極東の騎士と乙女   作:SIS

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「準備はできた?!」

 

「うん、バッチリ!」

 

「パイロットさんへの通達もバッチシ!」

 

 少女達の声が飛び交う。甲高い幾重もの響きが重なるその喧騒は、まるで祭りの前夜の準備を思わせる。

 

 だがここは広場でも学園でもない。激しく揺れるヘリの機内、装甲一つ隔てれば高空の烈風が渦巻く、空の戦場。回避機動に伴う足場の移動はともすれば脚を掬い、そして次の瞬間には装甲を破った攻撃が少女達の命を奪うかもしれない、実戦の場だ。

 

 それでも少女達はあえて快活に笑う。くそったれな現実にあらがう為に、理不尽を笑い飛ばして明日をつかむために。

 

 その中心にいるのは、黒髪の少女だ。揺れる機内でも揺るぎもせず、鋭い眼光で装甲の向こう側を睨む彼女は、手にした無線機にそっと告げた。

 

「こちら篠ノ之。準備は出来たぞ。そっちはどうだ、更識さん」

 

『大丈夫。格納庫への機体固定完了。PICも正常に作用してる。……いけます』

 

「分かった」

 

 そこで、く、と箒は眼を閉じ、息を吐く。

 

 これから自分達がやろうとしているのは、かなりの無茶だ。無謀と言ってもいい。だが、やらねばならない。

 

 自分は立ち向かうと決めたのだ。それを幻想にしない為にも、今、ここで殺される訳にはいかない。だから、やる。それだけだ。そう、言い聞かせる。

 

「……いくぞっ! 皆の命、預かる!」

 

「今更ってね!」

 

「おーぷんこんばっと!」

 

 

 

 

 

 

「……なんだ。篠ノ之さん、あんなに話せるんだ」

 

 通信越しに少女達の掛け声を聞いて、簪はす、と眼鏡の位置を直しながら苦笑した。

 

 似た者同士だと思ったのだが、とんだ見間違いだったらしい。少なくとも、自分はあんなふうにふるまえる気はしない。けど、自分にしかできない事もある。

 

 今、簪が立っているのは、輸送ヘリの艦尾だ。双胴型の変わった形状のヘリの、二つのボディを繋ぐ部分の最後尾。見れば、物資の搬入口であるここには無数の対空・対地兵器が用意されている。そのうちの一つ、大型の機関砲を軽々と振りまわし、簪は身にまとったIS……打鉄弐式に命じた。

 

「……ハッチ解放」

 

 ゴゥン、と重く腹に響く音を立てて、眼前の隔壁が解放される。薄暗かった艦尾を切り裂くように白い光が差し込め、簪は眼を補足する。だがそれも一瞬。ハッチが開き切った時、そこにはどこまでも続く青空と水平線、両脇から除く二つのテールローター、そして僅かに煙を引く炎と、空に刻まれた飛行機雲が眼に入った。そして、一瞬だけ横切る鋭角な機影。

 

「……」

 

 簪は無言で歯を食いしばり、がつん、と鋼鉄の床に脚をつけて、武器を構えた。

 

 迎撃に飛び出す、という事はしない。というより、できない。何故なら。

 

「確認……。打鉄弐式はまだ未完成の機体……。スラスター類は皆無、使用できるのはPICとシールドバリアシステムだけ……」

 

 そう。

 

 彼女の纏う打鉄弐式は、未だ未完成の機体だ。日本は決してIS開発において他国に大きく後れを取っていた訳ではないが、いかんせんIS学園設立の負担が大きすぎた。結果、長い間打鉄のバージョンアップが限界であり、つい半年前にようやく開発の目途がたった第参世代型が打鉄弐式なのだ。汎用性に難のあった打鉄の反省から、あえて専用の特殊兵装を開発せずイメージインターフェイスの汎用性を極限まで拡大し、専用プログラムを搭載した高性能兵器を己の特殊兵装として使い分けるというコンセプトで開発されたその機体は、初期から暗礁に乗り上げていた。予算不足、絶対的な運用データの不足、執拗な他国の妨害、さらには織斑一夏というより優先順位の高い存在の出現……故に、その機体がIS学園にデータ収集目的で送り込まれたのも、未完成なまま簪の手に預けられたのもやむを得ない事ではあった。

