まっちんぐっ!   作:やと!

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第4話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高速鉄道に揺られることおよそ4時間半。あたしはヨークシンシティ駅にたどり着いていた。高速鉄道はあちらの世界のそれと比べても遜色ないほど静かで清潔感があふれていたので、なかなかに快適な時間だった。ちなみに今の私の服装はなけなしの金で買ったTシャツ、ジーパン姿である。それも「俺」の世界ではダサい、の一言で一周されてしまうようなダサさのものであるが流星街で買うことができた唯一の清潔な衣服である。誰にも文句は言わせない。

 

 

 

鉄道の窓から見たヨークシンは何もない平野に突然ビルがにょきにょきと生えていて、ゴミ山ばかりの場所で生活していたあたしにはとても新鮮に感じる。あちらの世界の記憶があるせいか、どことなく懐かしい気分がしたのは気のせいではないだろう。

 

 

ヨークシンについたあたしの最初の目的は、このマフィアがゴキブリほども存在する危険な街で念能力者の師匠を見つけることだ。世界でも有数の人口密集地域であるここにいれば優秀な念能力者の一人や二人は簡単に見つけられるだろうと考えた。

 

そう考えて光の届きにくい、暗い裏路地から大通りを凝をつかって観察する。

 

が、どうやら考えが甘かったらしい。日が暮れ始めてもそれらしい人物は見つからなかった。明らかにマフィアの人間は山のようにとおっていく辺りに、この町の治安の悪さをそこはかとなく感じてしまう。だがその中にも「まともな」念能力者はいなかった。念を使える人がボディーガードのように行動しているのを見るには見たが、あまりにも程度が低くて呆れてしまった。あの程度なら今のあたしでも十分に勝ててしまうだろう。やはりこの世界で才能というのは相当に大きい。うぬぼれるわけではないが、やはりあたし自身の潜在能力は相当に高い。オーラ総量も不自然なほどにとどまるところを知らず、うなぎ上りに上昇中である。さすがにゴンや、キルアと比べたらわからないが、それでも相当な才能は持っているはずである。宝の持ち腐れにするわけにはいかない。

 

期待よりはるかにしょぼい念能力者しか見つけられなかったことと、長旅の後の一日中の街中観察であたしの体力は地に落ちていたために、結局その日はすぐに食事をとった後、郊外にある廃ビルで休みを取ることにした。廃ビルとは言っても流星街のゴミ山での衣食住からすれば天国である。それに加えて絶による体力回復のおかげで翌日も何の問題もなく動くことができた。

 

次の日も一日中、街中を監視する。さすがに一日やそこらで念の師匠が見つかるとは思っていないが、昨日の惨状からするにマフィアにろくな念能力者はいないと考えられる。まあ、もとからあちらの世界の記憶のせいでまともな倫理観があるから、マフィアに教えを請おうとも思えないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうやって大通りを監視すること三日、結局収穫はなかった。さすがに三日もいれば一人くらいプロハンターに遭遇してもいいと思ったが、それらしい人間は一人もいない。確かにプロハンターという存在の危険性を考えれば、存在を徹底的に隠ぺいするのも当然かとも思うが、それでも一人くらいはと考えたのは甘かったか。たとえ新人でも捕まえさえすれば、強引にそいつの師匠にたどり着けるかもしれないのに。

 

 

 

このまま師匠なんて見つけられないんじゃないか?そんな不安が渦巻き始めたころだった、まるで糸で引かれあうようにあたしの人生でも最も大きな出来事の一つであろう出会いが起こったのは。

 

 

三日目の夕暮れ時、結局その日もあたしは質の高い念能力者を見つけられずにいた。

そのまま、今日も収穫なしかと肩を落として、仮宿に向かおうとしたその時、言葉にできないあまりにも強固な予感があたしに生じた。そして何かに導かれるようにあたしはある場所に歩を進めたのだ。

 

