IS学園特命係   作:ミッツ

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普段より若干短めです。
残念ながら今回も捜査一課の出番は無しです。


死が生まれる家

 楯無が学校に残っている布仏虚に連絡を取り、事件当日にISの起動申請を出している者を調べるように頼んだ後、楯無たちは亀山の運転する車に乗って柳原純一の両親が住むという住所に向かっている。そんな中、楯無は前の席に座る二人に強い興味を抱いていた。

 

 この人たちはいったい何者なのだろう?

 

 そう考えずにはいられなかった。

 

 楯無が初めてこの二人のことを知ったのは入学式の前日の事だ。警察庁の小野田が自身の手駒をIS学園に潜り込ませた。その情報は楯無だけでなく、更識家全体の警戒レベルを上げさせるものだった。小野田公顕といえば警察庁きっての曲者と呼ばれ、政治や裏の世界にも通じ、一部では反IS主義者ではないかと噂される人物である。その男が何の目的があってIS学園にちょっかいをかけてきたのか。それは学園の守護を日本政府から任された更識家にとって早急に確かめなければいけない事だった。

 

 そういうわけで、急いで集められた学園に赴任するという二人の警察官の情報は楯無たちを僅かながら混乱させた。亀山薫という刑事についてはあまり見るところはない。上からの命令を無視し、一人先走った結果逆に犯人の人質となり、その様子をテレビによって全国放映される。そんな警察官としてあるまじき大失態をしでかし、人材の墓場と言われる窓際部署に飛ばされた情けない男。それが亀山薫に対する更識家の評価だった。問題は彼の上司、警視庁の陸の孤島、特命係の主である杉下右京の方だ。彼についての情報は非常に少ない。警視庁にキャリア組として入庁し海外に研修へと赴きエリートの道を驀進していたはずが、ある時期を境に窓際部署へ追いやられ、それ以来一切昇進することがなく警部のままという異様な経歴もさることながら、一部の警察上層部からは蛇笏のごとく嫌われる一方で、一部からは異様なほど評価が高いという非常に判断のしにくい人物なのだ。また、彼が特命係に追いやられる直前に小野田の指揮下にあったとの未確認の情報もあった。それ以外のことについては全くの不明。プライベートや個人の趣味施行については一般人のそれと同じような物であるものの、警察官としての功績や実績については驚くほど情報が少ないのだ。そのことに関して、意図的に杉下右京の情報を隠匿しているのではないか、と楯無は考えた。亀山はともかく、警戒すべきは杉下右京である。それが更識家の総意であった。

 

 しかしながら、楯無はどこか楽観視している部分があった。相手は所詮一警察官。それも片方は全くの問題なしとくれば、自分一人でも十分に対応できると確信していたのだ。実のところ、楯無は少々浮かれていたのである。15歳にして日本最古の暗部と言ってもよい更識の頭首を襲名し、いきなり日本政府直々に指名を受けてIS学園を守るように命じられたときは、今までの努力の甲斐があったと小躍りしたくなる気分であった。妹を突き放したことも無駄ではなかったのだと。いくら、暗部の頭首といっても彼女もまた10代の少女なのだ。こうして油断したことも仕方ないといえば仕方ない。何より実戦経験のない楯無と特別な訓練は受けてないとはいえ数々の修羅場を潜り抜けてきた特命係とは培ってきた経験値に大きな隔たりがあるのだ。更に言えば更識家は知らなかった。杉下右京がかつて小野田の右腕として活躍していたことを。特命係が表向きは捜査一課の手柄となった事件の解決に少なからず貢献していることを。

 

 自分は相手をよく知らずに格下だと判断し、自分の実力を過信していた。

 楯無はそう自分を戒めるとある決意をした。

 この二人の真の実力を見極めよう。そして、できるならば自分たち側へと引き込もうと。

 

 

 

「ここが柳原君の実家のようですねえ。」

 

 現場から車で約一時間ほど離れた、都内でもそこそこ高級な住宅街の角に建つ一軒家。そこが柳原純一の実家であった。記者からの情報によると柳原少年の父は大手建設会社に長年勤めており、社内でにかなり大きな仕事を任せられているらしい。一方母親は数年前から家を出ていき、以来別居状態が続いているらしい。親権は父親の方が持っているそうで柳原少年はあまり母親とは会っていなかったとのことだ。

 

「なんか、あんま人が住んでいるような感じがしないっすね。」

 

