十番目になれなかった男、ゼロへ   作:deke

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3月の投降の折、新たにお気に入り登録してくださった方々へまずはお礼を。

ひたすら駄文が続きますので、お暇つぶしにどうぞ





'18/2/11 ちょっとだけ「プロローグ」に書き足しました。


ep10 変身

 三人の男女が言い争っている。金髪で背の高い優男と、これまた金髪に大きなリボンをつけた女生徒に、紺色のマントの女生徒の三人である。

 優男とリボン付きは見かけたことがあったが、紺色マントは見たことが無い。ただ女生徒二人が凄まじい怒気を放つのが分かる。つめよる二人を、優男は必死になだめている。

 隣のルイズは目の前ですすむ騒ぎをあっけにとられた表情で見ている。

 まずいことをした、とホッパーは思った。

 何の気なしに小瓶を拾ったまではいい。ただ力加減がいけなかった。そっと持ち替えようとしたときに無残に小瓶は割れたのである。

 たちまち周囲に香気が立ち込めた。通りかかった男子生徒が、それはモンモランシーの香水だと騒いだ。ギーシュ、お前モンモランシーと付き合ってるのか。

 色違いのマントの女生徒を連れていた優男、ギーシュはそれは僕の持ち物でないとか嫉妬しないでおくれケティなどと言って余裕の態度をとった。ところがリボン付きがこの場に姿を現すと、たちまち表情が青ざめ、当初の余裕はどこへやら、たちまち狼狽し必死に抗弁を始めたのである。

 騒ぎが大きくなるにつれ、律儀なことに野次馬が増えていく。数は二十人ほどか。ことの成り行きを好奇の目で見つめている。

 そのうち手がでるなとホッパーが見ていると、ギーシュがリボン付きに頬をはられた。紺色マントはバスケットから瓶を一本とりだすと、中身を逆さにギーシュに振りかけた。リボン付きは肩をいからせ、紺色マントはよよと泣きながらそれぞれその場を去った。

 無責任な野次馬はどっと笑い声をあげた。むろんホッパーはにこりともしない。なにが面白いのかさっぱり分からなかった。とはいえ香水入りの小瓶を割ったことがこの騒ぎの発端である事実を十分に自覚するところなので、余計なトラブルに巻き込まれないようさっさと退散する算段でいる。

 頃合いとみてルイズの袖をそっと引き野次馬の輪から抜け出そうとしたとき、うしろから声をかけられた。

「待ちたまえ」

 振り向くと、はられた頬の手形も鮮やかなギーシュがこちらを見ていた。近づいてきて、取り出したハンカチで顔を拭いながら言った。

「君たちのおかげで初心な女性が二人も傷ついた。いったいどう責任をとってくれるのかね」

「…………」

「なんとか言いたまえよ、ルイズ。それからそこの使用人、君が一番罪が重い」

「…そうか。確かに小瓶を割ったのは俺だ。すまなかった」

「謝る必要なんてないわ」

 ルイズが声をあげた。

「悪いのはギーシュあなたよ。二股なんてするから、ふられちゃったんじゃないの」

「ちょっとまて、ルイズ」

 ホッパーがルイズに向き直る。

「俺が大切な香水の瓶を割ったから、ギークは怒っているのではないのか?」

 僕はギークじゃない。ギーシュだという声が聞こえたがホッパーは無視した。

「それは違うわ。あの男は恋人がいながら一年生に手をだしたの。要は浮気をしたのよ、浮気を。それが恋人であるモンモランシーにばれたってわけ」

「ならば俺の罪が一番重いというのは?」

「ただの八つ当たり。浮気がばれたのは私たちのせいってことにしておきたいだけよ」

「…浮気は、悪いことなのか?」

「そうね。道徳的に批判されるべき事柄かもしれないわね」

 ホッパーとしては非常にまずいことをしたと自覚はあるにはあるが、ものを壊すとルイズに怒られる、というのがもっとも大きな比重を占めていた。ただし、ルイズのお怒りが及ばないとなれば話は別である。

