IS学園特命係   作:ミッツ

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最近仕事がきついです。
出張やらなんやらで気づけば1か月近く帰宅出来ないとかなんなの?
それでも、何とか続けていきたいと思います。


作戦不能

 IS学園夏季合宿二日目。前日の自由時間と打って変わって、この日はISを用いての本格的な訓練が行われる。

 この日の為に学園にある訓練機20機の内、半分に当たる10機が合宿地まで持ち出されており、丸一日集中的に実戦に近い形の訓練が行われる。

 また、専用機持ちの生徒にとっては本国から送られてきた新装備のデータ取りという側面もあり、普段に比べても生徒たちの意気込む姿勢は表情から強く感じられた。

 そんな中、杉下と亀山は管制室兼事務室となっている建物の中で、砂浜に並ぶ生徒たちの姿を眺めていた。

 

「それにしても、こういう時って俺たちほんとに手持無沙汰になるっすね。まあ、ISに関しちゃ口を出せないんで仕方ないっすけど。」

 

 いかにも暇です、とでも言うように亀山は外に目を向けつつ口にする。亀山の後ろでは杉下が静かに紅茶を嗜み、その更に後ろでは真耶が機材のチェックを行っていた。

 

「そもそも今回僕らが合宿に付いて来られたのも、一夏君が合宿に参加するためですからねぇ。去年は留守番でしたし。」

 

「そうなんっすよね。俺たちは一夏の身に何かがあった時のために付いてきたわけっすから。そう考えると、暇なのは喜ばしい事なんですけど、こうも周りが忙しそうにしてたら何か申し訳ないと言うか…」

 

 特命係はこの合宿地に到着して以降、学園にいた時よりも明らかに仕事が減っていた。それは合宿の内容がISの実技に終始しているためだ。

 昨日までなら終日自由時間であったためあまり気にならなかったが、本日は朝も早くから学園から派遣された整備スタッフがISのセッティングに尽力しており、千冬をはじめとした教官たちも訓練プランの最終確認など目に見えて忙しそうにしている。

 そうした中で、特にやる事も無くその様子を眺めるしかなかった亀山は言いようのない気まずさを感じていたのだった。

 

「そうは言っても、僕たちに出来る事と言ったら事故が起きないように祈り、もし何かしら不具合が起きた際には最善の手段をもってこれに当たるのみです。万が一に備え、今のうちに英気を養っておくのも必要な仕事の内だと割り切ってみたらどうですか?」

 

「そう簡単に割り切れたら苦労はしませんよ。」

 

 むしろ、あなたのように周りが忙しない中のんびりとお茶を飲む方が難しいです、と亀山は心の中で皮肉る。口にすればより強烈な皮肉が返ってくることが分かっているからだ。

 すると、部屋に備え付けられた電話のベルが鳴り、近くで作業をしていた真耶が受話器を取った。

 

「はい、こちら管制室。はい…はい……え……ちょっと待ってください!?」

 

 真耶は一旦電話を保留にすると慌てた様子でパソコンを開き、メール受信欄を確認する。その顔は見る見るうちに真っ青になっていく。

 

「どうしましたか、山田先生?」

 

 尋常ならざる様子に杉下が心配し声をかけると、真耶は切羽詰まった様子で駆け寄ってくる。

 

「た、大変なんです!いまIS委員会から連絡が来て、緊急事態が起きたって!詳細はメールで送るから確認してIS学園で対処してくれっていうんです!」

 

 真耶の話を聞き杉下と亀山は素早くパソコンの画面をのぞき込む。亀山はそこに映し出された文面を口に出して読んだ。

 

「ええと、なになに、『本日早朝未明、太平洋ハワイ島沖で実働テスト中だったアメリカとイスラエルによる共同開発の第3世代型IS“銀の福音”が暴走。監視区域を離脱し針路を北西にとって高速飛行中。このまま行けば約1時間後に日本本土上空に到達。最悪の場合、民間人に対し深刻な被害が予想される』って、はああああっ!?」

 

「『衛星の追跡の結果、現在IS学園が夏期合宿を行っている場所から沖合に約2キロの空域を約50分後に通過することが予想される。付いては学園及びその関係者は早急にこれに対処していただきたい』ですか。何ともまあ無茶を言ってくれます。」

 