 

 ただ、タイミングが最悪であっただけで。

 

 その結果、超兵器ISが超兵器たる所以であるいくつかの要素。そのうちの一つ、飛行能力が今の打鉄弐式には欠けている。つまり、簪はこの艦尾ハッチから飛び出す事はできず、トーチカに徹するしかない。

 

「……それでも、やりようは、ある」

 

 それでも、闘うことはできる。そう、信じる。

 

「セーフティ……解除。PIC,シールドバリアシステム、最大出力・最大展開……!」

 

 ぐぉん、と簪を中心に空間がよじれる。展開式制波装置を翼のように展開した打鉄弐式が、ヘリ全体を包むようにシールドバリアを展開する。無茶な芸当だ。いくらISのエネルギー総量が膨大と言っても、競技用、それも開発途中の未完成品で巨大なヘリ一機を守るだけのシールドバリアを展開するには無茶がある。

 

 薄氷の防壁。そこに、敵対勢力の戦闘機がミサイルを放つ。それは機体から切り離された後ロケットモーターを点火し、超高速でヘリに迫る。鈍重なヘリにはそれを回避する手段はなく、また打鉄弐式の貧弱な広域バリアではその直撃に耐えられない。

 

 万事休す。

 

 ……打鉄弐式の操り手が、更識簪でなければ、だが。

 

 くわ、と簪が眼を見開く。その両手に、空間投影型のホロキーボードが出現し、それを残像すら残す速度で簪の指が撃ち叩く。

 

「篠ノ之さん! 三時方向!」

 

『あい分かった!』

 

 簪の短い支持。それに箒が答えた時、すでに他の少女達は動いていた。一斉に、簪の指示した三時方向……ヘリの右舷ボディにむかって走る。遅れて箒も駆け込み、全員で一斉に壁にしがみついて体を固定した。同時に、パイロット達もそれに合わせて操縦を変化させる。

 

 ヘリに搭乗していた女子生徒は50人以上。いかな大型ヘリといえどそれだけの人数は大きな重量となる。それを任意に移動させる事で、ヘリの機動性を疑似的に向上させたのだ。今や輸送ヘリは、その鈍重な外観からは想像もできない軽やかな動きで機体を翻し、ミサイルの軌道から身をそらそうとしていた。

 

 だが、その程度で回避できるのなら戦闘機のミサイル対策としてのチャフもフレアもいらない。ミサイルは感情も無く、組み込まれたプログラムのままに、ヘリの赤外線を感知、軌道を修正しようとし……しかし、それを行う事はできなかった。なぜならば、感知すべき赤外線を、ミサイルはヘリから見出す事ができなかったからだ。

 

 シールドバリアシステム。それは、戦闘においてISを守る為だけに存在するのではない。むしろ、戦闘における防御手段のほうがおまけと言うべきか。その本来の目的は、過酷極まる宇宙空間において人間の生存を保障するためのものだ。膨大な紫外線、極端な温度変化、デプリの衝突……そういった事態から、生物の柔らかい体を守る為の物。そして、その防御対象には赤外線も当然存在し……外部からのそれを完全に遮断できるという事は、中からのそれも遮断可能であるという事である。簪がシールドバリアをもろくなるのを承知で大規模展開した目的はこちらだった。

 

 完全に目隠しされたミサイルが、きわどい位置でヘリをかすめて飛び去っていく。それを見送りながら、簪は手元の機関銃をがしゃり、と構えた。視線の先には、攻撃に失敗した敵戦闘機の姿。

 

 簪の手にした機関銃はあくまで歩兵用の物。発射速度、威力ともに音速で飛行する戦闘機を撃ち抜くには到底足りない。だが、ISが手にした場合のみ、その前提は意味を成さない。PICによる慣性制御は、近接武器だけでなく当然射撃武器にも作用する。反動の軽減、弾道の安定化はもちろん、優れた知識と精神力をもったIS乗りは、火薬の爆発の方向性、ライフリングなしの弾丸の回転高速化といった軽減の域を超えた現象を操作し、さらにPICの及ぶ範囲内において弾丸はその後押しを受けてスペック以上の弾速を得る。銃弾はあくまで銃弾であり、近接武器のように己の一部とは見なされない為にPIC同士の争奪戦は起きない為近接武器のような圧倒的な対IS攻撃力こそないものの、ISが持つ、ただそれだけであらゆる銃は本来のスペックの数倍の性能を発揮する。

