IS学園特命係   作:ミッツ

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お久しぶりです。

この1か月中々にハードな日々を過ごしてきました。
今回はepisode7のエピローグに当たる話です。あまり相棒要素はありませんのでご了承ください。


戻ってきた日常

 タッグトーナメントの全日程を終えるとIS学園は2日間の休養日の後に通常の授業が再開される。

 この日はタッグトーナメント後最初の授業日であった。朝のHR前、1年1組の教室ではほとんどの生徒が自分の席に着き、HRが始まるのを待っている。

 だが、そのうちの一つ、一夏の右側の席の持主だけが今このクラス内にいない。

 一夏は普段よりも見通しのよくなった右側を横目に見て、何度目かわからない溜息をついた。普段は何かと一夏に話しかけに来るセシリアや箒をはじめとする女生徒たちも、今日ばかりは心配げな様子で一夏の方を見ていのみである。

 デュノア夫妻とシャルロットの事は大々的に報道され、シャルロットの出生の秘密やデュノア夫妻の行いも全校生徒の知るところとなっている。

 幸いにも、ほとんどの報道がシャルロットに対して同情的であるため、彼女に猜疑心を抱く生徒はいないと思われる。

 しかしながら、事件が事件であるため今後もシャルロットがIS学園に居られるという保証はない。その事を考えると、一夏は腹の奥がずんと沈み込むような感覚に陥っていた。

 

「……はあ。」

 

また一つ、一夏の口からため息が零れる。

 結局のところ、自分は何もなしえなかった。致し方ない事情があったとはいえ、あれだけ大見えを切って臨んだタッグトーナメントは2回戦棄権。

 シャルロットの問題も自分が関わる前に大部分で杉下たちが解決に近づいていた。あのまま自分が何もしなくても、全てを清算する算段がついていたことは一夏にも容易に理解できる。

 

(俺はまだ、だれ一人として守れていないんだな…)

 

 劣等感にも似た暗い気持ちが渦巻き、一夏は沈痛な面持ちで目を閉じた。

 

 そうして一夏が一人沈んでいると、教室のドアが開き真耶が入ってきた。

 

「はーい、みなさんおはようございます。ええと、今日はHRの前に重要なお知らせがあります。デュノアさん、入ってきてください。」

 

 真耶の言葉に一夏はバッと顔を上げる。それとほぼ同時にIS学園の女子制服を着たシャルロットが教室に入ってきた。

 

「えー、すでに大部分の人がニュースなどを見てご存じだとは思いますが、デュノア君は実はデュノアさんでした。これには複雑な事情があると言うほかありませんが、デュノアさんは今後も1年1組の生徒としてこの学園で生活していきます。それではデュノアさん、お願いします。」

 

「はい。」

 

 真耶に促されシャルロットは一歩前に進み出ると、ざわついていた教室が徐々に静かになっていく。やがて話し声が聞こえなくなると、シャルロットは静かに口を開いた。

 

「シャルル・デュノア改めましてシャルロット・デュノアです。まず初めに今回私の父であるデュノア社社長が引き起こした事件により、皆さまにご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます。本当に申し訳ありませんでした。」

 

 シャルロットはそう言うと深く頭を下げた。それによって、教室内に再びざわつきが生まれる。

 そんな中、一人の女子生徒が席を立った。

 

「そんな!シャルロットさんは何にも悪くないじゃない。悪いのは全部デュノア社長たちでシャルロットさんはそれに巻き込まれただけだってニュースでも…」

 

「うん。確かに傍目から見れば僕は巻き込まれただけかもしれない。けれど僕が事件の一端を担ってたのは事実だよ。止めようと思えば止めれたかもしれない。止められないにしても、誰か信用できる人に相談することだってできたはずなんだ。けど、僕はギリギリまでそれをしなかった。そのせい受けなくてもいい迷惑を受けた人はいると思うんだ。」

 

 シャルロットの返答に女子生徒は言葉を失う。シャルロットの言う通り、今回の事件でデュノア社から製品の提供を受けていた生徒をはじめ、多くの人々が影響を受けるのは必定だろう。特にフランスから留学してきている生徒のほとんどがデュノア社から援助を受けている。彼女らは今も不安な日々を過ごしているのだ。

 

