そして今回、事件は新たな局面を迎えます。
「元特命係の亀山ァ!テメエ警察クビになったくせになんでこんなところに居やがるんだ。」
「首になってねえよこのあほぅ!少しの間出向させられているだけだ!」
「警察追い出されたんだからクビと同じだろうが!」
「全然ちげぇよ!」
「……何やってんですかこの二人?」
「いつものことですので気にしなくて大丈夫だと思いますよ。」
顔を合わせるやいきなりメンチの切合いを始めた大人達に若干引き気味の楯無に杉下はフォローになっていないフォローをする。その間、亀山と捜査一課の伊丹は相も変わらず小学生のような罵り合いを続けている。傍目には結構なカオス的状況ではあるが、杉下の言うように割と普段通りの特命係と捜査一課の日常ではあるのだから仕方がない。
「これはどうも警部殿。まさかこんな所であなた方と遭うとは思っていませんでしたよ。」
亀山と伊丹の仲裁を後輩の芹沢に丸投げし、杉下にそう話しかけてきたのは古参の三浦刑事である。特命係を(というか亀山を)目の敵にする伊丹、それをうまく操縦する三浦、そして何かと二人からどやされる芹沢の三人組、通称トリオ・ザ捜一は警視庁の中でも以前から何かと特命係と縁のある三人組だ。しかしながら、IS学園に赴任してからも顔を合わせることになるとは。変な糸で結ばれているのではないかと疑いたくもなる。
「ん?おい亀、なんだそのガキは?」
と、一通り亀山に罵声を浴びせ満足したのか、伊丹はようやく杉下のそばに立つ楯無に気づき、指をさしながら怪訝そうにそう聞く。ガキ呼ばわりされてからか、楯無はムッと顔をしかめる。
すると伊丹は何か感づいたのか、下卑た笑みを浮かべると再び亀山に絡みだした。
「おいおい亀。テメエ女房がいるってのに女連れまわすなんていい度胸してるじゃなねえか。しかも見たところ高校生くらいのガキときたもんだ。これはちょっと署まで来て話を聞かせてもらわねえといけねえなぁ。」
「バ、バカ!そんなんじゃねえよ!この子は学校の生徒でそれ以上のことはなんも…」
「ひどい!亀山先生、私はあなたにとってただの生徒だっていうの!いきなり後ろから迫って、私の秘密を握ったっていうのに!」
「おい楯無!お前は何でこいつの言うことに乗っかってるんだよ!」
「ああ、亀山先生に嫌われてしまったわ!刑事さん、こんな私をどうかお救いください!」
「わわっ!ちょ、ちょっと君!い、いきなり人に抱き付くんじゃないっ!」
あらぬ疑いを掛けられ焦りまくる亀山と、普段女からモテないせいでいきなり女子高生に抱き付かれ強面の顔を真っ赤にしてパニくる伊丹。一方、楯無は伊丹に抱き付きつつ、悪戯っぽく舌を出していた。
「……警部殿、相変わらずお互いに苦労しますなあ。」
「……いえいえ、いつものことですから。」
女子高生にいいように振り回される哀れな警察官たちを眺める二人の年長者の瞳は、どこか悲しいものを見るようであったと後に芹沢は語る。
「つまり、IS学園の近くで起きた殺しが気になったから、ガイシャの関係者を洗っていたら変な臭いがしたので家の中に入ってみたら、爆弾を作ったらしい現場を発見したと。たく、なんでお前はどこに行っても騒ぎを起こすんだよ。大体、硫黄のにおいを嗅ぎ当てるなんて、お前は犬か。」
「うるせえな。おかげでこうして事件が起こる前に発見できたんだから少しは感謝しろ。」
「なんだとテメエ…。」
「はいはい、話が全然進まなくなるんだから少しは落ち着け。」
三浦から宥められ伊丹は舌打ちをしつつもおとなしくそれに従った。
爆弾の製作現場を見つけた経緯について、杉下はIS学園が関与している可能性がある事を除いてできる限り詳細に語った。また、楯無については学園が杉下たちの外部での動きを報告させるためについていかせたと説明している。捜査一課は疑わしそうに楯無のことを見ているが半分は本当の事である。というか伊丹に関しては、先程の楯無の行動が自分をからかうためにやったと気づくと今度は怒りで顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていたが、楯無が涙目という女の武器を行使したせいで完全に楯無に対し苦手意識を持ってしまい始終苦りきった顔をしている。当然ながら涙目は楯無の演技である。
「しかし、なぜその学校で亡くなったていう子どもの家に爆弾の材料が…。まあ、普通に考えてその子供の親が作ったんだろうけど。」