 ホッパーはギーシュを指して言い放った。

「ならば、間抜けはあいつ一人だけではないか」

 あたりはしんと静まり返った。

 ギーシュはこちらに近づいてきた。唇の端を釣り上げている。

「君、貴族を侮辱するのかね? 心を込めて謝罪すれば聞き逃してもいいんだが」

 ギーシュの主張に負けじと言い返したはいいが、なりゆきで使い魔と一緒になって喧嘩を売ってしまったことにルイズは思い至った。ギーシュの態度が変わったのを見て、幾分冷静さをとりもどす。悪いのは二股したギーシュでこちらに文句を言われる筋合いはないが、こちらとしても大事になるのは避けたい。何とか穏便に済ますようにしなくては。

 相手を刺激しないよう、ルイズはなるべく穏やかな口調で話しかける。

「ねえギーシュ、そのことなんだけどやっぱり私たちも少しは言いすぎ――――」

「侮辱も何も、身の丈に合わぬことは、やめたほうがよいと、そう言ったまで」

 忘れていた。この使い魔は空気が読めない。

 ギーシュの顔が、怒りで紅く染まった。派手にマントを翻し、ホッパーの鼻先に造花のバラを指し向けると、決闘だと怒鳴った。

「君に決闘を申しこむ!」

「断る」

「なっ…」

「それと、これとでは、話が違う。俺が戦う理由など、ない」

 一瞬たじろいだギーシュだったが、何かひらめいた顔で、すぐさま嘲るようなの笑みを浮かべた。

「君は確かゼロのルイズが召喚した平民だったね。なら仕方が無い。行きたまえ」

「仕方ない? …どういう、意味だ」

「そのままの意味さ。サモン・サーヴァントで召喚する使い魔はメイジの属性に似通うものが多い。平民君は非力でおまけに無礼者ときた。ならご主人さまも――――」

「よせ。言うな」

 語気鋭くギーシュの言葉を遮る。垂れ流しの暴言なんて聞きたくもない。

「お前の望む決闘、うける」

「な、何言ってるのよ!? ホッパー、決闘なんてやめなさい!」

 ルイズがそういって詰め寄るのを、ホッパーは制した。

「いつ、どこで?」

「よし、すぐに始めようじゃないか。場所はヴェストリの広場だ。君らは後から来たまえ」

 ギーシュは背を向けた。男子学生が数人、人だかりから抜け出してギーシュの後を追う。

 左腕に重みを感じたホッパーが視線をおくると、ルイズが袖にすがっていた。

「あんた何やってんのよ! わざわざ怒らせるような言い方しなくてもいいじゃない」

「…すまん」

「バカ!!」

 叫んで、袖を引いてホッパーを連れて行こうとする。

「どこへ行く?」

「ギーシュのところ。今なら謝れば許してくれるかもしれない」

 それはないと思ったが口には出さなかった。

「何故」

「何にもわかってないのね。メイジは腕力だけで勝てる相手とはちがう。怪我で済めばいいほうなんだから」

「そうか」

「そうかって、あんた」

 そっとルイズを引きはがすと、広場へむけてホッパーは歩き出す。

「そう心配するな。以外と、俺に都合がいいかもしれん」

 だめだ。ついに使い魔がおかしくなった。そう思ったルイズは頭を抱えた。

 

 

 

 平民は貴族に勝てないらしい。

 魔法が使えるから強い、なんて信じちゃいない。魔法が使えるかどうかなんて、足が速いか遅いか程度の差でしかないはずだ。

 魔法を武力として行使した集団が魔法を使えない人々を統治した、というのがことの始まりだろう。時代を経て創設の根拠は希薄になり、現在に至っては特権だけが根強く残る世の中で醸成された見解が「平民は貴族に勝てない」。そんな世の理が貴族の驕りとともに平民の態度を卑屈にさせた。

 傲慢な連中の考えることも卑屈な態度の人々の怯えも、俺には理解できない。マルト―の言っていた通りだ。他人に構うとろくなことにならない。面倒事は避けるに限る。

 記憶≪メモリー≫を渇望する俺は、あと何度、他者とかかわればいいのだろう。先のことを考えると、少しうんざりする。

 うんざりして仕様がないから、当面は、あの優男をぶっとばすついでに記憶≪メモリー≫の手掛かりを得るとしようか。

 

 

 

 ギーシュは後から来いと言ったくせに遅れてやってきた。汚れたシャツをフリル付きの新しいものに着替えてきたようだ。未だ頬に赤みが残っている。

 ヴェストリの広場は火の塔と風の塔、本塔に囲まれた広場である。西側に位置するせいか空は晴れているにもかかわらず広場全体が夕暮れ時のように薄暗い。人の寄り付かなそうな陰気な場所だった。