「僕に出来る事なんて謝罪くらいかもしれない。でも、父や義母が公式に謝罪が出来ない以上、肉親である僕が代わりにお詫びをしなければいけない。それが、デュノア社長の娘であり、僅かにとはいえ今回の事件の片棒を担いだ僕の償いだよ。」

 

「………シャル、お前は本当にそれでいいのかよ。」

 

 静かな、だがハッキリとした口調で一夏が問いかける。

 

「確かに、お前とデュノア社長の間には複雑な事情があった。俺が簡単に口出しできるはないじゃない。でも、なんでお前がそこまでやる必要があるんだ?俺にとってはシャルも立派な被害者なんだ。」

 

 デュノア社長は本物の悪党ではない。それは崩れ落ちるように娘へ謝罪し続けた彼の姿を見れば解る。だからと言って、デュノア社長が実の娘を犯罪に利用しようとしたのには変わりない。

 一夏には自分を犯罪に利用しようとした父親を庇うかのようなシャルロットの行動の本意が分からなかった。

 

「……それは多分、あの人が僕の父親だからかな?」

 

「…父親だから罪を背負うことが出来るのか?」

 

「うん。もちろんそれだけじゃないけど。ただ、あの人は母さんが愛した人なんだ。」

 

 呆然とする一夏に対し、シャルロットは僅かに口元を上げる。

 

「母さんは僕を身ごもった事を知っても尚、自分の命が潰える寸前まで僕の存在を父に伝えなかった。きっと、既に家庭を持った父の事を思ってあえて伝えなかったんだ。まだISが世に出ていなかった時代、身寄りのない女性がたった一人で子供を育てるのはとても大変な事だったと思う。実際、母さんは僕を必死に育ててくれたんだ。そんな苦労の中で最後の最後まで母さんは父と連絡を取ろうとしなかった。心から愛した人に迷惑を掛けたくなかったから…母さんはそういう人だったんだ。」

 

 シャルロットはそこで言葉を切り、スッと目線を下に向ける。

 

「正直言うとあの人を恨む気持ちもあるよ。でも、このままあの人を拒み続けたところで僕があの人の娘であることは変わらない。それなら、父を、母さんが心から愛した人をもう一度受け入れてみようと思うんだ。今度こそ周りから流されず、正面から向き合うんだ。僕がデュノアの姓を名乗り続けるのはその第一歩だよ。」

 

 そう言うと、シャルロットは真っ直ぐに一夏の目を見る。その姿は可憐でありつつも勇ましく、非常に美しかった。一夏も思わず見惚れてしまう。そこには、初めて自分の秘密を明かした時の弱弱しい少女の姿はない。

 

「…強いんだな、シャルロットは。俺が思ってたよりもずっと。」

 

「ううん。僕がこうしていられるのは一夏、君がいたからだよ。」

 

「俺が?いや、でも俺は何も…」

 

「あの時、一夏が僕の話を聞いて力になってくれると言ったから、僕は自暴自棄にならずに済んだんだ。あれが無かったら今よりずっとひどい状況になってたはずだよ。」

 

「そんな…俺は当たり前のことをしただけで…」

 

「当たり前のことを当たり前にしてくれたから僕は救われたんだ。そんな一夏の事が僕は好きです。」

 

 そう言うと、シャルロットは一夏の頬にそっと両手を添えた。そのまま座った一夏に合わせるように身をかがませると、ゆっくりと自分の顔を一夏の顔に近づけていく。

 ここに居たり、一部の生徒はシャルロットが何をしようとしているのかを悟り悲鳴にも似た歓声を上げる。中には木刀やらISの武装を取り出し一夏の元へ駈け出そうとする者もいる。

 だがもう遅い。シャルロットの唇は状況に追いつけず呆けたままの一夏の唇と重なろうとしていた。

 

 その時である。1年1組の教室のドアが勢いよく開かれた。

 

「すいませんっ!遅れましたっ!」

 

「あ、薫さん。」

 

 突如現れた亀山に一夏の顔はむけられ、結果的にシャルロットの拘束は解かれ、彼女の唇は虚しく宙を彷徨うことになった。ちなみに亀山の隣にはラウラがいる。

 