「正確にはこの家の家主である柳原和美です。柳原の勤め先に連絡を取ったところ一か月ほど前から会社に来なくなり、それ以来連絡が取れなくなったそうです。」
三浦の疑問に対し、芹沢がそう答える。すると亀山がある事に気が付いた。
「右京さん、一か月前というと高原詩織が殺された時期と一致しますよ。」
「ええ、これを偶然というには少々出来すぎていますねえ。」
「高原っていうとIS学園の近くで殺されたっていう女子中学生のことだよな。」
そうつぶやくと伊丹は三浦と芹沢を近くに集めこそこそと相談を始めた。杉下が話の内容を聞こうと近づくが粗悪に追い返されてしまう。やがて、結論が出たのか伊丹はにやにやと笑いながら亀山達を見てくる。
「よし、兎にも角にも柳原和美の身柄を確保すること。すぐに柳原を重要参考人として手配だ。あとは取り調べで吐かせりゃいい。というわけで、おい亀!お前らはそこにいるクソガキをさっさと学校まで連れて帰れ。もう日が暮れちまったんだしな。」
「言われなくても分かってるよ。お前らもちゃんと仕事しろよ!」
「それこそお前に言われるまでもねえよ!おい、行くぞ。」
そう言って捜査一課の名物三人組は車に乗り込むと、柳原和美を探すべく去っていった。あとに残された杉下、亀山、そして楯無の三人はそれを見送るしかなかった。亀山は、畜生!と言って道端の石を蹴り飛ばし、楯無も憮然と言った表情で角を曲がろうとする伊丹たちの車をにらみつけている。
「なんなのよ、あの伊丹とかいう刑事。女子高生のことをクソガキ扱いして。ホント感じ悪い。」
「全くだよ。あんなんだからあの年にもなって恋人の一人もできやしねえんだよ。」
「やっぱり!まあ当然よね。あんなデリカシーの無い様じゃ。」
二人して伊丹のことをぼろくそに言っているその時、渦中のその人はというとなぜか背中にかゆみを感じていた。
「しかしながら、だいぶ遅くなっているのも事実。これ以上寮に帰るのが遅くなれば楯無さんはいろいろと問題があるでしょう。今日のところはここまでということで」
「はあ…。ま、仕方ないっすね。」
「えー、私はまだ大丈夫なのだけど…。」
文句を言う楯無の腕をひき、IS学園に帰るべく車に乗ろうとしたその時、
「すいません!そこの家で何かあったんですか?」
後ろから声を掛けられて三人は動きを止めた。振り向くと、眼鏡をかけた細身の気の弱そうな制服姿の少年が不安そうに立っていた。どうやらこの少年が三人を呼び止めた声の主のようだ。
「ええと、まあちょっとした事件がね。御免、これ以上は今は言えないんだ。」
「あ、はい。そうですよね…。すいません突然呼び止めちゃって。」
そう言って少年は頭を下げ、消沈した様子で去ろうとしたが、
「待ってください。君の制服委は名成高校のものですね。柳原純一君のことについて、私たちに伝えたいことがあるんじゃないですか?」
今度は杉下が少年を呼び止めた。少年は柳原純一の名前を聞くと、いかにも動揺した様子で助けを求めるように左右を見渡した。杉下は少年を安心させようと柔らかな笑みを浮かべると、ゆっくりとした口調で語りかけた。
「怖がらなくても結構です。どんなことがあっても我々はあなたのことは責めません。だからどうか純一君について本当のことを教えてくれませんか?」
少年は苦悩するかのように顔をゆがめていたが、やがて大きく深呼吸すると意を決したように杉下の顔を見返した。
「わかりました。近くに公園があるんで、そこに行ってからでいいですか?」
公園に移動すると亀山は少年を落ち着かせようと缶コーヒーを買ってきて少年に渡した。少年は亀山に礼を言うと一口飲むとほっとしたように息を吐いた。少年は秋川幸助と名乗った。
「僕と純一は小さいころから家が近所でよく一緒に遊んでました。名成中学は僕から誘って二人で受験したんです。でもまさか、あんなことになるなんて…。」
「名成中学では男子生徒と女子生徒で差別されと聞いているのですが…。」
「はい、そうです。学校行事とかでは何事も女子の意見が優先されて男子は雑用ばかり。普段から女子が男子をパシリに使うのは当たり前でした。先生も女子はさん付けだけど僕たち男子は呼び捨てにしてましたからね。」
「なんだよそれ!問題にはならなかったのかい?」
「学校の理事長が教育委員会や政府機関にコネがあってうまく誤魔化してるみたいです。それに今の世の中いくら男が女に文句言ったって意味がないじゃないですか。」