 自分を遠巻きに囲む野次馬を、ホッパーはぐるりと見まわした。マントの色がバラバラなことと野次馬が作る円の外側に使用人の姿が見える。わずか十数分の間に決闘の噂は多くの学園関係者の耳に入ったようだ。教師らの姿が無いところをみると、退屈を吹き飛ばすような珍事に関しては、生徒の結束と連帯は自律的に作用するらしい。

 ギーシュへ向けた声援にまじり、暴力的で荒っぽい言葉が聞こえる。学友の勝利を願うのもではなく、小生意気な平民を不具にしてしまえというような言葉だ。声援を浴びるギーシュは機嫌がよさそうだった。

「よく逃げなかったね。褒めてあげよう」

「まだそんなことを言っているのか」

 ホッパーはやや投げやりな口調で言った。すると待って、と隣にいたルイズが言った。

「ギーシュ! 悪ふざけも大概にして。決闘は禁止されているはずよ」

「禁止されているのは貴族同士の決闘だろ。これは貴族である僕と平民君の決闘だ。何の問題もない」

 馬鹿馬鹿しい。

 一度そう思うと身体から力が抜け出るような気分になった。決闘だなんだと言いつつルールの抜け穴をついている。どうやら八つ当たりというのは事実で私刑を加える気でいるのを今更隠すつもりもないらしい。

「だからって…」

「ルイズ、ひょっとして君はあの平民にご執心なのかい?」

「誰がよ!」

 ルイズは叫んだ。

「ヘンなこと言わないで! 自分の使い魔がボロクソにやられるのを黙って見過ごせるはずないじゃない!」

 …………。

 うん。

 まあアレだ。

 随分と心配されたものだ。

「ルイズ。下がるんだ」

「あんた本当にこれでいいの?」

「…いいんだ」

「話は終わったかい? なら始めよう。僕はメイジだ。だから魔法を使って戦う。異論はあるまいね?」

 言うが早いか造花のバラを一振り。一片の花びらがはらりと宙を舞う。地面に落ちた花弁は、鎧を着こんだ人形に姿を変えた。

「僕の二つ名は『青銅』。よって青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手する」

 ワルキューレ。戦乙女。背丈はおおよそ俺と同じかそれ以下。あの口ぶりからすると、頭からつま先まで青銅でできているということか。

「…好きにしろ。その前に、一つ聞いておきたい。」

「何かね?」

「この決闘、俺が勝てばどうなる?」

 ギーシュは何を言っているのか分からないといった表情をした。表情はすぐに消え、やれやれと肩をすくめてみせる。

「勝者が得るのは名誉さ。全く、これだから平民は。まあいい。ご褒美がほしいというなら一つだけ願いをかなえてあげようじゃないか」

「願い、だと」

「一つだけだよ。僕ができる限りのことをしよう。土下座しろと言うならするし、小遣いがほしいというならいくらか恵んであげよう」

「…………」

「やる気になったかね?」

「……ムウ」

 ギーシュがにっと笑った。

 それと同時に青銅のゴーレムが突貫してきた。

 ゴーレムの右拳がホッパーの腹にめり込む。決闘を見守る誰しもが、腹を抑えてのたうち回る哀れな平民の姿を想像した。

 しかし観衆の耳に届いたのは、うめき声ではなく、まるで金属と金属がぶつかる様な硬質な衝突音である。

 ホッパーは先と変わらぬ姿勢で立っている。虚勢だ、とギーシュは思った。腹に鉄板でも仕込んでいたのだろう。

「…この、程度か」

「なんだとっ」

「火球で焼き尽くす。水流で溺れさせる。風で切り刻む。土塊で圧殺する。だが、俺が危ぶんでいたいずれの攻撃も、お前は出さなかった。いや、出せないんだろう」

「挑発のつもりかい? たかが平民に本気を出してはグラモン家の名が廃る!」

 ホッパーの顔めがけてゴーレムの右拳が飛ぶ。連続して足払いをしかけ、大の字に倒れたホッパーの鳩尾に拳を落とした。

「…足りんな」

「減らず口を!」

 立ち上がろうとしたところをまた殴られ、蹴られする。その都度異質な打撃音が響いた。

 奇妙な光景だった。容赦なく痛めつけるのはメイジの繰るゴーレムだ。長身の平民は一方的に殴られ蹴られしている。唇の端が切れて、青黒いあざが浮かんでいた。殴られても悲鳴すら上げず、直後には何事もなかったように立ち上がる。

