るい表情になった。だがよくよく考えてみれば最後通牒に等しい宣告であるこいとに、すぐにルイズは気づいた。
思わず杖をギュッと握りしめる。
(今度こそ……)
これで最後。もし失敗したらなんて考えたくもない。
(絶対に成功してみせる。もう『ゼロ』だなんて呼ばせないんだから)
目を閉じて、一旦深呼吸。
そして杖を振り上げ呪文を唱える。
「宇宙の果てのどこかにいる私の僕よ!」
杖の振り方なんて覚えていない。正しい詠唱も忘れてしまった。
「神聖で美しく、そして強力な使い魔よ!私は心より求め、訴える!」
イヌでもネコでも構わない。だから。
「我が導きに応えよ!!」
お願い、来てっ!!
詠唱を終え、思いっきり杖を振り下ろす。
轟音。最後に特大の爆発が起こり、辺りはもうもうとした土煙に覆われた。
先に召喚されていた使い魔たちが轟音に驚き暴れ、生徒がそれを宥める始末。コルベールが「落ちついてください!」などど声をからして叫んでいるが、すぐには鎮まりそうもなかった。。
爆発、それはルイズにとって失敗を意味する。
おもわず膝の力が抜け、ルイズはへなへなとその場に座り込んだ。
今度は本当に涙が溢れてきた。ぽたぽたと、ぎゅっと握りしめて皺が寄ったスカートに落ちて黒いしみをつくる。
(……結局ダメ。やっぱりなにやっても『ゼロ』なんだ……)
自己嫌悪で憂鬱としかけた頃、やけに周りが静かなことに気付き、ふと顔を上げて辺りを見渡す。
普段なら真っ先に野次を飛ばしてくる連中が何も言ってこない。中にはあんぐり口を開けて間抜け面している者すらいる。そして全員が全員、どこか一点を見ている。その目線の先には、どうやら爆発が起こった地点があるようだ。
一体なんだと、ルイズもそちらに顔を向けた。
未だはれぬ土煙の向こう。ちょうどその爆心地のど真ん中あたりに、何か、いる。
「成功した?」
「嘘だろ」
「まさか」
どよどよと。
その影は急にふらふらとした後、どさりと倒れてしまった。
「私の、使い魔……っ」
涙を悟られぬようごしごしと、袖で目元を強引に拭い、ルイズは慌てて立ち上がり、駆け出す。駆け出しながら、考えた
一体何が召喚されたんだろう。ひょっとするとひょっとしたらマンティコアみたいな幻獣だったりして。でも土煙の向こうに見えた影は幻獣の類にしては小さかった。この際本当に所管されたのがイヌでもネコであっても文句は言えないかもしれない。召喚されたのがなににせよ、期待に胸が弾む。
爆心地の中心で最初に見えたのは、顔。整った顔立ちをした、血に汚れた男の顔。
「人?なんで平民なんかが……」急に黙るルイズ。
呼吸を繰り返す分厚い胸板に、引き締まった腹筋。
そして全身が――
「む、どうかしたのですかミス・ヴァリエール?何か問題でも……あ」
この男、血塗れなうえ全裸であった。
きゃあああああああ、と女子生徒の悲鳴が上がる。
「『ゼロのルイズ』が怪我人を召喚したぞぉおお!」
「しかも何も着てない!」
「どこから連れてきたんだ!?」
悲鳴と、野次と、また悲鳴と。使い魔達も暴れ出してさっき以上に収拾がつかなくなっている。
「お落ち着くのです諸君!貴族たる者取り乱してはいけません!この方は重傷を負っています。誰か水メイジを呼んできて下さい。それと急いで担架を!!」
「私が行く」
青髪の女子生徒が名乗り出る。
「ミス・タバサ!では彼を医務室までお願いします。水の使い手の生徒は一緒に風竜に乗って治療をしてください!」
必死にコルベールは指示を出す。そしてルイズに話しかけ。
「いいですかミス・ヴァリエール。あなたはこの使い魔の主なのです。どんな結果になろうとも共にいるのが主の務めですよ」
「っ、はい!」
コルベールに諭され、我に返るルイズ。
召喚された男は、誰かが唱えたレビテーションによって、既に風竜の上に担ぎ込まれていた。
ルイズが風竜の背に乗り込むのと同時に、ふわりと風竜は浮きあがり学院に向かって飛び立つ。
「ありがとう、タバサ」
「別にかまわない。当然のこと」
手を貸してくれた風竜の主人に礼を述べる。タバサは感情に乏しい声でそれに答え、
「モンモランシーもありがとう」
「後で治療費、払ってもらうからね!」
モンモランシーは、血に染まった男を水魔法で全力で治療しながら答えた。
ルイズは学院に向かって飛んでいる風竜の背に乗りながら、血に染まった男を見つめていた。
思うことはただ一つ。
(せっかく私が召喚したんだから………絶対に死ぬんじゃないわよっ!!)
流してよかったのかなあ