 亀山は郵便物がたまった郵便受けを見ながらそうつぶやく。試しにチャイムを押してみるが一向に反応が返ってくる気配はない。すると杉下は勝手に門を開けるとそそくさと玄関の扉の前へと歩いていった。そして、ドアノブを握るとおもむろに家の中に入ろうとした。

 

「ふむ、どうやら鍵はしっかりかけてあるようですねえ。」

 

「そんなの当り前じゃないっすか!てか右京さん、何勝手に入ろうとしてるんっすか!」

 

 思わず亀山が大声を上げるが杉下はどこ吹く風といった様子である。すると、楯無が玄関の前に立ちドアノブを体で隠すと何やらごそごそやっている。しばらくすると、ガチャッ、という音ともに楯無はにっこりと二人に笑いかけるといった。

 

「これで開いたわよ。」

 

「君もいったい何をやってるんだ!」

 

 亀山が再び叫ぶが楯無は、テヘッ、と舌を出すのだった。そして杉下は当たり前のように家の中に入っていき、楯無もその後につづく。

 

 この人ら何でもありか!

 

 亀山はしばらくの間玄関前で躊躇していたが通行人が通りかかることを考え、意を決し、二人の後につづくのだった。

 

 家の中はとても片付いていた。まるで新築のように床やテーブルは磨き上げられており、ほこりの一つも見つからない。むしろ、生活感が一切感じられないくらいであり、余分なものは一切処分してしまったかのような印象を受ける。杉下は一通りリビングを見渡すとキッチンの方へ行き冷蔵庫を開いた。

 

「冷蔵庫の中には全く食品が入っていませんねえ。それどころか、電源さえ抜いてあります。」

 

「どこも似た感じみたいね。電化製品のコンセントは抜いてあって、洗い残しの食器や洗濯物は見当たらない。まるで家主が長期間の旅行に行った家みたいだわ。」

 

 もしこれで家財道具がなければ、この家の住人は夜逃げでもしたのではないかと疑いたくもなるというほどだ。この家からは人の気配、いや、人がいた痕跡を消そうとする意志が感じられた。いったい何を思ってこの家の住人は家をこんな状態にしたのか。二人が考え込んでいると後から家に入ってきた亀山が、何やら鼻をひくひくならしている。

 

「…亀山君、どうかしましたか?」

 

「いや、なんていうか…。右京さん、なんかこの家、変な臭いがしませんか。」

 

「変な臭い?」

 

 確かめてみようと鼻を鳴らすが何も違和感は感じない。

 気のせいではないか、と楯無が言うが確かに変な臭いがすると亀山は主張する。

 

「……亀山君、その臭いというのはどのあたりからしますか?」

 

「ええと、ちょっと待ってください。」

 

 亀山は臭いの出所を探るべく鼻を鳴らす。すると、二階の方から強く匂うように感じられた。二人を伴って二階に上がると確かににおいが強くなっている。

 

「うん、多分この部屋っす。」

 

 そう言って亀山が入っていった先は和室であった。この時になって、僅かではあるが杉下と楯無にも亀山の言う、変な臭いというのが感じられた。それはまるで腐った卵のようなにおいである。

 

「臭いの出所はこの押入れの中っすね。」

 

「どうやらそのようですねえ。楯無さん、少し下がっていてもらってもよろしいでしょうか?もしかすると危険なものが出てくるかもしれませんので。」

 

 そう言って、楯無をさがらせると杉下は押入れのふすまを開いた。そこにはあるべきはずの蒲団はなく、代わりに何かの実験部屋のように様々な薬品が入った瓶、ドライバーやニッパーなどの工具、そして、それらを使用するための作業台の上には銅線があった。杉下はその中から黄色い粉末の入った瓶を取り上げた。

 

「これが亀山君のの言う変な臭いの源でしょう。」

 

「右京さん、それは…。」

 

「おそらく硫黄の粉末でしょう。そしてこちらの黒い粉は木炭の粉末。そう来ればこちらの瓶の中身は硝酸カリウムでしょうねえ。」

 

 そう言って、杉下は白い粉の入った小瓶を手にした。それを見つめる顔には普段浮かべる余裕のある表情はなく、まるで戦場へ出た歴戦の戦士のような鋭さがあった。横に立つ楯無も、こわばった表情をしており若干青ざめてさえいる。

 

「亀山君、すぐに警視庁に連絡をしてください。どうやらこの家では爆薬が製造されてたようです。」


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