「ああ、一夏おはよう。すいません山田先生。ちょっと途中でトラブルが遭ってボーデヴィッヒを連れてくるのが遅くなりました。って、なんか雰囲気変じゃないですか?やっぱり、俺たちが遅れたのがまずかったっすかね…」

 

「いいえ!寧ろ絶好のタイミングでしたわ!」

 

「うむ。あと数瞬遅ければ一夏の大切なものが奪われているところだった!」

 

 力強くそう言い切ると、セシリアと箒の二人は亀山に向かって親指を上に立てる。亀山としては恨めしい視線を向けてくるシャルロットが気になるところではあったが、とりあえず二人に親指を立てて返しておいた。

 すると亀山の隣にいたラウラが真耶の前に進み出た。

 

「山田先生、遅れてしまって申し訳ない。だが亀山さんには何の落ち度もない。すべては私の責任だ。」

 

「えーと、それはどういう…」

 

「ついつい軍にいた時の癖で服を着ずに寝てしまっていたもので、今朝亀山さんが迎えに来た時もそのままの格好で…モガッ!」

 

「ははは、山田先生、別に何もなかったっすよ。ちょっと来る途中道を間違ってしまっただけなんで。」

 

「え、でも亀山さんは1年もここで働いているんですから道を間違えるなんて…」

 

「いやー、人間慌てると普段はしないようなミスをするもんっすよね。いやほんと慌ててたもんですから。」

 

「…あ、はい。」

 

 ラウラの口を押えつつ必死の形相で説明する亀山に対し、真耶はこれ以上深入りするのはやめておこうと判断した。

 そうしていると、ラウラが亀山の拘束からようやく抜け出した。

 

「ぷはっ、突然何をするんですか亀山さん!せっかく私が弁明をしようとしたのに。」

 

「そういうのは良いから、お前は他に言うべきことがあるだろ。」

 

「ん、そういえばそうでした。」

 

 亀山の指摘を受けラウラは自分が何をしなければいけないかを思い出すと、クラスメイトの方へ向き直った。

 

「今まで無礼な行動をして本当に申し訳ない。クラスの皆には本当に迷惑をかけた。」

 

 今までにないラウラの態度、そして真摯な謝罪に1年1組の生徒はシャルロットの時とはまた別な戸惑いを見せる。亀山はその様子を黙って見守っていた。

 

「私は己惚れていた。教官の厳しい教えを受けていた自分が誰よりも優れていると。この学園の指導方針が温く、生徒たちの技術も意識も低いと見下してさえいた。自分自身の未熟さにも気づかずに…」

 

 ラウラの謝罪に誰一人とさえ言葉を挟まない。クラスにいる全員が皆真剣にラウラの声に耳を傾けている。

 

「保健室のベットでタッグトーナメントの様子を見させてもらった。確かに技術的には軍に劣るが、皆真剣に戦いに臨み、仲間と協力しながら勝利を目指していた。其れこそ、教官が目指していたものだと私は気づいた。私のような独りよがりで自分が強くなったように思うのではなく、仲間同士で切磋琢磨し合いながら成長を確認し合う事こそ、教官がこの学園で為そうとしているのだと。」

 

 過去の成功を信じるあまり、ラウラは重要な事を忘れていた。人というのは成長する。

 成長というのはある種の変化と言える。織斑千冬もまた人間。人間であるならば、より良い結果を出そうと努力し、成長していくものだ。その変化を受け入れられなかったのは、自分が子供だったからだとラウラは自己分析する。

 ならば、どうするか。ラウラは明確な答えを導き出していた。

 

「私もまた、ここで皆と成長していきたいと思う。皆と協力し合い、また一から自分を高めていきたい。だからどうか、私に今一度チャンスをくれないだろうか?」

 

「そんなの当たり前じゃん!」

 

 窓側の席に座っていた女生徒が勢いよくラウラに返答する。

 

「私、ボーデヴィッヒさんがトーナメントで言った事がすごく心に響いたよ。正直言うとね、IS学園に入学してから少し浮かれてたんじゃないかと思うんだ。目標としていた学校には入れて織斑先生の指導を受けれて、それで満足していたところは確かにあったの。」

 

 女生徒の言葉に他のクラスメイトも同意を示す。

 