 

 その強化された機関銃を、簪は躊躇う事なく撃ち放った。とても歩兵用の銃が発したものとは思えない重く響く射撃音と共に放たれた銃弾が、旋回中だった敵戦闘機の翼をハチの巣にした。主翼の喪失により機体が大きく傾き、そのまま立て直せないまま戦闘機は失速して視界から消えていく。それを見送る事なく、さらに簪は指示を下すと今度は次の敵機体に銃を向ける。再び機関銃が火を吹き、今度は敵の尾翼を消し飛ばした。飛行能力を失うとまではいかないものの、それで安定性をそこなった機体へ今度はしっかりと狙って二射目。主翼を木端微塵に粉砕され、キリモミ回転しながら落ちていく機体を前に、簪は短く息を吐いた。

 

 やれる。わたしは闘える。機関銃をにぎりしめてそう確信する。このままいけば、敵の撃退も夢ではない。そう、自分自身の力で。

 

 簪がそう思った矢先の事だった。周囲を旋回していた敵機体の一機が、急に進路を変え、まっすぐヘリへと突撃をしかけてきた。戦闘機としての高速移動の優位性を捨てたその機動に、簪が眉をかしげるが、すぐにその理由に思い当り銃を構えた。

 

 ミサイルの中にはセミアクティブという誘導方式の物が存在する。撃った後ミサイルが勝手に追尾するものとは違い、本体からのレーダーによる標的認識を行うそのミサイルは、現在赤外線を完全に遮断している状態のヘリを追跡できる数少ない攻撃方法だ。敵がそれを搭載していたのは単にこのタイプのミサイル追尾装置を弾頭に搭載していない分安いからであろうが、しかし現状では実に厄介な問題だ。切り替えが早い、と舌打ちしつつ、簪は箒に指示してヘリを再び重心移動で急旋回させる。ヘリは再び、敵戦闘機へ旋回し、簪はその機首を正面に捉えた。

 

 そして、照準の向こう。コクピットに座る人間と、視線を交えた。

 

「っ」

 

 簪は別に、人殺しは悪い事だ、と思って今まで直撃を避けていた訳ではない。ただ、簪はまだ人命を左右した事も奪った事もない。戦闘という極限状態で、体験したことの無い状況に直面した時、人は多かれ少なかれ判断能力に問題が生じる。だからこそ、簪はその予想できない瞬間が訪れる事を回避していた。

 

 そしてそれは正しかった、と簪はどこか遠い思考で思った。何故なら、今、この瞬間。殺しても構わないとおもっていた筈の相手と、こうして一瞬眼があっただけで、彼女の意識は硬直を余儀なくされたのだから。

 

「ひっ……!?」

 

 眼があっただけ。ただそれだけなのに、それが伝える情報は圧倒的な物があった。敵パイロットの恐怖、怒り、焦り、絶望、そういった負の感情が、視線がまるで導線になってしまったかのように簪めがけて注ぎ込まれる。分かっていた、わかっていたはずだったのに、命をかけた闘争という場の生み出す狂気が、簪の意思を脅かす。

 

 恐怖につられて、簪は一瞬、眼をそらした。直後に、手に握りしめた機関銃が火を噴いた。だが、眼をそらしたせいで銃撃は大きく狙いを外れて敵の主翼をかすめるにとどまる。それでもその衝撃で体勢を崩した敵戦闘機が、直後ノーズ部分をきらり、と輝かせた。

 

 何十枚のガラス板を、同時に砕いたような音が鳴り響いた。ヘリを覆っていた透明の障壁が、砕けて飛び散る。その音に我に返った簪は、今度はしっかりと狙いをつけて引き金を引いた。今度は、操縦席に眼をやる余裕もなく、確実に主翼を吹き飛ばす。失速していく敵機に、しかし眼もくれず、簪は被害状況を確認した。

 

「バルカン……私の馬鹿、標準装備じゃない……!」

 