 杉下はメールの下に記された銀の福音の機体スペックに目を通しながら嘆息する。数字だけを見ても銀の福音の戦闘スペックは第3世代の名に恥じない数値を叩き出しており、ISバトルでは無くより実戦を想定した戦闘を主眼に置いた装備を付属していることが分かる。まさしく、1機で戦争が出来る機体であった。

 

「山田先生、今すぐこの事を織斑先生に報告し本日の訓練を中止させてください。生徒たちにはそれぞれの部屋に戻り、許可が出るまで部屋で待機するように言ってください。僕達はもう少し情報を集めてみます。」

 

「は、はい!」

 

 真耶が管制室から出て行くと、杉下は自身の携帯を取り出しダイヤルを入れる。ほどなくして目的の場所に繋がった。

 

「もしもし、IS学園特殊命令管轄係の杉下というものです。甲斐理事はいらっしゃるでしょうか?…ええ、早急にお取次ぎをお願いします。IS学園の杉下だと言えばわかっていただけるはずです。」

 

 珍しく切迫した様子で杉下が言い切ると、短い応答のあと保留を知らせるメロディが耳元で流れてくる。そして暫くすると、最近知り合ったばかりの男性の声に変わった。

 

『お電話変わりました。どうしたんだい、君から連絡を入れてくるなんて?秘書が随分慌てた様子だと言っていたが。』

 

「なにぶん緊急事態ですので手短にお伝えします。太平洋上で実働テスト中だった軍用ISが暴走し日本に向かって飛行中です。このまま行けば約一時間後に日本本土上空に到達します。IS委員会は予想通過空域の近くで夏季合宿中のIS学園の関係者に事態の対処を命じました。」

 

『…待ってくれ、あまりにも急すぎて話が見えないのだが。なんだ、国際IS委員会が暴走したISの対処をIS学園で行えと言っているのか?』

 

「端的に申し上げればそのようです。」

 

『どうしてそうなった!!』

 

 思わずそう叫んだ甲斐だったが、次第に冷静さを取り戻すと杉下からさらに詳しい情報を聞き、問題の大きさを認識していった。

 

『なるほど、アメリカとイスラエルの軍用ISがか…これはまたタイミングが悪い。』

 

「タイミングが悪いとは?」

 

『以前からある市民団体があってな。その団体曰く、自衛隊でISを運用するのはISの開発者である篠ノ之博士の理念と外れる物であり即刻運用を停止するべきだ、とのことだ。それに一部の野党議員が乗っかって、ISは本来宇宙開発を主として開発された物であり軍事利用はアラスカ条約でも禁止されている。防衛組織とはいえ、有事には武器を持って対処する自衛隊がISを堂々と使用しているのは対外的にも問題があるのではないか、と国会に意見陳述をしてきてな。近いうちに国会で審議することになっているんだ。場合によっては新たなる法案が生まれるかもしれない。』

 

「そのような時に、自衛隊が大々的にISを使用するのは好ましくないという事ですか?」

 

 ISの軍事利用の是非について審議するなど今更だろうと思いながらも杉下が確認すると、電話の向こうで肯定する声が聞こえてきた。

 

『ああ。3月の政変以来政府内でもISの組織的な改革の必要性が声高になっていたんだが、今回ばかりはそれが裏目に出たな。どちらにしろ、時間的に厳しいものがあったかもしれん。流石に1時間以内で自衛隊のIS部隊の出動準備を整えるというのは…根回しから何までとてもではないが…』

 

 甲斐理事の悔し気な口調の陰に杉下にある疑問が浮かぶ。それについて素直に聞いてみた。

 

「先ほどから気になっていたのですが、日本IS委員会には銀の福音の暴走の件は伝わってないんでしょうか?」

 

『少なくとも私の耳には伝わってないな。早急に確認は取ってみるつもりだが恐らく国際IS委員会が意図的に情報をストップさせたのだろう。しかし、何の為に…』 

 

 いくら日本IS委員会の独立的な動きを強めているとはいえ、一般市民に甚大な被害が出かねない情報を遮断させるなど正気ではない。たとえ組織の内部に腐敗が進んでいようと、最低限の節度は国際IS委員会も保っていると甲斐理事は考えていただけに、内心では信じられない気持であった。

 そんな甲斐理事の気持ちを察してか、杉下はある情報を口にする。

 

「実は昨日の自由時間中に篠ノ之束博士が合宿地を訪問し、妹の箒さんに第4世代型の新型ISを渡しています。」

 

