IS学園特命係   作:ミッツ

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 4月から新しい生活環境に移りますので、暫くの間は更新できなくなります。
 一応切りのいいところで区切ることが出来ましたのでご了承ください。
 一応、GWをめどに更新できるようにしたいと思います。



掛け違えたボタン

 私たち夫婦は親同士の決めた結婚、いわゆる政略結婚と云うやつでした。私自身、将来は親の会社を継ぐことを理解していたので政略結婚も必要な事だと割り切っていました。相手の家族も会社の付き合いで何度か顔を合わせる事があり、まったく知らないわけでは無かったのも大きかったです。

 

 ただ、一つ懸念があったとすれば、当時私は会社の従業員と付き合っていたんです。申し訳なく思いつつも彼女に結婚することを伝えると、彼女は素直にそれを受け入れてくれました。慰謝料もいらないと言ってくれたんです。

 私としては殴られることも覚悟していたのですがそうすることも無く、それから暫くして彼女は会社を去りました。

 

 妻との結婚生活も良好でした。父の急死で想定していたよりもずっと早く会社を継ぐことになった時も、妻は私の事を常に支えてくれました。

 結婚してから1年後、私たち夫婦は命を授かりました。本当に嬉しかった。この時にはもう、私は世界の誰よりも妻を愛していると自信を持っていうことが出来たんです。かつて付き合っていた女性の事はとっくに忘れていました。今思うと、この時が一番幸せだったかもしれません。

 

 妊娠中は順調だったんです。けど、出産が思いのほかに難産になってしまって…何とか母子ともに命は無事だったんですが、妻は二度と妊娠できない体になってしまいました。

 加えて出産後の検査で生まれてきた息子に先天性の疾病がある事が分かりました。医師の話では成人まで生きていられる可能性は5%未満の病だと。

 私たち夫婦は息子が生きながらえる事を願い、病に勝利できるようにかつて勝利王の名を冠にした母国の王にあやかり名を与えました。シャルル・デュノアと…

 

 

 

 

「そんな…シャルに兄弟がいたなんて…」

 

「…シャルルは病院のベッドをほとんど離れることが出来なかった。それでも懸命に生きてくれた。だからこそ、私たちも5%の可能性を信じ、共に戦い続けたんだ。けれど…二年前に病状が悪化し、ついにシャルルは天に召されてしまった…」

 

「二年前……二年前ってまさか!!」

 

 突然シャルロットは弾かれたように立ち上がる。デュノア社長は彼女に苦しげな表情を向けると頷く。

 

「ああ、そうだ。私が君の母親から手紙を受け取ったのはシャルルが死んだ翌日。君が我が家に来たのはシャルルの葬儀が終わった三日後だったんだ。」

 

 

 

 

 

 シャルルがいなくなってから暫くは私は生きる意味を見失っていました。お腹を痛め、命の危険さえ覚悟して産んだ子です。シャルルが生きていけるならば、私は自分の命さえ神にささげても構わなかったでしょう。

 もちろん、あの子の死は覚悟していました。けれど、我が子を失った筆舌し難き喪失感はどうしようもなく私の心を覆い尽くしたんです。きっとこれは、同じ体験をした親にしかわからない。

 

 そんな時です。屋敷の家政婦から主人の子を名乗る女の子が尋ねて来たと知らされたのは。

 到底信じられませんでした。少なくとも私は主人とはうまくやってきたつもりでいましたから。

 それに、シャルルが生まれたからの主人は暇を見つけてはシャルルの見舞いに訪れていたんですから。浮気をする時間なんてあるはずがありません。

 何より、主人が私やシャルルを愛していることは私が誰より分かっていました。彼が家族を裏切るはずがないと断言できます。

 けれど…そんな余裕はあの子の顔を見た瞬間に吹き飛びました。あの子の顔立ちには確かに主人から受け継いだものがあったからです。

 そして、嫉妬しました。なんでこの子は自分の力でしっかりとたっていられるのだろう…シャルルは生涯のほとんどを病院のベットの上で過ごさなければならなかった。自力で立つことさえ出来なかったんです。