そう言った秋川少年の眼には諦めの色が見える。亀山はこんな子供が世の中に失望していることが無性に悔しくてならなかった。
「それでは高原詩織さんはどうでしたか?耳にした話によると、周りから非常に好かれている生徒だったようですが…。」
杉下が高原詩織の名前を出した瞬間、秋川は目に見えて狼狽した。体は小刻みに震え、手に持った缶コーヒーを取り落しそうになっていた。
「た、高原は名成の女王でした…。」
秋川は震える声でそう告げた。
「名成の女王?」
「は、はい。あいつは勉強も運動もISの試験も、何をやらせても一番で、家も金持ちで先生たちからすごい気に入られてました。だから、学校じゃ何をやっても許されてました。」
「…それはつまり、高原さんは普段から問題のある行動をしていたということですか?」
「……はい。…そうです。」
秋川はうなだれると静かに語りだした。高原詩織はその実力から女子グループの頂点に君臨し、学校の男子をまるで下僕のように扱っていたという。雑用やパシリに使うのは当たり前。時には金を貢がせていたという。教師たちもうすうす感づいていたが見てみぬふりをしていたという。なぜなら、高原詩織こそ名成の校長が掲げる強い女性の象徴だったからだ。ただ、すべての男子が高原にひれ伏していたわけではなかった。その一人が柳原純一だった。
「純一はよくISが使えるから女性が偉いわけじゃない。男と女がいて初めて世界が動くんだって言ってました。そのせいで高原に目をつけられてよく嫌がらせを受けてました。」
「嫌がらせというと?」
「物を捨てられたり、机にごみを入れられたり…。直接暴力を振るわれることもありました。」
「ちょっと!それじゃあ完璧にイジメじゃない!」
楯無は思わず声を上げた。IS学園ではイジメは厳しく処分される。各国から代表候補生を受け入れている関係上、国際問題に発展してしまうためだ。当然中学での行動も事前に調べられのだが。
「でもそれが僕たちの日常だったんです。実際に先生たちは何も言いませんでしたから・・・。」
「楯無さん、彼の言っていることは本当でしょう。いじめというのは受けている側が告発し、それを学校や教育機関が認めて初めていじめと認定されるものです。名成中学の現状ではそれすらもできないのでしょう。」
杉下の口調は心なしか固くなっていた。亀山に至ってはこぶしを握り締め怒りを耐えているのがハッキリと分かる。それを爆発させないのは、始めに杉下がどんな事実があっても秋川を攻めないと誓ったためだ。秋川は頭を抱えたまま懺悔を続ける。
「僕、純一が死んだときも何にも出来なかったんです。先生からは何にも言うなって言われて、事情聴取の時もずっと監視されてたんです。」
「だったら転校しようとは思わなかったのかい?そんなひどい学校出ていった方がいいじゃないか!」
「……名成は中高でISの授業があるんです。男子でも受けられるやつが…。」
ISは女性にしか操れないものではあるが、それに携わる技術者がすべて女性かと言うとそうではない。女性に比べ数は少ないが男性の整備士や開発者も存在する。その多くが元はロボット工学などの分野で活躍していた人材である。
「僕は小さいころからロボットに憧れてて、将来は技術者になりたいんです。ISにも前から興味がありました。IS学園は女子しか入学できないけど、名成なら男子でも希望すればISの授業が受けられるんです。だから、だからどうしても名成に残りたかったんです…。」
「なるほど、そうでしたか。それでは純一君の方はどうでしたか?君に誘われた以外に、名成中学に入る理由はあったのでしょうか?」
「純一の場合は親の影響です。確か母親が昔、織斑千冬の専属整備士をしてたとかで、自分も将来は日本の国家間代表の整備士になりたいって言ってました。」
秋川が何気なく発した一言に杉下と亀山は目を丸くする。二人は知っている。かつて、織斑千冬のISを整備していた人間がIS学園で教師をしていることを!そして、学園を出る際、その人物と二人は会話している!
その時、楯無の携帯が着信を知らせる音楽を鳴らした。楯無は待ち受けに示された名前を確認し、電話に出ると相手と話し始めた。1分ほどで会話を終えると楯無は硬い表情で杉下と亀山に向かい口を開いた。
「調査の結果が出たわ。事件当日の午前9時から10時の間、生徒からのISの機動申請はなかったそうよ。ただ、実働テストを兼ねたISの調整のためにISを起動させた人間がいるわ。」
そして、楯無は口に出す。芝浦真紀子教諭の名を…。