そこは薄暗い路地裏だった。普通の人なら近づこうとしない、そしていつもの私でもわざわざ入っていかないような入り組んだ場所だった。だが確かに何かの声が聞こえ、それがまだ幼い少女の声と野太い複数の男たちの声だと気づくのに時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――っだれか!助け―っあぎゃ!」

 

「うるせえ!静かにしねえとぶっ殺すぞ!」

 

その声の尋常ではない様子に絶を使ってその場に近づく。

ちょうどよく曲がり角から様子を除くと、そこには三人の大柄な男とおそらくまだあたしより幼いように見える少女がいた。少女の方は顔を殴られたのか、口元から血が垂れて頬も真っ赤に腫れてしまっていた。殴られた際に壁際にへたり込んでしまったらしい。恐怖で耐えられなくなったのかガクガクと震えながら涙を流している。

そんな少女を横目におそらくリーダー格であろう男が残りの二人に支持を出す。

 

「ったく、手間取らせやがって。まあいい、お前らさっさと袋に詰めろ」

 

「へい」

 

そういうと、男たちはしっかり頷いた後持っていたカバンからロープといかにもといった感じのずた袋を取り出し、少女に迫った。

 

「残念だったな、嬢ちゃん。恨むならてめえのおとうさまを恨むんだな。安心しな、ちゃんと家に帰してやるから。散々搾り取った後に、首から上だけでな!うひゃひゃひゃひゃ!」

 

なんて典型的な悪人なんだろうか。漫画のような笑い声だ。……そういえばもとは漫画か。

確実に面倒事だろうことはわかり切っているが、幼い少女を見捨てるという選択肢は、もとからなかった。これも普通の男子大学生だった「俺」の記憶だろう、子供は守られてしかるべしという意識が存外に強い。それを思えば、まあ原作のマチよりまだましな性格ではあると思う。

 

今のあたしには一瞬で意識を奪うなんて芸当はできやしないので、力づくで気を失ってもらう。加減できる最小限の纏を使って一人の後頭部を殴りつける。

 

 

 

が、どうやら想像以上に念とやらは物騒な代物で、纏だけでも念能力者以外には必殺の威力となるらしい。結果として頭半分を吹き飛ばしてしまった。一瞬あたしも、少女も、男たちも硬直してしまう。

 

最初にそれから立ち直ったのはあたしだった。

男たちも続いてその状況を理解するも、残念ながらそれは遅すぎた。

 

「っなんだ!てめ」

 

男が言い切る前に腰を捻り、足をしねらす。

 

 

あたしの左回し蹴りが男の頭部を打ち抜き、同時にそのままの勢いでソバットもどきをもう一人の男の胸元に食らわせた。

ぐちゃ、という生々しい音とともに何かを蹴り貫いたのがわかる。

男の胸部はあたしの足の形で貫通しており、男は訳も分からず目を見開いていたが、やがて白目をむき後方に倒れこんだ。

 

 

 

 

 

 

初めての殺人、だがそれ以上に驚いたのは想像以上に強力であった念と、あたし自身の身体能力だ。まさかここまで体が動くとは思わなかった。別に前の世界で格闘技をたしなんでいたような記憶もないし、こちらでも戦いなんてしたことはなかったが、あたしの身体はかなりスペックが高いようだ。思い通りの動きをしてくれる体のなんと爽快なことだろう。

 

そして殺人を犯したというのに、精神的に来るものもない。こういう時はふつう、いろいろ悩むものじゃないのか、あたし。なんだかこれから社会に適合できるか不安になってきた。

 

 

 

逆にいろいろ悩むことになったが、まあ、それはそれでいいかもしれないという結論に達した。悪人を殺すことにいちいち悩むような高尚な人間じゃないってことで、それでいいじゃない。

 

そんな風に結論を出した後、しばし少女を無視して考え込んでしまっていたことに気づく。ちらと少女に目を向けると、呆然とした表情でこちらを見ていた。わお、顔の腫れが痛々しいが随分な美少女だ。一呼吸おいて本当に全員死んだかどうかを確認した後、へたり込む少女に話しかける。

 

「大丈夫?」

 