 今の攻撃は、戦闘機の機首に搭載されていたバルカンによるもの。成程、誘導ミサイルが利かない相手に、たしかにこれほど適切な対処方法もないだろう。セミアクティブ式のミサイルを使うより、ずっと確実だ。そんな単純な事に気がつかなかった事に自分を責めながらステータスチェックを確認した簪は、表記された現実に眼を見開いた。

 

「シールドバリアシステム……過負荷によりトラブル発生? …………広域展開不可能!?」

 

 見下ろせば、脚部装甲から展開していた薄いプレートを幾重にも重ねたような形状の制御装置が、黒く焦げついて異臭をはなっていた。完全な状態のISでも大きな負荷のかかるシールドバリアの広域展開を、未完成な機体で強引に行った結果、今のバルカンによる攻撃でシールドバリアエネルギーが底を突く前に制御装置が駄目になったのだ。

 

 これでは次のミサイルは防げない、と顔を蒼くした簪の耳に、甲高い音が響く。見れば、残った敵戦闘機が機首を翻し、ヘリに向かってきていた。その機体下部のウェポンラックが蓋を開き、中からミサイル弾頭が顔を見せる。既にロック妨害は切れているのだ。

 

 ひっ、と簪が喉をひきつらせる。同時に別の方向から接近する敵機が複数、それもミサイルを展開している。すぐさま対応しなければミサイルは放たれ、ヘリの装甲を突き破り中にいる人間……箒達新入生達をその高熱で焼き払うか、保護するものもなく高空に放り出すなりするだろう。そこに待つのは確実な死だ。一人、打鉄弐式に守られている簪を除いては。

 

「あ…………あ…………!」

 

 どの敵を撃てばいいのか。右か、左か、後ろか。それとも放たれたミサイルの迎撃に専念すべきか。

 

 無数の選択肢が脳裏を走り抜けて、しかし残された時間は刹那にもみたない。おろおろとする間に、命のリミットは過ぎていく。

 

 今も、箒達は迫りくる死に気がつきつつも、きっと簪を信じて耐えている筈。なのに、自分は、引き金を引く事すらままならない。その重責と恐怖と焦りが、簪から判断能力を奪っていた。眼に涙すら浮かべ、簪は恐慌のまま引き金を引いた。

 

 放たれる弾丸。それは確かに迫りくる敵の一機を撃ち落とし……、直後。残りの敵が、ミサイルを撃ち放った。

 

 あ、と己のミスを確信するも、もはや遅い。撃ち放たれた対空ミサイルは、音速をこえてその牙を剥き、ヘリに迫った。その様子を、加速された視界で捉えながら、簪は己の世界の何もかもがモノクロに変わっていくのを感じていた。未来も、希望も、全て色あせていく。そして、ミサイルが着弾した時、鮮烈な赤がその全てを塗りつぶすのだろう。

 

「私………私、やっぱり………」

 

 音を立てて、簪の心が崩れる。

 

 その、瞬間に。

 

 力ある声が、どこか遠くから響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「篠ノ之流合戦礼法、無の型が一つ。……飛蝗(ひこう)!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キンキンキン、と鋭く甲高い金属音が鳴った。

 

 その発生源は煌めく金属片。加速された知覚でもおぼろげにしか見えなかったが、簪の眼にはそれはナイフのように見えた。それが、空気の壁を突き破って飛来し、そのままヘリを迂回するようにとびかった。そのコースは全て、飛来するミサイルの進路上。

 

 ドンドンドン、と爆発音が鳴り響く。

 

 きょとん、とする簪。一体何が、と首を巡らせた彼女は、轟、とヘリのすぐ上を横切った影に、眼を見開いた。

 

 巨大な双胴型のスラスターを搭載した、漆黒の機影。その上に、片手でしがみつくようにしている、灰色の人影。漆黒の機影は大きくUターンをしながらヘリの元へと戻るコースに入り、再び戻ってくる。そしてヘリと黒い機体が重なった瞬間に、しがみついていた人影が飛び降り、宙に”着地”した。

 

 その身を纏うのは、白と灰色、黒色で彩られた複合装甲。両肩にあたる部分に浮遊する、逆三角形の実体シールド。胸元には、本来女性の豊かな胸部とそれを守るスーツ部分が存在しない代わりに、強固な鎧でしっかりと守られている。手には、一振りの近接長刀。