 シャルルが欲しくて仕方なかった健康な体を、この子はさも当たり前のように持っている。私にはそれがシャルルから奪われた物の様に思えてしまったんです。

 気づけば私はあの子の頬を張り、憎しみを込めた言葉を投げかけていました。

 

「この、泥棒猫めっ!」

 

 

 

 

 

 

「…あなた方のお話通りだとすると、デュノア社長はシャルロットさんの存在をご存じなかったという事ですか。」

 

「…ええ、あの手紙が届いた時は何かの冗談かと思いました。10年以上前に別れた女性から初めて自分に子供がいる事を知らされたのですから。ですが身に覚えはありましたし、シャルロットを目にした時、紛れもなく私の子だと本能的に理解できたんです。」

 

「だがあなたは子を失って傷心している奥さんを放って置いて、シャルロットさんを実の子として迎え入れることが出来なかった。そこであなたはシャルロットさんを会社のテストパイロットと共に養子として迎え入れ、デュノア社の保護下に置いたのですね。」

 

「ISのテストパイロットなら10代の女性でも十分に活躍できる。危険手当も付き、成人まで続けていれば其れなりの財産も築けます。親として正面から向き合ってやれないなら、せめて将来的に金銭で苦労しないようにと…」

 

「……我が子を亡くした一方で、新たに現れた我が子を実の子として認めてやれない。あなたの苦しみもまた、筆舌し難いものがあったのでしょう。しかし、一つ解らないのがなぜシャルロットさんを男装させてまでIS学園に入学させたのでしょうか?」

 

「そ、そうだ!いくら法律で罰せられないように配慮したからって、態々シャルの立場が悪くなるようなことをやらせた理由が分からない。いったい何であんなことを?」

 

 一夏が杉下の疑問に同調しデュノア社長を問い詰める。しかし、その問いに答えたのは先程から床にへたり込んで放心状態であったデュノア夫人であった。

 

「見てみたかったのよ…シャルルが学校へ行く姿を…」

 

「…え?」

 

「シャルルが一番望んでいたことはね、学校へ行くことだったの。学校へ行って友達を作るんだって、よく言ってたわ…それがいつしか私たち夫婦にとっての夢にもなったの…もう二度と、叶わぬ夢に…」

 

「……まさか、あなた達は男装をしたシャルロットをシャルル君に見立てて…」

 

「あの子、運動なんてまともにできなかったからとても華奢だったのよ。それこそ、女の子と見間違うくらいに…」

 

「そんな…そんなことの為に…」

 

「…確かに傍から見れば私たちの行いは気狂いのそれにしか見えないかもしれない。だが私には妻の願いを無視することが出来なかった。たとえそれが、会社や私の人生を棒に振ると分かっていてもだ。」

 

 懐かし気に笑みを浮かべるデュノア夫人、破滅的な覚悟を背負ったデュノア社長を前に一夏は戦慄を覚えざるを得なかった。そして、このあまりにも悲劇的な事件の幕引きをどのようにすればいいのかわからず立ち尽くすしかなかった。

 

 一方で杉下と亀山は1年前にまみえた、とある夫婦の姿をデュノア夫妻と重ねていた。彼らもまた、死んだ子供の情念を背負い、あらゆる苦難を身に受ける覚悟を持っていた。

 ゆえに容易には反省を促せない。他人の言葉では彼らの心には届かない。だからこそ、彼らに間違いを認めさせるには彼女の言葉が必要なのだ。

 

「……私の名前はシャルロットです。」

 

 ポツリと、決して大きくない声が鳴る。だがその声は部屋にいる全員の耳に確かに聞こえた。

 声の主であるシャルロットは涙に濡れた目で自分の父親はしっかりと見ていた。

 

「私の名前はシャルロット・デュノア。あなたの娘です。」

 

「そ、それは。お前…」

 

「私はシャルルなんかじゃない。私はシャルロット。あなたの娘です。」

 

 絞り出すかのように吐き出されたシャルロットの言葉を受け、デュノア社長の表情が凍り付く。

 デュノア社長は理解した。自分がシャルロットを死んだ子供の代わりにしようとしていた事を。それがシャルロットとシャルル、両者の尊厳を蔑ろにする行為だと。

 

 口を抑え、よろめき倒れたデュノア社長は床に頭を押し付け土下座のような格好になった。

 