「うん、私も同じ。何時の間にかIS学園に入学することが目標になってて、そこから何をするのかが抜け落ちてた。それに、心のどこかで自分は代表候補生なんかにかなわない、国家代表になんてなれっこないと思ってたんだ。でも、ボーデヴィッヒさんは落ちこぼれから今の地位に上り詰めたんだよね?其れなら、私も頑張ってみようって、あの試合を見て思ったんだ。」

 

「それは私も思った!自分では努力しているつもりだったけど、あの試合を見てまだまだ努力が足りないって自覚できたよ。そういうところがボーデヴィッヒさんから見て温いって見えたんだろうね。だからボーデヴィッヒさん、これからは私たちも意識を変えていくから、あなたの技術を学ばせてほしいの。お願いします。」

 

 クラスメイトからの思わぬ申し出にラウラの表情に困惑の色が浮かぶ。だがすぐに表情を引き締めると力強く頷いた。

 

「そう言ってくれると助かる。私のような未熟者の力でよければ、いくらでも手を貸そう。」

 

 ラウラの答えにクラス内から歓声が上がる。それを見届けた亀山もまた、満足げな笑みを浮かべた。

 

「おっと、大切な事を忘れていた。織斑一夏、私はお前に言わなければならない事がある。」

 

「俺に?いったい何を…」

 

 一夏が頭に疑問を浮かべていると、ラウラは一夏の正面に立った。

 そこからが早かった。後に亀山はあまりにも自然すぎる動きに脳の処理が追い付かず、黙って見ている事しか出来なかったと語る。

 気づけば一夏の顔がロックされていた。気づけばラウラが一夏の顔に自分の顔を近づけていた。気づけばキスをしていた。

 その瞬間、文字通りクラス内の時間が止まった。張本人の一人である一夏は始めこそされるがままであったが、状況を理解すると激しく抵抗する。しかし、現役軍人の拘束を解くことは叶わず、そのまま口付けを続行され続けた。

 

「ぷはっ。」

 

 10秒ほど唇の感触を堪能したラウラは満足げにほほ笑んだ。一方でいまだ理解が追い付かない一夏は目を白黒させている。

 

「お、お前、いったい何を…」

 

「織斑一夏、私はお前を嫁にするぞ!」

 

「はあっ!まったく意味が分からねえぞ!」

 

「うん?日本では気に入ったものに対し嫁宣言をして自分のものだと主張するのだと聞いたのだが?」

 

「「そんな風習ねえよ!」」

 

 図らずも一夏と亀山の突込みがシンクロする。だが二人以外にも、別の意味で突込みを掛けようとする者達がいた。

 

「もう我慢ならん!一夏、ボーデヴィッヒ、そこに直れ!私が直々に成敗してくれる!」

 

「なんで俺まで!」

 

「一夏さんがそんなんだから…また競争相手が増えたのですわ!」

 

「おいセシリア、なんでライフルを俺に向けるんだ!」

 

「ひどいよ一夏!僕が初めてになるはずだったのに!」

 

「待てシャルロット!パイルバンカーはシャレにならねえって!」

 

 まさにカオス。なぜか突如として始まったバトルロワイアルを眺めつつ、亀山は静かな心で携帯の呼び出しボタンを押した。

 

「あ、織斑先生ですか?早急に教室に来てください。はい、バカどもが馬鹿騒ぎを始めたんで…ええ、普段通りのやり方でお願いします。はい、それじゃあ。」

 

 電話を切ると亀山は息を一つ吐く。

 取りあえず、あと数分もすればこの騒ぎも鎮まるだろう。それまでに教室が破壊されない事を願うばかりだ。

 

「ま、普段通りのIS学園に戻ったって思えば、これもいいのかもしれないけどな。」

 

 ふと、廊下を覗くと出席簿を携えた千冬が猛然と走ってきていた。

 

 

 

 

                               episode7 end.




次回は短編を二つほど続けていきたいと思います。出来ればGW中にあげてしまいたいです。
それと、GWが終わるとまたしばらく投稿できなくなります。社会人になると責任と義務を背負わなきゃいけないんです。
落ち着くまでは不定期更新になると思います。





「ん?なんだか1組の方が騒がしいわね。なんかあったのかしら?」

 悲報、鈴ちゃん完全に乗り遅れる。

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