 やがて日は傾き、城壁から延びる群青色の影がヴェストリの広場を満たすようになった。

 ここへきてギーシュには、ゴーレムを長時間操る経験が無かった。ギーシュは、メイジとして最低ランクの土のドットメイジである。もともと少ない精神力が今や枯れかけていた。みっともないほどぜいぜいと喘いで、額に汗を浮かべている。

 埒が開かぬと、ギーシュは今一度造花のバラを振るい、新たなゴーレムを繰りだした。

「何なんだ君は! いい加減負けを認める気はないのか!」

 2体に増えたゴーレムは同時にタックルを仕掛ける。ホッパーは吹っ飛ばされた。

 ――――そろそろか。

 地面を転がって、止まった。

 見上げた空は茜色に染まっていた。

 夕焼け空を背景にこちらを覗きこむルイズが見えた。

 もう、やめて。とルイズは言った。うっすら涙を浮かべている。

 何故泣く、と言いかけて、ホッパーは自分の身なりを改めた。借り物の服は片袖が取れかけていた。あちこち穴も開いている。口元をぬぐうと手に赤黒いものがこびりついたのを見て、自分の見た目が相当ひどいことになっていると気づいた。

「泣いて、いるのか」

「泣いてない! 勝手な真似するからこんなことになるのよ。あんたは正真正銘の大馬鹿者だわ」

「…………」

「あんたは十分やった。でももう懲りたでしょ。降参しちゃいなさい」

「平気だ。……痛くないからな」

「えっ」

「それに、目当てのものがやっと来た」

 強烈な赤い光が目を射る。

 ルイズは思わず目をつぶった。薄暗がりの広場が、突如として赤色の輝きに照らされた。

 すぐに輝きは止み、ルイズは恐る恐る目を開く。辺りを見回すが、特に変わった様子はない。

 たった一点、何気なく見やったホッパーの腹に、大きなバックルのついたベルトが巻かれていたことを除いては。

「なに……それ」

「『力』だ」

 ゴーレムに好きなだけ殴らせたのは、これを待ち望んでいたからだ。あの夜と同じようにこの身体に致命的な負荷が掛かれば、必ず現れると信じていた。まさかここまで時間がかかるとは想定外だったが、察するにスパイダーの縛糸のほうが強烈で、ゴーレムの攻撃が弱すぎたためだろう。ともあれ期待通りになった。

「俺は、自分が何者か知らない。家族も友のことも。元いた場所にすら戻れない」

「痛みを感じない肉体。生活に破綻をきたすほどの怪力。他人につけられた『HOPPER』という名。これが俺のすべてだ」

「だから。だからこそ…このままじゃ」

 両の拳を握りしめ、ホッパーは立ち上がる。

「空っぽのままじゃ、死ねないんだ」

 記憶≪メモリー≫の在処を求めるように、左手でバックルを握りしめたそのとき。

 左手のルーンが青白く輝いた。

 そして…………。

 一瞬で変身が完了した。

 

 

 

 甲冑。

 その姿を見た全員がそう思った。

 黒い装甲。随所を覆う灰白色の分厚いプロテクター。それと同じ色のグローブ。体側にはしる赤いライン。

 兜。というより仮面だ。

 赤い複眼。二本の触覚。

 外の変化はそれで終わった。

 内の変化はバックルに触れた瞬間から始まった。

 熱。

 体内の小型核融合炉が電力の供給を開始する。莫大な熱量をかかえたエネルギーが体中をかけめぐる。注入された電力により体内の生体機械が活性化し、ホッパーの身体をより戦闘へ適したものへ作り替えた。

 熱が消える。

 ――これは。

 五感を越えるその感覚に戸惑った。

 見える。見えすぎる。

 二体のゴーレムの顔。ルイズのきょとんとした表情。造花のバラの花びらの数。野次馬のそれぞれの顔。噴水象のひび。草の間を這う虫。

 自分の心臓の音。青銅の鎧の摩擦。観衆のささやき。噴水の水の流れ。せきばらい。ルイズの喉がひくっと鳴った。

 前後上下左右。あらゆる方向から収集した情報を同時に知覚していた。

 たまらずホッパーは膝をつく。怒濤の勢いで流れ込む情報に圧倒され、ホッパーの脳はパンクしかけていた。

 立たなくては。そう思いながらも、自分の意志では指一本動かすこともできない。音の大小に関係なく聴覚は音を拾う。視覚にとらえた映像は、時間を引き延ばしたなようにすべてがゆっくりと動いている。