 

 そして何より。露出した頭部は、女性のそれではなかった。

 

 前髪をややながめに伸ばした、適当に整えたような髪型。顔の造りはやや整っている方。だがそれ以上に、強い意思を秘めた眼光が、何よりも印象にやきつく。

 

 知っている。簪は当然、おそらくヘリの中の誰もが知っている。

 

 その人物の名は。

 

「織斑、一夏…………?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

『なかなか、器用な芸当をするものね』

 

「昔、道場で習った大道芸ですよ。正直、学園にきてから銃を握った時間より、投げ物の練習をしてた時間の方が長かったもので」

 

『成程。妙に太刀筋だけはしっかりしてると思ったけど、そういう事』

 

 間に合った。

 

 響子と通信をかわしながら、一夏は手の感触を確かめながら周囲を見渡した。

 

 足元には、ふらふらと滞空する護衛対象のヘリ。周囲には、まるで獲物を見定めるかのように旋回する敵戦闘機の群れ。その戦闘機の一群にに明確な敵意を感じ取り、一夏は歯を食いしばって息を吐いた。

 

 この空気には、敵意には、覚えがある。ずっと昔、まだ幼く柔らかい子供でしかなかったころに。そしてあの頃と違い、今、一夏は自分の意思で、自分の考えで、闘う為にここにいる。

 

 いけるか、と自問し。いける、と小さくつぶやき、一夏は長刀を握る指に力を込めた。

 

「先輩、そちらは」

 

『移動だけでエネルギーと推進剤を使い果たしたわ。元々、ダメージレベルが大きかったし、牽制に徹するつもり』

 

 残念な話ではあるが、予定通りでもある。もとより、この強敵でもあった二年生が戦闘に参加できない事は聞かされていたが、それでも命をかけた戦闘に増援がない、というのはどこか冷たい緊張感を一夏にもたらした。それを、上等、と飲み干す。どうせ自分の立場を考えれば実戦はいずれ避けられない。今回は、それが早く来ただけだと自分に言い聞かせて、戦闘用に思考を無理やり切り替えた。

 

 感情の高ぶりに合わせて、じゃきり、と一夏の左手の中で金属の擦れる音が響く。

 

 それは、いわば短刀だった。短い柄に、鍔のない短い刃のついた、大型のカッターナイフのような武器。というよりも、実際にそれはカッターナイフだった。ISの超強化FPS装甲を切削できる、という但し書きがつくが。

 

『それにしても、実戦でそんなもの持ちだすなんて、よっぽど自信があるのね。呆れたわ』

 

「…………精々、20時間ってとこですかね」

 

『?』

 

「俺が、銃に触った事のある時間ですよ。でもこっちなら……」

 

 一夏は眼を細めて、旋回する戦闘機に狙いを定めた。早い。だが、彼の基準では、昨日闘ったISはもっと小さく、早く、そして動きが不規則だった。それに比べれば、戦闘機が大きく、愚鈍で、動かない的に見えるのかもしれない。少なくとも、一夏にはその動きが手にとるように把握できた。そして、もうひとつ。昨日の戦闘で掴んだ、PICの外部作用の感覚。それらに加え、長年の経験を重ねて、振りかぶる。

 

「いったじゃないですか。この前まで一般人だったから銃なんか触った事もなかったけど」

 

 一夏の師事した篠ノ之流。古くは戦場で振るわれていたというそれは良く言えば実戦的、悪く言えばとてつもなく生き汚い流派だ。故に、実際に刀を振るうのと同じぐらい、暗器や素手の武術にも精通しているという側面を持つ。そしてその技術は、当然一夏も学んでいた。

 

 確かに、一夏が篠ノ之流を学んでいたのは過去の話だ。だが、修練に専用の道具が必要で、大きなスペースも必要な剣術に対し、投刃は、一定の距離に的があればそれでいい。野原でも、道路でも、練習に仕える場所はいくらでもある。それは、つまり。

 

「こっちなら、暇さえあれば投げてきた。だったら……!」

 

 ギン、と金属質の雄たけびを上げて、刃が放たれた。それは銃のように大気を砕く咆哮もなく、矢のように風を纏う事もなく、それは静かに空を裂いた。視覚的には、地味を通り越して無害にすら思える攻撃。