「すまない…本当にすまない…」

 

 かすれ声で何度も娘に謝罪を続けるデュノア社長に杉下、亀山、一夏の三人は声を掛けられない。

 デュノア夫人は茫然自失となり、焦点の合わない目で頭を下げ続ける夫を見ている。

 そして、シャルロットは何かをこらえるように唇をかみしめながら、黙って父親を見下ろし続けるだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、正式にデュノア社長の行いがIS学園運営組織に報告され、デュノア夫妻の身柄は一旦日本政府に預けられる事となった。

 このままいけば、フランス政府に引き渡されたのちに裁判を受ける事になるというのが杉下の見立てである。

 翌日にはデュノア社本社ビルとデュノア家に家宅捜索が入り、フランス政府は今回の事件の全容解明に努めていることのアピールをした。

 一夏やシャルロットはIS学園特記事項によって学園外からの干渉からは守られたが、当事者として事情聴取を受ける事が決定された。一夏の聴取を担当することになったのは亀山である。

 タッグトーナメント3日目、各アリーナでは今日も熱戦が行われているが亀山は生徒指導室で一夏と向かい合って聴取を行っていた。

 

「よしっ!じゃあ、とりあえず一夏からの聞き取りはこれで終わりかな。お疲れ様。また、何か聞きたいことが出来たら呼び出すかもしれないから、できる限り自室に居てくれ。」

 

「はあ、わかりました…」

 

「…どうした、シャルロットの事が心配か?」

 

「いや、そうじゃなくて。そりゃあ、シャルロットの事も気になりますけど…」

 

 デュノア夫妻の行いが明らかにされると、当然のようにメディアの取材も過熱した。それによってシャルロットの存在も世間に知られるようになったが、世間の目はシャルロットに同情的であった。むしろ、妾の子を強制的に男装させ、男子生徒の部屋に同棲させるように企んだデュノア社長には児童虐待の疑いが向けられている。

 だが、一夏はデュノア社長夫妻が世間から悪人として見られることに多少の抵抗があった。

 

「確かにシャルロットの父親がやったことはいけない事だと思います。シャルロットもそのせいで傷ついていました…でも、だからと言ってあの人たちが周りから一方的に悪く言われるのは…」

 

「…つまり、お前は何も知らない人間が寄ってたかってあの二人を糾弾するのは我慢ならないってわけか?」

 

「はい。多分そうなんだと思います。それに、俺にはデュノア社長たちが本物の悪党だとは思えないんです。あの人たちも傷ついてたんだと思います。どうしようもなく傷ついて、追い詰められて、最後は癒しを求めて過ちに手を染めた。そんな風に思えるんです。」

 

 生きている子供に死んだ自分の子を重ねあわえる。

 子供どころか、結婚さえしていない10代の男子には十分に理解できない感覚ではあるが、大切な人にどんな形でもそこに居て欲しいという感覚はなんとなく理解できた。

 それが分かるからこそ、途中でどうにかできなかったのかと一夏は考える。

 途中でシャルロット達が和解出来る道さえあれば、デュノア夫妻が道を踏み外すことも無かっただろうと。

 

「……俺が思うにさ、今回の出来事は間が悪かったから起きたんだろうなって思うんだよな。」

 

 思い悩む一夏に対し、亀山は軽い調子でつぶやく。

 

「間が悪かった…ですか?」

 

「ああ。刑事をやってるとな、どうしてこんなことになったんだ。もっと早くどうにか出来てればって場面によく出会うんだ。ほらっ、テレビとかでもよくやるだろ?あんなことをする人には見えなかった、って。」

 

「は、はい。」

 

「そういうやつの元を辿って行くと、事件の原因となった動機ってやつにたどり着くんだ。ただ、動機があるだけじゃ人は犯罪を起こさないんだ。じゃあ何が人を犯罪に走らせるかっていうと、偶然なんだ。」

 

「偶然ですか?」

 

「ああ。ほんの些細な行動、行き違い、勘違い、それと悪意。そういった偶然が重なり合った時、人は初めて悪に手を染めるんだ。俗にいう、魔が差したってやつだな。人によってはそこからさらに悪にのめりこんでいく人もいる。」