『なにっ!篠ノ之束がかっ!』

 

「はい。」

 

『そうか…わかった、こちらの方でも篠ノ之博士とその背後関係を洗ってみよう。ところで、銀の福音の方は何とかなりそうなのか?』

 

「…考えがあります。生徒には多少の危険が伴いますが成功率は低くないと思います。」

 

 少ない時間の中で杉下は銀の福音の進行を妨げる作戦を練っていた。それがある程度形になった事で自信をもってそう言い切ることが出来た。

 

『では悪いが、そちらの事は君に任せよう。もしまた不測の事態があれば連絡をくれ。出来る限り力になろう。』

 

「ありがとうございます。では、失礼します。」

 

 杉下はそう言って通話を切ると、パソコンの画面に表示された銀の福音のデータを睨み付ける。

 

「残念ながら僕の祈りは届きませんでした。しかし、これ以上悪い方向に進まないように全力を持って対処させていただきます。亀山君、会議室へ行きましょう。」

 

「はい!右京さん!」

 

 二人は颯爽と管制室を後にした。だが二人は気づいていなかった。亀山の愛用するジャケットの首後ろの部分に黒く光る小さな機械がついていたことに…

 

 

 

 

 

 

 旅館に開設された臨時会議室には特命係の二人以外に織斑千冬と山田真耶、そして1年生の専用機持ち達が集められていた。他の教師やスタッフは各所への連絡やISの整備、一般の生徒たちへの対応に回されている。

 会議は千冬による説明から始まった。

 集められた生徒たちは第3世代型のISが暴走したという情報に驚きを隠せない様子だったが、事態が切迫したものだと理解すると一様に真剣な面持ちで銀の福音のスペックや予想通過空域の説明に聞き入った。

 そして、話が具体的な迎撃作戦に至ったところで杉下が説明を引き継ぐ。

 

「今回の作戦に関しましては敵に対し、こちらのアドバンテージを最大限に生かす方向で進めたいと思います。」

 

「アドバンテージですか?つまりどういったものですの?」

 

「ずばり、数の差です。」

 

 セシリアからの質問に杉下は即興で作った作戦案をプロジェクターに移しながら説明する。

 

「福音の予想通過地点を迎撃ポイントとしそこに防衛線を張ります。前衛を織斑君と凰さん、中衛をデュノアさんとボーデヴィッヒさん、そして後衛をオルコットさんにやっていただきます。」

 

「待ってください!私はどうするんですか?」

 

 そう言って手を上げたのは箒だ。杉下の作戦概要に自分の名が含まれていない事に驚いているようであり、目には若干の非難の色が見える。

 

「篠ノ之さんは専用機持ちという事で会議には参加していただいていますが、紅椿を手にしたのは昨日のこと。とてもではありませんが機体を操縦しきれるとは言い切れません。事態の重大性や緊急性を加味した場合、篠ノ之さんには今回の作戦を外れていただくのが妥当だと判断しました。」

 

「そんな…でも私には…」

 

 なおも納得できない様子の箒だったが、千冬が睨みを利かせると悔しげに俯く。時間が惜しかっただけに杉下は千冬に向かって小さく頭を下げる。箒の横に座っていた一夏は慰めるように幼馴染の肩を叩いていた。

 

「話を戻します。今回の作戦の目的は持久戦による相手のガス欠です。前衛の二人には一撃離脱に終始していただき、対象の反撃を受け無いように立ち回っていただきます。対象が追撃してきた場合には中衛が迎撃をし、迎撃ポイントを対象が離脱しようとした場合はオルコットさんがブルー・ティアーズを用いて離脱経路を遮断し逃がさないようにしてください。そうして長期戦に持ち込み、補給の利かない対象がエネルギー切れを起こすのを狙います。」

 

 一通り説明が終わると杉下はプロジェクターを切り、改めて生徒たちに向き合った。

 

「今回の作戦の肝はみなさんの連携に掛かっています。先ほども言ったように我々のアドバンテージは数で有利であること。それを最大限に生かすための作戦を考えました。タッグトーナメントを経験し、常日頃から一緒に訓練を行っている皆さんなら確実に実行できると信じています。なので決して無茶はせず、自分の出来る事だけを行って下さい。そうすれば必ず上手くいきます。」

 