 

 だが、それがもたらした結果は、無害等と言う物ではなかった。放たれた投刃は、まっすぐ飛ぶのではなくくるくると回転し、PICの作用によってその速度を再現なく上昇させる。それに、一夏の実戦経験で積んだ感覚が、PICの働きをより大きなものにしていた。その結果、投刃はそのスペックを遥かに超える破壊力を発揮し、まるで大型プレス機で金属板を変形させた時のような壮絶な音を立てて一撃で戦闘機の主翼に風穴を穿った。

 

 さらに、一夏本人もスラスターを全開にして別の機体めがけて突撃を仕掛ける。戦闘機のそれと比較しても圧倒的な加速度で瞬時に音速を突破した一夏は、下段に長刀を構えたまま敵の頭上からまっすぐに突き進んだ。湾曲したキャノピーの中から、敵兵士がこちらを見上げているのと眼が合う。

 

 視線を伝う、恐怖、敵意、そして憎悪。

 

 それを。

 

「だから……どうした!」

 

 一夏は、一喝と共に真っすぐ、切り払った。

 

 迷う時間は遠くに去った。今は動くべき時間だ。迷い、躊躇い、それでも、前に進むと決めたのなら。

 

 立ち止まっては、嘘だろう。

 

 一振りで戦闘機のメインノズルを両断し、完全に推進力を失った戦闘機にさらに後ろ回し蹴りを叩き込んで海面に叩き落すと、一夏は最後の敵に視線を向けた。既に一機となった戦闘機は、しかしいまだ敵意を消し去らない。むしろ、その逆。敵としてISが出現し、瞬く間に同僚を撃墜されながらも、その敵機はまだ戦闘機動を継続していた。首筋に感じる、敵意とも殺意とも取れる何らかのプレッシャーを感じ、一夏は静かに刀を両手で構えた。

 

 刺し違える気か。そう判断する。

 

 何故そこまでするのか。一夏には分からない。譲れないモノがあるのか、それとも逃げれば命がないのか。事情はわからない。

 

 だが、しかし。今は、敵以外の何物でも、ない。

 

「…………っ」

 

 敵機首で発光。それを、全面に移動させた実体シールドで防御する。条件次第ではMBTにすら致命傷を与えるバルカンの弾丸は、しかし打鉄の装備した実体シールドを突破するには至らない。それでも被弾でぼろぼろになっていくシールドの後ろで、一夏は今度は上段に刀を構えた。

 

 バルカンの連射は、すぐに途切れる。もともと、そう長く打ち続けられるものではない。その隙に乗って、一夏は刀で切り込んだ。すれ違いざまに、コクピットの後ろの部分に、一閃。ハイパーカーボンの刃が、ジュラルミンとチタンで構成された戦闘機のフレームを切り裂き、振りぬかれる。一瞬ののちにコクピットごと機首部分は海面に墜落していき、頭脳を失った戦闘機本体はふらふらと蛇行するように飛び続けた後、彼方で爆発した。

 

 それを振りかえる事なく拡張された視界で見届け、一夏はひゅん、と刀を振るってこびりついたオイルを振り払うと、静かに残心の構えをとった。

 

 

 

 

 

 そしてその様子を、少女達はヘリから見上げていた。

 

 蒼穹の空に舞う、刃の担い手。風を切って佇むその姿は、誇り高く、覚悟高く。

 

 そう。まるで、騎士のようで。

 

 簪と箒は無言のまま、やがてヘリがゆっくりと旋回し一夏に近づくまで、ずっとそのまま、彼を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 

 IS学園を強襲した潜水艦隊が、学園の防衛設備に殲滅させられていた。

 

 学園の武装は、122mm電磁投射砲が20門、ボフォース 57mm砲が300門、UUM-125シーランスが200発。それに加え、直衛のISが十機。強襲してきた潜水艦隊もかなりの数だったが、完全なステルスを維持していたはずにも関わらず学園に先に発見され、容赦なく殲滅される結果となった。

 

 学園は同時に、残存兵の捕縛と徹底的な追跡調査を実施。後日、秘密裏に関与していた国家を特定し、大規模な国際動揺を引き起こす事となる。

 

 

 

 

 

 


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