 

「…デュノア社長たちも魔が差したんですか?」

 

「あの人たちにとって何より不幸だったのが、息子が死んで間もないうちに娘が現れたってことだ。その所為で、シャルロットの事を受け入れる余裕がなかったんだ。それが最初のボタンの掛け違いだったんだろうよ。そのボタンの掛け違いが悪い形で進んじまって、あの人たちは精神的に追い詰められていった。それが直積的な動機じゃないのかなあ。」

 

「間が悪かったですか…」

 

 もし、亀山の言葉が正しいならば、途中でボタンのかけ違いに気づくタイミングがあったはずだ。そうならなかったのは運がなかったから。ほんの少しの偶然、あるいは良心でシャルロットとデュノア夫妻が幸せな家庭を築く未来もあったはずなのだ。

 

「やるせないですね…」

 

「ああ、まったくだ。」

 

 薄暗い指導室の中で、二人分の溜息が重々しく聞こえる。

 遠くからは昼休みの開始を知らせるチャイムが鳴っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 都内某所にある回転ずしチェーン店。そのカウンター席に背広姿の二人の中年男性が隣同士で座っている。特命係の杉下と警察庁の小野田官房室長だ。

 

「あら、コハダが美味しいね。コハダが美味しいお店は良い店だってこの前テレビでやってたけど、こういった店も侮れないものだね。」

 

「…そろそろ僕を呼び出した理由を教えてくださいませんか?今はまだ行事中なので、あまりのんびりしている訳にもいかないのですが。」

 

「うん?いや、特にこれと言った用があったわけじゃないよ。ただ、最近お前ともこうして顔を合わせる機会がなかったからさ。たまには付き合ってよ。」

 

「…あなたに振り回される部下の方々の苦労が身に沁みます。」

 

「…付き合いの悪い部下を持った上司も苦労するもんだけどね。あっ、そういえばさ、デュノア社が正式にフランス政府からライセンスを剥奪されるみたいだよ。近いうちに民事再生法を適応するんじゃないのかしら?」

 

「…そうですか。フランス政府はあくまでもデュノア社長の独断。自分たちは関係ないという立場を貫くつもりなんですね。」

 

「事実そうなんだろうね。フランス政府も国内最大のIS企業に対して本気でライセンスを剥奪するなんて考えていなかったと思うよ。あくまでも第3世代型の完成をせっつく為の方便だったんだろうね。」

 

「ですが精神的に余裕をなくしていたデュノア社長はそれを本気にしてしまい、さらに家族の希望もあって破滅的な策に乗ってしまった。」

 

「フランス政府も引きどころを見誤ったんだろう。結果的にフランスは先進国のIS開発競争から脱落するね。でもさ、お前たち次第ではもう少しどうにかなったんじゃないかしら?」

 

「…それはいったいどういう事でしょう?」

 

「IS学園には外部からの干渉を禁じる決まりがある。例えシャルロット嬢の正体が明らかになったとしても、事を大きくしなければ有耶無耶にできてたんじゃないかと思ってね。お前たちが真実を明らかにしてしまったせいで、こんな大事になったんじゃないの?」

 

「僕たちが要らぬお節介をしたという事ですか?」

 

「そういう訳じゃないけどさ。ただ、もう少し別の着地点も用意できてたんじゃない?場合によってはデュノア社やフランスのIS業界はここまで大きなダメージを受ける事はなかったかもしれないよ。デュノア家の問題にしたって、時間を掛ければ何とかなる問題だ。」

 

「逆に取り返しのつかない事態に至る可能性もありました。」

 

「まあ、今更こんなことについて話したって意味なんかないけどね。でも杉下、お前はもう少し慎重に動くべきだったんじゃない?ISが世界に与える影響はお前が考えてる以上に大きいよ。」

 

 そう言うと小野田は皿をレーンに戻す。すかさず杉下はそれを取り戻す。

 

「ご忠告痛み入ります。しかし、いい加減あなたも僕の忠告を覚えて、レーンに戻す癖を直してください。お店の業務に大きな影響を与えるかもしれませんよ?」




本編はここまでです。
次回はエピローグをしたのち、短編を載せたいと思います。

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