 杉下の言葉は生徒たちを鼓舞するものであった。

 今回の作戦は言ってみれば敵を囲んで袋叩きにするようなものだ。競技としてのISを学んできた者たちからすれば眉を潜めてもおかしくはない。

 しかし、作戦の失敗が人命に直結する可能性がある以上、最も確実で安全な策を取るべきである。杉下はそうした判断の下、あえて箒を会議に呼んだうえで作戦から外すことで事態の重要性を意識させるとともに、生徒たちの実力を評価することで前向きに作戦に取り組めるように促したのだ。

 幸いにして、専用機持ち達の士気は杉下の思惑通りに上がっているようで、新参である一夏の目にも覚悟が宿っているように見受けられる。

 ただ、唯一心配があるとすれば、箒が気落ちしたままの様子である事だ。あとで亀山に頼んでフォローをしてもらった方が良いだろうと杉下が考えていると、天井板が外れ白い影が舞い降りてきた。

 

「ちょおおおおと、まったあああああ!束さんが一言物申オオオオオオオオオすっ!」

 

 篠ノ之束だった。

 

 突然の束の登場に千冬を除いた者たちが呆気にとられていると、束はズカズカと千冬に近づいていく。

 

「ちーちゃん、ホントにこんな面白くも何ともない作戦やっちゃうの?もっと良い策が束さんにはあるんだけどなぁ。」

 

「…聞くだけ聞いてやるから言ってみろ。」

 

 疲れた様子で千冬が促すと、待ってましたとばかりに束は人差し指を上に向け答えた。

 

「ズバリッ!『零落白夜で一発決めちゃえばいいんじゃね?作戦』だよっ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、杉下の顔が俄かに険しくなった。

 

「零落白夜を使える白式がアタッカーで束さんがパパッと調整した紅椿が高速機動を担当すればさ、一撃で銀の福音を落とせるよ。いえ~い、速攻だね!」

 

「待ってください、それはあまりにも危険すぎます。」

 

 杉下は束の下に歩を進めると毅然とした様子で彼女の案を否定した。

 

「箒さんは高速機動の訓練を受けていないどころか、紅椿を手にしたのでさえ昨日の今日です。今作戦に参加させるには経験が不足しています。」

 

「はぁ?それを言うんだったらさ、お前の作戦にだって3か月前までずぶの素人だったいーくんを参加させてるじゃん。それに、いーくんも白式を手にして1時間も満たないうちに実戦を経験していたと思うけど。」

 

「あの時と今では状況が違いすぎます!それに、最も経験の浅い二人だけで作戦を組むのもいただけません。せめて、サポートとして他の専用機も参加させるべきです。」

 

「そうだね。そうした方が多少は成功率は上がるかもね。でもさ、それは出来たらの話だよね?」

 

 そう言って束はニタリと口角を上げる。その様子に不吉な予感を感じた杉下の下に亀山から最悪の知らせが届く。

 

「右京さん、大変です!たった今、各国のIS委員会から連名で要請書が!」

 

「…これは!」

 

 亀山から渡された書面に目を通した杉下の顔が今度こそ完全に引きつる。

 書面の内容を纏めると以下の通りだ。

 

 現在、IS学園が対処している銀の福音の暴走に関して、我が国の代表候補生、及び専用機の出動には慎重を期してもらいたい。本作戦の危険性を鑑み、我が国の子女の安全を最優先とすべきと判断したためだ。よって、わが国の代表候補生を作戦に組み込むのはあくまでもほかに手の無い場合と判断した時に限りたい。

 

 以上のような内容の要請がイギリス、フランス、中国、ドイツから連名で届いていた。

 これはあくまでは要請で合って拘束力はないものの、国の名で出された正式な文書である以上、無碍にすれば国際問題になりかねないものである。

 

「こんなのが来ちゃったら、そこにいる奴らは作戦に使えないね。現時点では束さんの作戦が一番現実的だけど、お前にはこれ以上の作戦案があるのかな?かな?」

 

 悪魔のような天使の笑みで束は杉下に問う。それに杉下は応えられない。

 たとえ妙案が浮かんだとしても束の言う策以上に確実で実現的なものにするには時間が無さ過ぎた。

 

 こうして、作戦は決行された。

 嫌味なほどに青い空と白い雲を背景に、白と紅のISが空を行く。

 杉下と亀山はその後姿を黙って見送るしかできなかった。


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