 隠し持っていたマジックアイテムを使われたと警戒したギーシュは、新たなゴーレムを慌てて錬金した。全部で七体。しかしアイテムを使った本人ははふらふらとよろめいたかと思うと、その場に蹲ったままでいる。相手をしとめる絶好の機会を逃すまいとギーシュは杖を振った。

 無数の映像の一つにルイズの姿が映った。小さな唇が何か言っている。「気をつけて!」

 術者の命令を受けたワルキューレが一体、槍を構えて近づいてくる。そして、石突をホッパーの頭に振り下ろした。

 考えるよりもさきに身体が勝手に動いていた。槍の動きに合わせ腕をのばす。貫手の形を作る右手は石突を砕き、ワルキューレの左ひじから先を粉砕した。バランスを崩して倒れこんだワルキューレを抱きとめる。腕に力をこめると、たちまち青銅の胴はぐしゃりとつぶれ、分断された上半身が草の上に転がった。

 ヒト型が、人間に見えた。断面から零れ落ちる臓物を幻視した。あの夜と同じように、この腕が噴き出た血液で赤黒く濡れてゆく。

「あああああああああああっっ!!!」

 青銅の残骸を抱いて、ホッパーは咆えた。

 嘘だ。幻に決まってる。こんな、こんなものが俺の・・・

「あああああああああああっっ!!!」

 ホッパーの叫びに呼応するかのように、仮面の複眼が赤く発光する。同じくして額のランプが点灯した。

 バラバラになっていた感覚が一つになった。

 身体が、自由に動く。

 地を蹴り、手近にいた一体のワルキューレの頭部に拳を叩き込んだ。頭部を破壊されたワルキューレが倒れるのを待つまでもなく、離れたところにいる二体のワルキューレに向かって跳躍した。首を掴み、力任せに頭と頭を叩き付けた。計四体撃破。

 残りのワルキューレは三体。主人から命令がないのか、先ほどから同じ場所に立ち尽くしている。

 三体が集まる中にホッパーは飛び込んだ。

 袈裟切りに繰り出した手刀がワルキューレの肩口からあばらまでを切断する。計五体撃破。

 身体をひねり、左足を跳ね上げたまわし蹴りで、一体を本塔二階の石壁まで蹴り飛ばした。計六体撃破。

 残り一体。右手でワルキューレの顔面を押さえる。指に力を込め、顎から股下まで一気に引き裂いた。

 七体撃破。

 戦闘時間十一秒。

「……俺は…何を」

 はっと我に返ったホッパーは辺りを見まわした。熱源。無し。呼吸、脈拍。無し。グローブには汚れ一つついていなかった。

 ギーシュは周囲に散らばる青銅の残骸を呆然とした表情で眺めていた。ホッパーが近づくと、腰を抜かしたようにへなへなと坐りこんだ。目の前まで詰め寄ると、さっと身体をかばうしぐさをした。心臓の心拍数が跳ね上がったのをホッパーの聴覚はとらえた。

「……まだ、続けるか?」

 ギーシュはホッパーを見上げ、降参だと言った。疲れ切って、年相応の幼さをさらけだした少年の顔だった。

 

 

 

 意外なほど簡単な幕切れだった。ギーシュの敗北宣言により決闘はあっけなく終わったのである。

 勝利の感慨など無かった。もう闘わなくていい。そう思った。

 複眼の輝きが消える。

 『変身』よりもゆっくりとした変化だった。仮面の造詣が崩れ、ホッパーの素顔に戻る。複眼は縮小し、元の大きさの眼になった。蒸気を噴き上げて形をなくした装甲のあとにはボロボロの衣装だけが残ると、それまで静かだった野次馬がざわついた。

「あんた、その…平気なの?」

 たたずむ背中にルイズは声をかけた。聞きたいことは山ほどあったが、それ以外に言葉が見つからなかった。平気だ、と言って振り返ったホッパーの顔からは痣だけでなく擦り傷まで痕を残さず無くなっている。痛みを感じないから、怪我がないから平気だと使い魔は答えることができたのだろう。使い魔の瞳からは何の感情も読み取ることができなかった。ルイズの心の奥に割りきれないモヤモヤとした塊りが残った。