その一言とともに再び少女の肩が一瞬ビクッと震える。しかしそれなりに落ち着いてきたのか、震えながらも返事をしてきた。普通の少女なら泣き叫んでもおかしくないというのにこの子は、涙をこぼし、しゃくりあげながらもあたしとしっかり目を合わせてきた。こんな状況でちゃんと意思を保っているなんて、強い子だ。

 

「……あなたも私をさらいに来たのですか?」

 

まあいきなりやってきて誘拐犯を皆殺しにした奴を信用しようとは思わないだろう。

 

「安心して。あたしはただの通りすがりさ、あんたをどうこうしようなんて思ってないよ」

 

「……そうですか……失礼しました。

 

あの、助けてくださってありがとうございます。……では、私はこれで……」

 

驚いたことに少女は傷だらけの身体で去って行こうとする。さすがに助けるだけ助けて放っておくのは、後味が悪いし、傷だらけの子供を放っておくほど人でなしではない。加えてあたしは何故かわからないが彼女に妙に惹かれていた。

 

「まちな。傷の手当して家まで送るくらいはしてやるから、一緒にきなよ」

 

「い、いえ結構です。一人で帰れますので」

 

そう声をかけると少女はどこか焦ったような、怯えたような雰囲気で、歩調を速めようとする。さっきの奴らは見たところどこかのファミリーに所属するマフィアの構成員だろう。そいつらが攫って身代金を奪い、殺そうとした少女。とするとこの子は金持ちの娘、もしくは敵対マフィアの娘、いろいろ可能性はあるがそれなりに身分の高い娘ということだろうか。あたしについてきてほしくない理由というのならいくらでも想像できるが……ひとつかまかけてみるかね。

 

「……わかった。あたしの住処にきなよ、あんたんちには連れて行かないから」

 

そういうと少女の足が止まる。そして少しの間逡巡してからゆっくりとこちらの方に振り向いた。すると念を押すように上目使いであたしに問いかける。

 

「……本当に?」

 

「え、ええ。住処っつっても、ただの廃ビルを勝手に使ってるだけだけどね」

 

「俺」の記憶があるせいか、美少女の泣き顔で上目使いをされると少しクルものがある。だがその可憐な容姿のせいで逆に頬の腫れがひどく目立つ。早く手当をしてやりたいものだ。

 

「……わかりました。助けていただいていいですか?」

 

「ふふっ、子供は素直に大人に頼りなさい」

 

「……あの、あなたもまだ子供ですよね」

 

しまった。すっかりそのことを忘れてたね。まあそれでもあんたより年上なんだけど。

 

「……あ、あはは、まあ細かいことは気にしないの。ほらこっちおいで」

 

そういって少女の方に手を差し出す。だが少女はやはりまだ初対面の人間に手を差し出すことに抵抗を覚えているようだ。やはり普通の少女とは段違いに警戒心が強い。

 

「……ほら早く。あたしはあんたを傷つけたりはしないよ。ただ、こっから住処までは見通しも足場も悪いからさ。あんたも怪我したくないだろ?」

 

そこまで言ってようやく踏ん切りがついたのか、彼女はあたしの手を握ってきた。それを優しく握り返してやる。やわらかくて、あったかいまだまだ子供の手だ。まあそれはあたしも同じなんだけど。

 

「そういえば、まだ自己紹介してなかったね。あたしはマチ。ただの浮浪児よ」

 

「……ただの浮浪児は人を一瞬で蹴り殺したりしません」

 

「う、それを言われるとつらいわね。でもあんただって普通の少女の話し方じゃないよ。だからお互い様ね。……それで、あんたの名前は」

 

鋭く突っ込みを入れられて、少し詰まってしまった。でもやっぱり思考力が普通じゃない、気がする。やっぱりどこかのお偉いさんの娘さんだろうか?そう考えていたあたしは次に少女の発した言葉にフリーズすることとなる。

 

少女は少しの間何かに迷うように視線をふらふらさせていたが、しばしの後、強い口調で言った。

 

 

 

「……私の名前は、シズクです。……シズク=ベルゼフォートといいます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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