「持久戦に持ち込んで魔力切れをさそうなんて…大したやつだよ、君は」

 立ち上がったギーシュが言った。実際ゴーレムを七体錬金した時点で残された精神力はごくわずかだった。たった一体を動かすのが精一杯の状態まで追い込まれたいたのである。花びらの全て散った杖をポケットにしまい、ため息をついてみせた。

「何よりあのマジックアイテムさ。一瞬で甲冑を身に着けるなんて、一体どんな魔法をつかったんだい?」

「…………」

「噂じゃ東方の出身だそうだね。マジックアイテムはそこから持ち込んだとか」

「……出自は知らん。だが、大方そのあたりだろう」

 ホッパーの物言いに不信を抱くほどギーシュは疑り深くなかったようで、それで納得したような表情をした。

「そういえば、決闘の前に約束をしたな。願いをかなえると」

 ギーシュは頬に冷や汗をかきながぎこちなく頷いた。貴族である手前一度口にしたことは撤回できないし、しらを切るほどひねくれてもいない。武門グラモン家の子息といっても彼は四男坊である。家の中ではやや肩身の狭い思いをする身上なので、頭の中では、小遣いは小遣いでも少額で済めばいいなとかタダなら土下座でもいやプライドが傷つくからいやだなーなどと考えていた。

 かつてないほど脳をフル回転させていると、意外なことをホッパーは言った。

「謝ってくれ」

「土下座しろと!?」

 否とホッパーは首を振る。

「俺にじゃない。二股かけたあの金髪のリボン付きと一年生に、だ。俺からも、香水入りの小瓶を割ってすまなかったと、騒ぎを起こしたことを詫びると、二人に伝えてくれ」

「あ、ああ。君がそうしてくれというなら、そうしよう」

「今すぐに、だ」

「わ、分かったよ」

 回れ右して駈け出そうとするギーシュの背にホッパーは待ってくれと声をかけた。

「まだ何かあるかね?」

「もし、もしだ。仮に小瓶を拾ったのが俺でなくルイズだったら…ギーシュ、お前はルイズに決闘を挑んだか?」

 ギーシュはうつむいた。しかしすぐに顔をあげてきっぱりと言った。 

「僕も男だ。女性に手を上げるなんてことはしない」

「…そうか。引きとめて悪かった。もう行ってくれ」

 ギーシュは背を向けると、足早にこの場を去った。

 野次馬はその数を減らし、使用人たちの姿も見えなくなっていた。薄暗い、静かな広場にはホッパーとルイズだけが立っていた。

「『謝っておいてくれ』なんて、何を考えてるの?」

 ルイズが言った。

「…………」

「ダンマリ禁止!!」

 叫んで、ホッパーのすねを蹴る。が、ホッパーはなんの反応も見せなかった。つま先に走る痛みにを我慢して目の前の使い魔を見上げる。

「アレはきっと、優柔不断な男だ。それともただの女好きかもしれないが」

「それで?」

「きっかけを用意しただけだ。いっそこの際、二股なんかやめてどちらが本命か決断するのがギー……ギーシュのためだろう。後で恨まれでもしたら面倒だからな」

 ホッパーはあの少年が去り際に見せた、こちらを見据える視線になにか譲れぬものを感じた。いけ好かないことは確かだが、彼の女性に関する矜持はどうやら本物らしい。

「案外、決闘を口実にして、リボン付きからの贈り物を壊した俺を叩きのめすのが本心だったかもしれん」

 ルイズはちょっと考えてから、半目になって、鼻でふっと笑った。

「あの色恋にだらしない残念な男が? どうみても考えすぎ。ないない。絶対ないわ」

「…そうだろうか」

「そうよ」

「…………」

「あとリボン付きじゃなくてモンモランシーよ。人の名前はきちんと憶えなさい。でないと主人である私が笑われちゃうじゃないの」

 ルイズは歩き出しながら、とりだした懐中時計を確認する。暗いせいで文字盤が良く見えない。手元を覗きこんだホッパーが「もうすぐ夕食の時間だ」と言った。

 ホッパーが言ったことは本当だった。ルイズが食堂についてみるとちょうど食事の始まる時間だったのである。

 長身の使い魔は賄いをもらってくると言い残してルイズと別れた。




誤字脱字等ありましたらご指摘願います。

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